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ダメ男、アメリカに行く(前編)  作者: 江川崎たろ
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第十六話 「ダメ男、準備する」

昨夜は飲み過ぎた。カーテンを閉め忘れていたにも関わらず、強く輝く太陽さえも、今朝の平良の事は、起こす事が出来なかった。


なんとか目を開ける事が出来たのは、午前11時30分過ぎ。それにしても頭が痛い。騒ぎまくって気分をすっきりさせるはずが、残念な事に吐きそうな程に気持ちが悪い。


吐いてすっきりしてしまった方が楽なのだが、嘔吐している時に喉を痛めてしまう事が、過去によくあったので、平良は必死に吐き気が収まるのをじっと耐えた。


酷くむくんだ不細工な顔をして、平良は今、ばか騒ぎをしていた、十時間程前の自分を恨んでいる。それにしても、息子の一徳が母と手を繋いで散歩をしていただなんて、今では嘘の様に思えてくる。たった数日前の事のはずなのに、だ。


平良は、シャワーで身体を解凍しようと、フラフラになりながらバスルームに向かう。蛇口を捻ったその時、水と一緒に平良の嘔吐物がバスルームに散乱した。「そうか、今この瞬間こそが復活の瞬間(とき)なんだ」なんて意味不明な事を考えながら、すっきりとするまで全てを吐ききった。


その後、素っ裸の男がバスルームを掃除をしている姿は、きっと惨めなものだっただろう。それから、まるで何事もなかったかの様にシャワーを済ませ、喉に不調が無い事を確認し、すっきりとした顔の平良が椅子に腰をおろした。


すると、突然険しい表情になり、おもむろに財布を取り出す。これから、あまり向き合いたくない現実に、正面からぶつかっていこうとしているのだ。


確か、母が入院してすぐの時には、まだ40万円近くあったはずだ。レッスン費用や家賃、光熱費など諸々の支払い、そして大輝に貸した5万円、入院中の母に買い与えた品々、食費、そして何より昨日の飲み代。さぁ、残金は幾らだ。


8…万…6千……円。


辛かった。この現実が平良にとっては非常に辛かった。日本にいながら一週間を8万円で過ごすのは簡単だ。むしろ贅沢だって出来てしまう。しかし、異国の地アメリカではこの8万円という金額は少ないのではないだろうか。


突然襲われた不安を少しでも和らげようと、今さっき火を着けたばかりの煙草の煙を深く吸い込み、そして長く吐いた。深呼吸の代わりだ。


平良は、明日の12時20分発の飛行機に乗って、ロサンゼルスへと向かう。金の事は少々気になりはするが、今のところ、まだ現実味もなければ、特別大きな緊張もしていない。飲み過ぎて絶好調ではない身体が、逆に良かったのかもしれないなと思った。元気一杯の自分ではきっと落ち着いていられないだろう。


そんな時、突如として、ひとつの不安が平良の頭に浮上した。しかもこれはかなり致命的な問題だ。


――俺は、英語が喋れない――


緊張していないと思った事を、急いで撤回した。不安でしかたがない。昔、テレビか何かで見た気がする。食事の注文が出来ずに、泣く泣く断食生活を強いられる男の話だ。これはまずい、何とかしなければ。


平良は、ものすごいスピードで身支度を済ませ、急ぎ足で柏駅の方面へと向かっていった。行き先は、本屋だ。


「いらっしゃいませー」本屋に来てはみたものの、自分が今必要としているものが、何なのかがよく解らない。辞書を持ち歩くのもなんだか違う気がするし、一体こんな時は何を買えばいいのだろうか。


早々に思考が行き詰まってしまったので、気分転換だと思い、平良は旅行雑誌のコーナーへ向かった。実のところ、平良はロサンゼルスがどんな場所なのかよく知らなかった。ロサンゼルスと書いてある表紙を手に取り、平良は驚愕の事実を知る事となる。


――…ロサンゼルスって、カリフォルニアなんだ……――


急いでページを開くと、そこには壮大な景色や綺麗なビーチ、そしてハリウッドと英語で書いてある山。その時、初めて自分が行こうとしている場所を目にして、平良の脳天に稲妻が走った。格好良い、あまりにも格好良い。興奮してペラペラとページを捲るに連れて、興奮は更に高まった。


そして、何の気なしに、今、手に取っている雑誌の置かれていた場所に目を向けると、そのすぐ側に、「超簡単!初めての海外ガイド」と、書かれている小冊子が置かれているのに気が付いた。すぐにそれを手に取り、ページを開いて見ると、“まさにこれを探していたんだよ”という内容が刻まれたいた。


その内容とは、空港で使う英語や道の訊ね方、買い物の仕方などが、しっかりと書かれている。即決とはまさにこの事、値段も見ずにレジへ持って行った。価格は800円。また出費が増えた事に少しだけ気を落とした。しかし、まだまだ旅行雑誌を開いた時の、あの興奮は健在だ。肩で風を切るように、自室へと向かった。


自室に到着すると、平良がいつも出張レッスンをする時に使う、割りと小さめのスーツケースに、お気に入りのTシャツを適当に詰め込んだ。


当日は赤いパンツを履いて行こう。それと、念の為デニムとハーフパンツ。それと下着。…あ、あと一応ビーチサンダルも。タオルも入れとくか。パスポートやお金はショルダーバッグに閉まった。あと他に必要なものはあるだろうか。平良は普段、出張する時は、レッスンに必要な道具と、下着の替えしか持っていかない。無駄に荷物が増えるのが嫌なのだ。デジカメを忘れている事に気づき、慌てて用意した。デジカメで撮った写真は、帰国後にブログにアップする為だ。


よし、こんなもんだろう。と、いつもとたいして変わらない準備を終わらせた。良い気持ちでベッドに転がり、そして先程買った小冊子に目を通す。これがあれば何とかなるだろう、宜しく頼むと心で呟くと、少し眠くなってしまい、平良は少しだけ仮眠を取る事にした。現在時刻は16時を過ぎたばかり。66は18時オープンだ。


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