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ダメ男、アメリカに行く(前編)  作者: 江川崎たろ
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第十話 「ダメ男、準備が整う」

3月23日 午前10時過ぎ平良は既に起きており珍しくテンションが高かった。つい30分程前の事だが、またもや朝の日射しに起こしてもらった平良が目にしたのは、スマートホンに表示されていた武田コーチからのメールだった。


「遅くなりましたが、入金が完了しましたのでご確認よろしくお願い致します」これで総額20万円が手元にあるのだ。


仮に4月15日までに10名のレッスンをしたとなれば26万円が加算され、合計で46万円。15日以降もロスに行くまでの間はレッスンが出来るのだから、もしかしたら50万円の準備も夢ではなくなったのではないだろうか。50万円もあれば家賃や光熱費などといった支払いも済ませる事が出来る。


今までフワフワとしていた目標が、実はもうすぐそこまで来ていると実感した途端に平良のテンションは高くなったのだ。珍しく「いーやっほーい」などと言いながらシャワーを浴びたのだが、そんな自分の声が風呂場に響いて少しだけ恥ずかしくなった。それでもそんなの関係ない。俺はこれからアメリカに行くんだと、計画してから初めてロサンゼルス行きをワクワクさせていた。


そして、申込みフォームの受信箱を覗くと、なんとまた1名の方が応募してきてくれていた。これで大地君を入れると6名の方のレッスンが確定した事になる。最低でも後4名。


平良はテンションが下がらない内にパソコンに向かい、新たに記事を投稿した。内容は前回のキャンペーン記事とほぼ変わらない。ブログというのは新しい記事は読まれやすくても、過去の記事というのは中々目に止めてもらえない習性がある。時間が立てば過去の記事が力を発揮して検索に引っ掛かり易くなったりもするのだが、今回はその様な時間的余裕はないのだ。これからは当分の間、毎日ブログの更新をしていこうと心に誓った。


ちなみに昨晩もいつもの様に66に足を運んだのだが、ビールとジントニックを1杯ずつ飲んですぐに帰ってきている。自分でもはっきりとした理由は解らないのだが、なんとなく、飲んでいるよりも仕事の事を考えている方が楽しい気がしたのだ。早々に部屋に帰って来ては無料大型動画サイトで大好きな洋楽ロックバンドのライブ映像を観ながら楽しんだのだ。もちろん、ブログの記事を書きながら。


そして今、爽やかな気分でパスポート申請に向かう準備をしている。たかだか4日前だというのに、大木武志と初めてアメリカに行く話をしたのが、まるでもう遠い昔の記憶の様に感じる。充実した濃い3日間を過ごせた自分が少しばかり誇らしかった。


この絶好調な朝を境に、平良はまるで生まれ変わったかの様にサボらず一生懸命に日々を過ごした。パスポートの申請をしに行くのはもちろんの事、レッスンも一切の手抜きはしない。レッスンのスタイルは以前から変わりはないが、必ず全力で指導をするというのが平良のモットーだ。


ブログの更新も怠る事なく毎日行われた。その甲斐あってか3月29日の段階で、なんと13名のお申し込みがあったのだ。嬉しい事ではあるのだが、4月1日からの15日間で13名のレッスンを行うというのは、平良のレッスン方針上簡単なものではなかった。


一人三時間の時間を取らなければならないので、受講者との都合がうまく噛み合わずスケジュール調整に苦戦したり、全力投球のレッスンが仇となり集中力を維持する事に大変なエネルギーを使ったり、とにかく大変な数日間となった。


キャンペーンでのレッスンを行っている間にも、ブログを見て応募してきてくれる方が少なくなかった。15日以降でキャンペーンを受けれなくてもいいから協力したい、レッスンを受けたいと言ってくれているのだ。


15日以降の予定もどんどんと埋まっていき、結局アメリカ行きは5月過ぎになってしまった。 当初の予定よりも少しばかりの延期だ。だがそれに対して誰も文句は言ってこなかった。


ただ一つ、平良の段取りの悪さが原因で順調な流れを止めてしまうような出来事もあった。なんと、リチャード・キングの都合上、レッスンを連日3日間受けられるのが最短でも5月の13日、14日、15日の3日間になってしまうのというのだ。これに関しては平良自身がもっと早目に動かなかった事が原因だった。


思っていたよりも遅くはなってしまうのだが、そこは正直にブログで報告と謝罪をした。アメリカから帰ってくる平良を楽しみに待ってくれている人が大勢いるのだと思うと、本当に申し訳ない気持ちになった。


しかし、プラスに考えればこれでようやくアメリカに行く日が正式に決められるのだ。レッスンの日が決まればそれに合わせて航空券を用意する為に、以前電話をした航空会社の田村の元へ行った。 ロサンゼルスの何処に住んでいるかも解らない人に会いに行く平良の無計画っぷりに、田村は大変驚いてはいたが、親身になって色々と調べ、そして考えてくれたのでなんとか航空券とホテルの予約が取れた。


田村がおすすめをしてくれたホテルは7000円でプールつきのホテルだった。せっかくならボロボロのホテルよりも、低価格でもそこそこ人気のホテルにした方が安心だという事で決めてもらった。また、時差もあるので到着したその日にレッスンするよりは、前日に到着しおいた方がいいという田村のすすめで、現地時間5月12日のお昼に到着する便で成田空港を発つ事になった。


そして、まる1日暇な日も作りたいという平良のワガママもあり、17日のお昼の便で日本に帰ってくる事も決まった。5泊6日という海外に勉強をしに行くにはあまりにも短い期間ではある。


それでもその場で支払った合計金額は16万7千円だった。海外旅行の相場価格などを知らない平良にとってはそれが高いか安いかはよく解らなかったが、払える額だったので取り敢えずほっとした。


ここまでの間に何度か大木武志や篠宮和哉とも会い、近況を報告すると、二人ともまるで自分事の様に喜んでくれた。それを見て平良もまた嬉しくなった。


また、ちょくちょく66に飲みに行く事も決して忘れなかった。そしてなんとか自身の打ち出したキャンペーンも無事に終わり、ラストスパートを掛けようと気合いが十分に入っていた4月17日。


一本の電話が平良一徳を襲った。着信の相手は平良一徳の兄、長男の平良大輝(たいら だいき)だ。そして、大輝の言い放った言葉は、これまで駆け抜けて来た一徳の足を一瞬にして止める事になる。「母さんが倒れた、非常に危険な状態なんだ」

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