部活少女 (バスケ部×バスケ部)
私には大好きな後輩がいる。
可愛い後輩。素直で、クールかと思えば愛嬌があって、背が高くて、綺麗で、バスケが上手い天才肌の自慢の後輩だ。
彼女は入部した当初から特別だった。三年の先輩方も、同学年のチームメイト達も、一年生も皆、彼女の即レギュラー入りを認めていた。
私も彼女の実力は認めていたし、彼女と一緒にプレーすると私自身、技術が向上したかのような錯覚に陥るほど遣りやすかった。
彼女は攻、守、サポートとなんでも出来た。
だから、どのポジションにもなれたし、どのポジションのレギュラーとも何時でも入れ替わりが出来た。
だから、だから、
「先輩。あの……」
だから、私のポジションに彼女が収まってもおかしくは無かったのだ。
放課後の人気のない校舎裏に呼び出して、夕日に染まるムードいっぱいの木の下で私は後輩を見上げて言った。
「レギュラー入り、おめでとう!」
入部して二年。小学生低学年から始めておよそ十年近くか。
初めてのレギュラーだった。
死に物狂いで練習して、やっとの思いで掴んだレギュラーだった。
でも仕方がない。だってこの後輩なら私なんかよりもずっとバスケが上手くて、皆に好かれているから誰とも上手くやっていけるんだもの。
誰だってこの子を選ぶ。仕方がないよね。そうだよ。仕方がないじゃない。
「凄いなぁ。入部してすぐにレギュラーなんて。もうこれは地区、いや県体、いやいや全国行けるかも! 期待してっぞ! 後輩!」
バシッ! と後輩の肩を叩く。
私はこの後輩が好きだ。他の後輩達も可愛いけれど、この子は特別だ。
なにせいつも素直に返事をして、嫌な顔一つせず私の指示を聞いてくれる。
廊下ですれ違う時すら挨拶をしてくれるし、進んで片付けも手伝ってくれるし、慕ってくれてるんだと自覚出来るくらい私に懐いてくれているこの子が可愛くて仕方がない。はずなのに。
なのにどうして、笑顔が上手く作れないんだろう?
ああ、駄目だ。歪んでしまう。
歪に唇が引きつって、上手く目尻が下げられない。挙げ句の果てには声すら震えて、掠れて、汚い音を漏らしてしまう。
ああ、私は今、凄く醜い生き物になっている。
「おめでとう。あんたならレギュラーになって当たり前だよ。私も監督だったなら、あんたを選ぶもの。だから、喜びなさいよ。ほら、笑顔!」
今、私、ちゃんと、先輩らしく出来ているかな?
私、ちゃんと後輩を祝えているかな?
「あ、り……がとう、ございます」
申し訳なさそうな後輩の頬をつまんで左右に引っ張ってやる。
気にしないで。気を遣わないで。じゃないと私――
「でも、わたし、先輩のポジション奪っちゃって……」
ごめんなさい。そんな言葉が耳に入った。
ああ、やめてよ。やめなさいよ。そんな事を言われたら私、余計に惨めになるじゃない。
「……ばか」
ぽろりと水滴が頬を伝わずダイレクトに地面に落ちた。
俯けた顔からぼとぼとと何滴も雫が重力のままに落ちていく。
「……ばか。ごめん。ほんと、やだ。やだなぁ。私、あんたのこと、ほんきで祝いたかったのに……っ、やっぱ、むり」
良い先輩ぶりたかったのに、やっぱり駄目だ。だって、悔しいじゃない。私のポジションなのに。私がレギュラーだったのに。
この子のせいで! この子が居なかったら!
今までの努力が! 無駄になった! 否定された!
「悔しい……っ! むかつく……! もうやだ! あんなに頑張ったのに! なんで、あんた、ここに来たの? なんでバスケなの?!」
理不尽な暴言が吐瀉物のように喉を焼きながら口から溢れ出る。
にがい。苦しい。死にたいくらい嫌な気持ちが胃からせり上がって来る。
涙が更に顔を濡らした。鼻水もとめどなく流れて、馬鹿みたいに私の顔が汚れていく。
「ご、め、ごめん、ね。ごめん、こんな、やなヤツで、ごめん……っ」
もしも、私じゃなくて別のポジションの子だったら、彼女のレギュラー入りを盛大に祝ってあげられていたのに。
最低だな、私。最低だなぁ……。
「う……」
「……?」
後輩はクールな美人だ。短い髪で、スレンダーで、背が高くて、手足が長い、ボーイッシュな、王子様みたいな、子だった。
「ちょ? え?」
「う、うあ、うあああっ!」
ぼろぼろぼろ。私以上に大粒で大量の涙が彼女の頬を一瞬でずぶ濡れにした。
驚くほど幼い泣き方にこちらの涙が慌てて引っ込む。
「ま、ちょ、え、ええ?」
「あああ! わぁあ……っ!」
いくらここが人気のない場所だからって、そんなに大声で泣いたら誰かの耳に届いてしまう。
これじゃあ、私が虐めたみたいじゃない! って、そうか。虐めてるのか、私は。
「ごめん!」
謝ることしか出来なくて何度も謝罪をするけれど、きっと彼女の耳には虚しく聞こえるだけだ。
散々、嫌な言葉を聞いたのだから、許せるはずもないのだろう。
「もうやだ……ぁ」
そうだよね。嫌だよね。
「いやだぁ……もう、やめるっ……バスケ、やめるぅ……」
「は? なに言って!」
「わたし、やりたかったんだもん! せんぱいと……バスケ、したかったんだもん……!」
「……へ?」
「だからほかのポジショ、いったのにっ、かんとくっ、うそついた……っひ、っう」
滝のように涙が流れる。赤ちゃんみたいに泣くんだ、この子。
せっかくの美人なのに。かっこいい子なのに。
残念なくらい、可愛い。
「ああ……」
なんだろう。深い安堵感のような溜め息が出た。
私、まだ、この子のことを可愛いと思えるんだ。
「せんぱいのこと、すきっ、なのに、っ。きら、きらわれ、ひっく」
「馬鹿だなぁ」
そんな事ない。嫌ってなんかない。今、それが証明された所なんだから。
「嫌いじゃないよ」
「ぅ、う」
「むしろ好き」
「はぅ?!」
こんなに可愛い後輩を、嫌いになる事は出来ないよ。
無理無理。レギュラー取られたって無理。
「だからもう泣くんじゃないの。まだちょっとモヤモヤはするけどさ」
ぎゅ、っと自分よりも高い所にある頭を掴んで引き寄せる。
濡れきった顔を胸に埋め込んで、苦しがるくらい抱きしめてやった。
「レギュラー取られたのはそりゃあムカつくし、暫くはまぁそれも続くだろうけど、あんたのこと、嫌えそうもないみたい」
「ひぇんふぁい?」
「だからさ。頑張ってよ。バスケさ、頑張りなよ。せっかくレギュラー入りしたんだし? これで活躍してくんなかったら私、レギュラー外れた意味ないじゃん」
「……」
「私も頑張るからさ」
今更、この子同様、バスケを嫌えるわけでもないし。
卒業するまであと一年あるわけだから、もう少しだけ、あともうちょっとだけ、レギュラー復帰を目指して頑張ってみようと思う。
「私も、あんたと並んでバスケしたいから」
仲の良い先輩後輩で、良きチームメイトで、ライバルで。
そんな濃い仲も悪くない。
「……」
「ん?」
やっと涙の雨が止んだようだ。
キリリとしたいつもの整った顔立ちに戻った後輩に笑いかける。
「やっぱり、先輩は凄い」
「ん? なにが?」
突拍子もなく後輩が私を褒めだした。真っ直ぐに見つめてくる瞳が何だか眩しくて、少しだけ目をそらす。
「先輩のその強くて、優しいところ、好きです。すごくすごく好きです」
「お、おう」
「好きです」
「う、うん」
「……好きですよ?」
「わ、わかったわかった」
何度も確認するように「好き」と連呼する。
私は照れて、真っ赤になった。
とりあえず夕日のせいにしておこう。
そして後輩の素直すぎるくらい素直な気持ちも、尊敬する先輩に対する賛辞として受け取っておこう。
それに対する私の気持ちも、可愛い後輩からの好意が嬉しくてこんなにも高揚しているに違いない。
きっと、そうだ。
そうだよね?
じゃないと、この動悸の説明が付かないじゃない。