逃避行
少し時間は遡るが、親父が徴兵されてから、俺は直ぐ逃げ支度に係った
待つとい選択肢は無い。絶対に無い。
今もビンビンに生存本能が危険を訴えている
「母さん、直ぐに逃げるよ。父さんが帰ってくるにしても戦争が終わってからだ」
涙を拭い、毅然として言い放つ
「もたもたしてる余裕は無いよ。直ぐに準備して!皆にも逃げるように伝えてくる!」
納屋に走り、分身を全て出す。
村中に走り出す分身、連れ出せる家畜を追い立てる分身、備蓄を持てるだけ持ち運ぶ分身。
兎に角時間が勝負だ。焦燥感がどんどん募る
「村を放棄するとは何事だ!」
神職方が俺の分身を捕まえてがなり立てている
アイツらはある程度の身の保証があるから、そんな悠長な事が言えるのだ。
そもそも、神職とは加護を受けた人や貴族の子などしかなれない、特権階級だ。
こいつらも領主の庶子だという。
領主の一族で、身の安全もある程度保証されている。
故に危機意識よりも身の保身が勝ったのか、身勝手な事を言い放っている。
ドタマにきたから、渾身の飛び蹴りを放ち、吐き捨ててやる
「そんなに残りたいなら勝手にしろ!いや、目障りだからついて来るな!」
分身達が村の皆をせき立てるように、広場へ集めてくる。
もうこの際は全力を見せても、なんとしても構わない。
なりふり構って居られない。
今は少しでも皆を助けないと
広場には子供と母親ばかりが集まっていた。
老人達はほぼいない…
村長が広場に姿を現すと、俺は直ぐに駆け寄った
「村長!どうして!…」
「みなまで言うな。儂ら老人は足がもう大分弱ってる。皆の足を引っ張るのは忍びない。それに、男衆が帰ってきた時、出迎えてやる人間も必要だろう?」
静かな…とても凪いだ目で諭された
覚悟を決めた目だ
「……それでも…残していく家族の思いを考えて下さい。この際、言葉は選びません。この村はもう駄目です。俺の勘が今直ぐに逃げろと訴えています。話している今も逃げ出したくて仕方ありません」
「勘か?それじゃあ従えないな。一応これで儂は村の長なんじゃ。そんな不確かな物には従えない。賢いお前なら分かるじゃろ?」
「偵察に出て戻る余裕はたぶん有りません。というより、徴兵騒ぎで余計に時間を食ってます。既に俺の勘は危険を猛烈に訴えています。もう猶予は無いんですよ!?」
「何度も言わすな。だが、女子供は念の為避難させよう。それが儂の決定じゃ」
時間はもう……無い
ここは完全に分岐点だ。
説得に時間をかければ全滅だ。
俺1人なら、或いは家族だけなら、何とかなるかもしれない。
ただ、1人でも多くとなると、もう本当に猶予は無い
「分かりました。村長、ご無事で。御存知かは知りませんが、俺は加護を得ています。能力で村に残る片方をいざという時、助けられるかも知れないのでコイツらを残していきます」
50人ばかり分身を出して見せると、村長は破顔した
「知っておったよ。小さいお前さんがよちよちしながら2、3人で何かしてた時から知っておったよ。随分と沢山出せるように成っていたんだな…頑張ったんじゃな…お前さんはこの村の誇りじゃよ」
狭い村で10年以上生きてきたのだ。知られていても不思議じゃないか…
「村長、お達者で」
俺も、村に残る人達を、見捨てる、覚悟を、決める
村長
さようなら
――――
「『目』が帰ってきた。事態は一刻を争う!最低でも壁のある都市に逃げない限り、俺達はかなり危険な状況だ!」
分身の数も大分減った。また一から作り直さなければ成らない。
囮、斥候、運搬役とフル回転させたいところだが、死んだ分身を作り直すには、最初に作るのと同じ要領、つまり俺のほぼ全ての法力を使い潰す羽目になる。
今はそんな事をして、倒れている場合じゃない。
分身に俺が持つ武器や金属が反映されないのも痛い。
分身に武器を持たせたければ、各自の分を用意しなければならず、そんな武器は徴兵で全て持ち出された。
頼みの綱は大してLvの高くない法術だけだ。
今や、外敵だけならす、狼や熊などの野獣にすら怯えなければならない状況だ
火を焚けば、敵に見つかる。
火を焚かなければ、野獣が狙いにくる。
分身とは2里までしか離れられない制限も『目』の帰還で解かれた。
女子供の集団で、強行軍を出来なかった都合、こちらはそれ程影響は無かったが、この逃避行の速度は問題だ。
幼い子供も多いため、かなり遅い。
足跡を発見され、追跡された場合、かなりの確率で犠牲が出るだろう
母ちゃんやエリスを見ると、凄く不安げな様子で村の方角を見ていた。
いや、母ちゃんやエリスだけじゃない。皆が村の方角を見ていた
夜の帳が降りたのに、いやに村の方角は明るかった。
「ねぇ、村の方が明るいわ。何が起きてるの?」
誰かが呟いたその言葉は皆の胸の内を代弁していた。
「ねぇ、お兄ちゃん、私たちの家はどうなってるの?教えてよ!?」
エリスが涙を湛えながら、俺に迫ってきた
「ねぇ!」
「村は…全滅だ…全滅だ!」
静かな山に俺の声が木霊した。




