優しい世界の終わり
蜥蜴亜人が見渡す限りの大地を埋め尽くしている
確実に万は越える大軍だ。粗末ながら武器を持つその集団は明らかに飢えていた
気付いた時には、村の周囲も遠巻きに囲まれていた
絶望的な状況だ
巨大な蜥蜴に乗った騎兵のような者までいる。
恐怖に耐えかねた神職方2名が、村からの逃亡を謀った。
しかし騎獣に生きたまま手足や腑を食いちぎられ、絶叫して果てた
人同士での戦争で神職の殺害は神罰レベルの大罪だが、野獣などにはそんな認識が有るはずも無い。
骨も残さず丸ごと喰われた。
もはや彼らがこの世に生存していた証は、頭を噛み砕かれる際に飛び散り、転がり落ちた眼球のみだ
村が…朱い
「どうやらお前さんの言うた通りに成ったな、レイ…済まんがあの子達を頼んだぞ」
「分かった、村長。本体にはこの光景を死んでも伝える。……最期に何か頼みは無いですか…」
「そうだな、残った爺婆の皆も逝ったようだし、儂も頼むかな。生きたまま喰い殺されるのはゴメンじゃ」
カカと笑っているが、その姿が滲み、どんどん霞んでいく
村が…紅い
奴らの進軍を遅らせるため、村の備蓄は全て焼いた。
村に火の手が上がると蜥蜴亜人たちが攻勢に出てきた。
彼我の戦力差はどれほどか。
俺の存在感は、加護により濃淡が変えられる。接近戦にもつれ込む分身10体。
一般兵の蜥蜴亜人1体1体は11歳の今の俺より弱冠劣る。
鉈程度の装備だが、闘えている……が、数が違いすぎる。一瞬で飲み込まれた。
逆に騎獣兵の上級兵っぽいのは純粋に力負けしている。おまけに騎獣が噛み付いてきて、こちらも手に負えそうにない。
「嫌な役を押し付けてスマンな……儂が最後か?レイ、くれぐれもあの子達を頼んだぞ。さぁ!!一思いに頼むぞ!!」
散っていた残りの分身30体が集まってくる。
『目』である俺の血路を拓くため、コレから脱出劇を敢行する。
どんなに気配は絶てても、流れ弾の法術や流れ矢に当たれば倒れる。
この30体は『目』である俺のスペアであり、囮であり、肉の壁だ。
今は…この事をなんとしても…本体に伝える。
例え何人の分身が死んでも。
込み上げるもの飲み干し、優しい思い出が詰まった最愛の場所を最後に振り返る。
一生、この光景は忘れないだろう
村も…村長も…俺も……真っ赤だ
さよなら、俺の優しい時間
――――
猟師達が使う山小屋に避難していた俺達の元に、分身の1体が帰還した。
分身を俺に還元したその夜
俺は絶叫し、嘔吐し、号泣し、憔悴しきりながらも、更なる避難を提案した。いや強制した。
その夜、「村は滅んだ」とだけ皆には告げた。




