街に入るという事。仕事をするという事。
この世界では、力ある者は、その力ゆえに制約が多いのです。
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ハナと分かれて俺は一人、北の街を目指す。
凪の大平原の北には大山脈が広がっており、平原に流れる多くの川の源流となっている。
旅はだいたい1.5カ月。馬車でも20日かかる。
凪の大平原の果てである北の森に行くだけでも1カ月。それまでは大型の獣も出てこない。出てきても、野兎くらいだ。それを狩りながら進むのが本来の、凪の大平原の越え方なのだ。俺も弓を持っているので、狩りをする。
それでも野兎が得られるのは、20回に一度程。仕留められれば儲けもの位で、軽く考えていないと、準備不足で餓死する。俺は旅に慣れているので、そんなヘマはしない。
特に凪の大平原では何事もなく、俺は森へとやってきた。
不思議な事に、この森に入れば風も吹くし、雨も良く降る。生命の宝庫の様に、多種多様な昆虫や動植物が生きている。
俺は森の際を沿うように、東へと歩いて行く。獣道、もしくは商人が良く使う道を探すのだ。
運が良い事に半日で獣道を見つけられたが、時刻はもうすぐ日没だ。森の中は平地が無いのでテントも張れない。俺は凪の大平原と森の境目で、一夜を過ごす。
「ハナ。元気にしてるかなぁ。」
たった一日しか会っていないが、家族になる約束をした仲だ。毎晩ハナの事を思って眠っている。不思議な事に、この俺にも親心と言う物が芽生えてきたようだ。
翌日からは、森を抜けるために、獣道を進んでいく。森はおよそ10日の距離。馬車で5日だ。この大森林の恵みは、北の大山脈の水と共に、北の王国の大切な資源となっている。俺も食べられる果物や、動物を狩って進んでいく。ウサギ、鹿、オオカミ、イノシシ。春になって、食べ物を求めて動物たちも活発に動いている。
俺にとっては、猛獣も怖くない。手袋をはずして、触れるだけで相手を殺せるからだ。“破壊”に愛された俺が触れると、内臓や神経、関節や骨まで、様々なものが壊れてしまう。
つまり俺は一生素手で他人に触れられないのだ。唯一触れられるのは、レベル5の再生系の能力を持つ人だけだろう。俺の幼馴染の様な人間は、この世界でも数える数しかいない。
今さら悲しむ事でもないが、ハナに触れられないのは、つらい。あの子と人のぬくもりを分かち合いたい。触れられないので、愛情を持って生活する事だけが、今後の目標だ。
そして1.5カ月の旅の末、北の大山脈と森の中間地点にある、北の大都市へとやってきた。
北の王国の街の一つ。昔は宿場町だったらしいが、それが発展を続けて今では王国で第三位の街らしい。四角い城壁に囲まれ、一辺約3キロもあるらしい。でかすぎる。
俺は南東入口へと向かう。そこには入場を待つ大行列ができているが、俺はそれを素通りして、“レベル4以上および危険能力”の専用入り口へと向かっていく。
「み、身分証と、入場料銅貨1枚を出して下さい。」
テーブルを挟んで、若い兵隊が怯えた表情で俺に話しかけてきた。おそらくここへの配属は初めてか、まだ日が浅いのだろう。
レベル4以上は周りへの影響が強いし、しかもレベル5の“破壊”ともなれば、俺は要注意人物として知れ渡っている。
俺は怯える若い兵隊さんへ、無言で身分証と銅貨1枚を提出する。あまり喋ると、かえって緊張させてしまうからだ。
「た、確かに確認しました。ご存じだとは思いますが、むやみに人や物に触れませんよう、ご注意ください。」
俺は大きく頷いてから、奥にある街への扉を開け放つ。
この街の特徴は、何と言っても整備された街並だ。碁盤の目の様に、きっちりと道が直線状に走っている。そして各通りには縦にアルファベット、横に数字が割り振られている。
俺はとりあえず、仕事斡旋所へとやってきた。ここには、様々な愛を活用した仕事が集められている。
“計算”や“数字”に愛されれば経理の仕事、“体力”や“腕力”に愛されれば工事現場と言った感じだ。
俺は壁にかけられた大量の仕事の紙を無視して、ベテランそうなおばちゃんの窓口へと直進する。
対応した女性に対して、俺は身分証を提示する。
「!!少々お待ち下さい。」
一瞬だが女性は驚いた様相を見せたが、俺みたいな人間は時々現れるので、騒ぎににもならず、スムーズに話が通るのだ。そして僅か1分後、女性は男性を連れて戻ってきた。
「お待たせしました。個室へどうぞ。」
俺は男性の後に着いて、少し奥まったところにある個室へと案内された。万が一、俺が他人と触れることを警戒しているのだろう。これも毎度の事なので、慣れた物だ。
「私はここの事務長をしている者です。どのような仕事をご希望ですか?」
「工事現場や、物を壊しても大丈夫な仕事を頼む。」
「畏まりました。探してまいります。少々お待ち下さい。」
そう言って事務長は席を立って、部屋を出て行った。人の中には、俺みたいなレベル5や、危険な人間に対して、必要以上に恐れる人間がいる。過激な人は、差別までしてくる。
だがここの事務長は、俺を恐れる様子が無い。きちんと訓練されているのだろう。もしくは、元々そういう差別意識が無いのかもしれない。
五分位してから、ドアをノックして事務長が戻ってきた。
「こちらの書類にある中からお選びください。どの依頼人も、差別はしない人間だと私が保証します。」
事前に過激思想の人を排除してくれている。出来る男だ。
「金がいるんだ。だから数日かけて全部やる。」
「畏まりました。受理の手続きをしてまいります。」
仕事を受けた俺は職業安定所を後にして、今日止まる場所の確保へと向かう。止まるところは協会だ。
「こんにちはシスター。」
「はい。こんにちは。」
「俺はこういう者だ。どんな環境でもいい。眠れるところを頼みたい。」
「畏まりました。どうぞこちらへ。」
俺はここでも身分証を提出して、シスターさんへ素性を打ち明ける。シスターさんは、心得ましたとスタスタと俺を協会奥へと案内した。
世の中には俺みたいな“破壊”や、“腐食”“毒”“酸化”などといった、人に触れられない愛が、数は少ないが存在する。そういう人たちが使えるように、協会にはある程度のレベルの“保全”や“修復”といった愛を埋め込んだ宿泊施設が存在するのだ。
だが俺が通されたたのは、藁が敷かれた簡素な部屋だ。ボロイ机と椅子しかない。
「申し訳ありませんが、当協会には、レベル4までしか対応できておらず、こちらの場所しかご用意できません。」
「大丈夫です。風雨をしのげて、鍵がかけられれば十分です。」
ちなみに支払いは、国がしてくれる。悪い愛に選ばれた人への救済措置なのだそうだ。いや、神から授かる物なので正確には、救済ではなく援助措置だったか。どっちでも同じだ。
俺はとりあえず荷物を降ろして、一息つく。鞄の中から街の中で買ったサンドイッチと林檎で簡単な昼食を済ませた。
そして俺は、仕事へと向かう。
今日の最初の仕事は、家の取り壊しだ。老朽化した木造の家を壊して、5階あるマンションにするそうだ。
「仕事を紹介されてきた。こういう者だ。」
「お。凄いやつが来たな。こりゃ一日で終わりそうだなw」
俺は現場の監督をしている小太りのおじさんへと挨拶をする。職業安定所の事務長が言った通り、差別意識は無さそうだ。
「とりあえず、これを壊せばいいんだな?跡形も無く。」
「あぁ。再利用する予定も無いから、派手に行ってくれ。おーい皆、一度建物から出ろ。助っ人が来てくれた。」
監督の言葉を受けて、中で作業していた男たちが、3人程出てきた。よくある事なのか、俺へと会釈して建物から距離をとる。
現場監督が俺を見て頷いたので、俺は自分の仕事に取り掛かる。
といっても、手袋をはずして家屋に触れるだけなのだが。でも触れるには順番があるのだ。隣の建物の方へと壊れないよう、出来るだけ家の中心へ向かうように破壊の方向を指定する。
この“破壊”の愛とも長い付き合いだ。しかも解体の仕事も何百回としている。俺は家の構造から、“破壊”までに要する時間を計算に入れて、どんどん柱へと触れて行く。
例えレベル5だからといって、直ぐに現象が起こるわけではない。俺の“破壊”が発動するまでには時間がかかるのだ。だが、一瞬でも触れれば確実に破壊される。
柱に触れ終わって、俺が家から出ると、現場監督が紅茶のポットを持ってきた。俺は手袋は嵌め直して、自分専用のカップを袋から取り出す。
「どれくらいで壊れる?」
「あと数十秒だ。」
俺は貰った紅茶を飲み、監督の質問に応える。そうこうしているうちに、家の方からミシミシという不気味な音が聞こえ始めた。
俺が振り返ると、見事に敷地の中央へと崩れるように、家が大量の土煙りをあげて崩壊していくのだった。
「こりゃすげー。兄ちゃん、次の現場もどうだ?春になったから、仕事が立て込んでんだよ。」
「すまない。職業紹介所を通さないと・・・」
「そうだよな。そういう決まりだものな。」
「心使い有難う。」
「いや。金はちゃんと振り込んどくよ。」
レベルの高い者が仕事を受けたり、正社員になるには色々と制約があるのだ。俺の様な危険な愛を持つ者は特に厳しい。しかも旅をしている俺は、職業紹介所の斡旋がないと、仕事ができないのだ。能力を管理する意味があるらしい。
「さて。ハナのためにガンガン仕事するぞ。」
と俺は自分へやる気を出させて、次の現場へと向かうのだった。
仕事を開始しました。慣れた物で、壊す事ならある程度コントロール出来るみたいです。
普通の寝具では、顔が触れただけで壊れてしまうので使えません。
素材自体の藁や、特別に用意した物を使わないと、寝ることすら困難なのです。
次回は、買い物の話の予定。
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