1日目
「今から飲みに行くから来いよ」。
いつものように、先輩から呼び出された。
彼はいつもそうだ。仕事が終わると毎日電話をかけてきて、時たまこういう風に急に飲みに誘う。
私は嫌だと思いつつ、それを断れない。
今もまだ彼を好きなのだろうか……。自分自身わからない。けれど、彼が他の人と違うことはわかる。
彼とは1か月ほど付き合っていた。いや、付き合っていたというには、あまりに短いし、まして彼には彼女がいた。彼女と別れると言われ付き合ったが、結局別れてはくれなかった。それでも、彼は本当に好きだったのだと信じたい。世界中のみんなにバカだと言われようとも、私は彼を信じている。
そういうわけで今日も彼からの呼び出しに応じる。今日は彼のお気に入りのスナックだ。
正直行きたくない。どうして彼が他の女と楽しそうに話す姿を見て高い金を払わなければならないんだ。それでも行くのだが。
「初めまして」。
どうやら今日は幼なじみと飲んでいたらしい。
そこで紹介された男は福島壮と名乗った。他の男なんて興味ない。私はただ彼と話したい。
私は先輩の横に座り飲み始めた。
壮が話しかけてくる。
「ねえ、名前なんていうの」。
「橋爪です」。
先輩が笑い出した。
「普通そういうときは名前を名乗るもんだよ。でも、お前のそういうところ可愛い」。
あえて苗字を名乗ったんだけどなと思いつつ愛想笑いを返した。
ああ、いやだ。
壮の視線を感じる。不快な視線。
先輩は楽しそうに女の子と話している。
全然面白くない。壮に気付かれないように必死で見ないふりをする。
「出身どこなの?」
「福島です」。
「俺じゃん」と嬉しそうに笑った。
「一緒ですね」とまた愛想笑いを返した。
「大学どこだったの?」壮が続けて聞いてきた。
「C大です」。
驚いたように壮が返す。
「え、俺もなんだけど」。
「え、本当ですか」。
思わぬ同窓生に声が弾んだ。
それから、私たちは大学の話で盛り上がった。
それでも私の意識は、先輩に釘付けだった。
私が話したいのは彼なのに。
他の誰からも見えないように、机の下でそっと彼の膝に手を置いた。