懐かしい町で・・・・・・・再会!?
電車の窓から見える景色が、懐かしい土の匂いを漂わせてくる。田んぼの広がる風景を通り過ぎて、どんどん家やビルの立ち並ぶ街の風景へと変わっていく。人の少ない歩道。反対に車道は車であふれている。うーん、やっと帰って来たんだなぁ、私。
T県米原市。私が小さいころに住んでいた町。田舎の風景とちょっとばかりの繁華街が入り混じった地方都市に私は十年ぶりに帰ってきた。
小さいころの思い出がどんどん蘇ってくる。でも、真っ先に思い浮かぶのは、他でもない私の初恋の彼。そして、彼と仲睦まじく遊んでいたころの光景だった。
小学生だった当時から、一番かっこいいと思っていた男の子。その子とは小学校に入ってから仲良くなったんだけど、いっつも二人か、彼のお姉さんを含めた三人で遊んでいた。で、公園で遊んでとき私が尻もちついちゃって、
「大丈夫? カナちゃん。ほら、立って」
そう言って彼は私に手を差し伸べてくれた。燦々と輝く太陽の光で彼の表情が影ってしまっているけれど、その優しそうな笑顔は太陽なんかよりもきらきらと光っているように思えた。
「うん……」
私は頬に帯びていく熱を感じながら、その手に自分の手を重ねる。初めてお父さん以外の男の子の手を握った瞬間だった。
「あぁ、私の王子様……」
すぐにはっとした。かなり恥ずかしい言葉をついぽろりと言ってしまった。大丈夫かな、誰かに聞かれてないかなぁ……。
そう思って周りを見渡すが、誰にもこれといった反応はない。そもそも、電車の中は点々と数人の乗客が乗っているだけで、しかも全席ボックス席。ほかの乗客もイヤホンしてたり参考書を広げたり友達と話していたり何やらで、すっかり自分達の世界に入り切っているから、私の変な妄言も全然気に留められていないらしい。良かった。ほっと胸をなでおろす。でも、ちょっとは注意しなくちゃ、こんなこと転校先の学校で言ったら引かれちゃうだろうしね。
私は数年ぶりに米原に帰るのが楽しみで楽しみで仕方なかった。でも、その町を懐かしむ気持ちだけじゃない。
もしかしたら会えるかもしれない。私の王子、優しくてかっこよくて線の細い女の子みたいだった、彼に再び会えることを期待している。考えるだけで胸がドキドキする。
会えるかなぁ、会いたいな、大神一和君に……。
「うわぁ、懐かしいなぁ」
駅を出ると、駅前の広場にある空に向かう線路を機関車が登っていく、銀河鉄道の姿を象ったオブジェが真っ先に目に入った。
子供のころに良くあの下で友達と待ち合わせをしたなぁ。当時の友達とも会えるかなぁ。
っと、そんな懐かしさに浸っている場合じゃない。まずは学校に行かないと。
はぁ、急に決まった引っ越しのために、家を移るのが今日になるからってことで、わざわざ隣の県から電車で来たのはいいんだけど、二時間もかけての初登校はさすがに疲れた。疲れたけど歩きはじめないと。
気弱なことばっかり言ってられないしね。私は絶対にこの町で彼に再会するんだ。あれからひと時たりとも忘れてないって言ったら、ロマンチストとかメルヘンとか言われるかもしれないけど、それでもずっと一途に想ってきたんだから、絶対に会ってやる。
でも、本当に会えたらどうしよう? 制服姿の彼、きっと生徒会長なんかをやってて、学校のみんなから慕われてて、成績優秀スポーツ万能、しかもあどけなさの残る可愛らしい顔で、昔と比べたら凜とした男らしい顔つきでもあって……でも、そうしたら彼女とかいそう……。いや、でも、もしかしたら……
「僕、ずっと君のことが忘れられなかったんだ。一途に君のことを思ってた」
「ありがとう、一和君。私もあなたのこと、ずっと好きだった」
二人は再会を抱き合って喜んで、そして、そして……。
「僕、がまんできないよ……キス、していい?」
って、やだもー! 王子様ったら大胆! 可愛い顔して大胆!
どかっ!
「キャッ!」
ついうっかり妄想に耽ってしまって前を見るのを忘れてた! 誰かにぶつかって尻餅をつく。あいたたた、はっ、それよりも謝らないと。
「ご、ごめんなさ……」
そう言ってぶつかった人の足もとを見ると、何やら小さくて白い棒状の物体からもくもくと煙が上がっていて先端のほうからだんだん灰になっていってる……ってこれ煙草!?
「テメェ、一体どこ見てほっつき歩いてんだコラァ!」
どすの利いた太い声に恐る恐る顔を上げてみると、その人は学生服のボタンを全て外して、胸元のがっつり開いたタンクトップから鍛え上げられた胸筋を覗かせている、見るからに体を鍛えている風体の男性だった。しかも顔を見てみると……。
眼帯をして無精ひげを生やしている、とっても怖そうな面構えの方……。
「きゃあああああ!」
「おいコラ! 人の顔見て悲鳴あげるたぁ、どういうことだ!」
私の反応に学生服を着たおじさんっぽい人は怒鳴り声を上げた。
「すみませんすみませんすみません」
とにかく今は謝るべき! でも……。
「謝ってすんだらよぉ、警察はいらねぇよなぁ」
「あー! なんてプロトタイプな不良さんなの!? 煙草も吸ってボタン全外しで髭生やして、しかもこんな漫画やアニメみたいなことをさらっと言うなんて」
「テメェ、随分と失礼な言いようじゃねぇか……」
「どうしたんですか、泥沼」
泥沼と呼ばれたおじさん不良の背後から、二人の仲間っぽい人が現れた。一人は眼鏡をかけた一見真面目そうな人で、もう一人は岩男みたいに大柄でお相撲さんみたいな体型をした人。どちらも、学生服を……着てる。不良仲間だ。
「おう、こいつにぶつかられちまってよぉ、煙草落っことしちまったんだわ。これは代償を払ってもらわんとなぁ」
泥沼は下衆っぽいにやけ面を浮かべて私を見た。背筋に悪寒が走る。み、みみみ、身の危険を感じる!
「そ、そんな! 煙草なら弁償します……って、言うかあなた学生でしょ! 全然未成年には見えないけど、未成年喫煙は法律に違反します!」
「大丈夫です。泥沼は高校入学に二度も失敗していますので、すっかり二十歳を超えたおっさんなのですから。ね、殿面」
「……うぬ」
眼鏡の男がそう言うと大男が頷いた。
「おい! 海鞘蕗! テメェ誰がおっさんだ、誰が!」
「失敬。ついうっかり。で、その子には一体どういう代償を払ってもらうのですか?」
「べ、弁償だけでいいでしょ! 煙草ぐらい」
「煙草ぐらいだって!? 俺にとってはよぉ、煙草は命の次に、恋人と同じ位大切に思ってるもんなんだよ、それを……テメェがぼんやりして歩いていたせいで落っことしちまったんだぜ? 金だけで解決できる問題じゃねえんだよ!」
やばい、逃げよう、この人には理屈とか全然通じなさそうだし、そう思って立ち上がろうとしたとき、泥沼に腕を掴まれた。
「きゃっ!? は、離して!」
「おっと、そいつはできねぇ……にしてもお前、胸ちっちぇなぁ」
「な! ほっといてよ!」
「おい、海鞘蕗。お前こいつタイプだろ」
「……そうですね。身長百五十八センチ、バストサイズA。……僕好みの、未成熟な……くふふふ」
真面目そうに見えた海鞘蕗と呼ばれた人が気持ちの悪い笑い声を漏らす。こ、この人、とんでもない変態だああああ!
「っていうか、私Aカップじゃないもん! Bあるもん!」
寄せあげてだけど……。
「違う! そのBはブラの力によって作り出された偽りの産物。そのように偽っても、俺には分かる。貴様はAだと」
「ぎゃあああああ! この人怖いいいいいい!」
「……うぬ」
私は逃げようとするけど、泥沼に腕を掴まれてしまって逃げ出せない。なんとか足で彼の脛を蹴ってるんだけど、この人鍛えている見た目をしているだけあって全然利いてないみたい。
「さ、これから俺達と、楽しいところにいこうや、なぁ?」
いや! またしてもプロトタイプな不良っぽいこと言うような人なんかいや! それにさっきからずっと気になってたんだけど、すっごい臭い! にんにくの臭いがぷんぷんする!
「いや! 誰か助けて!」
私は叫んだ。もう誰でもいいからって思ってた。でも、真っ先に思い浮かんだのは、あの彼だった。
「おい」
「あ!?」
誰かが泥沼に声を掛けて……ごつん、と痛そうな鈍い音がした。
「うごあああああああああ!」
泥沼の悲鳴がとどろいて、私は解放された。私は逃げようとしていたから、突然に手を離されて、勢い余って転んでしまう。
私を誰かが助けてくれた。も、もしかして、王子様が助けてくれた!? 後ろを振り返って、私を助けてくれた人を見てみると。
「な、何しやがんだテメェ!」
「るっせぇよ。俺の目の前で妙ないざこざ起こしてんじゃねぇ。目障りだ」
泥沼が罵声を浴びせる人は、眼を鋭く怒らせ、前髪を後ろにかきあげていて、オオカミの鬣みたいに後ろ髪を立てるように流していて、耳には銀の牙の形をしたピアスが輝いている、身長もガタイも大きい……そして、やっぱり学生服を、羽織るように着ていた、これまた見事に……
「ま、また不良!?」
もう、一体どれだけこの町には不良がいるの!? もう、泣きそう。
「はっ、テメェ、うちの学校の「裏番」じゃねぇか。なんだ? 正義の味方気取りかぁ?」
「さっき言ったろ、目障りなだけだ。……お前、日本語もわかんねぇほどに馬鹿なのか?」
「かっちーん! この野郎。俺を怒らせたなぁ?」
「全く、馬鹿に馬鹿と本当のことを言うのはダメじゃないですか」
「……うぬ」
「テメェら! どっちの味方だ!」
「失敬。僕らはあなたの味方ですよ。泥沼」
「………………うぬ」
「おい、殿面! なんでそこで間が長くなってんだ!? そこは即答しろよ!」
「……おい、三馬鹿トリオ!」
「誰が三馬鹿トリオだ!!! 舐めんなよ「裏番」! おら、行け二人とも!」
「僕は勝てる気しないんで殿面、行ってください」
「うぬ」
「なんでこいつの時は即答するんだ!?」
喚き散らす泥沼を放っておいて、大男の殿面が、助けてくれた彼に襲いかかった。殿面はその自慢の太い腕を横なぎに大きく振りかぶってラリアットを放った。しかし、それはぶん、と大きな音を立てて空振りする。
「うぬ?」
避けた! あの人はあっさり攻撃を避けて、いつの間にかあの殿面の懐に潜り込んでいた。
「おせぇよ」
まるで獰猛な猛犬のようにぎんぎらの目が殿面に向けられていた。
「ぬ!?」
それで睨めつけられた殿面は一瞬、マヒしたみたいに動きが止まった。
「オラッ!」
殿面が動揺してできたわずかな隙を、彼は逃さなかった。一歩足を踏み込んで、殿面の豊満な腹に思いっきりパンチを食らわした。見るからに痛そうなパンチは、お腹の脂肪の中にみるみる吸い込まれて内臓を圧迫したらしく、殿面は白目を剥いて、押し倒されるように仰向けに崩れた。
「と、殿面!!」
「泥沼。あなたの出番ですよ。殿面がやられるんだったら、僕じゃ敵いっこない」
「わーっとるわ! クソッタレが……俺がお前を倒してやる」
満を持して? 泥沼が助けてくれた彼に近寄った。
「俺のパンチ一発でのしてやる」
「……やってみろ」
お互いに拳を引いて構えた。一発のパンチにすべてを賭ける。私まで彼らのぴりぴりした緊張感のせいで私まで固唾をのんで見守ってしまう。もちろん、勝って欲しいのは私を助けてくれた彼の方だけど。
先手必勝と言わんばかりに泥沼が動いた。そして……拳を開き、そっぽを向いて空中を指さした。
「あっ! UFO!」
「なんでえええええええっ!? 緊張感ばっちりだったのにいきなりその空気を全部無視してあのおっさん高校生、なんで小学生みたいなことしてんの!?」
「さぁ、これでお前も隙だら……ぶほぉおおおおおおおおお!?」
当然、騙されるはずもなく、逆になぜか自信たっぷりで油断しきった泥沼の顔へ、助けてくれた彼のパンチが炸裂した。
バウンドしそうなほどに吹き飛ばされた泥沼。未だに信じられないといったような顔をしている。
「な、なぜ……俺の必殺技、が……がくっ」
「あ、あれが必殺技って、どんだけ弱いの……」
私はあんな奴にビビッて腰を抜かしていた思うと至極情けない気がした。
「これはダメですね。僕は逃げます。馬鹿は馬鹿でも賢い馬鹿でいたいですから」
残った海鞘蕗はさっさと逃げて行った。とりあえず、これで一件落着かな。と一息ついていると、ぐるり、と助けてくれた彼がこちらを振り向いた。
彼の目、始めて正面から見るともう、目つきが本当に猛犬のように鋭かった。その目が私を捕えている。も、もしかして邪魔だったのは私も一緒だから、私までやられちゃう!?
「ご、ごごごごごごご……」
じりじりと迫ってきた彼は、もう私のすぐ前まで来ていた。こうやって見ると、身長がめちゃくちゃ高くて、座って見上げるとまるで人間山脈みたい。その頂上から見下ろされる。しかもその目が怖い。そう思うとテンパって舌が全然回らなかった。
「……」
手がこちらに迫ってくる。ああ、私も殴られるんだ、きっと。そう思って目をつむっていると
「おい、無事か? ほら、立てよ」
優しい声だった。怯えていた目を開くと、彼が少し屈んで私の前に手を差し出している。
「あっ……」
目を見ると、さっきまでの獣じみた目は鳴りを潜めていて、柔らかな表情とともに目を細くして微笑みかけてくれていた。
この光景があの昔の王子様との思い出と重なった。懐かしい、そんな思いに引かれながら私は手を重ねた。
「……」
「……」
黙って私に手を貸してくれた彼。少し怖い見た目をしているけど、実は優しい人なのかな……なんだか、胸が高鳴る。それに、胸ポケットの校章、私の行く学校と同じ奴だ……。それに気づくと一層胸が高鳴った。
「くっそーーー!!」
「え!? こ、この声は」
声のする方を見ると泥沼が起き上っていた。いや、起き上ってはいなくて、泥沼は大男殿面に担ぎ上げられたまま、私たちの方にお尻を向けてさんざ喚き散らしていた。
「覚えておけよ! 絶対、絶対お前に復讐してやるからな! 「裏番」大神一和!!」
そう言って、彼らは去っていった。
「って、ええええええええええええええええええっ!!!!?」
い、いい、今、大神一和って、言った!? ま、まさか、この人が……?
「……うるさい、デケぇ声、急に出すなよ」
また彼は元の鋭い目つきで私のことをぎろりと睨めつける。
「ご、ごめんなさい……」
いや、もしかしたら私の聞き間違えかもしれない。彼はもうすっかり先に行く気満々で私に背を向けようとしている。
「あ、あの、大神一和君!」
思い切って名前を呼んでみた。
「〝あ!?」
ひーっ、どうやらご本人さんみたいだーーー!!
目の前の男性と、過去の姿、妄想の彼の姿を重ね合わせる……。全然違う。昔の印象が全部パズルのピースみたいにばらばらに剥がれて行っちゃうほどに、全然違う! あぁ、
「おい!」
ぼーっと絶望に打ちひしがれていると、背を向けていたはずの彼がこちらを向いていた。
「あ、はい!?」
「……怪我とか、してないか? さっき、転んで……」
目つきは相変わらずだけど、ちょっと声のトーンが柔らかい。
「あ、……ううん、全然大丈夫……です」
随分と見た目は変わっちゃったけど、もしかしたら中身はあんまり変わってないかも。さっきも手を差し伸べてくれたし……よし、思い切って聞いてみよう!
「ね、ねぇ……あの、私のこと覚えてる? 私、咲宮叶恵」
私が訊くと彼ははっと目を見開いた。
「かなちゃ……はっ」
「良かった、私のこと覚えててくれたんだね。ワンちゃん!」
「なっ!!!?」
私がそう言うと、彼は顔を真っ赤にした。
「良かったぁ、ずっと会いたかったんだよ、ワンちゃん!」
心の底からそう思った。そう思えば思うほどに緊張感は和らいできて、昔みたいに愛称で呼んじゃっていた。私のこともカナちゃんってまた呼んでほしいなぁ。
「学校も同じみたいだね、あ、私転校してきたんだ! 帰って来たんだよ、ワンちゃん!」
「……めろ」
彼はぷるぷると肩を震わせていた。
「……えっ? ど、どうしたのワンちゃん?」
「その名前で呼ぶの、止めろおおおおおおーーーー!!!!!!」
びくぅううううっ! いきなり叫ばれて全身の毛が逆立つほどに驚いた。
「……あ、あの……」
もしかして、ワンちゃんって呼ぶの、まずかった?
「ご、ごめんなさい! 私、久しぶりにワン……じゃなかった、えーっと、大神くん? に会えてうれしくって……」
私は深々とお辞儀をした。地面ばっかりを見て、とんでもないことしちゃったのかもって、すっごい後悔してた。聞こえてきたのは、遠ざかる足音だった。
恐る恐る顔を上げると、彼は、ワンちゃんはすっかり私に背を向けて、どんどん先に進んでいた。
私はまたも呆然としてしまった。もしかして……私、彼を怒らせちゃった?
いや、見れば分かる、彼の背中が怒っている。あぁ、やっとせっかく再会できたのにぃ、外見は完全に別物になったけど、中身は変わってないと思って……せっかく助けてくれたのに……お礼も言えてない……。追いかけるべきかなぁ、でも、なんかすっごい俺に近寄るなオーラもむんむんに出ている気がする。
き、嫌われちゃった……かも。
私の思い続けた初恋が、自分の余計なひと言で音を立てて崩れている。
ああああぁああぁぁあ、前途、多難だぁぁぁぁぁ……。
どうも、作者です。女性向けっぽく書いて見たかったけど、蓋を開けると女の子が主人公なだけのラブコメじゃね? となった作品です。