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ここでの輪廻は繰り返しってことでいいか?


 学院本館。校舎内。

 昇降口前は結構な戦場になっていたが、どうやら中はそうでもなかったみたいだな。

 別に目的地が校舎内にあるわけじゃない。

 俺が今向かっているのは回の字状に建っているこの本館の中心。

 中庭だ。


 中庭に行くには校舎を突っ切るほかない。

 だからこうして校舎内にいるのだが……。

「やべ。迷子」

 なんでこうなったのかは俺自身わからない。

 ……いや、本当になんでだ?

 手ほどじゃないが、足から伝わる振動で目的地への方角確認ぐらいは常にやってたんだが、それでも迷うって……。

 はぁー。一体いつから俺にドジっ子属性がプラスされたんだ? どっかで継承の儀でもやったか?

 方向音痴なんて見る分には多少なりとも面白さがあるが、自分がとなると真逆だ。まったく笑えねえ。

「真面目にどーするかなー」

 仕方ない。こうなったらアレに任せるしかないか。

 俺は体制を低くすると両手を床につけた。

 そしてそのまま尻を後ろにグイッと押し上げる。

「おりゃりゃー!」

 地面を強く蹴り、クラウチングスタートで俺は走り出した。

「考えてもダメなら時の運任せるだぁー!!」


 校舎内をがむしゃらに、何も考えずに、何も目指さずに、何の目的もなく走ること数分。

 俺は見覚えのある部屋の前にいた。

「あっれー。……なんで俺、こんなところにいるんだ?」

 その扉にデコレーションされて書かれている文字はたったの三つ。

「まっ。いいか」

 疑問を海に捨てた後、俺は扉をトトンがトンとノックした。

「……あれ?」

 返事がない。ただの扉のようだ。

「おーい。いないのかー」

 中に呼びかけてみるもののやはり反応がない。

「そういえば、マリアのノックってなんかの合図っぽかったな。覚えてないけどどうするかなー」

 時間にして五秒。俺は腕を組んで深く考えた。

 とはいえ、考えたからといって忘れたことを思い出すわけじゃない。

 てことで俺は早々に思い出すことを諦めていたのだが、だからといって良い手も思い付かない。

「……よしっ。この扉をふっとばすか!」

 邪魔なら壊してしまえばいいじゃないか。

 壊したのは襲撃した奴らだと言えばばれないだろ。

 こんなこと言っちゃだめだろうが、あえて言わせてもらおう。

「ばれなければいいのだよ。ばれなければなっ!! 『虚ーー』」

 左手を前に伸ばし、腰を落とし、右手を引く。

 さあ、これからパンチを繰り出しますよと宣言しているような構えをとった後、俺はこの一撃で扉を粉砕するために魔法を発動ーー

 しようとした。

 ガチャリ

「おっ?」

 あと少しで魔法が発動するというところで、いかにも扉っぽい擬音とともに扉が開いた。

「壊しちゃだめ」

 中から現れたのは他でもない。

 勇者組の一人。

 神月ミキだった。


「どうしたの?」

 ミキが扉を開け、中に招かれた後、何故か俺はお茶を飲みながらほっこりとしていた。

「今も戦いは続行中じゃないの?」

「多分な」

「……なんでこんなところにいるの?」

「招かれたからだな」

「……はぁー」

 俺は関わった人間全員にため息をつかせる才能でもあるのかもしれないな。

 まっ。あっても嬉しくないけど。

「戦況はどう?」

「どうって、気になるのか?」

 自分は戦うことを拒否したのに。

 そう言いたいところだったが、さすがにそれは自重した。

 訳ありなのはあからさまだったからだ。

 わざと感情を押し殺しているかのような、そんな気分にさせられた。

「戦況ねぇー。まあ、今の所は優勢だと思うぞ? 主戦力っぽい奴二人倒したし」

「……びっくり。強いんだ」

「舐めてただろ?」

「うん」

「うんってお前……正直だな」

「そう? だってチアキは男子でしょ? 男子は弱い。それがこの世界での決まり。常識だから」

「……まぁ。否定はしないけどな」

「出来ないじゃなくて?」

「……うわー。結構嫌な性格してるよこの子」

「……ふふ」

 控えめにだが、確かに笑うミキ。

 その笑みを見ていると不思議な気分になる。

 きっとその笑みは偽物じゃないのだろう。

「けどまあ。相手の主戦力級が何人いるかわからないからな」

「そうなの?」

「ああ。今のところ敵戦力の全体像はわからない」

「……そう」

 一瞬。視線を自分の手に落としたミキ。

「……お前……まさか……」

「……ふふ。ばれちゃった?」

 そうか。

 そうだったんだ。

 こいつは、ミキは戦いたくないんじゃない。

 ーー戦えないんだ。

 人の魔力は感情と強く結び付いている。

 さっきの笑みは絶対に、本当の感情だと確信している。

 だけど、ミキの魔力は一切変化がなかった。

 それはつまりミキの感情と魔力が結び付きを失っているということになる。

 俺たち魔装師は魔力を感情によってコントロールしていると言っても過言じゃない。

 感情と結ばれていない魔力なんて、コントローラーを使わずにゲームをするようなもの。

 コントローラーがなくちゃゲームなんて出来っこない。

「魔力をコントロール出来ないのか?」

「……ふふ。良い目だね」

 今の笑いはどこか、自嘲気味だった。

 この世界は、このルートは俺が知っているルートと少し違う。

 もしかすると、これもその違いなのか?

 戦略級。勇者組で最大の超火力魔装師。

 それがミキだったはずだ。

 なのに、コントロールが出来ないならそれは不可能だ。

「ミキ……何があったんだ?」

「何も。うん。何もなかったの」

 言う事の否定。

 いや、それにしてはあまりにも反応が普通過ぎる。

 本当に何もなかったのか?

 ……いや、違う。これじゃまるで。

「あるべきことすらなかった。違うかい?」

「「ーーっ!?」」

 俺でも、ミキでもない声。

 声に導かれ、俺たちの視線が入り口に向かった。

 当然の如く、扉の内側に立っていたのは、一人の女性だった。

「ふふふ。どうやらうまくいったようだね」

「……どういうことだ?」

 俺はそいつを視界に入れると同時にすぐさま戦闘を行えるようにと体内の魔力を活性化させる。

 そして、まるで科学者のような格好をしているその長髪の女に向けて鋭い眼光と共に殺気を叩きつけた。

「私は探していたのだよ。その子をね」

 白衣の女が指差すのはミキだった。

 肝心のミキはこいつに見覚えがないのだろう。若干だが顔に困惑が映っていた。

「魔装師が魔装師になるために必要たこと。それが自身の内に秘められている魔力の自覚であり近くなのだよ。だが、その子は違う」

「違う……?」

「ーーっ! やめ……」

 白衣の女が何を言おうとしているのかミキはわかったのだろう。

 そしておそらく、いやミキのあの表情からして確実に、ミキはそれを知られたくないんだ。

 だが、思わず飛び出したミキは間に合わずに白衣の女はそれを口にした。

 俺はそれを、聞いてしまったんだ。

 今でも思うよ。

 あの時。俺は……。

「人工魔装師計画。そいつは人じゃない。実験によって産まれた人造人間。つまりホムンクルスなのだよ」

 ホムンクルス。

 人工的に造られた人間。

 俺たち魔装師は普通に生活するなかで自身の中にある魔力を自覚する。

 自覚する時の年齢にはそれぞれ多少の誤差はあるものの、その大半が幼少期だ。

 人工魔装師計画というのは前ルートで聞いたことがある。

 たしかあれは産まれた時から既に完成しつつある体のはずだ。

 つまり、幼少期と呼ばれるものが存在しない。

 幼少期を過ごさなければ自身の魔力に気付くことはなく、さすれば当然それをコントロールする術を獲得出来ない。

 産まれた時から力と共にあるホムンクルスは自覚という過程がない。

 ならば、人が産まれた時から手足の動かし方を知っているように魔力の扱い方を知っているかもしれないがそれは否だ。

 今までは感じることのなかった力を突然感じるようになったことによる防衛本能。

 このままではこの力に飲み込まれてしまうという危機感が魔力の扱い方を覚えさせるのだ。

 魔力のあるこの世界でもどうやら人にとって魔力は手足のように当然の如くそこにあるようなものじゃないらしい。

 そのため産まれながら魔力を持つホムンクルスはそれを扱う術を知らない。

 ミキがあのホムンクルスだと言うのならば、一人で戦争を終わらせることが出来るほどの力を持ちながら、それをコントロール出来ていないというこの事実も納得出来る。

 出来てしまうのだ。

 白衣の女がそれを口にした途端、ミキは顔を伏せプルプルと拳を固く握り締めていた。

「……ミキ……」

 そんなミキを見て、俺な心が大きく揺らいだ。

「ーーっ!!」

「なんだ少年? せっかく教えてあげたのにそう睨むことはないだろう?」

 これは怒り。そう怒りだ。

 ミキにとっては誰にも知られたくないであろう事実。

 それを俺なんかに、ちょっと前に出会った程度の関係でしかない俺に知られてしまったんだ。

 今のミキの心は俺でもわからない。

 だがこいつは! こいつだけは!

「許さんっ!!」

「……ほう」

 ニヤリと笑う白衣の女。

 その笑みをすぐに崩してやるという意気込みで俺は魔装をする。

 俺の両手にそれぞれ刀が召喚され、俺はそれを掴むと同時に走り出した。

「死にさらせっ!!」

 幻を併用して、白衣の女から見たらまるで俺が瞬間移動をしたように見える速度で懐に入ったのと同時に俺は一刀を振り上げる。

「ほう。なかなか早いのだよ」

 見切られた!?

 幻覚で俺の姿を消し、元々の位置に幻の俺を見せる。

 そうすることによって俺がそこにいると見せ掛けたうえでの高速歩法だぞ!?

 それを初見で避けた奴なんて今までは二人ぐらいしかいないんだぞ?

 まあ、あの二人は色々と規格外だったからな。あいつらならまあ理解出来るがこいつがあいつらほどの力を持ってるようには到底見えない。

 いや、ありえない。

「何故避けれた」

「ほう。今の一撃。余程自信があったようだね。

 クク。何故と聞かれても一言。見えたからとしか言いようがないのだよ」

「見えた……だと?」

 俺の幻を判別出来るってことか?

 そんなことが……。

「ふむ。君の属性は幻だろう?」

「ーーっ!?」

「そう驚くことはない。幻属性。確かにレアな属性ではあるが、世が世ならありふれた力なのだよ」

「世が世なら?」

「クク。まあ、気にするのではないのだよ。ただ一つ忠告しておくなら、君の属性がレアであることに違いはないがだからと言って君だけということでは、唯一無二ということではないのだよ」

「……そうかよ」

 言われてみればそうだ。

 この世界が広いってことは昔のルートで散々思い知らされている。

 俺と同じ幻属性の奴がいたとしても、そしてそいつが俺と同じような力の使い方をしていたとしても不思議じゃないな。

 つまりこいつは俺以外の幻属性の者と戦ったことがあるってことだ。

 つまり、こいつにとって幻は初見じゃない。

 幻影斬りを避けることが出来るほど幻属性に慣れてるってことは、前の使い手も相当の実力だったってことだ。

 これは……マズイな。

「クク。そう悲観することはないのだよ。君の属性は不意打ち、言い換えればアサシンタイプの属性だ。相手に手の内が知られてしまえば威力が半減してしまうほどのね。だがしかし、知っているからこそというものもあるのだよ」

「……何を言っている?」

「クク。サービスタイムはもう終わりなのだよ」

「ーーっ!?」

 白衣の女がそう言葉を切った瞬間。奴の姿が目の前から消えた。

「それでは、来世で御機嫌よう」

「ーーっ!?」

 後ろから聞こえた声に俺は振り返る。

 見えたのは白い刃だった。

 そして、鮮血が吹いた。




 ーーあれは何?

 あたしの心が沈んで行く。

 ーーここは何処?

 あたしの心が迷って行く。

 ーー私は誰?

 あたしは造られた者。

 ーー生きていていいの?

 人造人間。

 ーーねえ。答えてよ。

 ホムンクルス。

「答えてよっ!!」

 いつの間にか床に崩れ落ちていたあたしはそう叫ぶと同時にどこからか激しい風が巻き起こった。

 どこからか?

 ふふ。何言ってるのかな。風の発信源は他でもない。このあたしだった。

「おや?」

 聞き覚えのない女の人の声にあたしの視界が広がった。

「……えっ?」

「クク。お目覚めかい? 人形」

 そこにあった光景にあたしは生唾を飲み込んだ。

 真っ赤で熱い液を、まるで先を摘んだホースのように吹き出しているそれは何?

「……チアキ?」

 そうだ。チアキだ。

 お父さんの病院で会った多分同い年とは思えないオーラを纏っていた少年。

 あの赤いのは何?

 ……熱い。熱いよ。あれ? どうしてこんなに熱いの?

 あたしは視線を自分の身体に落とした。

 そこに映るあたしは、全身が真っ赤に染まっていた。

「……えっ?」

「クク。随分と返り血で綺麗に染まってるのだよ」

「……かえ……ち……?」

 えっ? 今、なんて言ったの?

 返り血?

 誰の?

 倒れてるのは誰?

 うんん。その疑問はさっき解決したよ?

 あれはチアキ。

 そう。友達のチアキだよ。

 どうしてチアキ。目、開けてないの?

「……ち……あき……?」

「…………」

「返事……して?」

「…………」

 どうして返事してくれないの?

 どうしてそこに倒れているの?

 どうして()ーー。

「クク。何がそんなに面白いんだい?」

「…………えっ?」

 笑ってるの?

「あっ……はは……」

 なんで?

「……あはは」

 ねえ。

「ははは……」

 止まってよ。

「あはははははっ!!」

 止まってよ!!




 チアキとわかれた後。あたしは一人でまるで戦場のようになっていた学院各地を走り回っていた。

「さて、ここもこれで平気ね」

「あ、ありがとうございました!」

「ううん。気にしないで」

 助けてあげた女子生徒が目をキラキラさせてお礼を言ってくるんだけど、なんだが慣れてきちゃったな。

 最初はあんなにぎこちなかったのに、今じゃスラスラと言葉が出るわ。

「次は……こっちね」

 行き先を決めた理由は特にない。

 あえて何かしらの言葉にすらなら、そうね……女の勘かしら?

 これ、意外と馬鹿に出来ないのよ?

 愛刀についた血を振るって飛ばした後、綺麗になった愛刀だけを指輪の中に収納してあたしは走り出した。

「見えた。次はあそこね」

 襲撃者とウチの生徒たちが戦っているのが見えた。

 あたしは愛刀を再び取り出すとその戦場に飛び込もうと足に魔力を集め、爆発させると同時に飛び出そうとした。

「ーーっ!?」

 なによ……これ……。

 今までに感じたことのない激しい魔力。

 その魔力からは何も感じられない。

 だけど、いやだからこそ異常よ!

 何も感じないでこれだけの魔力を活性化させることができるものなの!?

 感情のない魔力の活性化。

 それは別に不可能なことじゃないわ。けど、感情のある魔力の活性化と比べればどうしても量も質も落ちちゃう。

 なのにこれは、この量に質は、どっちを取ってもあたしの倍? いや、それ以上……測れない!!

 そこに敵意や殺気は混ざっていない。

 だからこんな馬鹿みたい規模の魔力に当てられても精神崩壊は起きないけど、もしも……。

「ーーひっ!?」

 間一髪だったわ。

 もしもあと一瞬万が一を考えて全身に魔力を纏うのが遅かったら飲み込まれてたわ。

 何の感情も入っていなかった膨大な魔力についさっき、明確な、あまりにも濃い殺意が混ざった。

「そうだわっ!」

 あたしですら膨大な魔力を纏ってやっと防げるレベルなのだ。

 こう言ってもあたしの実力は学院で一位。

 あたしでギリギリじゃ他に防げる生徒はいない。

 この魔力を感じる範囲はおそらく学院中だわ。

 全生徒の精神が崩壊してもおかしくない!

 あたしは焦りながらさっき見えた戦場に目を向けた。

「……あれ?」

 混乱が起きていると思った戦場はさっきと同じだった。

 どうして?

 これほどの濃さなのよ?

 どうして何も感じないの?

 ……いいえ。戦いが強制的に終わったとしても生徒の大半が精神をおかしくしてしまったら元も子もないわ。

 とりあえずあたしはこの魔力の発信源に向かった方がいいわね。

「はっ!!」

 足元で爆発を起こし、それと同時に跳ぶことによって通常よりも高く、速く飛んだあたしは魔力の発信源に向かって一直線に跳んだ。

 一跳びで到着しようとしているため最初に着地点を気配から決めて跳んだんだけど、どうやら発信源は旧校舎の一室のようね。

「……まさか……」

 後者の屋上に近付きながらあたしは不安になっていた。

 だってそこは。

 その部屋は、さっきまでミキがいた部屋だったから。

「急がなきゃっ!」

 焦りを隠せないあたしは空中で爆発を起こし、その爆風に飛ばされるようにして自身を加速させると、目的地の屋上に着地した。

 着地によるタイムロスは一瞬。

 中に入ろうと扉に向かった瞬間。それは起きた。

 爆音と閃光。

 そして、焼けるほどの熱。

 文字にしてしまえばシンプルだが、それがあたしに与えた衝撃は物理的、精神的共に凄まじいものだった。

「きゃぁぁぁあっ!!」

 旧校舎の内部から起きた爆発によってあたしは再び空中に身を投げ出されていた。

 上昇が終わり、一瞬静止した後、あたしは激しい風圧を受けながらも落下していた。

「な、何が……」

 どうにか目を開けると、そこに映ったのは半壊した旧校舎だった。

「……えっ?」

 どうやらあたしは相当高くまで飛ばされてしまったみたいね。

 飛ばされた方向が斜めとか横じゃなくて、真上だったのは不幸中の幸いね。

 まあ、あたしだから真上の方が都合がいいだけで、普通なら死を覚悟するしかないわね。

 これだけ脳を回転させていても地面まで、半壊した旧校舎まで距離があった。

 距離がある。つまり、まだ余裕があるとは言っても、そううかうかしてたらさすがのあたしもマズイわね。

 体制は風圧のせいで直せないし、んー。これ、普通の魔装師なら死ぬわね。

 まっ。あたしは普通じゃないけどね!

「はっ!!」

 身体の至る所から小さな爆発を起こし、その爆風によって強制的に体制を直す。

 どの適度の威力でどのくらい自分の身体が飛ばされるのか。そしてどの向きで飛ばされるのか。他にも身体に歪みはうまれないか、爆発によるダメージはないか。

 それらを一瞬で計算し、実行する。

 時間にすれば瞬きをするよりも速い……と思う。

 最初はいちいち計算してたけど今のあたしなら考えることなく、ただ直そうと思っただけで正確な爆発を起こせる。

 何度も練習したからね。

 既に有意識行動から無意識行動に昇華されてるわよ!

 体制は既に正されている。

 半壊しているせいで着地出来そうな場所が少ないけど、それも爆風と落下地点を調整すればどうにかなるわ。

 よし。あそこに着地しましょう。

 着地ポイントを決めると同時に意識するよりも前に小さな爆発を起こし、落下軌道を変えていた。

 そして、崩れているものの大きめのパーツとしてそこにある屋上の一部が目の前にくると同時に落下の勢いを落とすために爆発を起こす。

「さて。どうにか着地はうまくいったわね」

 両足のバネだけでほぼ全ての衝撃を和らげ、体制的には落ちていた物を片手で拾っているかのようだ。

「……ここからね」

 喉を鳴らした後。

 あたしはちょうどいい大きさの隙間を見つけ、そこから旧校舎内に入った。

 そこてあたしが見たのは。

 いつもは長い黒髪(・・)を靡かせている少女が、同じく長い、だけど銀髪(・・)を靡かせているという、ありえないものだった。

「……み、……き……?」

 そこに立っている銀髪の少女。

 髪の色が変わっているということを除けば、どこからどう見てもミキだった。

 あたしのつぶやきにも近い声が届いたのか、ミキだけはあたまだけをこっちに向けた。

「……あっ。マリア……さっきぶり」

 声も同じ。喋り方も同じ。

 だけど、ミキの目を見た瞬間。あたしの目からは一筋の光が溢れていた。

「……? マリア、どうして泣いてるの?」

「……だ、だって……」

 信じられなかったから。

 今、この瞬間もこの目に映っている光景が、あたしは信じられなかった。

 片手を伸ばし、綺麗に伸ばされたミキの爪。

 片手だから爪は五つ。

 その五つの爪は全てから透明の何かが伸び、それは何かを貫いていた。

 貫かれている何かからはポタポタと赤い液が零れ落ちていた。

 そう。それは、白衣を着た女性だった。

「……ミキ? ……それ、誰?」

「ん? これ? これは敵。だから壊すの」

 そう言って微笑むミキ。

 元々は真っ白の白衣だったのだろう。だけど、今は半分ほどが赤に染められていた。

 両足をぶらんぶらんと宙に浮かせ、その眼は既に光を宿していない。

 違う意味で、ミキの目からも光はなくなっていた。

 敵は倒す。

 それはあたしも承知している。

 今更敵を殺すことに躊躇とかはしない。

 だけど、今のミキは明らかに様子がおかしい。

「……えっ?」

 そして。

 あたしはそれを見つけた。

「……ち、あき?」

 真っ赤に染まって床に伏せる一人の少年。

 あたしに向かって生意気なことを言い続けるむかつく男。

 チアキが、倒れていた。

 その顔からは生気が感じられなかった。

「……そう。この敵がチアキを……許さない」

「……ミキ? 何を……」

 ミキはキッと白衣の女を睨みつけると、下げていたもう片方の手を女の顔に向けた。

「ーーっ!? ミキっ!! それは駄目!」

 ミキが何をしようとしているのか、あたしはそれに気付いた。だから走る。ミキを止めるために。

 それだけは駄目!

 それをしたら、ミキは本当に人じゃ……。

「ーー死ね」

 ミキがそう言い捨てた瞬間。

 あたらしくあげられたミキの腕。

 その先端にある五つの爪から半透明の何かが伸び。

「あっ……」

 女の顔を。

「クク」

 ーー貫かなかった。

「ーーっ!?」

 ミキの背後から聞こえた声にミキとあたしは驚き、動きが一瞬止まる。

 止まった理由はそれだけじゃない。

 さっきまでミキが貫いていた白衣の女。そんな姿が消えていたのだ。

 これじゃまるで!!

「クク。『虚実(きょじつ)』」

 何の前触れもなく、突如としてミキの背後に現れた白衣の女。

 纏う白衣はその名の通り真っ白で、どこには赤なんてなかった。

 それだけじゃない。あれだけ床に散らばっていた赤すらも、その全てが消えていた。

「ミキっ!!」

「遅いのだよ!」

 ミキに向かって剣を振おうとしているのを見てあたしは叫ぶ。

 咄嗟に駆け出すものの間に合うわけがない。

 怒りによって暴走していたミキの硬直時間はあたしよりも長かった。

 振り返ろうとしているけどそれすら間に合わない。

 防御も、回避も、何もかもがもう手遅れ。

 あたしの得物も刀剣だからわかる。

 あのまま白衣の女の剣が振るわれれば、ミキは確実に死ぬ。

 あまりにも深い。致命傷過ぎる。

 そして白衣の女の剣がミキの肩に当たった。

「むっ!?」

 白衣の女の剣は確かにミキに当たっている。

 だが、斬り裂くことはなかった。

「舐めないで『氷爪(ひょうそう)』」

 振り返る時と同時に爪から伸びていた半透明の何かを消していたミキは、驚いている白衣の女に向けて再び爪を向けた。

 ミキの爪から改めて伸びた半透明の何か。改めて氷の爪は白衣の女の顔面に向かって伸びるものの、避けられてしまい頬に小さな傷をつけるだけに終わっていた。

「クク。驚いたのだよ。まさか、身体の表面に硬い氷の膜を張っているとはね」

「へえ。よくわかったね」

「……み、ミキ?」

 普通に喋っているミキにあたしは両目をまん丸に見開いていた。

「ん?」

「えと、ミキなのよね?」

「そうだよマリア?」

「……いつものミキ?」

「んー。どうだろ」

 そう言って微笑むミキ。

 これは間違いなくあたしが良く知っているミキだ。

「えっ。もしかしてなに。さっきまでの若干壊れかかってるオーラは全部お芝居だったってこと!?」

 改めてミキと目があったけど、さっきはなかった光がそこにはあった。

「んー。微妙。感情が凄いことになってたのは本当だよ? だけどマリアの顔を見たら不思議と安心して冷静に戻れたの」

「えーと?」

「今はそんなこといいでしょ?」

「えっ? ……いいえ。その通りだわ」

 改めてあたしは白衣の女に目を向けた。

 どうやらミキはあたしのおかげで精神的に元に戻ったらしいけど、こいつはチアキを……。

「許さないっ!」

 憎しみに飲み込まれたわけじゃないけど、今のあたしはすっごく怒ってる。

 二本の愛刀を取り出したあたしは白衣の女に向かって突撃した。

「マリアは好きに動いて。あたしがサポートする」

「わかったわ!」

 元々ミキと二人で組む時はあたしが遊撃をやってあたしに被害がこないようにミキが大規模魔法を使っていた。

 ミキの力は本当にある意味戦争特化だった。

 最たる理由として、それがコントロールの出来なさだった。

 どうしても攻撃範囲が大雑把になってしまう。

 だから、多対多ならば戦場も広くかるためこの戦法で問題ないのだが、少数同士の戦いとなると不可能になってしまう。

 小さな空間が戦場となるとミキの魔法に巻き込まれてしまうかもしれない。

 だからこそミキは襲撃を受けた時、戦線に出なかったのだ。

 敵味方が入れ乱れる今回のような戦いではまったくの無力だったから。

 だけど、さっきのミキを見てあたしは確信していた。

 きっかけとか、理由とはひとまずどうでもいい。

 ただ一つ確かなこと。

 それは、ミキが魔力の使い方を知ったということ。

「はっ!」

 足が床を蹴る瞬間に小さな爆発を起こし、元々高いあたしの身体能力だけじゃ説明出来ない速力で間合いを詰めた後、双刀を左右同時の鞘なし居合い気味に振るった。

 白衣の女から見たらありえない速度の一撃だったのだが、慌てることもなく僅かに身体を逸らすことによって避けられた。

「見切ってるってことね」

 攻撃を躱された直後は致命的な隙になってしまう。

 身体能力じゃ引くことは出来ない。だけどあたしには炎がある。

 胸の前で小さな爆発を起こしてあたしは強制的に後ろに下がった。

 足が床につくと同時に再び小さな爆発を起こしながら白衣の女のサイドに回り込み、迷うことなく刀を振るう。

 左太刀一本で斬りかかるとやはりと言うべきか白衣の女はそれをスレスレで躱す。

「はっ!」

 一瞬で行える回避の距離は一度決めたら増やすことは出来ない。

 普通なら斬撃と斬撃の間にある微かな時間で体制を直し、次の回避行動に移すことも出来るだろうが、あたしの斬撃は爆発を利用した加速を使うことで通常よりも速く次の斬撃を放つことが出来る。

 それに、そもそも連撃を前提にしていた一撃だったからそれは尚更だった。

 左から右への薙ぎ払いが躱されると同時に腰を一気に回し、片足を軸にその場でターンをする。

 そして、フリーになっている右太刀を振るう。

「クク。防がれないと思ったか?」

「躱せなければそれでいいのよ」

「負け惜しみなのだよ」

「さぁ? どうでしょうね」

「クク」

 少しの間鍔迫り合いをした後、互いに押し合って離れた。

 互いに飛ばされる形で後ろに飛んだため両足が地面についていない。

 つまり、回避不可。

 あの女はきっとこのタイミングでミキが攻撃をすると思ってるんでしょうけどそれは違う。

 空中というのは確かに無防備だけど、貫くことが出来なければ身体ごと飛ばされてことで威力が半減してしまう。

 何より、強者になればなるほど空中での攻撃へと対処の仕方を知っているものだ。

 だからミキが動いたのは白衣の女が着地した瞬間だった。

「今『氷爪』」

 小さいとはいえ、着地時には隙がうまれる。

 その小さな隙をつくことは今のミキにとってさほど難しいことじゃなかった。

 ミキの人差し指から伸びた氷の爪が白衣の女の心臓へと直進する。

「クク。甘いのだーーっ!?」

「無駄よ。あんたも幻属性なんでしょ? なら、着地の瞬間をズラすことも出来るわよね? 回避不可の攻撃を回避して動揺させるつもりだっんだろうけど、あたしを舐めないでくれる」

 ニヤリと笑い、迫り来る氷の爪を躱そうとした白衣の女の顔に驚愕が浮かぶと同時に氷の爪が女の脇腹を貫いていた。

「けど、それでも急所を外してるあたり流石ね」

 ミキは女の心臓を狙っていた。

 だけど実際に突き刺さっているのは脇腹だ。

 それはすなわち、女が足掻いたということだ。

「あたしの『火剣(ひけん)』を受けてるのに動けるなんて凄いわね」

「……何を……した……」

 脇腹から走る激しい痛みに顔を歪める女にあたしは笑みを浮かべた。

「斬撃が当たった瞬間に小さな爆発を刀身に連続で起こして強烈な振動を作り出し、それを相手の流し込んで身体を麻痺させる技よ」

「……なっ……」

「まあ。わかりやすく言えば鍔迫り合いに持ち込んだあの一撃に込められてた衝撃は爆発そのものってこと」

 目に見えるような爆発じゃない。

 刀身の表面にとても小さいけどたくさんの爆発を起こすことで刀身を揺らし、連続で起こすことで揺れを強烈な衝撃へと昇華させ、それを相手に叩き込む。

「あたしの属性は見ての通り炎。だけど、あたしはただの火力馬鹿なんかじゃないわ」

 希少属性の一つ。『炎』。

 火の属性はありふれているが、炎な火のほぼ完全上位互換だ。

 その破壊力はとてつもなく、魔法の一つ一つで消費する魔法が凄まじいことがたまに傷だけど、神崎家譲りの多い魔力でそれはどうにかカバー出来る。

 炎属性は素の攻撃性能があまりにも高いため、過去に炎属性だった者のほとんどが力押しの戦法だった。

 だけどあたしは違う。

 確かに炎属性は強烈でゴリ押しで大抵がどうにかなる。

 だけど、世の中には才能だけじゃどうにもならない壁ってものがあるのよ。

 幼い頃にそんな壁と出会ったあたしは炎の凄まじさのまま火のようにコントロールする術を身に付けた。

 たった今この女にやった『火剣』も本来は衝撃剣の一種。

 通常の斬撃よりも強い衝撃を相手に送る技。

 本来ならば火属性でやるところをあたしはそれを炎属性でやっている。

 コントロールするのは大変だったけど、そうすることによってあたしの炎は火のように繊細で、炎のように荒々しい力を得た。

「技術を伴った炎の力! その身に受けて思い知りなさいっ! ミキっ!」

「わかってる」

「くっ!」

 白衣の女に突き刺した氷の爪からさらに氷を伸ばし、その身体を完全に捕らえようとした瞬間、白衣の女は悔しげに呻くと。

「消えたっ!?」

「マリア。幻術」

「ちっ。わかってても面倒ね。まったく」

 どうやら本物の白衣の女は幻術であたしたちの視界を誤魔化し、その隙にミキの爪から逃れたようだった。

 あたりを見渡してみるものの姿は見えない。

「幻術で姿まで消せるってのはズルいわね」

「同感だね。けど、あたしもマリアも同じ希少属性だよ? 相手からすれば充分あたしたちもチート」

「まあ。それもそうね」

 敵がどこから現れるのかわからないため、あたしとミキは互いの背中を合わせていた。

 あたしは双刀を構え、ミキは何も持っていないけれど、体内で魔力を活性化させているはずよ。

 ミキの言うことはもっともだと思う。

 方やその気になれば魔力を解放するだけで周囲を全て生きることの出来ない完全停止世界。つまり、絶対零度の空間にすることが出来るほどの力を秘めている氷属性のミキ。

 方や元々圧倒的な爆発力を、破壊力を持っているにもかかわらず、それを精密にコントロールし効率威力共に上昇させた炎を操るあたし。

 きっと彼なら。……チアキならズルいと言うと思う。

 あたしはふとミキの顔を覗き見た。

 よくわからなかったけど、どうやらミキとチアキは多少の面識があるらしい。

 本人曰く本当に多少らしいけど、あたしにはそれが信じられなかった。

 今ではいつも通りに戻っているミキだけど、あの時は確実に、旧校舎を半壊させたあの時は本当に暴走していたんだと思う。

 あのミキを暴走にまで追い込んだ出来事。きっとそれはチアキのことだ。

 あたしだって血塗れのチアキを見た瞬間、心から黒いものが滲み出たのだもの。

 けど、今のミキはどう?

 背中越しに伝わるミキの心音はとても静かで、安定していた。

 どうしてだなんて聞けない。

 ただ一つわかること。それはミキが既にチアキのことをなんとも思っていないということ。

「……あれ?」

 あの白衣を着た女がどこから出てくる警戒し、周囲を見回しているとあたしはふと違和感を感じた。

「戦いの最中に考え事とは余裕なのだよ」

「マリアっ!」

「えっ?」

 正面と背後からほぼ同時に聞こえた声によってあたしの意識は思考の渦から現実へと戻った。

 目の前に見えるのは白刃。

 それが目前に迫っていた。

 防御? 回避? 無理、もうどっちも間に合わないっ!

 来るであろう痛みを覚悟し、後手になろうとも一撃返してやろうと意気込んでいると視界の端から一直線に何かが見えた。

「ミキ……」

「大丈夫?」

「ありがと」

「ちっ。なのだよ」

 あたしの名前を叫ぶと同時に伸ばしてくれた氷爪のおかげで白衣の女はあたしへの攻撃を中断し、後ろに跳んで舌打ちをしていた。

「クク」

「逃がさないっ!!」

 再び幻術を使い、徐々に姿が消えていく白衣の女に向けてあたしは刀を向けるとその刃に炎を宿し、そしてそれを飛ぶ斬撃として放った。

「ちっ。速いわね」

 あたしの斬撃よりも速く女の姿は完全に消え去り、どうやら遅かったみたい。

 だけど、何かしらこの感じ。

 さっき感じた違和感。それが増えているような……。


 まるで録画した場面を何度も巻き戻して見ているような気分だった。

 白衣の女が突然現れる攻撃をしてくるのを防ぎ、返そうとするとそれよりも速く消えてしまう。

 いったいこれがいつまで続くのだろうか、もしかするとずっと続くんじゃないかとまで思った。

 だけど、あの時感じた違和感はどんどん、たった今も増え続けていた。

 そしてあたしはそれを見た。

 あたしは顔に出そうになる歓喜を必死に押し殺した。

 あの女にあたしの歓喜がばれちゃうとここまで時間を掛けてやってくれたことが無意味になってしまう。

 だからあたしは感情を押し殺し、この秒読みになった繰り返しを続けた。

 そっか。だからミキは……。

「ミキ。この無限ループどうしようかしら?」

「任せる」

「ミキ?」

「任せる」

「あはは……」

 投げやりになったようにも受け取れる返事をしたミキにあたしは思わず苦笑した。

 けど、今ので確信した。

 ミキは気付いていたんだ。

 そして、それをあたしに任せてくれた。

 なら、やるしかない。

 今思えばあれもわざとだったんだと思う。

 ミキはあたしが自分でも防御出来る時でもあたしを守ってくれた。

 最初は信頼されてないのかってちょっとムカついたけど、それはブラフ。

 最初からそうすることで、おの女に気付かれないようにしたんだ。

 あたしが突然防御を疎かにし始めたらきっと警戒される。

 けど、これならあたしはその一瞬に集中出来る。

 まだ。まだよ。

 もっと良く見なさい。

 もっともっと認識しなさい。

 違和感がもっとも強い場所を、光景をっ!!

「そこだっ!!」

 あたしは密かに体内で活性化させていた多量の魔力を一瞬で表に出し、全てを溶かしてしまうほどの業火へと変化させ刀に纏わせた。

 今この瞬間だけはコントロールなんてしない。

 炎属性の本来あるべき姿である、小細工なんか無しの圧倒的な火力として斬撃と共に炎を前方に飛ばした。

 圧縮し、切れ味を持っている炎の斬撃ではなく、斬撃はただのラケット。炎を弾として放った。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」

 部屋中に女の悲鳴がこだましていた。

 今もその姿は見えていないが、そんなことは関係ない。

 何もない空間が赤く燃え上がっているから。

「な、何故なのだよ! 何故私の居場所がっ!!」

 どうやら幻術を維持するのか難しくなったようだわ。

 少しずつ炎の中に人の形が見え始めていた。

「何故? 何故ってそんなの簡単よ。術師ってのは頭の中のイメージを幻として具現化、立体映像のようなものなんでしょ? 知ってる? 戦場って常に光景が変化するのよ?」

「私の幻術がズレていたというのか? ありえないのだよ。戦場の傷跡を随時更新するために私は幻術の映像を毎回一から脳内で作り直しているのだよ。ズレてるわけがないのだよ」

 既に炎は消えているものの、白衣は黒衣と呼ぶべきほどに焦げしてしまっており、ダメージがそうとうあるのかうずくまり、立てないようだった。

「ええ。そうね。あんたは姿を現わす時に幻術を時、一瞬でこの部屋の光景を認識し直すとそれをすぐに幻術として具現化していたわ。けど、どうやら気付いてなかったみたいね」

「気付く? 何のことなのだよ!」

「あんたが幻術を解いた後、この部屋には違う幻術が掛かってたってことよ」

「何を……言っているのだよ」

 一瞬驚く素振りを見せるが、それを信じたくないのかすぐに平静を取り繕っているのだろうけど、動揺がバレバレね。

「人って意外にね意識上では気付いてなくても無意識上で気付いていることって多いのよ」

「何を……」

「まあつまり。こういうことよ。ほらっ。いつまでも隠れてないでで出来ないさいよ!」

「あっ。やっぱり?」

 あの女の表情が一瞬にして驚愕に染まっていた。

 当然よ。たった今聞こえた声。

 あの女からすればその声は聞こえるわけがないからね。

 隣同士で立っているあたしとミキの間にもやもやとしたものが見えた。

 それは下の方から徐々にリアルな光景へと定まっていき、そして。

「よお。舞い戻ってきたぜ? 輪廻の先から」

 そこにいたのは他でもない。

 やられたはずのチアキだった。

 

 

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