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おやおや。急展開だな。

 魔法学院、第二校舎。

 中心とは言えない校舎の端にその部屋はあった。

 俺とマリアはそんな場所のとある部屋の前にいた。

 扉に書かれている文字は三文字。

 理科室。

「なあマリア。こんなとこに何の用だ?」

「いいから」

 マリアは扉をトントントンと三回連続でノックした。

 ……沈黙。

 十秒ほどの静寂の後、扉の奥からバタバタと物音がした。

「……はぁー。相変わらずね」

 呆れた表情でマリアがため息を一つ。

 少し待ってからマリアはもう一度ドアをノック。今回はトントントンではなく、トントトン。と少しリズムが違った。

 ノックをするために伸ばした手をマリアが引くのとほぼ同時、扉が凄まじい勢いで開けられた。

 もしも一瞬。一瞬でも手を引くのが遅かったら扉はマリアの手に激突していただろう。それほどのスピードだった。

「元気にしてたかしら?」

 扉を内側から開けた人物に対してマリアは片手をあげながらそう社交辞令的な挨拶をした。

「久しぶり。……でもないね。あたしは元気だったよ。マリア」

「あっ。お前は……」

 そこにいたのはどこかで見た気のする少女。

 俺のつぶやきが聞こえたのか、視線を俺に向けたその少女はやはり俺に見覚えがあったのか目を少し見開いた後に小さく微笑んだ。

「やっぱりまた会ったね。チアキ」

「……本当にまた会ったな。ミキ」

「あら。あんたたち面識あったの?」

「……ああ。前に病院でな」

 俺がこの街で目覚めた後、ファスと共に行った病院。そこで出会ったのがこの少女。ミキだった。

「病院? ああ。そういえばミキのお義父さんってあそこの医院長だっけ?」

「そうだよ」

「なあマリア。ミキって何者なんだ?」

 俺は十中八九、マリアの言う仲間とは相当の実力者だと思っていた。

 そのため、年上の、大人を想像していたのだが、ミキはおそらく同い年だ。

 見た目も、戦いとは無縁そうな華奢で綺麗な、そうまるで絵に描いたような美少女。お嬢様だった。

「なっ!? あんたミキのこと知らないの!?」

 ありえないものを見るかのような目を俺に向けるマリア。

 魔力が、魔法があるこの世界では相手の見た目だけで実力を測ることは難しい。

 そのため、例えミキのように華奢な身体としても強いことは十分にあり得るが、それにしてもマリアのこと驚きよう、そんなに知らないことがありえない話なのか?

 あの病院はここで一番大きな病院だが、だからと言ってそこの医院長の娘を誰もが知っているわけがないと思う。

 ……ん? 医院長の娘?

「……まさか、勇者組の?」

「ふふ」

 楽しそうに笑みをこぼすミキ。

 てことは、やっぱりそうなのか。

 この国の隠し球。

 最強の四人からなる特別部隊。

 転魔隊。通称勇者組。

 ミキ。フルネームは確かーー。

 神月(こうづき)ミキ。

 そうだ。あの病院の名前だってヒントだったじゃないか。

 月神病院。

 始神家(ししんけ)の一角。神月(こうづき)

 月神とは即ち神月(こうづき)のこと。

 その名前を冠しているということは医院長は神月(こうづき)の者だということ。

 その娘ならば当然神月(こうづき)家の者だ。

 そりゃ知名度あるよな。天下の大貴族。神月(こうづき)家の娘とはな。

 前回のルートでミキの話は聞いている。

 勇者組の最高戦力とも言われていた少女だ。

 個人戦ではなく、戦争においての大天才。

 いや、大天災というべきか。

 あまりにも圧倒的な魔力量とその質。

 しかも、力任せでも凄まじいことになるというのに、そこに繊細な魔力コントロール力が合わさり、戦争において、数百万の敵軍をたった一人で倒したときく。

「まさか。勇者組の天才魔導師だったとはな」

「なんだ。知ってるんじゃない」

「今思い出したの?」

「ああ」

「でしょうね。前に会った時はそんな素振り全くなかったもん。あっ立ち話も何だし、入って」

「ん。お邪魔しまーす」

「……お邪魔します」


 どうやれマリアとミキは中々の友好関係を築いているみたいだ。

 なんというか、遠慮がない。

「ミキー。喉乾いたー」

「待ってて。すぐにお茶取ってくるから」

「おい待て。ここ、理科室だろ? なんで堂々と一般家庭にあるようなテーブルがある? それにお茶ともかなんであるんだよっ!」

 当然のように座っている二人に俺は叫ぶ。

 そして何より、当然のようにお茶を淹れ始めたミキに向かって叫んだ。

「うるさいわね。いいじゃない。そんなこと気にしなくても」

「いやいや。気にするだろ!? これじゃまるで友人の家に行った時の描写みたいじゃねえかっ!」

「あら。うまいこというわね」

「どこがだよ!」

「この部屋はミキの部屋なのよ」

「あぁ。そういう……はっ!?」

「あら。セルフノリツッコミ?」

「なんでだよ! なんで学院の中に部屋があるんだよ!」

「忘れたの? この学院には始神家(ししんけ)が資金提供してるのよ?」

「……え。まさか」

 俺に向かって笑みを深めるマリア。

 これじゃまるで。

「当然。あたしの部屋もあるわよ?」

「……はぁー。なんかもう。いいや」

「ふふ。驚くのも無理はないよ。マリア。あたしたちの基準で話したらだめって言ってるよ?」

「ん。そうだったんね。悪かったわねチアキ」

「……はぁー」

 なんだこれ。ミキが登場した途端にマリアが面倒くさい子になっちまったぞ?

 これが、相乗効果ってやつなのか? ……いや、ちょっと違うか。

「で。マリア。なんでここに来たんだ?」

「そんなのミキと会うために決まってるじゃない」

「……決まってるのか」

「ミキっていつもいろんなところを転々としてるから見つけるの大変なのよ?」

「あたしはそんなつもりないよ? なら、ここは何番目で見つけたの?」

「一番目よ」

「……それ、大変だったの?」

「女の勘をフル稼働させたわ」

「それってコントロールできるもの?」

「さぁ? 見つけられたんだから良しとしましょうよ」

「……そうだね」

 なんかこの二人のやりとりを見ていたら関係性がなんとなく掴めて気がする。

「チアキはマリアと関係を持つようになってどれくらい?」

「誤解を招く言い方をするな。……ほら、どっかのピュアな子が赤面してるぞ?」

「……勘違い? 何のこと?」

 どうやら本当に何のことだかわからない風に首を傾げるミキ。

 自分の方こそ深読みが過ぎたと赤みを深めるマリア。

 なにこれ面白い。

「まあいいや。俺とマリアが知り合ったのは最近だよ。ミキも知ってるだろ? 俺は最近こっちに来たんだぞ?」

「……あ。そういえばそうだったね。けど、マリアがきっかけでこっちに来た可能性もないわけじゃないでしょ?」

「まあ。そうだけど……」

「ふふ。それでマリア? 今日はどうしたの?」

「あっうん」

 ミキの視線が俺からマリアに変えられると、少し赤みが引けてきたマリアが伏せていた顔をあげる。

 俺はいろいろと諦めることにしておとなしく椅子に座っていた。

 ちなみに、このテーブル。普通は四角形なのだが、これはどういうわけか三角形をしている。

 そのため、誰かと誰かが隣同士ということはない。

「ミキなら今起こってるギルド連続襲撃事件について知ってるかと思ったのよ」

「ああ。やっぱりその話」

 返事をしたようにではなく、独り言のようにつぶやいたミキはふと立ち上がると部屋の奥に消えた。

 俺とマリアが顔を見合わせて疑問符を浮かべていると、何かを持ったミキが奥から戻ってきた。

「ミキ? どうしたの?」

「これ」

「ん?」

 ミキがマリアに手渡したのは封筒だった。

 マリアは疑問に思いながらもそれをあける。

 そして、中に入っていた紙の束を取り出し、それを読み始めると同時に驚愕の声を漏らした。

「これって!」

「マリア?」

 マリアの反応がすごく、興味がそそられた俺は立ち上がるとマリアの後ろに回った。そして後ろから覗き込んでみると。

「今回のギルド襲撃事件をあたしなりに検証してみた」

「すごいな……こんな細かく……」

「うん。あたしが前に見た資料よりも細かくと詳しく」

 中身はいくつかの項目にわけられているようで、堅苦しいレポートのようにも見えるが、万人にわかりやすいようにという配慮なのか言葉の一つ一つが噛み砕かれており、とても読みやすいものだった。

 マリアがページをめくり、今回襲撃されたギルドたちの名前が箇条書きにされているところを見て俺はそれに気付いた。

「ーーっ! おいマリア気付いたか?」

「気付く? 何によ」

「縦読みしろ」

「縦読み? どこをよ」

「……あっ。被害ギルドの一覧のところ」

 どうやらミキも今それに気付いたようだった。

 まあ、俺が気付けたのもぶっちゃけただのマグレだ。

 そこに書かれているギルドの名前は。

 魔物殺し。

 ソリティーアル。

 ウリティア。

 屍呼び。

 ハリケーンズ。

 オルティカ。

 悪だぜ組合。

 リピーター。

 ダルメシアン。

 縦読みする。

「魔ソウしハオわリだ? 魔装師は終わりだ!?」

「もしも今までのギルド襲撃がこのメッセージのためだとしたらキレがいい。次に来るのはもしかするとーー」

 そこから先は言葉にしなかった。

 いや、出来なかったのだ。

 そして何より、言葉にする必要性すらなくなったのだ。

 何故なら。

 天地をかき混ぜるかのような轟音が学院中に響いたからだ。


 時刻は既に夜。

 今、学院に残っているのは自己練に励む真面目な一部の生徒だけだった。

 プロの魔装師である教師たちも、その大半が学院内に姿が見られなかった。

 何故ここまで人がいないのか、その理由はあまりにも簡単だった。

 連日のギルド襲撃事件。

 連携はもちろん、個々の強さも素晴らしいものを持っていた【ダルメシアン】までやられたということもあり、学院副長の命により、大半がギルドの護衛に駆り出されていたのだ。

 学院長と副長もこの件について中央から呼び出されているらしく、姿はない。

 そんな中、ここ。

 中央魔法学院は敵襲にあっていた。

「チアキっ! 行くわよ!」

「わかってるよ!」

 さすがの俺も目の前や顔見知りが死ぬとこは見たくないんでね。

 理科室から飛び出ようとする俺とマリア。先導していたマリアがドアノブに手を掛けるとピタリとその動きを止める。

「マリア?」

「……ミキはどうする?」

「ーーっ!?」

 そこで俺はやっと気が付いた。

 ミキに動きがない。

 まったくと言っていいほどに、変化がなかった。

 それは、体外へと漏れ出している魔力も同じだった。

 魔力と感情は強い結び付きがあるらしい。

 魔力の質や性質は個々によって違いがある。

 そして、それは一人の人間だとしても一定とは限らない。

 感情の変化によって違いが現れるのだ。

 達人はその変化から相手の心を読むことが出来るらしい。

 事実。俺も完璧とはいえない程度のレベルであるが、似たようなことが出来る。

 少なくとも、感情の変化を魔力から読み取ること程度は造作もない。

 だが、今のミキにはそれがない。

 それはつまり、学院が襲撃されているという揺るがぬ事実があるこの状況について何も思うところがないということだ。

 これがミキなのか?

 勇者組と呼ばれる団体に所属する者の心なのか?

「行かない。ここにいる」

「……そう」

 返事を聞くまでもなかったんだろう。

 俺はミキの魔力からそれを悟り、マリアはきっと悲しいけど、辛いけど、今までの経験からそれを知っていたのだろう。

「チアキ。行くわよ」

「……ああ」

 名残惜しそうに視線を一瞬向けたマリアは目を伏せると何かから逃げるかのように走り出した。


 今の状況を一言で表すのであればこれが最適だ。

 混乱。

 いや、混沌の方がふさわしいかもしれない。

 学院のいたるところから突如起きた爆発により学院中に黒い煙が立ちのぼり、多くの負傷者が倒れていた。

 負傷者たちは軽傷が多いように見えるが、重傷人も無視できないレベルでいた。

「チアキ。どうやら学院内の人間が少ない時を狙われたわね」

「ああ。ギルドの襲撃は俺たちへのメッセージだな」

 ここで言う俺たちとはつまり魔装師のことだ。

「プラス陽動ってところかしら?」

「だな。人間は性質上群れる。元々人数が少なくなってるのに少しでも人が集まってるところを爆破ポイントにされてるっぽいな」

「……怪我人は大丈夫かしら」

「治療してやりたいが俺にはそんな能力ないしな。それに、怪我人の治療よりも俺たちは原因を直接叩いた方が良いと思うぞ?」

「なんでよ?」

「忘れたのか? 警戒をさせていた状態でもいくつかのギルドは壊滅的打撃を受けたんだぞ? 敵さんの戦闘能力は高いはずだ。並の術師が相手にならないだろうか」

「……そういうことね」

 自分と言うのも何だが、俺は強い。

 俺の能力、『幻』がばれていない状況であれば尚更俺の力は生きる。

 そして、マリアの戦闘能力だって俺とやった時とは別次元のはずだ。

「マリア。加減するなよ」

「当然よ」

「じゃあ。二手にわかれるぞ」

「一人で大丈夫?」

「無問題だ」

 マリアと共に廊下を走りながら、窓から外の状況を見ていたのだが、これ窓から直接出ればよくないか?

「じゃ。俺はこっちからいくよ」

「おっけー。また後でね!」

「おうっ!」

 窓から飛び降りた俺が最初に感じたのは焼け焦げた臭い。

 おいおい。どうやら軽傷人が多い理由はうまく爆発から逃れたわけじゃなさそうだな。

 この臭いは明らかにーー。

 いや、こんなことを考えるのはよそう。

 今の俺に出来ること。

 ここに来てまだ数日だが、だけど失いたくない友が出来た。

 なんだかんだ言ってコッザもいい友だ。それに、クラスメイトたちだって話をする。

 あの時はできなかったが、やってやる。

 俺は主人公じゃない。

 俺は選ばれなかったモブキャラだ。

 だけど、だけどさ。

 そんなの関係ないよな?

 俺は。

 ーーあたしは。

「おっ!? 良い獲物見っけっ!!」

 いつの間にか立ち止まっていた俺の真上から聞こえる声。

 俺の身体は動かない。

 声には気付いている。

 反応だって出来ている。

 だけど動かない。

 諸刃の大剣を握り、それを俺に向けてまっすぐにはるか上空から重力任せに振り下ろそうとしているのを、俺は違う地点から見ていた。

 そして、その大剣は一切の動きを示さない俺の身体を(ちょうてん)から綺麗に割った。

「んだよ。無傷のやつがいたから強えと思ったんだけどな。ただのクソザコじゃねえか。

 まったくよ。ボスもなんだってこんな魔装師(ザコども)を怖がっていやがるんだ?」

 鮮血を周囲に撒き散らし、二つにわかれた身体の間に立ち、小言をもらした後、大剣についた真紅を舐めたその時だった。

「ーーっ!?」

 味がしない。

 大剣を持ったその男は驚愕の表情で大剣を見るものの、そこには確かにべったりとヌメヌメとした真っ赤な液体がついている。

 視線を地に向ければそこは赤い絨毯と二つの肉の塊。

 それが確かに見えた。

 だが、男が瞬きをした瞬間。

「消えただとっ!?」

 そこにあった筈の肉も、赤も、その全てがまるで幻のように消えていた。

「ーー『虚幻(きょげん)』」

「ーーっ!?」

 どこかから聞こえる声に男は周囲をキョロキョロと見回す。

 だが、何も見えない。

 否。

 あるべきはずの光景すらも見えなかった。

「な、なんだこれは……」

 灰色の建物たちも、倒れていた肉たちも、土の茶色すらも、何もかもがーー無い。

 周囲三百六十度。その全てが白一色に染まっていた。

「こんなの……うーー」

「ーー人はありえないものを見た時。それを嘘だと決めつける」

「ひっ!」

 まるで心を誰かに読まれているかのような感覚に男は陥っていた。

 腕が震える。

 いや、それだけじゃない。全身が震える。

「なあ。嘘ってなんだ? 本当ってなんだ? 何を基準にする? 何を基準にそれが嘘だと、偽物だと判断するんだ?」

「何を言って……」

「だってそうだろ? そもそも偽物でしかないお前が何を語ると言うんだ?」

「……は?」


「哀れだな」

 俺は目の前で意識を失い。ただそこに立っているだけという本物の額に手を当てながらつぶやいた。

「本物のあんたはもう、負けてるのに偽物であるあんたは戦い続ける。俺の幻の中で朽ち果てるまで、俺が幻を解くまで未来永劫にな」

 男の額から手を退けると同時にその男は力なく地に伏せた。

「殺しはしない。けど、あんたにとっては殺された方がマシかもな」

 白目になり、ピクピクと泡を吐いているそれに冷たい視線を一つ落とした後、俺は再び走り出した。


 学院本館。昇降口前。

 ここはまさに戦場となっていた。

 生き残っていた魔装生たちと襲撃犯たちとの戦い。

 それは明らかに乱戦状態だった。

 見る限り、敵とこちらの実力は拮抗しているように見える。

 どうやらさっきのやつは敵さんにとって主要戦力の一人だったのかもしれないな。

 無論。あれが敵の最高戦力とは思っていないが、それにしてもやっぱり幻属性は便利だな。

 まともに戦えは確実に勝てるとはいえ、それでも多少の消耗は必至だった。

 だが、幻を使えばそれすらない。

 ただ、幻で相手の注意を一瞬逸らし、その瞬間に相手を幻術世界に引きずり込む。

 相手の額に触れればいいだけだ簡単に発動できるし、最も柔らかい相手の脳に直接魔力を送るから消耗魔力も微力だ。

 まあ、魔力コントロールがめちゃくちゃ難しいけどな。

 さて。この乱戦。

 戦力は拮抗しているものの、それはつまり互いに戦力を削り合う死闘とも言える。

 ならその拮抗を俺が打ち崩してやる。

「てことで。『虚幻』」

 炎や氷を見せるのではなく、単純に幻術を見せる技。それが『虚幻』。

 攻撃性能そのものはあまり高くないものの、応用性が非常に高く、元をたどれば『虚炎』や『虚氷』も『虚幻』の応用。攻撃特化型だ。

 今回生み出す幻は俺の分身。

 だが、俺としてはあまり目立ちたくない。だから幻術によって作られた俺の分身全員に仮面を付けておく。

 学院の制服を着せているためまあ仲間だとわかってくれるだろ。

 戦力が等しく、拮抗していた戦場は幻が出ると同時にその拮抗を崩していく。

 どうやら制服を着ているため生徒側は仲間だと判断してくれたようだ。

 分身が出来るのは相手の注意をそらすことだけ。『虚幻』は応用性が高いものの、代わりに攻撃力は皆無と言ってもいい。

 敵を直接倒すのは生徒に任せるさ。

 すでにここの戦況はこっちが随分と有利になっている。

 ここまでくれば幻の出番は終わりだ。

 というより、そんな余裕も無くなるな。

 無論。俺からという意味だ。

「……誰だ」

 いつの間にか後ろにいたそれに向かって俺は振り向く事なく問う。

「バスタを()ったのはお前か?」

「バスタ? 誰だそれ」

「大剣を使う男のことだ」

「あー。あいつ? 確かに俺が()った」

「そうか。なら死ね」

 見なくても気配でわかる。

 何かしらの武器を取り出したそいつは俺に向かってそれを突き出した。

 俺は動かない。

 それは、三又の槍は俺の背中に突き立てられた。

 言うまでもないが。

「あーそれ。偽物な」

「ーーっ!?」

 そいつからしたら突き刺したはずの奴が突然後ろから現れ、そして注意をそっちに逸らした途端、目の前の俺が消えたように見えただろう。

 これもまた言うまでもないが、俺の『虚幻』だ。

 『虚幻』によって身代わりを作り、この男の背後に回った時に取り出しておいた刀を、振り返り、驚いた表情でいるそいつに向かって振り下ろす。

「ちっ!!」

「おっ?」

 どうやらさっきの奴より強いみたいだ。

 さっきのやつはこれですぐ額に触れることが出来たのだが、それよりも当たりやすいはずの斬撃を当然の如く防がれた。

「二本あるけどどうする?」

 相手の槍は一本だ。

 唯一の武器で俺の一刀を防いでいる間に俺はもう一刀を横薙ぎする。

「舐めるな!」

 こいつ。パワータイプだな。

 槍を回転させてその勢いで俺の双刀を弾いた男は、ピタリと回転を止めると流れるような動きで槍を突き出す。

 刀を弾かれたせいで俺は今こいつに向かって、さあこの胸に飛び込んでおいでとでも言いたげな体制になっている。

 つまり、刀でそれを防ぐことは出来ない。

 だからと言って体制を崩されている中、それを避けることも出来ないな。

 ならいっそ、このまま弾けてしまおう。

 崩れた体制を立て直そうとせずに、俺は弾かれた勢いに自分の力を乗せて後ろに飛ばされる。

「それで避けたつもりか!」

 突きは避けたものの、俺は今後ろに転んだような状態だ。

 突きから派生されようとしている振り下ろしを避けることは出来ない。

 だが、刀の向きを変える程度の時間は出来た。

「『虚氷』」

 手首を回し敵の首に切っ先を向けた後、氷の刀身を刀を延長する形で作り出す魔法を発動する。

 それはまるで刀身が伸びるかのようだ。

 二つの刃の先端から氷の刃が突き出し、それはまっすぐと敵の首を貫こうと迫る。

 男は咄嗟に突きからの振り下ろしによる追撃を諦めると後ろに跳んだ。

「ちっ」

 片手を槍から離し、首を抑える男。

 指の隙間から鮮血が垂れていた。

「おーすげ。初見で避けるなんて半端無いな」

「ちっ。当たってるぞ」

「はっ? 俺はお前の首から上を胴から離そうとしてたんだぞ? その適度は傷じゃない」

「そうかよ」

 とは言って見たものの男の傷は結構深いみたいだな。

 あれじゃ今後の戦闘はまずまともに運べない。

 だが、あの目。諦める気はまったくないみたいだな。

「一応、義として言うけど。敵ながらあっぱれってことで」

「すでに勝ったつもりかっ! 舐めるなよガキっ!」

 手を首から離し、槍を両手で持ち直した男は俺の身体をその槍で貫こうと迫る。

「あんたは強い。平均と比べれば遥かに上だ」

 違えることなく、心臓へと真っ直ぐ向かう槍を俺は斬った(・・・)

「なっ!?」

 鋼鉄製の槍だったのだ。斬られるなんて想定外なのだろう。

 そもそも普通、槍の柄は木製であることが多い。理由は単純に元々巨大で重量が凄まじいことになってしまうため、金属よりも軽い木にしているのだ。

 だが、たかが木製と笑うことなんて到底出来ない強度を持っており、斬るなんてことは不可能だ。

 だが、この世界には魔法がある。

 魔力をうまくコントロールすればパワーなんてものは筋力以上に、人間の限界以上に出る。

 だからあいつの槍は軽量化することもなく、全てが鋼鉄製だった。

 だからこそ、防がれる、避けられる、逸らされる。そういうことはいくらでも想定していようが、斬られるなんてことは想定外だった。

 驚愕の事実に男の顔が面白いことになっている。

 その顔をずっと見て笑いたい気分も多少あるが、さすがにそんな戦場でそんなことをする趣味はない。

 槍を斬り落とした俺は斬撃によってうまれた俺自身の動きを加速させ、まるで踊るかのように奴の懐に入る。

「じゃあな」

 刀の表面を回転しているかのように刀身が風を纏っていた。

 炎を纏い、それを斬撃に乗せて伸ばす近中距離同時攻撃を可能にする『虚炎』。

 氷によって刀身そのものを延長する『虚氷』。

 水の盾を作り出し、敵の攻撃から身を守る『虚水』。

 そしてこれが風を纏わせ斬撃そのものの威力を大幅に上昇させる『虚風(きょふう)』。

「さて」

 地に出来た水溜りの中に倒れた男に一度視線を落とした後、俺はさっき軽くだが手伝っていた戦場に目を向ける。

「こっちはもう勝ち確だな。なら」

 刀を指輪に戻した俺はその場でしゃがむと地面に手をついた。

 無論。少し場所を変えて濡れてない所でだ。

「んー。……おっ。あった」

 どうやら若くなったようで感覚器官も昔よりだいぶ良いみたいだな。

 四十歳をこえた時ぐらいだったか?

 地に手を当てることで地面から伝わる振動から敵の数、位置、そして強さまでも調べる技術。

 昔は完璧とは言えないレベルだったんだが、どうやら完璧に近い精度で出来るようになってるっぽいな。

「こっちだな」

 立ち上がった俺は多くの振動が響いてきた方角に目を向け、そして走り出した。

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