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大抵世の中は二種類だ。


 結局一時間目は完全サボることになった。

 まあ。俺がマリアに拉致られるところの目撃者はたくさんいたし、マリアはマリアで権力でねじ伏せそうだし、二人ともお咎めなし。

 だと思っていた。

「……なんであたしがこんなことしないといけないのよ」

「それは俺のセリフだ」

 時は進んですでに放課後。

 俺とマリアの二人はサボりの罰としてプール掃除をさせられていた。

 魔法を習う学院だとしてもここが高校であることに違いはない。

 直線距離五十メートルのプール。しかも、理由は知らないが男女で別々になっているためそれが二つだ。

 それを俺とマリアの二人で掃除しないといけないらしい。

 ぶっちゃけ無理ゲーだと思う。

「おーおー。大変そうだなー」

「……なんか用か?」

 ニマニマとした笑みと共に現れたコッザに俺は目を細めた。

 元を返せばこいつのせいなのだ。

「燃やしてやろうか?」

「いきなり怖いこと言うなよ。さすがに二人じゃ辛いと思ってな。手伝いに来たんだよ」

「へぇー。それは素直にサンキュー」

「おうっ」

 なんだ。いい奴じゃないか。

「コッザは着替えないのか?」

 制服姿のまま現れたコッザだが、俺とマリアはプールというどうぞ濡れてくださいと言わんばかりの場所なので二人とも濡れていいように着替えていた。

「……なぁ。チアキ。アレどういうことだ?」

 着替えの話になった途端にニマニマさせながら俺の肩に腕を掛けるコッザ。

 コッザの視線の先にいるのは他の誰でもない。マリアだ。

「……マリアがどうかしたか?」

「そこじゃねえ。あいつが着てるものについてだ」

「……て言われても」

 コッザが言おうとしていることに中々気付けない俺だったが、やがてそれに目が止まった。

 そして俺の目は冷たくなった。

「……もしかしてブルマのこと言ってるのか?」

 俺とマリアは着替えているのだが、マリアの場合上は白のティーシャツ。下はブルマを履いていた。

 そういえば元の世界でブルマが廃れたように、こっちの世界でもブルマは消えたはずだ。

 女子の着てるものなんて今まで気にしてなかったから気付かなかったが、なんでマリアはもはや伝説とも言えるブルマを履いてるんだ?

「そうだ。俺たちの世代じゃ既に綺麗さっぱり消えてたからな。まさかこんなところで拝めるとはな」

「……お前。マリアのこと嫌いじゃなかったか?」

「はっ! 何を言ってるんだチアキ! エロに対象者への感情なんて関係ないだぜ!」

 一人で熱くなっているコッザに俺は一言。

「気持ち悪いなお前」

「なっ!? お前にはこの気持ちがわからないのか!?」

「……わからないな」

「お前も男だろ!?」

「……一応な」

 いや。本当に一応って感じだけどな。

「よく考えろよチアキ。性格は高飛車過ぎるが、面だけ見れば最高だぜ?」

「……お前。本当にクズだな」

 もしもこれでモテモテだったりしたらどうしよもうないクズだ。まぁ、ここ数日見た限りでもこいつがモテるってことはありえないな。

 逆にこれでこいつの事を好きになるやつがいたらそいつはもう不幸せでいいと思う。

「でっだ。親友に本音をさらけ出してみろよ」

「誰が親友なんだ?」

「あっはっはっ。冗談キツイな!」

 大声で笑いながら俺の背中を叩くコッザ。ちょっと痛しうるさい。

「お前と親友になった記憶はさっぱりないんだが?」

「そうか?」

「そうだ」

「なら今からだ」

「……勝手だな」

「あっはっはっ。で? マリアのブルマ姿はどうですかいダンナ」

 手を口元に当ててウッシシと笑うコッザに俺はやっぱり冷ややかな視線を送る。

 てか、こいつが満足すること言わないとずっと言ってきそうだな。

 仕方ない。嘘つくのはアレだから一応本音ということで。

「ブルマについてはどうでもいいが、まぁ、マリアのルックスが良いことは認めるよ」

「ほー。だってよマリア」

「……は?」

 俺の後ろに視線を向けて言うコッザに俺は固まった。

 えっ。このパターンどっかで……てかめちゃくちゃ最近見たような。

 ぎこちない動きで振り返るとそこにはやっぱりというかなんというか、満足の笑みを浮かべながらも怒筋がくっきりと浮かび上がっているマリア様がいた。

 うわー。美人の怒気を含んだ笑みってこわーい。

 いやいや、冗談抜きで。

「あんたたち。何サボってるのよ」

 あれ? 思ってたセリフと違う?

 どうやら俺たちの会話は聞こえていなかったようだ。

 コッザは楽しそうにニヤニヤしてるがこの状況でそんな風にしてるなんてこいつやっぱりマゾなのか?

「悪いマリア。ほら、やるぞコッザ」

「俺はいない方がいいか?」

「そんなわけないだろ。早く手伝え」

「……あんた。絶対殺す」

 後ろからコッザの笑い声とマリアの小さなつぶやきが聞こえた。

 あの二人。本当は仲良いんじゃないか?


 俺とマリアとコッザの三人で二つの巨大プールを掃除するのはさすがに手間だった。

 掃除の最中にコッザが本人曰く偶然水が暴発してマリアに直撃し、ずぶ濡れになったマリアから燃やされたりしていたが、五時間ほどかかって掃除はやっと終わった。

「お前らが喧嘩しなければもっと早く終わったのにな」

「あたしは悪くないわよ。全部こいつよ!」

「おー。怖ぇ」

 マリアに睨まれて俺のかげに隠れるコッザ。こいつ情けねえな。

「それじゃまた明日なー」

「じゃあなー」

「さてと。じゃ俺も」

「ちょっと待ちなさい」

 コッザと別れた後、奴の後ろ姿が見えなくなってから俺も帰ろうとしたところ、マリアに首根っこをつかまれた。

「はっなっせっ!」

「逃がさないわよ。チアキ」

「俺は帰りたいんだよ!」

「あたしたちは捜査があるでしょ?」

「明日でいいじゃん! 掃除のせいで全身疲れまくりなんだよ!!」

「魔装師とあろうものがそんなんで良いと思ってるの? 疲労は気合いでどうにかしなさい」

「なんだよそれ。どこの体育科教師の根性論だよ」

「うるさい! ぶつくさ言わないでいくわよ!」

「あーれー」

 まるで拾われた猫みたいに俺はマリアに首根っこをつかまれたまま引きづられた。

「自分で歩きなさいよ!」

「だが断る」

「あーもうっ!」

 マリアはイライラ様子でそのまま俺を引きづり続けていた。

 歩くという割と面倒なことを省いた俺は疲れたらしく息を乱しているマリアと共にとある建物の前にいた。

「マリア。ここどこ?」

「はぁー。ここは、はぁーはぁー。ギルドよ。はぁー」

 呼吸が随分と乱れているな。

 こりゃ。もしもこの世界が小説とか漫画とかだったら随分と読みづらいセリフになってるだろうな。

 仕方ない。ここは空気の読める社会人の模範とも言えるこの俺が通訳しておこう。

「つまり。トイレか」

「なんでそうなるのよ!!」

 酸欠気味になっているというのに大声を出すマリア。

 ほら。呼吸がより乱れちゃったじゃないか。

 マリアといいコッザといい、魔装生にはマゾが多いのか?

 あっ。ちなみにマゾってあれだぞ? 痛みとか苦痛を喜びに脳内変換する人たちのこと。

 長い人生だったがこんな短期間で初めて本物のマゾと出会うとは。それも二人も。人生ってわからないな。

「ん? 建物に入る理由ってそれ以外あるのか?」

「あんたの常識ってどうなってるの!? 聞き込みに決まってるじゃないっ!!」

 顔を真っ赤にして怒鳴り続けるマリア。そんな興奮すると血圧上がるぞ?

 まぁ、若いから大丈夫だと思うけど。

 そういえば俺ってどうなんだろ。あっでもこの体は正真正銘まだピチピチの高校生だったな。まっ平気だろ。

「あー。聞き込みね」

「襲撃されてるギルドの共通点がわからないからかたっぱしから見に行くわよ」

「まるで観光だな」

「うるさいっ!」

 学校のこと、さらには五時間も罰掃除をしていたせいで時間が少なく。結局この日は二箇所のギルドにしか顔を出すことができなかった。

 けど、これに意味があるのか?

 次にどこが襲撃されるかさえわかればそこに行けばいいんだろうけど、それもわからないからなー。


 マリアと別れた後自室で、正確にはファスの家の一室を借りているのだが、ファスの作った晩御飯を食べた後、ベッドの上で俺はスライムみたくグチャーっとなっていた。

「チアキ。どうかしたのか?」

 晩御飯の時から俺の様子がおかしいことに気付いていたらしく、ファスが扉をノックした後、開けずに声だけで問う。

「別にー」

「そうか? 何かあれば言うのだぞ?」

「んー」

 なんだこのやりとりは。

 これじゃまるで母親と息子みたいじゃないか。

 いや、だけど一応ファスは学院では保護者扱いになっているのか?

 てことはあまり変わらないか。

 けどまあ、だからと言って心配を掛けることもないだろう。

「ああ。そうだチアキ。起きてるか?」

「あぁー」

「む。本当に大丈夫か?」

「大丈夫。ちょっと疲れてるだけ」

「そうか」

「なんか用があったんじゃないか?」

「ああ。そうだった。近頃ここの周辺で襲撃事件があったらしい」

「……ああ」

「知ってたのか?」

「まあな」

 そりゃ知ってるよ。

 なんせその事件を解決しようと動いている真っ最中ですからね。

 まあ、解決の糸口とやらは今の所皆無だってのが悲しいが。

「それで? その事件がどうかしたのか?」

「いや。巻き込まれないように気をつけるのだぞと言っておこうと思ってな」

「ふーん。わかった」

 すでに巻き込まれてるんだ。これから巻き込まれるわけじゃない。だから嘘にはならない……よな?


 次の日はなんと朝から拉致られた。

 誰にかって? そんなの言うまでもないと思うのだが、まあ仕方ない。

「チアキ! 遅いっ!」

 わがままお嬢様ことマリア様でございます。

 学校はどうしたかって? ふふサボったと思ってるそこのあなた、俺はそんなことしませんよ!

 今日は元々休日。そう、定休日なのだ!

 なーんてね。そういうわけではなく、ただの記念日。

 確か開国記念日だ。

 この国は昔他国との関係を完全に断ち切り、閉じこもっていたのとがあるらしい。

 元の世界での鎖国に似てるらしいが、あっちはまだ多少なりとも他国と関係があったのに対して、こっちは完全閉鎖していたらしい。

 日本は島国だったから容易とまでは言わないが、現実的に鎖国が出来たのに対して、この国は他国と陸続きで繋がっている。

 そのため、完全な鎖国なんて無理だと思うかもしれないが、なんとそれを可能にする方法があった。

 おやおや? どうせ魔法だろって思った? 思っちゃいましたか?

 ふふふ。残念、違うのだよ! 甘々なのだよ!

 その答えとは壁だ。

 そう壁なのだ。

 国境にそってぐるりと一周。大きな壁を築いたのだ。

 壁の高さはなんとびっくり一○○メートルというありえない規模だ。

 それを可能にしたのはもちろん魔法という便利なものがあったからなのだが、多分やろうと思えば魔法がなくても出来ただろう。

 その時の名残りでこの国は未だに壁に囲まれている。

 そのため通行は全て今では増築されたくさんある検問所を通ることになる。

 ちなみに、この壁の中にいるのは人だけでなく、魔物たちもまとめて囲んじゃってるのであくまで他国からの閉鎖という意味合いしかない。

 まあ、他国の魔物たちが来ることを防ぐことは出来てるが、ぶっちゃけ変わらない。

 この壁の存在意義が今では無いと言ってもいいため一時期は壊そうという話になったのだが反対した連中がいたらしい。

 反対側の抵抗が激しく、無理やりにでも壁を破壊すれば内乱が起こるかもしれないと言われるほどだったらしい。

 内乱になるのは大変だということで壁は現在もそこにあるままだ。

 そして、今日はそんな壁まで作っていたこの国が検問所の門を初めて開いた日なのだ。

 マリアと俺は今日も昨日みたいに各ギルドを回っていた。

 ぶっちゃけつまらない。そのため。

「疲れた。休憩しよ」

「はぁー。あんた、体力なさ過ぎよ?」

「おば……いや、おじいちゃんには辛いんだよ」

 おじいちゃんでいいのか? むー。普通性別が変わるなんて経験しないから答えが見つからないな。

 マリアはそんな俺に「何言ってるのよ」と呆れ気味だった。

 そんな目で見ないでください。

「まあいいわ。それにそろそろお昼だしね。ちょうどいいわ」

「やったー! 休憩だぁぁぁぁぁあっ!!」

「ちょ。喜び過ぎじゃない?」

 この女は何を言ってるんだ?

 既に二時過ぎだぞ!?

 お昼の時間なんてとっくに過ぎてるよ!

 まあ、そんなこと言ったら理不尽に怒られるような気がするから言わないけど。

 マリアと共に入ったのは良くあるファーストフード店だ。

 ちなみに俺がマリアをここに誘った。

「ねえチアキ。なんで並んでるの?」

「なんでって。並ばなきゃ注文できないだろ?」

「えっ? 注文って普通テーブルで待つものじゃないの?」

 えっ。まさかこいつ。

「まさかマリア。ハンバーガー食べたことないのか?」

「ハンバーガー? 何それ? ハンバーグの親戚?」

 親戚ってお前……。

「ハンバーガーも知らないのか?」

「……何よ。悪い?」

「……マリアって友達いるのか?」

「…………」

「……あっ」

 言った後に不味いと自分で悟った。

 よく考えてみてほしい。マリアにはお金がある。だからお腹が空いた時には普通にちゃんとしたお店で食事が出来るだろう。

 だが友達がいたらどうだ?

 その友達とやらはそんなにお金があるだろうか。いや、答えはきっと否だ。

 ならばお金を持っているマリアがおごってあげればいいって?

 はっはっはっ。君は一体何を言っているんだい?

 それじゃ対等な友達とは言えないだろ。それじゃまるで都合のいいサイフじゃないか。

 マリアの性格的にもそれに近い考えのはずだ。つまりそれはない。

 マリアはファーストフード店に来たことがない。つまり。

「悪い。友達いたらハンバーガーぐらい知ってるよな」

「……泣いていい?」

「えっ? ダメ。ゼッタイ」

 元の世界では日本人のほぼ全てとも言えるレベルで知れ渡っているであろうフレーズで拒否すると、マリアは少しだけ目元を濡らしていた。

 この子。メンタル弱いなー。

「はぁー。せっかく二人で来てるんだ。どうせマリアは何を頼めばいいかもわからないだろ?」

「……うん」

 メニュー表らしきものをさっきちらっと見ていたみたいだが、首を傾げていたしわからなかったんだろう。

 まあ。写真とかなくて文字だけだったし仕方がないかもしれないが。

「俺が二人分買ってくるからマリアは二人ぶんの席を確保しといてくれるか?」

「……でも……」

 もしかすると悪いとか思ってるのか?

 ただのわがまま娘かと思ってたけど意外だな。

「いいからいいから。それにせっかく買えても座る席がなかったら嫌だろ? 確保が優先事項だ」

「わ、わかったわ!」

 あたしに任せなさいとでも言いたげな顔で階段に向かって走り去っていくマリア。

 ぶっちゃけもう昼時は終わってるし、満席なんてことはありえないとは思うのだが、わざわざ言うこともないだろう。

 あっ。店内で走るなって店員に怒られてる。

 逆ギレするかもとちょっと思ったが、割と素直に頭を下げると今度は小走りで階段を駆け上がっていた。

「あはは……」

 小走りもあんまり良くないと思うけど、まっいいか。


 マリアの分と自分の分。

 マリアにはシンプルにチーズバーガーを、俺はお腹が空いてたから通常サイズの倍があるビックバーガー……ではなく、さらにデカイ、プラチナバーガーとやらを買っていた。

 それとソーダ二つにポテトが二つ。まあ、こんなもんだろ。

 もしもマリアが俺の特大バーガーを見て欲しがったら追加で買ってやればいいな。

 さっきマリアが駆け上がっていたシーンがあったためわかると思うが、どうやらこの店は一階がレジ、テーブルは二階と三階らしい。

 二人分のバーガーたちが乗ったお盆を持ちながらの階段は正直辛いものがあるが、せめてものの優しさなのか一段一段は低い。

 まあ、そのせいで普通の倍歩かされてる気もするが、安定性とか安全性を考えればこっちの方がいいか。

「チアキっ! こっちこっち!」

 俺を見つけると途端に立ち上がってブンブンと大きく手を振るマリア。

 うわー。子供っぽーい。

 まあ。似合うから許すけど。

 あっ。またさっきの店員に店内ではお静かにって怒られてる。

 ……あの店員さっきまで一階にいたよな?

「今日はよく怒られるな」

「うっ。見てたの?」

「そりゃな」

 今のは一階でのもってことだろう。

 一回じゃよくなんて言わないからな。

 恥ずかしいのかちょっとプルプルと震えているマリア。

 俺はそんなマリアをスルーして先に座ると、ムスッとした感じでマリアが座る。

「いただきまーすっと」

「チアキ。これ、どうやって食べるの?」

「あん? どうってこうやって」

 どうやらマリアは本当にこういうのに慣れてないらしいな。

 俺がお見本と言わんばかりにハンバーガーの包みをといてそのままかぶりつくと、マリアは両目をぱっちりと広げた。

「ご、豪快ね」

「手軽で安い。それがファーストフードの売りだからな。礼儀とかは捨てるのが礼儀だ」

「そ、そうなの?」

 中々食べ始めないマリアだったが、目の前で俺が食べているのを見て、ゆっくりとぎこちなく包みを開ける。

 あむっ。

 口を控えめに開けたマリアはまず一口。

「あっ……」

  驚いたように小さく声を漏らしたマリアはモグモグと咀嚼した後ごっくん。

 あむっあむっあむっ。

 そして今度は三連続で食べる。

 それからというもの幸せそうな顔であむあむと食べ続けていた。

「あむあむ。……あっ」

 どうやら食べ終わってしまったようだ。

 そんな悲しそうな目をするなよ。

「……マリア。ほら。ポテトも食べろ」

「ポテト?」

 口の中身を飲み込んだ後に俺はポテトを一本手に取るとそれをマリアの口に向けた。

「ほらっ」

「……う、うん。あむ」

 ほんのり頬を赤くしながらもマリアはポテトを咥える。

「あっ。これも美味しい」

 マリアがポテトをあむあむと食べ進んでいる中、俺は静かに立ち上がると下の階にに向かった

 チーズバーガーを食べ終えた後、俺のプラチナバーガーを物欲しそうな目で見ていたし、どうやらまだまだ食べ足りないみたいだったからな。

 さすがに俺の食べかけをあげるのもアレだからとわざわざこうして買いに来たわけだ。

 無事にプラチナバーガーを買った俺がマリアのところに戻るとポテトを食べ終えたらしくキョロキョロとしていた。

「ち、チアキ……」

 俺の姿を見つけると同時にホッとしたように手を胸に当てた後、ムッと険しめた。

「どこ行ってたのよ!」

「これ買いに行ってたんだよ。ほらっ」

「これって?」

「まだ食べ足りないんだろ?」

「……うん」

 お?

 なんか複雑そうな顔してるな。

 あっ。アレか。太っちゃうーとかそういうやつか?

 まったく。これだから女は。

「マリアは細過ぎるぐらいなんだ。もっと食べていいんだぞ」

 一キロ太っちゃったーとか良く言うけど。ぶっちゃけそれくらいじゃ見た目なんてほとんど変わらないっての。

 まあ、さすがに五キロとか二桁とかだったらそれはきにするべきかもだが、一キロぐらい誤差だと思う。

 ダイエットなんて身体に悪いしな。

 まあ。それでも気になっちゃうのが乙女心とやららしいが、俺にはわからん。

 ここはこれぐらい言ってやったほうがマリアのためだろ。

「そ、そう……」

 あれ?

 なんだが良く深く複雑そうな顔になっちまったぞ?

 ……ダメだ。女だったのに女心がまったくわからない。


 無事に遅めの昼ご飯も終わり、俺たちはギルド巡りを再開していた。

 とはいえ、やはりと言うべきか何かを見つけることなんて出来ずに気が付けばもう暗くなっていた。

「むぅー」

「そんなに不貞腐れるなよ」

「だってあいつ!」

 ほっぺたを大きく膨らませていかにも怒ってますオーラを出しているマリア。

 その原因はついさっき行ってきたギルドだ。

「魔装生だからってバカにして! まったく、頭にくるわ!」

「まあ。ギルドの連中はほとんどが独学と実戦で腕を磨いた奴とかが多いからな。俺たち魔装生のことは温室で大事に育てられている実戦知らずだとでも思ってんだろ?」

「まったく。自分が無知だからこっちにしわ寄せがくるなんて冗談じゃないわよ」

「まあ。その気持ちはわかるが……」

 この世界において戦いのプロには二種類いる。

 一つはマリアやコッザ。そして現在の俺のように魔法学院に通い、そこで戦うための技術を、魔法を、そして魔装戦術を教わっているもの魔装生。そしてその派生系ともいえる卒業生の魔装師たちだ。

 そしてもう一つ。それが家庭の事情や主に金銭的な問題のせいで魔法学院に通えずに、魔法学院を通すことなくギルドに直接入り、実戦という経験値によって強さを得たものたち。まあつまり、ついさっきはそんな連中に俺たち二人は絡まれたのだ。

 どうやら後者である実戦派の連中は魔装生が嫌いみたいだ。

 訓練によって力を得る前者。

 実戦によって力を得る後者。

 どちらの方が効率がいいとかと問われればそれはおそらくどっちもどっちだ。

 前者。訓練によって実力を得ようとしている場合、そこには才能による上昇率の差はあれど、大半であろう凡人たちは着実に成長するだろう。

 後者。実戦によって実力を得ようとすれば、命の削り合いのような戦いの中にいれば実力なんてもの嫌でも高まっていく。訓練と比べれば同じ時間でも得られる経験値は比べ物にならないだろう。

 しかし、これだけのメリットを無償で得られるわけがない。

 美味しい話の裏には悪いこと、つまりデメリットが存在する。

 この場合、そのデメリットというのはそのあまりにも高過ぎる死のリスクだ。

 前者のやり方と後者のやり方。

 仮に同時期にそれぞれ十人ずつやらせたとしよう。

 前者はきっと十人全員が生きてそれなりの力を得るだろう。

 しかし後者の場合、十人全員が無事に生きているなんてことは十中八九無い。

 断言できる。

 それはない。

 きっと良くて、生きている人数は四人適度だろう。

 そして、この者たちで前者組、後者組とチームわけをし、戦わせたとすれば、その戦闘能力は結果的に同じ程度になるだろう。

 魔力が尽きれば戦闘能力は飛躍的に低下してしまう。

 凡人が何人いようと結局は数の力に負けてしまうだろう。

 だがしかし。後者の者はそれを認めようとはしない。

 生き残ってきたという自負があるからだ。

 そして現実として一対一だった場合、後者の方が実力は上だろう。

 だからこそ後者の人間は前者を嫌う、見下す。

「まあ。そんなに気にするなよ」

「……そうね」

 だけど俺はこう思う。

 結局は羨ましいのだ。

 ちゃんとした環境で育つことができた俺たちが。

 事実。

 前の俺はそうだったから。

「なあ。一つ思ったんだけどいいか?」

「何よ?」

「なんでマリアは今回の事件の捜査をしてるんだ? 当然プロも動いてるだろ?」

「……それは……」

 口を閉じるマリア。

 もごもごとさせ、実に分かりやすいほどに言い辛そうにしていた。

 まあ。そこまでされたら聞くことはできないな。しゃーない。気になるが今回はこれ以上追及するのはやめてやるか。

「もういいよ。マリア。言いにくいことなんだろ? ならもう聞かねえよ」

「……ありがと」

 元々は機嫌が悪くなったマリアの気を逸らすための話題だったのだが、当初の予定とは違いなんだかシーンとしちまったな。

 まあ、さっきのピリピリとした空気を拡散させることは出来たからよしとするか。

「ねえチアキ」

 そろそろ年上として俺から声を掛けるべきだろうか。だが、だからと言って特にこれといった話題もないため、どうするか悩んでいると、マリアが先に口を開いた。

 倍どころじゃないレベルで歳下のマリアに気を遣わせることになってしまったことについて心が多少痛むものの……いや、特に痛まないな。うん。俺はこういうやつだ。

「なんだ?」

 返事を返しながらこのタイミングでなんの話のだろうかと推理を始める。

 これはまあ昔の癖だ。

 別に過去に探偵をやってきたわけじゃない。ただのボケ防止のために脳を定期的に、常に少しでも使おうとしていたからだ。

 考えることはボケ防止に最適……かは知らないが、多少の効果はあるだろうと確証もない自論だ。

「ちょっと学院に行くわよ」

「……なんで?」

 おっと。これはさすがの俺も想像してなかった答えだな。

「なんでって聞かれると正直困るけど、あえて言うなら……んー。そうね。仲間に会うための女の勘よ」

「仲間?」

 マリアに仲間がいるというのはさすがにびっくりだ。

 仲間という表現からしてただのクラスメイトだとか、たまに遊ぶ程度の友達ではないだろう。

 あえて友達という枠に入れるとすれば親友というカテゴリーに入るんじゃないだろうか。

 仲間というときっと魔装師としてチームを組んでるいる相手という可能性もあるのか。

 だけど、マリアは学院の序列一位だ。二位の差は大きく、ぶっちぎりのトップだったはずだ。

 そのマリアが仲間と、どこか恥ずかしそうに、嬉しそうに、頬を赤らめて言う相手がいるのだろうか。

 俺の心はその仲間とやらについてざわざわと揺らいでいた。

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