まあ。秘密って割と周知なんだよね。
「何話してたの?」
ギルドを出た後おとなしく待っていたらしいマリアと合流し、一回前に奇襲されていたギルド【リピーター】に向かっている中、雰囲気から空気を読んでいたであろうマリアが口を開いた。
「……まあ。いろいろだ」
「ふーん」
気になってはいるようだが深く聞くつもりはないらしい。
相手のことなんて考えない娘かと思ってたけど、根はいい子なのかもしれないな。
「今回の奇襲について思い当たることはやっぱりないらしい」
「そう。なら次も意味ないかもしれないわね」
「ていうか、十中八九意味ないと思うぞ?」
「あら。どうして?」
「ただの勘」
「何よそれ」
何が面白いかったのかわからないが、どうやらマリアのツボに入ったらしくクスクスと一応控えめにだが、それでも笑いを堪えられていなかった。
女時代の時には結構役にたったんだぞ? つまりあれだ。俗に言う女の勘というやつだ。
ん?
そういえば今の俺は男だったな。
笑いのツボってまさかそこ?
「結局チアキの言う通りになったわね」
「そのようだな」
【リピーター】ではさっきみたいにそこのマスターと出会うなんてこともなく、ごくごく普通に現場検証を終え、何の成果もないままに俺たちは来た道を戻っていた。
「そういえば。マリアの祖母ってどこの出身なんだ?」
「…………」
ん?
祖母の話になった途端マリアの様子が変わった。
なんというか、雰囲気が少しシリアスになっていた。
「……まあ。あんたなら問題わね」
「ん?」
小さく息を吐いた後、マリアは歩くルートをズラし、ちょうどいい具合にあった公園のベンチに腰を掛けた。
「信じるか信じないかはあんた次第だけど、あたしの祖母。神崎千聖はこの世界の人間じゃないわ」
「……え?」
「まあ。そういう反応よね」
思わず出た俺の疑問音にマリアは苦笑した。
マリアの祖母である千聖が異世界人。つまり地球出身だということはなんとなくわかっていた。
神崎千聖。明らかに日本人名だ。
イントネーションは違うけど、発音はやっぱり同じ日本語らしく似てたからな。
マリアはどこか悲しそうにしている。
まあ、普通こんなこと誰かに言っても信じられるなんて思ってないからな。
そのための苦笑か。
さすがの俺も女の子にこんな顔をさせるのは心が痛い。
……言っちゃうか。
「俺もそうだ」
「え?」
伏せられていたマリアの顔があがった。
その顔に張り付いているのはやっぱりというべきなのか驚愕だった。
「今、なんて?」
信じられないことを聞いた風になっているマリアに俺はもう一度言う。
「俺も異世界人。多分千聖だっけ? 千聖と同じ世界。日本って場所だ」
「日本……同じだ。あたしがお祖母様から聞いた地名と……」
より強く驚愕の二文字を顔に貼り付けるマリア。
無理もない。
もしかするとマリア自身実感がなかったのかもしれない。
血が繋がっているであろう叔母にいきなり私は異世界人なのだと言われたとしても、そう簡単に信じれることではない。
他人ではなく、肉親だからこそ信じられない。それはつまり、自分の血も異世界人だということになるからだ。
「……教えてくれる? 日本について」
「んー」
困った。
非常に困った。
「どうしたの?」
隣で座っているマリアが目をキラキラさせながらこっちに視線を向けてくる。
……辛い。
「チアキ?」
「悪りぃ。話せることなんてないんだ」
「……どうしてよ」
「ほとんど覚えてないんだ」
「え?」
よく考えてみて欲しい。
俺は一度この世界で寿命を終えてる。
普通に考えて五十年以上も前のことをそこまで鮮明に覚えてるわけないだろうが!
てか、本気でおばあちゃんだったんだぞ? 記憶もボケボケだわっ!
「これっぽっちも覚えてないの?」
「……いや。そういうわけじゃないけど」
欠片ぐらいなら覚えてる。なんとかね。
けど、俺の日本での人生を一つの物語として話すのはまず無理だ。
あまりにも細かい欠片過ぎる。
「破片でも良いの。話してくれない?」
なんでそこまで?
なんて言葉は出なかった。
伊達に一度人生を終えていない。目を見ればわかる。
マリアにとって祖母である千聖は憧れなのだろう。
その千聖が言っていたであろう夢幻としか思えない世界の話。それを他者から聞けるかもしれないのだ。
夢幻が、現実になるかもしれないのだ。
それりゃ、子供みたいに目をキラキラさせちゃいますよね。
「はぁー。じゃあ。俺の過去の話でいいか?」
「いい!」
びっくりする具合の食い付きだな。
まあいいけど。
俺はマリアに話した。
過去のことに。
けど、こっちでのことの印象が強過ぎて元の世界での記憶は本当に薄くなってた。
たくさん穴の空いた記憶。
継ぎ接ぎだらけの物語だったけど、マリアはそれを、この話を真剣に聞いてくれた。
マリアに話ながら俺自身。辛かった。
こんなに覚えてないだなんて。
もう行けないであろう故郷。
なのに、記憶がないんだ。
「そう。日本っかぁ。……チアキ?」
「なんだ?」
「それ……」
驚いた様子で俺の頬に指を向けるマリア。
俺はそっと自分の頬に手を置いた。
「あれ?」
濡れていた。
「なんで?」
俺を上を見上げた。
もう時間が時間だ。そこにあるのは青空ではなく、月の光だけが照らす夜空だった。
「雨なんて降ってないのにな」
「……チアキ……」
雨。降ってるのかな。
どうやら雨が目に入ったみたいだ。
空がぼやけるんだ。
「おいおいチアキ。お前、あのマリアと付き合ってるって本当なのか!?」
朝からうるさいな。
口に出すと余計うるさくなる気がしたから俺は心の中だけでつぶやく。
昨日のあれは黒歴史だ。
まさかこの年になってな……いや違うぞ? 泣いてなんかないぞ? そう。あれは違うんだ。あれは雨だ。雨つぶが目に入っただけ。
「……はぁー」
「おいおい。朝っぱらからため息かよ」
「うるさいな。ザッコ」
「俺はそこらへんにいるモブキャラじゃねえ! 人のことを雑魚みたいに言うな! 俺は誇り高き男。コッザ様だっ!」
「やっぱりうるさい奴だなこいつ」
「何をーっ!!」
自席でスライムみたいにグターっとしている俺の前でいちいちオーバーリアクションを返すコッザに俺はため息をついた。
「で? 本当のところどうなんだ?」
「何が」
「だーかーらーっ! あのマリアと付き合ってるって噂は本当なのか?」
噂の原因は言うまでもない。
昨日のあれだ。
放課後になると同時に一緒に立ち去る男女。それも、前日は敵対関係だったのだ。それがたった一日で親しげにしている。勘違いされても仕方がない。
「噂は所詮噂だ」
「つまり?」
「そんな事実はない」
「へぇー。意外だな」
「……なんでだよ」
少し気になる言い方をしたコッザに俺は頭を上げた。
「なんかいい雰囲気っぽかったからな」
「そうか?」
「ああ。で? お前はどうなんだ? んん?」
「何がだよ」
なんでこいつはここまで主語を省くんだ?
俺は呆れ顔でこれまた同じ、呆れた視線をこのコッザとやらに向けていた。
「お前はマリアのこと好きなのか?」
「……はぁっ!?」
こいつはいきなり何を言いやがるんだ!?
「俺がなんでマリアを好きにならないといけないんだよ」
「違うのか?」
「違う。てか、ありえない」
「へぇー」
ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべているコッザに割と本気でイラッとしたが、まあ許してやろう。
だがなんだろうこの感覚は。
背筋が凍るような。そんな感覚。
これは、恐怖?
「へ、へぇー。ず、随分と言ってくれるじゃない」
「……あ」
後ろから聞こえた声に俺はまるで昔のロボットみたいにぎこちない動きで後ろに振り返る。
そこには般若がいた。
「あーはっはっはっはっはっ!!」
コッザの大きな笑い声がクラス中に響き、クラスメイトの視線が俺たちに集中した。
「……【魔装】」
マリアが小さくつぶやいた言葉に全身が震えた。
マリアの全身を一瞬閃光が覆い、光が晴れた先に待つのは戦闘服を身に纏い、両手に刀を握った状態でプルプルと強く拳を握っているマリア様がいた。
「ま、マリア。落ち着け、そういう意味じゃないっ!」
ありえないと言ったのはそもそも女が俺の恋愛対象にならないからだ!
と叫びたい気分だったが、今の俺は見た目だけでなく、肉体そのものが男になってしまっているし、さすがにこのセリフは問題しかない。
ゆっくりとマリアの双刀が振り上げられ、
「この大馬鹿チアキっ!!」
双刀が一瞬で激しい業火を纏う同時にマリアの叫び声と共に振り下ろされた。
「ちょっ!?」
俺の後ろにいたコッザがこれでは自分も巻き込めれると慌てるものの俺は心の中でざまぁっと笑った。
普通。この距離にいれば問題ないが、本気になりかけている今のマリアの斬撃はなんと、飛ぶ。
さらに、そこに業火が纏われるためその一撃はぶっちゃけ半端ない。
前の戦いでは炎なんか使わなかったくせに、このタイミングで使うのかよと舌打ちをした後、俺も他の誰でもない。この暴走していやがる乙女なマリアから直接いただいた指輪を起動した。
「なっ! それってマリアのじゃねえか!?」
「うるさい。……【魔装】」
いつもポケットにしまっている指輪を取り出すと同時にコッザが大きく目を見開くものの、無視してさっさとマリアと同じ双刀を取り出した。
「さてと『魔法剣、虚水ーー』
右太刀を振り上げられ、左太刀を右腰に巻きつける。
バラバラに見ると左手は居合切り、右手は上段切りの体制だった。
込めた力を両方同時に解放し、目の前を十字に切り裂く。
と同時に俺は十八番の魔法剣を起動した。
「『ーー盾』」
十字に切り裂き、綺麗な弧を描いた空間に水が宿り、俺の前方に半球状で固定された水が現れる。
「なっ!?」
どっからどう見ても魔法だ。
男である今の俺が魔法を使っているのを見てクラスメイトたちが驚く姿が見えた。
そして同時に、炎を放った後、割とすぐに正気に戻って焦った顔になっていたマリアの表情も驚愕に染まる。
男であるこの俺が魔法を使ったことにも驚きはあるだろうが、マリアは見るのがこれで二度目だ。ならこんなに驚くことはない。
あー。そういえば前に見せたのは『虚炎』だったな。
一人が持てる属性は一つ。これは常識だ。
俺の属性を知らないマリアから見たらまるで炎と水。二つの属性を持ってるようにも見えるのか。
そりゃ驚くな。
火は水をかければ消える。
ごくごく当たり前の話だ。
無論。火が強すぎたり、水が少な過ぎたら意味はないが、マリアだって本気の本気、全力で撃ったわけじゃない。
マリアの飛ぶ炎の斬撃がついさっき俺が展開した半球状の水の壁に当たって綺麗に消えるのは当然だった。
ん? 水蒸気?
そんなのその元になった水分も俺の幻なんだ。俺がそういう風に見せようとしなければただ消えるだけ。
「……どういうことよ」
驚愕の表情から一変。
やや睨みつけるように鋭い眼光を宿すマリア。
その目を見て、大粒の汗が流れた。
「えーと。マリア?」
「あっやべ。マリアがキレた」
「ちょっおまっ!」
すかさずに退散していくコッザの背中に手を伸ばすものの届かない。
軽く、というか殺気を完全に纏っているマリアが一歩、また一歩と近付いてくる。
それに合わせて俺の足は徐々に下がっていた。
「ま、マリア? あ……」
背中が壁にぶつかる。
逃げ場がない。
今のマリアの両手には未だに刀が握られている。
さすがに本気でやられたら不味い。
そう。焦るもの、身体が言うことを聞いてくれない。
マリアは手元で刀をクルリと回すとそれを床に突き刺した。
そして、空いた手をゆっくりと俺に近付ける。
「ねえ。チアキ? 少し話せるかしら?」
わざと音を立てて壁に手をついたマリア。
普通は男女が逆だと思うのだが、不自然なほどに素晴らしいことになっているマリアの笑みに、俺の返事は。
「はい……」
これしかありえなかった。
「はぁー」
マリアに連行されながら俺はため息をついた。
俺はマリアのせいで授業を強制的にサボることになっていた。
マリアに睨まれた後いいタイミングでチャイムが鳴ったのだが、現れた担任にマリアが一睨みすると担任は謝りながら俺たちのことをスルーしやがった。
恨むぜ。担任の先生さんよ。
連行された先は先日も来た訓練室だった。
相変わらずの顔パス。すごいなー。
「チアキ。どういうこと?」
「何が?」
「シラを切る気? さっきのは水属性よね? 前に見せたのはどう見ても火属性だったわよ」
「……そう見えたかもな」
さて。困った。
本当のことを言うべきか言わざるべきか。
俺の属性は幻。
つまりは幻術。マジックに近い。
相手が騙されているからこそ、そう見えているからこそ効果が強く表れる。
マリアに俺の魔法の属性が火でも水でもない幻だと話せば今後マリアと戦うことになればフリだ。
ファスは俺の魔法の異常性をその目で目撃していたというのに何も聞かなかった。それはファスの優しさだ。
聞いてはいけないと空気から、雰囲気から読み取る能力。
まだ高校生でしかないマリアにそれを求めるのも酷かもしれないな。
まぁ、ファスって確かめちゃくちゃ若かったけど。
「……誰にも言わないか?」
話すべきじゃない。
それはわかっている。
けど、こう真剣な目で訴えるマリアを口先で誤魔化すのはどうも憚れだ。
てことで、話すか。
「俺の属性は火でも水でもない」
「……なら何よ」
「見てろ」
俺はマリアに向けて手の甲を見せる。
体の中で魔力を循環させ、それに属性を乗せていく。
五本の指それぞれに違う性質を乗せた幻の属性を流していく。
「はっ」
気合いを入れる声と共に指先からそれぞれ一色ずつ。合計五色の光が灯った。
「何……それ……」
驚いているマリアにまだ言葉は返さずに、それを光から完成された現象へと変えていく。
マリアの目からはこう見えるだろう。
火、水、氷、雷、風。
五つの属性がそれぞれ指先に灯っているように。
「五属性? いや、そんなわけ……」
通常は魔装師一人につき属性は一つ。中には例外的なやつもいるが、そんなの基本いない。
「ま、まさか。チアキの【例外】って『マルチマジック』なの?」
文字通り。それは一人ながらも複数の属性を扱える者の持つ【例外】だ。
「いや。違う。俺が使える属性はあくまで一つだ」
「ならそれは何よ!」
「現実ではありえないことがある世界のことを人はなんて呼ぶ?」
「……夢? あっ……」
「そっ。俺の属性は無いものをあるように見せかける。対象者だけでなく、世界そのものを騙し、夢を見せる。まぁつまりあれだ。ぶっちゃけると俺の属性はーー」
「……幻属性」
人のセリフを奪うなよと言いたい気分だったが、マリアの表情を見てそれを止めた。
マリアはとても、泣きそうにしていた。
「ごめんなさいっ!!」
「へ?」
突然頭を下げたマリアに俺はただただ疑問符たちを招待するだけだった。
いやいや。割と本気で理由がわからないんだが?
頭を上げたマリアは泣き出しそうな表情で理由を話し出した。
「幻属性って聞いたことあるわ。確か人に知られると効果が半減しちゃうアンバランス属性でしょ……」
ああ。そういうことか。
「そんなに落ち込むなよ。別に問題ないからさ」
嘘だ。
俺の属性が幻だと多くの人間にバレてしまえば今後この魔法だけでやっていくのは難しい。
常に効果が半分になってしまっている魔法で勝ち続けることができるほど世界は甘くない。
けど、それは事実上問題がない。
何故なら。
「マリアが公にしなければ良いだけの話だろ?」
「……あっ……」
「俺一人の秘密から俺たち二人の秘密になっただけだ。そうだろ?」
「……そう」
「それに、もしも知られたらその時はその時はだ」
「……ありがとう」
「礼を言われるようなことじゃないさ」
本当にその時はその時だ。
「で、マリア?」
「ん? 何よ」
どうにかマリアが泣くことだけは阻止した後、少しだけ目が赤くなっているマリアに俺は淡々と声を掛けた。
「授業をサボることになった件についての謝罪は?」
「……えーと」
困った様子のマリア。
ざまぁ。
「ごめん……」
「……よろしい」
てっきり誤魔化すかと思ったのだが、素直に謝ったマリアに俺の好感度が三上がった。……なんてね。