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ギルドってテンプレですねー

「チアキはギルドって知ってるでしょ?」

「ああ」

 簡潔に言えば依頼者と俺たち魔法使い、厳密に言えば魔装師と呼ばれる者の仲介役だ。

 魔法学院の生徒は学院が仲介役となって依頼を生徒たちに提供してくれるが、いつまでもその恩恵にあずかることはできない。

 学院を卒業し、プロとなれば学院と違って数あるギルドのどこかに入り、そこから依頼を受けることになる。

 別に、学院やギルドを介せずに依頼者から直接依頼を受けることは可能だが、中には裏のある、受けた者を陥れるための依頼だったり、内容を誤魔化しているようなものもあるため、仲介役を使わないのは利口とは言えない。

「現在。各地のギルドが何者かによって襲撃されてるわ」

「襲撃?」

 そいつは、随分と荒っぽい話だな。

 だが、こんな話。前回のルートじゃなかったはずだぞ?

 修正力とやらがないことは確認したが、イレギュラーってやつはあるのかもしれないな。

 いや、当然だ。

 この世界はゲームの中の世界なんかじゃないんだ。

 一つの行動で未来が変わるなんてよくあることだな。

 つまり。今の俺がすべきこと。

「マリア。その襲撃について詳しく教えてくれ」

「……あら。やる気になってくれたのかしら?」

「ああ。俺がいるのは今のここだからな」

 俺の言葉に首をかしげるマリア。

 事情を知らないのマリアからすれば何言ってるんだこいつ状態だな。

 あまり電波系な事を言ってると後々厄介になる可能性も高いし、これからは気を付けた方がいいかもしれない。

「まず。今の所犯人として有力なのは【反魔会(はんまかい)】」

「……まあ。だろうな」

 魔法を是としない連中。というか組合。

 それが反魔会だ。

 こいつらは前回のルートでもいたことはいたのだが、その時は目立ったことを結局最後までしなかったはずだ。

 ……いや。違うな。確か何かをする前に潰されたんだ。

 確か潰した奴の名前は……あれ? 誰だっけ?

「アジトとかはわかってるのか?」

「わかってたらこんな事件すぐに解決してるわよ」

「……確かに」

 肝心な名前を覚えてなかったり、こんな簡単なことにも気が付かないなんて、まったく自分の無能ぶりにため息が出る。

「狙われてるのはギルドなんだろ? それなら各地のギルドが個々で警戒しとけば大丈夫じゃないか?」

 反魔会に属する奴の九割はまともに魔法を使えない一般人だったはずだ。

 いや、一般人だからこそ彼らからすれば異能の力を持っている、異常な例外である俺たちを恐れ、是としないんだ。

「魔装師と一般人の戦闘能力の差はマリアも知ってるだろ?」

 特にマリアは魔装師の中でも強者に分類されるだろうし、その思いは特に強いはずだ。

「各ギルドにも数人の強者はいるだろ? 反魔会の魔装師はそいつらで止めれば残りは魔装師としては弱者に分類されるやつでもどうにか出来るはずだ」

 大きなギルドじゃなくても一人や二人の強者はいるものだ。

 特にそれが強いのは【トライアングル】というギルドだ。

 人数は少なくて確か二十人ちょっと。

 ここは風変わりなギルドで、そのギルドを治めるギルドマスターを幹部三人で兼任している。

 スリートップってことだ。

 そんで、この三人の強さが凄まじくそのため人数はワーストクラスだが、その実力はこの国トップ十に入るほど。

「それが……」

 マリアの顔に影がさした。

 その表情を見て俺の中には不安の文字が通った。

「各ギルドへの通達は既に出してるのよ」

「……それって」

「そう。つまり、不意打ちなんかじゃない。正面から潰されてるってことよ」

 戦力としてはほとんど数えられない一般人が九割以上だというのに、ギルドを正面から力でねじ伏せたってことか?

 そんなの普通ありえないぞ!?

「潰されたんだギルドの名前全部わかるか?」

「え、ええ。通達した後に潰されたギルドは三つ。【悪だぜ組合】【リピーター】【ダルメシアン】よ」

 悪だぜ組合って色々大丈夫か?

 なんでわざわざそんな名前のギルドが狙われてたんだよ。理解不能だ。

「ちなみに、通達前にやられたのは【魔物殺し】【ソリティーアル】【ウリティア】【屍呼び】【ハリケーンズ】【オルティカ】の六つよ」

 通達前にやられたのは不意打ちの可能があるからな。

 こっちはさほど気にしなくていいだろう。

 重要なのはおそらく。

「【リピーター】と【ダルメシアン】について教えてくれないか?」

 おそらく、襲撃者は【悪だぜ組合】とやらを襲った時にわかったはすだ。相手が自分たちを警戒しているということに。

 にもかかわらず襲っているということはそれだけの意味があるということ。

 警戒されている。つまり、負ける可能性を、苦戦する可能性をより強くした上での戦いだ。

 そこになにかのヒントがあるはずだ。

「ええ。わかったわ」

 マリアが頷き。詳細を俺に話そうとした瞬間だった。

 思いもしない邪魔が入ったのだ。

「……予鈴ね」

「予鈴だな」

「……戻るわよ」

 まあ。学院の生徒である以上。授業に出るのは当然だよな。




 一限、二限と時間は過ぎていき、時は既に放課後になっていた。

「チアキ。来て」

 放課後になると早々にクラスで最も注目を集める美少女こと、マリアちゃんが俺のところに来て開口一番。

「……お前……」

 マリアの行動に俺は思わずため息をこぼした。

 だってそうだろ?

 昨日はあれだけ互いにツンツンしていたってのに、マリアは男の魔装師が嫌いだって有名だってのに、にもかかわらずだ。次の日になったら突然名前で呼ぶ関係になっている。

 少なくとも側からはそう見えてるだろうな。

 それを証明するようなクラス中の視線が針山の如く突き刺さっていやがる。

 なんだこれは。新種の嫌がらせなのか?

「お前って呼ぶのやめてくれる? 朝はちゃんとマリアって呼んでくれたじゃない」

「…………」

 俺は絶句した。

 同時に周囲から集まっている視線の一部がただの驚愕から殺意に変わりやがった。

 ちくしょう!

 なんで俺がこんな目に!

「……マリア。場所を移すぞ」

「どうしてよ?」

「いいから」

 可愛らしく首を傾げていやがるマリアの手を掴むと、俺は教室から逃げ出すように消えた。


「ちょっとチアキ! どこにいくのよ!」

「黙れこのアホ女!」

「なっ! だ、誰がアホ女よ!」

 苛立ちのあまり暴言を吐いた俺にマリアは眉をピクリとさせふと無理やり腕を振りほどいた。

 まったくもう。不機嫌の三文字を顔にはりつけやがって。それはこっちの顔だ。

「お前はバカなのか!? 周りを考えろ!」

「なっ! そ、そんなこと言われる筋合いないわよ!」

「自分がしたことも理解できないのか!」

「あたしが何をしたって言うのよ!」

 この顔。冗談じゃない。本気でそう思ってるのか?

「……はぁー。少しは自分の容姿を気にしろ。元々マリアは注目の的なんだ。そのマリアが今まで嫌ってたはずの男に自ら、それも好意的に話しかけたんだぞ? 周りから見たらそれは一体どう見える?」

「どう見えるって……。ただ、あー、仲直りしたんだーぐらいじゃないかしら?」

「……はぁー」

 個人で現状への認識のレベルは違う。これは基本であり常識だ。

 だけど、ここまで認識って変わるものなのか?

 もしかして俺がおかしいのか?

「た、ため息なんてしなくてもいいじゃない」

 目を逸らして拗ねるように言うマリア。

 あぁ。そうか。こいつ。

「……はぁー。訂正。そういえばマリアはお嬢様だったな」

「……何よそれ……。なんか、ムカつく」

 世間知らずの子供だってことだな。

「怒鳴って悪かったな」

「……なんかこの感じ。不服なんだけど?」

「こんなところで話すのもアレだろ? 元々どこに行こうとしてたんだ?」

 開口一番にこいつは来てと言ってたんだ。つまりどこかに行こうとしてたんだろう。

 さすがに廊下でこれ以上話してたら誰かに見つかるかもしれない。

 この現状は第三者から見たらまるで喧嘩しているカップルみたいだ。

 貴族であるマリアにそんな無礼なことを思わせたら互いにまずいしな。

 今まで誰も来てないのは奇跡以外の何物でもない。

「……そうね。それならまた裏庭にでも行く?」

「却下」

「なんでよ」

 機嫌を損ねたようだがそんなことを気にする俺じゃない。

「放課後だとあそこはカップルで溢れるぞ? そこに俺とマリア。現男と女が行ったらどう見える?」

「そんなの……あっ」

 俺たちの方もカップルにしか見えない。

 アホの子かもしれないが、頭の回転が遅いわけじゃない。マリアも当然それに気付き、頬を染めていた。

 あれ。勘違いしないでよねとかのセリフと共に殴られたりしないよな?

 そこまで怒ってないよな?

「か、勘違いしないでよね! あたしはただあんたが力になると思って頼ってるだけなんだからね!」

「……ああ。とりあえず落ち着け。な?」

 良かった。拳が来ることはなかった。

 だけどまあ。あんなにかたく両手を握っちゃて。爪が食い込んだりして痛くないのか?

「……なら。あたしの部屋に来なさい」

 ……ん?

「行くわよ」

「……え?」

「えじゃない!」

 マリアは大声で怒鳴ると今度はマリアが俺の手を取って歩き出した。

 いやいやいやいやいや。まずいだろ!

 なんでマリアの部屋に行かないといけないんだ!?

 いや、確かに、確かにわかるぞ?

 学院内だとどこに人の目があるかんからない。

 二人っきりで話しているところを見られたらそりゃ勘違いされるだろうな。

 んで。マリアのことだから自室ならそんなの問題外になるととか思ってるんだろうが、アホか!

 もしも、万が一にでも部屋に入るシーンを誰かに見られたらどうするつもりだ!?

 もしもそうなったら完全に……。

「ちょっと! 早く走りなさいよ!」

「走るのか!?」

「誰かに見られたら……チアキだって困るんでしょ?」

 一瞬迷いながらも、決意したかのような顔で言うマリアに俺はハッとした。

 というか、一応マリアなりには考えてたんだな。

「ほら! 早く!」

 俺は口でではなく、行動で返事をするとマリアは顔を正面に戻し、二人黙って走った。


 運良く誰かとばったり遭遇してしまう。そんなことにはならなかった。

 まあ、ぶっちゃけた話。俺は学院にこだわってるわけじゃない。

 俺がここにいるのはファスの言う契約とやらのためだ。

 ……あれ?

 もしも居づらくなったらそれを理由に辞めればいいと思ってたけど、もしかしてそれも無理だったりする?

 くそっ! 契約ってなんなんだよ!

「……あんた。大丈夫?」

「大丈夫だ。問題ない」

 どうやらいつの間にか頭を抑えて暴れていたらしい。

 冷めているような、だけどどこか心配そうにしているマリアの顔をまともに見れない。

「困った事でもあった? あたしで良ければ相談に乗るわよ?」

 あのマリアがこうもすぐに心を開いていることにも驚きだが、だが一つ言わせて欲しい。

 お前が言うなっ!

「それで? 詳細。教えてくれるんだろ?」

「ええ」

 ジト目の俺をスルーして、というか多分気付いてすらいないであろうマリア様はポケットから指輪を取り出すとそれを指にはめ、魔力を注ぐ。

「……それ。ボックスか?」

「そうよ。はいこれ」

 正式名称はボックスリング。

 原理は魔装のためのリングと同じだ。

 ただ、中身が武器や防具なので戦闘用ではなく、通常品。

 例えると魔法版の手荷物だ。

「……マリアって、いちいち持ってるもん高級品だな……」

「そうかしら?」

 魔装リングも一つ結構な値段がする。すると当然ボックスリングもそうなのだが、そんなものをこんなホイホイいくつも持ってるなんて……なんかアレだな。

 マリアがボックスから取り出したのは厚み半センチほどの紙束。

 それを手渡されながら俺はマリアにジト目を向け続ける。

 ……気付かれないけどな。

「……ねえチアキ? さっきからどうしたの? 妙にそわそわしてるような……」

「……そんなこと、ない」

 ダウト。

 マリアの言葉は思いっきり図星だ。

 だけど、俺はそれを否定した。

 じゃないとなんか、癪だから。

「そう?」

 そう言って首を傾げるマリア。

 ……こいつは本当にわかってるのか?

 ここはマリアの自室だ。

 思っていたよりも女の子女の子した部屋じゃなかった。

 感覚的にはあれだ。ホテルの一室。

 必要なものはある程度揃ってはいるのだが、不要とも言えるものはまったくない。

 前世(?)が女である俺の部屋も元々自分を普通の女の子とやらとして成長させる気が毛頭なかったせいで、こんな感じだったのだが。普通、女子高生の部屋ってもっとなんかこう、華やかなもんじゃないか?

 こいつ、女として大丈夫か?

 いやいや。これはさすがに失礼な思い込みだな。

 男が女にそういう幻想を抱くことは勝手だが、女である俺がそんなことを考えちゃいけないな。

 ……ん? 今の俺は男だからいいのか?

「さっきからキョロキョロしてどうしたの?」

 おっと。マリアが思いっきり不審がってるな。

 それにしてもだ。

「マリア。平常心過ぎないか?」

 再びジト目になる俺。

 マリアはやはりと言うべきかそれに気付かないで、どういう意味っとでも言いたげな顔で首を傾げている。

 一応。状況的には年頃の男女が密室に二人きり。

 そういう関係であるなし関係無く、もっとこう、ドキマギしてもおかしくないんじゃないか?

 この子はあれか?

 自分が俗に言う美少女だということに気付いてないのか?

 危機感がないお嬢様なのか?

 ……そういえばお嬢様でしたね。

「……あんた。本当に大丈夫?」

「……大丈夫です。問題ありません」

「何故敬語?」

 突然うな垂れた俺を心配そうな目で見詰めるマリア。

 やめろ。なんかこの状態でそれは辛い。

「……マリア。彼氏いるのか?」

「へ? 何よ突然」

「いいから」

「いるわけないじゃないそんなの。恋人ってのはね大人になってからでいいのよ」

「……そうだな」

 そういえばこの世界はそういう世界だ。

 一応世の中の常識というか、マナーとして恋愛は大人になってからというものがある。

 その原因は化け物がいるからだ。

 昔はむしろ逆だったらしい。

 若い頃からの恋愛を推奨されていたのだが、化け物が存在し、自然死や事故死よりも化け物に食われるという死因が明らかに多く、毎年死者の数は凄まじいことになるため、その対策としてできるだけ早く結婚をし、次世代の子供を産むべきとされていたのだが、とある問題が起きた。

 それは、孤児の増加。

 早くから結婚したところでは比較的早く子供を授かっていた。

 つまり、当初の予定通り子供数の増加には成功したのだが、だからと言って大人の死ぬ確率が落ちるわけじゃない。

 子供を産んだ後、戦線に復帰し、その後倒れる戦士があまりにも多かったのだ。

 国が巨大な孤児院を多く建てたのだが、それでも到底追いつかないレベルで孤児は増え続けてしまった。

 つまり。この世界は前世界と違い少子化ではなく、少親化なのだ。

 結果。今みたいな大人になってからの恋愛が推奨されるようになった。

 大人の死ぬ確率が減ったわけではないのだが、産まれる子供の数は少なくなり、孤児の人数がどうにかなるレベルまで下がったのだ。

 恋愛は成人してから。

 これは既に百年ほど続くこの世界の常識だ。

 だけど、だからと言って、全ての人間がそれを遵守できるわけじゃない。

 裏でこそこそカップルしてる連中なんてやっぱりいるし、今ごろ裏庭ではそんなカップルが溢れているはずだ。

 だからこの常識はただの知識であり現状とはかけ離れていると言っていい。

 だからこそ、マリアはこんなにも無防備なのか?

 そういう状況を警戒していない。

 あり得るとも思っていないんだ。

「……危ないな」

「何が?」

「……はあー」

 まあ。マリアは始神家(ししんけ)という権力に守られているからな。

 たとえマリアが美少女だからと言って無理やりとか、そういうことをしようとする阿呆はいないと思うが、だからと言って男を警戒しないのは問題だな。

 マリアの今後を思うとため息が出る。

「……あんた。なんか失礼ね」

 おっと。

 今度は俺がマリアにジト目を向けられる番になってしまった。

「早くそれ読みなさいよ」

「りょーかいっと」

 ジト目と共に。というか呆れたように言われ、俺はやっと資料に目を向けた。

「……ふむ」

 一通り目を通してみたものの、特に気になる点はない。

 一番の手掛かりになると思われる【リピーター】と【ダルメシアン】、両ギルドに何かしらの共通点なんてものは見つからなかった。

 この二つには共通点があると思ったが、ヒントにすらならなかった。

「……困ったな」

「チアキも?」

「もってことは」

「あたしも今日それと睨めっこしてたんだけど、特にこれといった発見がなかったのよ」

「……今日って……マリア、授業は?」

「……なんのことかしら」

 こいつ。サボったのか?

 ……いや。マリアとは同じクラスだ。

 俺は教室でマリアの姿をちゃんと目撃してる。

 授業もちゃんと受けているように見えたのだが……。

 ……まさか。

「……さすがはお嬢様だな。まさかあんなにそっくりな影武者がいるなんて」

「……え?」

 マリアは始神家(ししんけ)に名を連ねているんだ。

 つまり、これはある意味一国王と同じ権限。力を持っているのに等しい。

 始神家(ししんけ)とはそれほどの影響力を持っているからだ。

 一国の王であればそっくりな影武者の一人や二人いるだろう。

 なら、それと同等であるマリアにそっくりな影武者がいたとしてもおかしくない。

「……けどなマリア。そういうことに影武者を使うのは流石にどうかと思うぞ?」

「……待って。影武者って何?」

 隠すのか?

 いや。そもそも隠しておかなければ影武者とは言わないからな。

 だからこそあえて。

「隠さなくても、いいんだよ」

 と。全力で微笑む。

「だから何のことよ!!」

 今更ながら俺とマリアはマリアの部屋でテーブルを挟んで話しているのだが、マリアはテーブルを両手でバシンと叩くと、若干苛立った様子で立ち上がった。

「だから。影武者」

「影武者って何の話!?」

「…………」

 言葉も出ないってのはこういうことを言うんだな。

 ここまでバレバレだというのにそれでも隠し通そうとするなんて、あはは、笑いがこみ上げてきたんだぜ。

「よし。【ダルメシアン】に行ってみないか?」

「どうしてよ?」

「現場は何度も見るべきだろ? そもそも見に行ったのか?」

「……いいえ。行ってないわよ。けど、既に魔装警察部隊が確認した後よ? ちなみにそれ、魔装警察部隊の知り合いから貰ったやつだから」

 マリアがそう言って指差したのは今俺が持っている資料だ。

 エリート魔装師で編成されている警察の特殊部隊。魔装警察部隊と関係があるなんて、コネの力って凄いな。

「いいのか? 資料持ち出して」

「問題ないわ。どっちにせよ本部に行けば貰えるわよ?」

 なんだ。

 権力を乱用したのかと思ってたけど、どうやら違うみたいだな。

「ならいいけど。とりあえず。行くぞ」

「本当に行くの?」

「当然だ。この目で見ないでどうする?」

「……まあ。そうね」

「それに、よく言うだろ? 犯人は現場に戻るってさ」

「わかったわよ」


 現在に置いて最終襲撃地。

 ギルド【ダルメシアン】。

 二人のマスターと九十九人からなるチームの連携に優れているギルドだ。

 ちなみに、メンバー同士での仲が凄まじく良く、二人のマスターのそとをそれぞれ父と母と呼び、残りの九十九名は子供たちと呼ばれているらしい。

「ここね」

 俺とマリアの二人はそんなギルド本部跡地に来ていた。

 そう。跡地だ。

「思いっきり破壊されてるわね」

「だな」

「中、誰かいるわね」

 マリアの言葉に俺は意識をほぼ崩壊しているギルド内部に意識を向けた。

「……二人……だな」

 感じられる気配は二つだった。

 どうやらそれはマリアも気付いていてようで頷き返された。

「それにしても、チアキの言う通りね。中に誰かが居たって情報はなかったわ」」

「……てことは」

「ええ。もしかするともしかするかもね」

 俺とマリアは互いに頷き合うと同時にギルド内部に進入した。

 互いにいつでも魔装出来るようにと左中指には魔装輪具をつけている。

 何かあれば言葉ではなく、魔装によって知らせる。

 これが魔装師のやり方だ。

「……いた」

 隣を進むマリアの目が細まった。

 どうだけ良い視力してるんだよ。

 目の前にある入り口。マリアはその奥に二つの影を見つけたらしい。

「……魔装」

 つぶやくと同時に魔装をしていたマリア。俺は遅れながらも急いで魔装した。

 これが現地点においての最高戦力だ。

 二人組。二刀流。二操流。

 あれが犯人だとしてもここで、捕らえる。

「……ワン。ゴー」

 マリアの掛け声で俺たちは同時に飛び出した。

 すでにマリアの見つけた二つの影を俺も目視している。

 相談なんてすることもなく、俺とマリアは別々の影に向かって走っていた。

 俺たちに気付いたのか影が動く。

 だがもう遅い。

「動くな。動けば二人とも首が飛ぶぞ」

 驚く影二人分の生唾を飲む音が聞こえた。

 驚くのも仕方がない。

 なんせ、俺とマリア。そのどちらも走っている最中だ。

 ちなみに走りながらもマリアは両目を見開いている。

 ある意味マリアが一番驚いているだろう。

 なんせ、二つの影。その背後にはもう一人のマリア(・・・・・・・・)もう一人の俺(・・・・・・)がいるからだ。

 横目であれは何っと問い掛けてくるマリアだが、今は無視。

 加速することによってマリアにそう返事をした。

 もう一人の俺たちの正体は単純だ。

 俺の属性。幻によって作り出した幻術体。

 つまりは、まやかし。

 だけど、そのリアリティーは凄まじく、あんな近距離でさえ本物と見分けることは出来ない。

 幻術によって気配さえも作られているのだ。

 二つの影は確かに感じる背後の気配と、視界の端にちらりと映っている刃のせいで完全に動きを止めていた。

「俺たちは魔装生だ! 二人とも動くな!」

 マリアよりも数歩早く到着した俺は刀を二人に向けながら自分たちの所属を言う。

 魔装師を育てる魔法学院の生徒。

 てことで魔装生だ。

「観念しなさい!」

 遅れながらも到着したマリアも俺と同じように刀を向けた。

「……あっ」

 そして即座に刀を下げた。

「マリア?」

「チアキ。刀をおろして大丈夫よ」

 疑問符しかないのだが。

 マリアが完全に警戒を解いているため俺は渋々ながらも刀をおろした。

「知り合いか?」

「この人たち。マザーとファザーよ」

「誰の?」

「……はぁー。あんた、あたしの話聞いてなかったの?」

 呆れた表情でため息をつくマリア。

 俺はすかさずに疑問符を追加オーダーした。

「マザーとファザーってのは通称よ」

「通称?」

「つーまーりっ。ここ。ギルド【ダルメシアン】のツートッブ。ギルドマスターよ」

 そういえば言ってたかもしれないな。

 トップ二人のことをそれぞれ父と母と呼ぶのが【ダルメシアン】の特徴。

 けど、英語読みだなんて聞いてないぞ?

「……へー」

 マリアがあまりにも自信満々に断言するので、俺は二人の背後に出していた偽物の気配と幻覚を消した。

「いきなりの無礼をお許しください」

 そして頭を下げた。

 一ギルドのトップたちなのだ。さすがの俺もこういう時の礼儀ぐらいはわきまえているつもりだ。

 マリアが両目を丸々に見開いているのが視界の端に映るのが少しむかつくが、まあいい。

「構わん。久しいな。マリア嬢」

「お久しぶりです。【ダルメシアン】がファザー。リク殿」

「顔見知りか?」

「そうよ。家の関係でここ近くに拠点を持ってるギルドとはそれなりの交流があるのよ。

 まあ、とはいえ実際に会うのはそれぞれ一回か二回くらいだけどね」

 それでか。

 ここに来ると決めた時。マリアはどこかそわそわしているように見えたからな。

 一度人生をまっとうし、人間観察能力は昔と比べ飛躍的に上がっているはずだが、それでもどうも人の心というものは理解が難しい。

 特に。女でありながら男としてあろうとしたせいなのか、女の気持ちとやらがさっぱりだ。

「これはこれは、強者が来たと思ったらかの有名なマリア様でしたか」

「騒がしくしてごめんなさい。【ダルメシアン】がマザー。ソラ様」

「ふふ。こちらは大丈夫ですよ。そう心を荒立てるのはおやめなさい」

「……はい」

 すごいな。

 俺でさえマリアの心が荒ぶっていることに気付いたのは、確信を持ったのはついさっきだ。

 それを一見で見抜くとはな。

 威厳のあるおじさま風のリク。

 おっとりとしたややふくよかな女性のソラ。

 二人とも既に四十代後半だというのに、特にファザー、父であるリクの威厳は凄まじい。

 だが一つ俺は気になった。

 今。現在進行形でマリアがリクに向けているそれは完全に、違えることなく、尊敬の念だ。

 父と呼ばれるだけあって、ソラは正真正銘の男だ。

 にもかかわらずあのマリアが尊敬の念を向けていることに俺は驚いた。

「ふっ。変わらんな。マリア嬢」

「そう? これでも少しかわったつもりよ」

「くくっ。男嫌いはまだ健在のようだな」

「……それは」

 表情を曇らせるマリア。

 リクはマリアから俺に視線を移した。

「少年。名は?」

「チアキ」

「ほう。チアキか。変わった名だな」

「そうか?」

「ククク。姓はなんというのだ?」

「…………」

「ノーコメントか。それも良かろう」

 気分を害した様子はない。

 だからマリア。そんなに慌てるな。

 俺がそんなことを考えていることも知らずにリクは視線を再びマリアに向けた。

「マリア嬢」

「は、はいっ」

 慌てている時に声を掛けられたからなのか、マリアは何故か敬語になっていた。

 ちょっと見てて面白い。

 そんな思考が表情に出ていたのか、マリアにキッと睨まれた。

「この子は似ているな」

「似ている?」

「マリア嬢。君の祖母。初代神崎家当主。神崎千聖(ちさと)にだ」

「お祖母様と!?」

「千聖?」

 なんだ。この違和感は。

 そうだ。発音だ。イントネーションが違うんだ。

 何と違う?

 まぎれもないこの世界のそれと違うんだ。

 俺が自分のことを千晶とではなくチアキと呼ぶ理由だ。

 今の発音は確実に、日本語だ。

「マリア嬢。少しこの少年と話がしたい。良いかね?」

 俺の顔を見て、一瞬目をぎらりとさせたリクはマリアに向かい、そう言った。

「え、ええ。わかったわ」

 その顔には不服の文字がありありと出ていた。

 そりゃそうだろう。

 少し前まで襲いかかってくるほどに嫌いだった俺が、尊敬しているであろう祖母に似ていると言われたんだ。

 それもおそらく、祖母を良く知っているであろうこのファザーに。

 渋々といった風にマリアはこのギルド跡地と言っても過言ではないほどに、崩壊しかけている建物から出た。

 そんなマリアの後ろ姿を見送った後、俺はこの父とやらに顔を向けた。

「君は日本から来たのかね?」

「ーーっ!?」

 心臓がはねた。

 比喩じゃない。本当にはねた気がした。

 それだけ、それほどに、この男の、リクの言葉は衝撃的だった。

 前のルートでは一度もこっちでは聞かなかった単語だったからだ。

 日本。そう、俺の故郷だ。

「そうか。やはり。チアキ君だったな。字はどう書く?」

「……数字の千に結晶の晶で千晶だ」

「ふむ」

 リクは立派に生やしているヒゲを指先で弄りながらうなるようなつぶやいた。

「なんでわかった」

「ククク。警戒する必要はないぞ? 儂はおぬしに何か害をなすつもりはない」

「……信用できるとでも?」

 両手の刀を構え直し。魔力を体内で活性化させながら俺は鋭く眼光を放った。

 だが、これは嘘だ。

 偽物。

 幻だ。

「ククク。改めて名乗ろうか。儂の名はリク。それは嘘ではない。だが、広大に広がる大地。陸と書いてのリクだ」

「ーーっ!?」

「そう驚くでない。斎藤陸。良く聞く、いや、よく聞いた姓であろう?」

 陸と書いてリク。

 今の明らかに漢字を使っている。

 つまり今こいつは、陸はこう言ったのだ。

「ご名答。儂も日本出身だ」

 日本出身者。

 それを聞いて俺は確信をした。

 これはずっと、ずっと気になっていたことだ。

 だけど、それは無いと。勝手にその可能性が無いものだと、自分だけだと決め付けていた。

「……他にもいるのか。日本人が」

 転生なのか、それとも俺と同じように転移なのか。

 どっちでもいい。

 ただ知りたいのは他にも日本人がいるのかという可能性だった。

 俺の問いにリクはゆっくりと、だけど確かに首を縦に振った。

「いる……のか?」

「そうだ」

「……あんたは……どっちだ?」

「ほう。その問いはどちらの意味だ? いや儂が日本人だということは理解しているのであろう。ならば、こういう意味かね?

 転移か転生か」

 今度は俺が頷く番だった。

「ククク。儂は後者だ」

 後者つまり、転生ということ。

「……聞かせてくれるか? 今までのことを」

「……ふむ。良いだろう。儂はむこうの世界で随分と早く死してしまったのだ。それも、成人する前にだ」

「……それは……」

 不幸だと、不運だったとしか思わなかった。

 原因が何にしろ、そんな早くに死んでしまうなんて、哀れみすら覚える。

「ククク。そんな顔をするな。死んだ儂がある声を聞いた」

「声?」

「そうだ。『君の人生を肯定しよう。だからその未来すらも肯定しよう』というな」

 その独特な話し方。

 あいつだ。

 この前であった、神ちゃんだ。

 ならばこういうことか?

 神ちゃんは何かしらの目的のために複数人をこちらの世界に召喚したということなのか?

「ふむ。その反応。君も聞いたのかね? あの声を」

「……ああ」

 嘘じゃない。

 ただ、省いただけだ。

 なんとなく、なんとなくだけど、これは言ってはいけないと思った。

 実際に声の持ち主と会っているということは、明確な理由はない。

 ただただ、過去の経験からそう思った。感じたんだ。

「その声は他にも何か言ったのか?」

「他、とは?」

「……いや。その、あれだ。転生させた理由とか?」

「……いや。儂には何も言ってはくれんかったよ」

 には?

 なんだその気になる言い方は。

 ただの気のせいかもしれないがそれではまるで。

「ククク」

 俺を見てリクは笑った。

「そうか。君は聞いたのか」

「……なんのことだ」

「隠す必要はない。そうか。君が最後の一人であったか」

「……何を言ってる」

「君は知っているかね。魔装師の本来の存在理由を」

「……知ってる」

「ほう。それは本当に真実かね?

「そのはずだ」

 前回のルートで知ったこと。あの時の常識。そこまで変わるはずがない。

 ここが並行世界である以上。多少の変化はあるかもしれないが、大きな違いがあるとは思えない。確証はないが、多分大丈夫だ。

「この世界にはびこる魔の獣。

 魔物を討滅するために研究された存在。それこそ魔装師。かね?」

「そうだ」

「それは否だ」

 驚きはさほどない。

 確かに俺の知識は前回ルートで得た常識。

 それが常識であることに変わりはない。この世界でも同じだったようだ。

 だが、常識なんてものは曖昧だ。

 常識とはつまり、多くの人間の共通認識のことだと言える。

 だとすれば、多くの人間の認識そのものが違う可能性を否定出来ない。

 いつの時代も、どこの世界もこれはきっと同じだ。

 大切であろう本来を、誠を多くの存在に教えるか?

 外部に話すのは聞こえの良い言葉の羅列。これは前世界。地球の日本での会社などと同じじゃないか。

「驚かないのか?」

「常識が真実とは元々思ってない」

「そうか。ならば儂が代わりに真実を教えよう」

「……いいのか?」

「無論だ。君は日本からここに来た。そしてマリア嬢と親しくしているようだからな」

「関係あるのか?」

「君は選ばれた者の一人。そういうことだ」

 選ばれた者ねえ。

 ただギルド奇襲事件について調べてただけなのに世界の真実とか、やけに大袈裟なことになってきたな。

「魔装師の本来の意味は。魔の者を殺す装備を持った術師だ」

「魔の者? 魔獣とは違うのか?」

「そうだ。魔の者とは即ち、魔族だ」

「魔族ねえ。話だけなら知ってる。二つ隣の国の奴らだろ?」

「違う」

「違う? いや、だけど……」

「今では隣の国だ」

「ーーっ!? まさかそれって」

「友好関係を長年築いてきたあの国はもうないのだ」

 滅ぼされたということなのだろう。

 だが、そんな情報は聞いたことがない。

「事実か?」

「事実だ。隣国は魔族の襲撃によって滅んだ」

「だが、魔族ってただ魔法力に優れた一族ってだけじゃないのか? なんでそんなことをしている?」

「大きな力は心を蝕むのだ」

「…………」

 そうかもしれない。

 戦力とか、金とか、権力とか、そういうものが個に集中してしまうと暴走を起こす。驕りを産むんだ。

 今はそれが一族単位で起きているってことなのか。

「千晶。魔族と戦ってはくれないか?」

「ーーっ!?」

 冗談も大概にしろ。なんて言えなかった。

 リク、いや、陸の真剣な目を見て、それが冗談の類いではないとすぐにわかったから。

 俺の心臓が激しくはねた。

「……断る」

「……何故だ?」

 心底驚いた様子の陸。

 だけど、俺が意見を変えることはない。

 理由は簡単だ。

 前回のルートでは俺が命尽きるまで、魔族側に国が落とされることなんてなかった。

 戦争があったという話は聞いた。

 だけど、俺はそれに参戦してないし、相手がどこだったかも知らない。

 もしかするとそれが魔族との戦争だったのかもしれない。

 つまり、大丈夫だったんだ。

 問題無かったんだ。

 むしろ俺がそこに参加することによって変化が生まれる方が怖い。

「俺は必要ない」

「そんなことはない」

「ある。この国にはあいつらがいるだろ?」

「……転魔隊のことか?」

「そっ。通称勇者組がどうにかしてくれる」

 あの時も勇者組が大活躍したという話は聞いているからな。

 勇者組はその名の通り、正に勇者の御一行だ。

 この国の上層部から呼び出された四人の男女からなるパーティ。

 彼らこそ主人公の三文字が似合う一団だからな。

 任せた方がいい。

 失敗なんてありえない。それが勇者。主人公だから。

「あの四人は最強だろ?」

 それぞれの名前は覚えてないが、男二人に女一人のパーティだった気がする。

「む? 君は何を言っている?」

「え?」

「彼らは三人だぞ?」

「……え?」

 リクの言葉に俺はさすがに動揺した。

「三人? 四人じゃないのか!?」

 動揺はいとも簡単に俺の口を慌てさせた。

「三人だ。何かと勘違いしているのではないか?」

 おいおい。どういうことだ?

 三人だって?

 確か昔聞いた話じゃ四人の勇者組でギリギリって話だったぞ?

 ……いや、確か四人じゃなかったはすだ。

 勇者組だけじゃない。確か一人だけそれとは関係ない人が参加していたはずだ。

 有名な勇者組の名前すら覚えてないんだ。その子の名前だって覚えてないが、ただ一つ。確実に確信を持てるのは勇者組プラスで一人。合計五人でその戦いは終わったということだ。

 それが三人?

 プラスの一人は後々参加するかもしれないとして、それまでは三人?

 おいおい。冗談だろ?

 もしかすると、それじゃ合流する前に……。

「……三人の戦力はどうなんだ?」

「彼らは強い。君が言う通り凄まじい力を持っていることは確かだろう。たが……」

 その先を言い辛そうにするリク。

 当然だ。この国の最高戦力であろう勇者組を非難するような言葉は言えないだろう。

「もう良いよ。わかったから」

「むむ。そうか……」

 明らかに落ち込んだ様子のリク。

 勇者組が四人だった頃は誰一人としてこんな弱気な人間はいなかったはすだ。

 つまり、三人になっている今の勇者組にはどこか欠けている部分が、弱点のようなものがあるのだろう。

「君は気付いたのだろう?」

「何にだ?」

「今の彼らでは正直足りんということだ」

「……ああ」

 辛そうに顔を歪めながら言うリク。

 こんな顔をさせてまで言わせてしまったことを少し申し訳なく思う。

 けど、何故言った?

 言う必要があったのか?

「儂は言っただろう? 魔族と戦ってはくれんかと」

「言ったな」

「それはつまり、彼らと合流してくれんかという意味なのだ」

「……は?」

 魔族と戦って欲しい。

 つまり、魔族と戦う者の最前線。勇者組との合流、というかそのパーティに入れということなのか。

 言われてみれば簡単に予測出来ることだったな。

 確かに三人になっているらしい今の勇者組には不安がある。

 俺には運命を変える力とやらがあるらしい。

 この、記憶を持ったうえでのやり直し。

 今の俺の強さならきっと勇者組の中に入ってもやっていけるだろう。

 けど、俺は主人公なんかじゃないんだ。

 出来るのはせいぜい、リティカの涙を減らすことぐらいだ。

 一国の未来を守るなんて、俺には無理だ。不可能だ。

 そんな大きなもの、大き過ぎるもの、背負い切れない。

「やってくれるか?」

「断る」

 即答だった。

 前回のルートで知っている。わかっている。俺は主人公じゃない。

 例えるなら俺はただのモブキャラだ。

 そんな中心とも言える場所にいるべきじゃない。

「何故だ? 君には力があるだろう?」

「……ああ。あるかもしれない。けど、俺には大き過ぎる大命だ。背負えない」

「何を言う。彼らとて君と同じ。ただ力があるからという理由で集められたのだぞ?」

「同じ? 俺はあいつらとは違う。俺はただのーー」

 日本人だ。

 そう続けようとした俺の口はそれを発することはなかった。

 俺はすでに日本人と言えるのか?

 何を基準にして日本人と呼ぶ?

 日本で生まれたから?

 国籍があるから?

 俺にはわからない。

 そんなこと、今まで考えたことなかったからだ。すぐに答えを出せるほど俺の頭は良くない。

「日本人か?」

「…………」

「彼らと何が違う? 彼らも日本人だ」

「ーーっ!?」

 リクの言葉に衝撃が起きた。

 心が震えた。

 日本人?

 勇者組が日本人?

「日本からこちらの世界に来た人間は少なからずいる。その者たちは全員、変わらずに巨大な力を秘めているのだ」

 俺は?

 前回のルートで俺はどうだった?

 普通だった。

 そんな、特別強烈な力を宿っていたりしていなかった。

 ただの、本当に普通だったのだ。

「力ある者は責任を背負わなくてはならない。これは儂の自論だったが、彼らを含め自ら求めたわけではないであろう力に責任を求めるのも酷というものだな」

 リクはそっと目を伏せるとやがて閉じた目を開け、俺の目をまっすぐに見つめた。

「すまない。今の話は忘れてくれ」

 リクは申し訳なさそうにしながらもどこかやっぱり、残念そうだった。

「……俺は今ここを含めてギルドを襲ってる何者かを追ってる。二人は何か知ってることはないか?」

 リクの目を直視できなくなり、立ち去ろうとした俺はふとここに来た本来の理由を思い出し、立ち止まると振り返りながら聞いた。

「すまない。その件については儂にもわからん」

「……そうか。わかった」

「まー待て」

 体を戻し、再び立ち去ろうとした俺の背中に向けてリクが制止の声を掛ける。

「何?」

「確証はない。だが一つ。今回の奇襲はどうも嫌な予感がするのだ。十二分に警戒して欲しい」

「わかった。それじゃあ」

 俺は今度こそこのギルド跡地を後にした。



    ☆ ★ ☆ ★


 さあ。

 始めよう。

 ここからが、本当の君のーー。


 物語なのだから。

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