ヒロインとかいうやつですか?
「……はぁー」
俺の深いため息を見てファスは少し困ったような顔をのぞかせた。
「そうため息をつかないでくれないか?」
「……仕方ないだろ。……いろいろとさ」
あの後どうして俺がパティ村から結構な距離があるはずの首都まで移動しているのか、その理由を聞いた。
「……一ヶ月……ねぇー」
俺が何よりも驚いたのは俺が気絶してからなんと既に一ヶ月経っているらしいことだ。
「私も焦ったぞチアキ。リティカに泣きつかれ、君の異常を知った時はな」
今俺はファスと共に城下町を散歩している。
まあ、無論目的はデートとかそんなんじゃなくて、俺にここを案内するためだ。
「チアキの魔力消耗は通常ありえないレベルでな。意識を失うだけでなく死んでしまうかもしれないほどの重大だったのだぞ?」
「……迷惑かけたな」
「ふふっ。気にするな」
あの村ではどうしようもないほどに俺は衰弱してしまっていたらしい。
そんな俺を助けるためにとリティカがファスに泣きつき、泣きつかれたファスは俺を助けるために医療施設の整った首都にまで俺を運んでくれたらしい。
「道中の護衛もしてくれたんだろ? いくらだ?」
「ふふっ。報酬など要らんさ」
「そうか? サンキュー」
「……随分と軽いな」
横を歩く俺にジト目を向けるファス。
まー。ぶっちゃけた話俺は金を持っていないからな。
金を出せと言われても困る。
「なあ。一つ聞いていいか?」
「む。なんだ?」
「……俺、一ヶ月も意識がなかったんだよな?」
「そうだな」
「……随分と俺の身体綺麗じゃないか?」
自分の両手を見たり、クンクンと匂いを嗅いでみるが、まったく臭くない。
一ヶ月も身体を洗わなかったら結構臭くなると思うんだけど。
けどそうじゃないってことは……。
「当然だな。チアキの身体は毎日拭いていたからな」
「……もしかしてファスがか?」
元々女とはいえ、この身体は男のものなのだ。
精神的にはファスは同性なのだが、肉体的には異性。
どうも俺の精神は肉体側に寄りつつあるらしい。
つまり。羞恥心とやらがあるのだ。
「さあ。どうだろうな?」
そう言って小悪魔的な笑みを浮かべるファス。
なんだろう。
凄く似合う。
今向かっているのは病院だ。
理由はこれまた単純明解。
俺の検診だ。
今までは俺が意識不明の重大だったため往診に来てもらっていたらしいが、もう意識が戻ったんだ。
ならこの足で行くとも。
「悪いな。往診って結構金掛かっただろ?」
「ふっ。気にするな」
何この人、男前過ぎる。惚れるぞ?
この国の首都とは言っても病院は一つだけだ。
この街の中心には巨大な城があり、病院なファスの家からは丁度反対側だ。
そのため、結構な時間を歩いてやっと俺たちは病院へと到着した。
「私は手続きをしてくる。チアキは少し待っていてくれ」
「おけー」
ファスに適当な返事を返した後、俺は近くの椅子に腰を下ろした。
「君。見かけない顔だね」
突然声を掛けられた。
知らない声だ。
不審に思いながらも俺は顔を上げた。
「はじめまして。あたしの名前はミキ。よろしくね」
「……チアキ。よろしく」
「そう。チアキ君だね」
そう言って微笑むミキ。
一瞬、俺の名前を聞くと同時に眉を動かしたようにも見えたが、なんだ?
いやまあこっちでチアキだなんて名前は珍しいからな。
驚くのも無理はないか。
「チアキは引っ越してきたのかな?」
「違う。治療のために来ただけだ」
ここは思いっきり病院の中なんだからそれくらいわかれ。
いや、関係ないか。
「ミキだっけ? お前はなんで病院なんかにいるんだ?」
一見怪我をしている風でも、病に冒されているようにも見えないのだが、見た目からじゃわからない病気なんていっぱいあるから考えるだけ無駄か。
「ここ。お父さんの病院だから」
つまりいいところのお嬢さんってことか?
ぱっと見では同い年ぐらいか?
もちろん今の俺の見た目の年齢って意味だ。
「へぇー」
「……驚かないの?」
もともとぱっちりとした両目をまん丸にして驚く少女。
いや、驚くもなにも、そりゃ院長の娘さんなら病院で出会うこともあるだろ?
「……チアキって不思議だね」
「そうか?」
「クスクス。なんか、チアキとはまた会う気がするな」
そう言って微笑むミキ。
うん。可愛い。
「そうか?」
同じセリフを返す俺にミキは面白そうにクスクスと笑うと、じゃあねという言葉と共に手を振った後にスタスタと行ってしまった。
「会うことなんてもうないと思うけどな」
もう見えなくなる背中に俺は小さくつぶやいた。
「おや? どうかしたのかチアキ」
「ファス……いや、なんでもない」
手続きを終えたらしいファスが戻ってきた。
あらぬ方向をじっと見つめていた俺に首を傾げていたが、俺の回答に納得したのは深く聞かれることはなかった。
無論。聞かれても問題ない話だけど。
ファスに連れられ俺は診察室に行った。
一回人生を終えている俺ですらなんだかよくわからない機器を使っていろいろな検査を受けた後、やっとのこと解放された頃には既に外は暗くなっていた。
「……眠い」
「ふふ。まるで子供みたいだな」
「……年寄りは寝るのが早いんだよ」
六十歳前後からだったかな。
そのくらいから俺の一日は日が昇ると同時に起きて、日が沈むと同時に寝る。
そんか毎日を繰り返していたからな。
まだこっちに来て二ヶ月。その内一ヶ月は気を失っていたため事実上一ヶ月だ。
一ヶ月じゃまだ慣れん。
というかここ一ヶ月間、俺は老婆だった時と同じ生活リズムで過ごしていたからな。とうに寝る時間を過ぎている。
大きなあくびをする俺にファスは呆れた顔で苦笑した。
失礼だな。まったく。
「起きろ。チアキ」
「…………ん?」
一体いつの間に寝てしまったのだろうか。
そもそもあれ? 俺はどこで寝てるんだ?
「……どこ?」
「……はぁー。私の家だ」
呆れたようにため息をつくファス。
あーあ。また幸せが逃げちゃったぞ?
まっ。俺のせいですけどね!
どうやら俺はここ一ヶ月間眠っていたらしいベッドで寝ていた。
正直ここまで辿り着いた記憶がまったくないんだが。どうなってるんだ?
「今回はすぐに起きてくれて助かる」
「……と、いいますと?」
「帰る最中にチアキは倒れたんだ」
「……え?」
真面目な顔をしているファス。
……んー。どうやら嘘じゃないみたいだな。
えっ、マジで?
「ちなみに倒れた原因は情けないぞ?」
「……何」
「睡魔だ」
…………えっ?
「あれはさすがの私も苛立ちを覚えたな。急に倒れたかと思ったら心配する私の耳に届きたのは君の寝息だったからな」
「あー。えーと、もしかして、もしかしなくても怒ってます?」
「……そんなことはないぞ?」
そう言って満面の笑みを浮かべるファス。
……うん。目が笑ってない。
「すみませんでしたっ!!」
プライド?
なにそれ?
プライドなんてものはそこらへんの野良犬にでもあげて俺はベッドから飛び上がると空中でクルクルと五回転。
そしてそのまま流れるように土下座である。
やっぱりあれだね。日本男児といえば土下座だよな。
まあ、日本では女でしたけど?
「……はぁー。まあいい。朝食が出来ている。食べよう」
「……はい……」
耳を澄ませばではなく、鼻を澄ませばいい匂いが感じられた。
俺が寝ていたベッドは外と直接繋がっている扉がある部屋だった。
どうやらファスは奥の部屋に寝泊まりしているらしく、匂いもそっちからだ。
俺はファスの後ろをついていった。
おっと、ヨダレが垂れそうになっているな俺。
豪勢とまではいかないが、家庭料理としては品目も多く、バランスが取れている。
何より美味しそうだ。
この世界では日本と同様に米が主流だ。
俺としても米派のため嬉しい限りだ。
「さて、食べようか」
「いただきますっ!」
ファスのお言葉もあり俺は両手を合わせると残像が見えるレベルのスピードで料理たちを口の中に、そして胃袋へと送っていく。
「すごい食べっぷりだな」
そんな俺を見てファスは両手を大きく見開いていた。
そして苦笑。
「……足りるか?」
ファスは視線を料理たちに向けた後、手に持ったお茶碗とお箸を一旦置き、俺に問う。
「足りんっ!!」
遠慮?
俺の辞書にそんな言葉はない。
ファスの問い掛けに俺は迷うことなく叫ぶように返事をすると、ファスはまたため息を一つ。
あーあ。……いや、ほんとすみません。けど反省はしていない。てかしない。
ファスは静かに立ち上がるとここからでもチラリと見えるキッチンへと向かった。
トントンとリズムのいい音が聞こえる。
パチパチと何かが弾ける音もする。
俺は箸を止めることなくその音を聞いていた。
これ、食べていいよね?
俺の視線はファス側に置かれている料理たちにいっていた。
現在進行形でファスは新しい料理を作ってくれているのだろう。
ならこれはいらないよね?
てことで俺は一寸の迷いもなくまだ手のついていない料理たちに箸を伸ばした。
「うまーっ!!」
良く良く考えたら昨日は何も食べていない。
気絶していた期間を合わせれば俺は一ヶ月以上も食事をしていないことになる。
そりゃお腹も空きますよ。
「……やはり私の分も食べていたか」
料理を終えたらしいファスは戻ってくると完全になくなっている料理たちを見て小さく言葉を漏らした。
「チアキ。あとどれぐらい欲しい?」
「今の十倍」
「……わかった。これも全て食べていいぞ」
ファスは再びため息をつくと俺の前に大盛りの料理が乗った大皿を三つ置いた。
なんだかキッチンに向かうファスの背中が小さく見えた。
「……はぁー」
食事を終えたあとファスはこれまた深いため息をついていた。
せっかく美人なのにそんなにため息ついてると幸せになれないぞ?
なーんてねっ。
原因は十中八九俺だろうな。
なんせあの後は約三十人前の料理たちを食ろうとやったのだ。
きっと備蓄の食糧をあらかた食べたんじゃないか?
ちなみにファスはその後何も食べていない。
食べないでいいのかと一応きいたのだが、
「味見でお腹いっぱいだ」
らしい。
いやー。質より量じゃなくて、その両方をちゃんとやってくれたらしい。
あえて言おう。
「めちゃくちゃ美味しかったですと」
おっと。思わず口に出てしまったようだ。失敬失敬。
向かいの席でぐったりとしていたファスは俺の言葉が聞こえたらしく顔だけをこっちに向けた。
「……美味しかったのか?」
「ああ。めちゃくちゃ美味しかったぞ?」
「……そうか」
あれ?
感謝の気持ちを込めて俺なりに満面の笑みを浮かべたつもりだったのだが、ファスは慌てるように顔を伏せてしまった。
しばらくしてファスは復活した。
最初は少し顔が赤かったのだが、もしかして病院に行った時に誰かの風邪を貰ってしまったのか?
俺のために苦しい思いをさせるのは心苦しいため、一言。
「大丈夫か?」
っと、心配したのだが。
「だ、大丈夫だ」
顔を真っ赤にして逸らされてしまった。
なんで怒ってるんだ?
「……そうだ」
なんの前振りもなく、むくりとテーブルの上でとろけていた上半身を起こすファス。
「チアキ。行くぞ」
「……えっ? どこに?」
まだ微かに赤い顔を真っ直ぐこちらに向けていうファスに思わず疑問長になってしまったのはしゃーないと思います。
「学校だ」
「…………はっ?」
一言で言えば魔法学院。
この国の首都であるこの街に一つだけある特異な学校のことだ。
どうやら俺はそこに入学することになっているらしい。
理由なんて知らぬ。
ただ一つ。
「そういう契約だ」
と言われた。
誰との契約、てかなんの契約だよっと叫んだのだが、詳細についてはまったく教えてもらえてない。
ええ。隠す気はありません。
「不服ですとも」
「何がだ?」
既に転校生の宿命である質問責めめも終わり、一人おとなしく自席に座っていた俺が唐突につぶやいたことで隣の席の男子、確か名前は……。
「……誰だっけ?」
「おいおいっ! 自己紹介これで四度目だぞっ!?」
「……そうだっけ?」
やっべ。
マジで聞いてなかったかもしれない。
「……はぁー。俺はこの由緒正しき魔法学院高等部二年、超絶エリートのコッザだ」
わざわざ立ち上がり、そこらへんにありふれた決めポーズと共に高々と宣言するコッザ。
ぶっちゃけウザい。
「ふふっ。超絶エリートだって」
「……ちっ」
聞こえた声にコッザは舌打ちをすると嫌そうに振り返る。
俺も顔だけそっちに向けるのだな、そこにいたのは長い金髪の少女。
確かこいつの名前は。
「なんか用かよ。マリア」
コッザはいかにも気分を悪くしましたと言いたげな顔と声色でその少女、マリアに話し掛ける。
「あんたに用なんてあるわけないでしょ? 自称超絶エリートのコッザ君?」
マリアの言葉にコッザは悔しそうに拳をかたく握り締めていた。
マリアはこの学院で現在一位の実力を持っている天才少女。
この国に君臨する三つの一族。通称、始神家と呼ばれている一家、【神崎】の長女だ。
本物の超絶エリートであるマリア。
だけど、こいつは、コッザは男。
男だということだけでここじゃこう呼ばれる。
戦力外の用無し。
この世界に流通している兵器はその九割が使用に魔力を必要とする。
しかし、魔力を体外に放出することのできない男はそれらを使うことすら出来ない。
完全に戦力外通知が送られてしまうのだ。
この国は軍事国家と言ってもいい。
この魔法学院を軸を強大な力を持った魔法使いを何人も軍に送っているからだ。
この国はこの世界で、一二を争う戦力を、魔法力を持っている。
「用があるのはあんたじゃないわ。あんたよ」
そう言ってマリアが視線を向けたのは、俺。
「なんの用だ?」
俺に向かって思いっきり苛立ちの感情を見せるマリア。
あー、こりゃ。自己紹介でまずったかもな。
(「例外で魔法が使える現男のチアキだ。テキトーによろ」)
俺は自分の自己紹介文を思い出しつつ苦笑した。
こいつは、というより始神家は敵に回したらやばい。
猫でもかぶって気をつけないとな。
「あんた。そんなに注目されたいの?」
「……はっ? 何言ってんだこのアホ女」
やべ。
思わず本音が出ちゃった。
教室の空気が一気に冷たくなっていく、この部屋に充満しているこの感じってあれか? 殺気ってやつか?
マリアは残念なことにクラスメイトだ。つまり、今の俺と同い年、高校二年生だ。
その若さでこれほどまでに濃密な殺気を出せるとか、正直いろんな意味で将来が心配だな。
「あんた。まさかこのあたしに喧嘩を売ってるのかしら?」
「まさか。めんどいオーラ全開の天狗と関わる気なんてさらさらないな」
「あんた……!」
憤怒の顔というのはこれのことを言うのか?
いや、普通に般若みたいな顔ってことでいいか。
真っ赤にして、湯気が出そうな勢いで怒りをあらわにしている我慢の出来ない子。
最近の若者は急にキレるってきいたことあるけど、これもそうなのか?
「いい度胸してるわね。あんたみたいな顔だけの男が例外持ち? そんなのありえないわ! 注目されたいからって粋がるバカにこのあたしがっこの国の未来を担うこのあたしが直接身の程ってものを教えてあげるわっ!」
「……へぇー」
なにこいつ一人で盛り上がってんだ?
バカなの? アホなの? しーーげぶけぶ。
このネタ、よく聞くけどどこで聞いたかぶっちゃけ知らないな。
いやいや、そんなことよりも今はこのアホをどうするかだな。
「……黙ってれば可愛いのに」
「……はみゃくりゃぱ!?」
「……はぁー」
残念系美少女とはきっとこいつの事を言うんだな。
意味のわからない言葉をもらしたマリアに俺はジト目を向ける。
「うっ」
あれ? なんで急に涙目になっちゃってるんだこいつ。
……そういえば、俺はジト目のつもりだったが前に睨まないでと頼まれたことがあったな。
俺に睨まれて怖がっているのか?
「そ、そんな風に睨んでも怖くないわよ!」
ダウト! っと叫びたくなったが、ここは我慢我慢。
うん。俺、エライ。
「あんた! 今日の放課後面貸しなさいっ!」
ビシッといった感じの効果音が後ろに出てるんじゃないかと錯覚するほどに創作に出てくる人物っぽく人差し指を俺に向けるマリア。
こいつは人を指差しちゃいけないことを知らないのか?
天下の始神家、天下の神崎家の長女だというのになんと情けない。
俺の返事も聞かずに言いたいのとは言ったと言わんばかりに立ち去るマリア。
あれ? どこいくんだ? 君のクラスここだよね?
……その後。チャンムがなる寸前に頬を赤くしたマリアが帰ってきた。
「さて、帰るか」
放課後。俺の第一声がそれだった。
正直ここでの授業は退屈の極み。
通常入学ではなく、転校生のため来た今日から普通に授業があったのだが、あえて言おう。簡単過ぎると。
伊達に一度人生を終わらせてはいない。
ここで習うようなことは俺にとっては既に一般教養だ。
まあ、その内学院でしか習わないようなことも出るだろうけど、今は平気だな。
後々俺が知らないことを教えてくれることを願う。
このまま帰ろうと席を立つと隣の席の自称超絶エリートこと、ザッコ君がずっこけた。
「何してんだ? ザッコ」
「コッザだ! 人を雑魚みたいな名前で呼ぶな!」
床に転がっていた雑魚改めコッザ殿ははこの俺の目でも追えない速度で起き上がると俺に詰め寄る。
「なるほど。これがあれか。ギャグ補正ってやつか」
「お前って、なんか不思議なやつだな」
「そうか?」
疲れた顔でため息をつくコッザ。
あーあー。こいつもまた幸せを失っていくのか。まったく、俺の周囲には自分から幸せを捨てたいと願うマゾしかいないのか?
「……お前、今めちゃくちゃ失礼なこと考えてないか?」
「そんなことないぞマゾ」
「誰がマゾだっ!」
痛いの大好き、むしろ愛している。それがお前だろ?
さすがにこんなこと口に出して言えないけどな。
「で、マゾ。なんか用か?」
マゾことザッコ君が何やら訴えているが無視無視。貴様の言葉が私の心に届くと思うなよ?
「……はぁー。お前、放課後呼ばれてるだろ?」
「呼ばれてる? 誰に?」
おや? なんだかめちゃくちゃ呆れた顔でため息つかれたぞ?
教室のどこかかたガタッと立ち上がる音が聞こえたがとりあえず言っとくか。
「座れと」
「……ああ」
自席に座ったコッザ。
んー。君に言ったつもりはなかったが、まあいいか。
「お前、マリアに放課後呼ばれてただろ?」
「……あー」
そういえば呼ばれてたような、違うような……。
おっと、ザッコ君がまた深いため息をしていらっしゃるよ。
こりゃ本格的にマゾか?
「まあいいや。マゾ君は放っておいて、帰るか」
「いやいやいやいや。ツッコミどころが多いぞお前! まず一つ俺はマゾじゃねえ! それと、あいつはどうすんだよ!」
視線を移すコッザ。
その視線を追ってみると何やら机に両手を置いて立ち上がり、プルプルと震えている少女が見える。
「お前にやるよ」
キランと目を光らせながら言う俺に参ったのかコッザは自席で項垂れていた。
まあ、マリアだっけ? とりあえず見た目だけで点数つけたら百点中、百二十点はかたいからな。
はっはっはっ。嬉しいだろ!
「ふざけるのも大概にしなさいよ!」
「ん?」
ヒステリック気味に叫びながらズカズカ近付いてきたのは噂の百二十点の美少女だった。
「おー。マリア。どうしたそんなに顔赤くして」
「あ、あんた逃げるつもり!?」
「何から?」
「あたしとの決闘よ!」
「……何言ってんだこのアホ」
心から漏れてしまった俺の声が届いたのかマリアの顔が憤怒の赤により染まった。
まるで茹でられたタコ、火の通ったエビだな。
「いいから来なさい!」
強引な女だな。
マリアは俺の手を掴むとどこかに向かって早歩きで進み出した。
「……ダル」
「つべこべ言わない!」
クラスメイトたちは何やらそんなマリアに驚いたような顔をのぞかせていたが、まあ、急にこんな暴走始めたらそうなるよな。ワライってね。
マリアちゃんに連れてこられたのは体育館裏。……ではなく、特に変化もない訓練所の一室だった。
「神崎の名は凄いな」
「黙りなさい」
まさか受け付けが顔パスとは。
普通それなりの手続きと料金が発生するはずなんだけどなー。
……そういえばこの学院って始神家が資金提供してるんだっけ?
それなら始神家の者が施設を無料で使えるのも当然か。
「で? いきなりこんな人気のないところで何するんだ?」
マリアは女。んで、今の俺は正真正銘男の体だ。
……っ!? まさか!
「……悪い。そういうのは結婚してからって決めてるんだ」
それにこんな広い部屋でとかさすがになー。
「……あんた、何言ってんの?」
ん? どうやら俺の勘違いっぽいな。なら良し。
「で? 何の用だよ」
「……呆れた。あんた本当に話聞いてなかったのね。【魔装】」
「……あー。そういうことか」
左手の中指につけた指輪。
この学院にいるものなら誰もが付けているその指輪をこちらに向け、マリアはその指輪に込められた魔法を起動した。
その瞬間。俺はやっと理解した。いや、思い出したと言うべきか。
こいつは言ってたな。
決闘だと。
マリアの着ている制服が光り輝く。
その光景はまるでアニメの魔法少女の変身シーンのようだ。
学院指定のセーラー服から違う学校の制服に着替えたかのように、ブラウスとベストとミニスカート。
だが、何よりも目がいくのはその服装じゃない。
マリアの両手にそれぞれ握られた棒状のシルエット。
それが何なのか。俺はそれをすぐに理解した。
別にそれは俺が凄いとか、知識豊富だからとか、実は中身、中の人が、もちろんアニメ界でいう中の人、つまり声優のことなどではなく、この俺自身の精神が既におばあちゃん、あるいはおじいちゃん、いや、ここは年配でいいか。
年配だからこそ持っている経験によってわかったわけじゃない。
むしろ逆。子供の方がより早く反応するだろうものだからだ。
「……刀か」
「そっ。これがあたしの魔装よ」
魔法学院の全生徒に無償と貸し与えられ、卒業と同時に正式授与される指輪型の法具。
法具ってのは簡単にいえば魔法関連の道具のことで、この指輪の機能こそが今目の前でマリアが起こした変身。つまり魔装だ。
あらかじめ指輪に装備の登録しておくことでその装備が必要になった時、魔力を指輪に注ぐことでそれを呼び出し、着替えという緊急事態の際に明らかな隙、無駄の時間を可能な限り短縮することが出来る。
マリアが着ていた学校指定のセーラー服は今頃あの指輪の中にある一種の異空間に収納されているはすだ。
「二刀流でしかもそれ、両方魔強刃かよ」
「あら。一見でわかるなんて凄いわね」
魔法によって強化されている刀剣。
俺の偽物じゃなくて、本物の魔法剣をやるのに必須の道具が魔強系の武器だ。
それが二本。どれだけ金を使ってんだよ。
「ほら。あたしは別にあんたを殺したいわけじゃないのよ。ただ、この世界じゃただの弱者である男に身の程を教えてあげたいだけ。早く魔装しなさいよ」
嘲笑するマリアに俺は拳を強く握り締めた。
「魔装は男が唯一使える魔法よ? 自称魔法が使える男なんだからそれくらいできるでしょ?」
魔力を体外に放出することが出来ない男でも、この魔装だけは使うことが出来る。
何故か、それは単純だ。
指輪型法具そのものに装着者の魔力を吸い上げる機能があるからだ。
だからマリアが言うように魔装は男が使える唯一の魔法と言ってもいい。
「いや。いい」
「何? 魔装すら出来ないの?」
また俺に嘲笑を向けるマリア。
「出来ないんじゃねえよ。する意味がないだけだ」
「……何それ。喧嘩売ってるの?」
目を細めるマリア。
その顔には明らかな怒気が見られた。
「そうじゃねえよ。たくっ、心が狭い女だな」
堪忍袋の緒があまりにも短すぎるマリアにため息を一つ。
「俺はお前と違って普通、一般人なんだ。持ってる武器があまりにも弱くてな」
なんせ前にスライド共と戦った時のごく普通の刀剣。しかも、幻属性とは言っても魔力を通したことで起きる衝撃はゼロじゃない。
そのため刃はボロボロと言ってもいいからな。
マリアの武器は魔強刃の刀が二本。鍔迫り合いすることなく分断されちまうだろうな。
「……そう。ならこれを使いなさい」
刀を一本床に刺して片手をあけたマリアはその手をポケットに入れた。
「……はっ?」
マリアは何かを取り出すとそれを俺に向かってパスした。
「……指輪?」
「それ。予備の剣が入ってるやつ。貸してあげるわ」
「……え、あ、はい」
優しいことで。
まあ、さすがに刀を持ってるやつ相手に無刀は勝ち目が見えないからな。
罠の可能性は限りなくゼロに近いだろうし、予備でもマリアの私物だ。きっとそれなりの剣が入ってるだろう。
「【魔装】」
入ってるいるのは剣だけだ。
そのため、全身が光に包まれることはなく、俺の両方が輝く。
「……まじかよ」
光が消え、俺の両方にそれぞれ握られているそれを見て俺は脱力した。
「予備の二本すら魔強刃の刀かよ」
今のマリアが握っている二本の刀と同等、というか同じ刀じゃないか?
あれか? よく漫画とかのメガネキャラにあるような、同じメガネを幾つもストックしているってやつ。それの刀版かよ!
「……何よその顔」
「いや……金持ちはいいなって……」
「……なんかムカつく」
マリアは小さく「いくわよ」っとつぶやくと、体制を低くして俺に突撃した。
「めんどいな」
スピードは始神家の長女といったところか。さすがに速い。だけどそれだけ。
「直線的過ぎるぞ」
真っ直ぐ斬りかかってきたマリアの斬撃を俺は受けることもなくただ身体を横にズラすだけで避ける。
同時にマリアの耳元で助言を一つ。
「くっ! 男のくせにっ!」
俺の助言が気に入らなかったのかマリアは攻撃のスピードを上げた。
どうやら今ので本気になったみたいだ。
だけど、頭に血がのぼり過ぎているようで動きは変わらず直線的だ。
こんなの。俺からすれば躱すのは容易。
「歳上の助言はきくものだぞ? 嬢ちゃん」
「あんた、あたしと同い年でしょうがっ!!」
平行に並んだ刃を同時に、斜めに、凄まじいスピードで振り下ろすマリア。
「俺の魔法がみたいんだったな」
なら、見せてやるよ。
このレベルの魔強剣ならたとえ魔法剣同士でぶつかりあっても欠けることはない。
マリアの反応速度からして十分防ぐことはできるだろう。
なら、加減はいらない。
「いくぞ。『魔法剣、虚炎』」
「ーーっ!」
文字通り炎の渦を纏った二本の刀の内、一本を使い振り下ろされる二本の刃を弾く。
そして、もう片方はわざと天高く翳した後に大振りに振り下ろす。
激しい金属音が訓練室内に響き渡った。
「……ふぅ」
俺は大きく息をついた。
だって、安心したから。
一瞬。本当に一瞬だった。
俺の剣から生まれた炎を見てマリアの動きが鈍った。
その瞬間。俺は焦った。
もしかすると、マリアの防御が間に合わないかもしれない。
だけど、もう俺の斬撃は止まらない。
万が一さえも覚悟した。だけど。
「……強いな」
俺の刀はマリアの刀に受け止められていた。
ぶつかり合うと同時に俺の炎は拡散した。
マリア自身。まずいと思っていたのかもしれない。
俺はわざと本気の殺気をマリアにぶつけていた。
人は。いや、人の限らず生き物は生命の危機に直面すると本来の性能以上の力を発揮する。
いわゆるあれだ。火事場のなんとやらだ。
ただの練習試合じゃ出ないマリアの底力を引き出すために叩きつけた殺気。
そのせいで今のマリアの顔は怯えきってしまっている。
俺の斬撃を受け止めたままの状態で今にも泣きそうな顔をしている。
「……大丈夫か?」
おっと。どうやらまだ目付きが鋭くなってたみたいだ。
俺は表情を一変させてマリアを小馬鹿にするように笑いかけた。
「だ、大丈夫に決まってるでしょ!」
「そうか? にしては泣きそうだぞ?」
俺は刀を引きながらさらに小馬鹿にした。
すると、ほらやっぱり。効果は抜群だ。
「てか、それ涙だろ?」
「そ、そんなわけないじゃない!」
俺の指摘にマリアはハッとすると急いで涙を拭い、キッと俺を睨み付けた。
「これ。返すよ」
俺はマリアから渡された二振りの刀を指輪の中に戻し、それをマリアの手に無理やり握らせると訓練室を後にした。
それがマリアのためだ。
今まで見下していた俺に、男に、事実上敗北したんだから。
心の整理って奴は他の人なんていない方がいい。
一人で静かに、いっぱい考えた方がいい。
「……こんなんじゃ。……こんなんじゃダメなのに……」
そんな、マリアのつぶやきに俺が気付くことはなかった。
後日。
俺を助けてくれた女隊長。ファスと誰かが交わした契約によって俺は今日も学院に向かっていた。
正直。村に残っているであろうリティカのことが気になった。
前のルートではリティカは母親を失ったことで精神の安定性を失い、俺に依存していた。
俺が村から離れようとすると取り乱し、泣き出し、大暴れするレベルだった。
「……大丈夫だよな」
今回、リティカの母親は生き残っている。
俺が助けたんだから感謝しろだなんて言うつもりはない。
これはただの恩返し、いや、自己満足だ。
前のルートで俺を助けてくれた家族。
母親の笑顔を、そしてリティカの壊れていく姿を見たくなかった。阻止したかった。
単純だ。俺のために助けたんだ。
「待ちなさい」
「……ん?」
背後から掛けられた声に俺は数秒の間を置いた後に振り返った。
そして、そこにいる人物を見て、ため息。
「……またなんか用か? マリア」
仏頂面で仁王立ちしていたのは昨日戦った神崎マリアだった。
「ちょっと顔貸しなさい」
顔? ここは普通面じゃないのか?
いやいや。そんな小さな疑問は今はどうでもいい。
振り返り、どこかに向かって歩き出すマリア。
んー。ここで無視するのはぶっちゃけ簡単だけど、そうすると後々いろいろ面倒なことになりそうだよな。
なんせマリアって同じクラスだし。
しゃーない。ここは諦めてついていくか。
「……はぁー」
深いため息をついた後、俺は渋々足を動かした。
チラリと背後を確認し、後をついてくる俺を見つけたマリアは顔を正面に戻すと手を後ろで組んで、歩くスピードを少し上げた。
マリアに連れてこられたのは学院の裏にある庭園だった。
円状の噴水と二つのベンチ、そして四人三組のテラス席。
昼時になるとここで昼食を取る生徒をちらほらいるらしい場所だ。
今は昼前どころか朝礼よりも前の時間だ。
周りに人は誰もいない。
「……なあマリア。いったい何の用だ?」
「慌てないでよ。まあ、座りなさい」
座るように俺に指示するマリア。
「座った。なんの用だ?」
「急かすのね。ゆっくり話しましょうよ」
「昨日。いきなり喧嘩を売ってきた奴とゆっくり話すことなんてないと思うが?」
「ふふ。それもそうね。それじゃあまずはこっちからね」
同じベンチで、ということは当然、自然と俺の隣に座っていたマリアは立ち上がると俺の正面に移動した。
そして、深々と頭を下げた。
「昨日は本当にごめんなさい」
凄い。
素直に、凄いと思った。
だってマリアは始神家。この国の三大貴族の一家、その長女だ。
学院一位の座を持っているというのに、それがここじゃ戦力外と呼ばれている男に頭を下げたのだ。
まあ、周りに誰もいないここでというのはご愛嬌だな。
「別にもういいって」
「……そう」
「それに、マリアは昨日、全力じゃなかっただろ?」
「えっ?」
両目をまん丸にして驚くマリア。
当然だ。
マリアはプライドが高いかもしれない。
エリートだからこそ、そうじゃない戦力外と呼ばれる男を毛嫌いしているのかもしれない、
だけど、それでもこの国のお嬢様なのだ。
この国の将来の戦力になるかもしれない学院で学んでいる生徒をむやみに殺そうとするわけがない。
どれだけ怒っていたとしてもそれはわきまえている。
だからマリアは本気の殺気は剣に乗せていなかった。
これは自論だが、殺気の乗っていない刃で何を、誰を斬れるというんだ?
「この学院、一位の異名ぐらい知ってるさ」
「……そう」
学院一位があんなに弱いわけないからな。
まあ、魔法を除いた剣術だけを見たらあれで十分だろう。
やり直しの影響なのか魔力量は前ルートの最後よりも増えているし、元々剣術タイプだったから経験も合わさって技術も高い。
ぶっちゃければ俺の強さはチートクラスだな。
まあ、武器が弱くちゃそれを活かせないから意味ないけどな。
「チアキ。これっ」
「ん?」
再びベンチに、つまり俺の隣に座ったマリアはスカートのポケットに手を入れると何かを取り出し、それを俺に無理やり握らせた。
なんだろうと思い、早速手を開いて確認してみると。
「……あのー。マリアさん?」
「何かしら?」
「……これ。すっごく見覚えがあるんですけど……」
俺の手に握らされていたのは昨日マリアに返したはずの、指輪だった。
「それ昨日貸したやつだけどあげるわ」
「……えーと? 本気か?」
これはさすがに遠慮したいというのが本音だ。
昨日。実際にそれを振るっているのだからわかる。
あれは、正真正銘の業物だ。
おそらく、一本で億単位の値段がついているだろう。
それが二本だぞ!?
さすがの俺でもこれはちょっといろいろと焦るぞ!?
「あんたどうぜ武器があんたの実力に追いついてないんでしょ?」
わお。
見事についてきますねー。
これが噂にきくあれか?
女の勘とやらなのか?
俺って元女なわけだけど、それを実体験したことないんだよなー。
……まさか俺って元々女じゃなかったのか?
「いや。だからと言ってこれはまずいだろ」
「大丈夫よ。自分の装備はあたし個人の資産から買ってるからあたしん家のことは考えなくてもいいわよ?」
……え?
これ自腹なの?
思わず視線が指輪に向いてしまう。
当然、神崎家のお金で買ったものだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
一本でも億単位の刀。
それを二本もこうもあっさりくれるなんて、なんか違う意味で怖いな。
「……裏とか?」
「あら。頭の回転は良いみたいね」
ですよねー。
小悪魔的な笑みを浮かべたマリアに俺は苦笑した。
「で? 裏。つまり取引ってことだろ?」
「取引っていうほどの強制力はないわよ? ただ一つ、手伝って欲しいことがあるのよ」
「手伝ってほしいこと?」
学院一位の優等生が劣等生である俺に何の用だ?
まっ。自分で言うのも何だが、実力は劣等生というよりチートだけどな。
「そう。ここんところ起きている異常って知ってる?」
異常? そんなのあったか?
前回のルートを含め、そんなことを聞いたことが一切なかった俺は首を横にふる。
そんな俺にマリアは意外そうな表情をのぞかせた。
「知らないの?」
「意外そうだな」
「ええ。意外よ。なんとなくだけど、チアキってなんでも知ってる気がするから」
「なんでもは言い過ぎだ。知ってるのはこの目が行き届く空間だけだ」
「まあいいわ。それなら教えてあげる」
得意気な表情を見せるマリアだが、よく考えてみれば俺がここに入学したのはちょっと前だ。
知らなくて当然だと言いたいのだな、今更そんなことを言っても意味ないか。