元アイドルは女の子!?
朝起きると、僕はおもらししていた。しかも血尿。パンツが血に染まり布団にも血が垂れている。体もだるいし、下腹部もなんかしくしく痛い。どうしよう。これ。
途方に暮れていると、ルームメイトでチームメイトの櫻庭光司が俺の血が付いた布団を見ていた。そう、チームメイト。僕は男性アイドル専用の芸能事務所シャイニングスターに所属するアイドルグループViolet-moonのメンバーをしている。それなのに--
「笹木優一さん、あなたの出血は経血であることが判明しました」
などと医者に言われるとは思わなかった。都立総合病院での診断によると僕の染色体は女性であり、出血は生理によるものだということだ。いや、でも僕アレ付いてるよ?
医者によると、男性器があってそれが機能していても内臓に子宮やなどがある場合があるのだとか。
僕の下腹部にそれらが確認できたそうだ。内臓は女なのに外見は男?そんなバカな。
「ああ。道理で、優ちゃんに変声期が来ないと思った」
「顔も女顔だし、たまに色っぽいしな」
「優ちゃん、女の子みたいだと思ってたけど女の子そのものだったとはね~」
Violetmoon(通称ヴァイオム)のメンバー達5人は、口々に納得の声を上げている。お前ら……。
「でも、困ったわね。うちの事務所は男子オンリーなのよ」
そう言って、マネージャーの高木さんは頬に手をやりながらため息を吐いた。僕たちが所属する芸能事務所シャイニングスターは、職員やマネージャーはともかくタレントに女性を起用しないことにしている。事務所自体がブランド化しており、熱狂的な女性ファンが多く彼女たちのやっかまれるのを防ぐためだ。
実際、うちの事務所の花形アイドルグループであるポラリスのメンバーと人気女優の支倉めぐみの交際疑惑が出ただけで彼女のブログやツイッターが炎上し、事務所に二人が別れることを求めて大量の署名が送られるほどなのだからこの事務所に女性のアイドルなど入れたら推して知るべし。
それは、僕達ヴァイオムも例外じゃない。コンサートで女性ダンサーを起用しただけで、一部のファンが泣きながらコンサート会場を抜けたと言うことがあったのだ。ファンのことは信じたいけど、僕が遺伝子上は女だと知ったら彼女たちがどう動くのか予想もつかない。それ以前に、ファンをだましてまで僕は芸能活動をしたいのだろうか。
「ねえ、涼介。どうして優ちゃん、辞めちゃったんだろうね」
幼馴染の宮村望海は、俺が登校するなりそう言ってきた。優ちゃんって、誰だよ。
「ヴァイオムの優ちゃんだよ。笹木優一。1週間前に、事務所辞めちゃったじゃない。歌番組見たらメンバーが、5人になっちゃっててさあ。ヴァイオムは、6人でヴァイオムなのに」
何かと思えばシャニタレかよ。下らねえ。
「俺は、男だぞ。シャイニングなんか興味ねえよ」
ため息を吐きながらそう言うと、ヴァイオムがかっこいいから嫉妬してるの?とか言ってきた。
嫉妬も何も、会ったこともない芸能人なんかどうでもいい。
「シャニタレって、女子専用って感じなんだよな。顔重視って言うかさあ。男でそんなのが好きな奴なんて、ホモしかいねえよ」
「それは、偏見だってば。男の人だって、コンサート来てるんだよ!いい曲だって、いっぱいあるんだから!」
「はいはい。それは、良かったですねえ」
全く。こいつは悪い奴じゃないんだが、シャニタレの話になると妙にウザくなるから困る。
俺みたいなヲタクに言われたくないとか言ってるが、少なくとも俺は壁にポスター張る様な奴じゃないからな。
「抱き枕は持ってるくせに」
「お前だって、その笹木とか言う奴の抱き枕売ってたら買うだろ」
「公式なら」
即決かよ。売ってねえから買えねえだけじゃねえか。
そんな話をしている内にHRの時間になり、担任教師の桧山明奈が入ってきた。
見た目10歳ぐらいにしか見えないちびっこだが、実は今年で三十路。しかもヘビースモーカーで独身と言う色々残念な女性だ。隠れファン曰く「そこがいいんじゃねえか」とのことだが分かりたくもない。
「今日は、転入生を紹介します」
ほう。高校にもなって、転入生とは珍しい。毎日同じことの繰り返しで退屈な学校生活において、新しい刺激は大歓迎だ。桧山先生の合図で入って来たのは、女子。猫っ毛で目がパッチリしていて素直に美少女と言える彼女は、黒板に「笹木優」と書いた。
「笹木優です。これからよろしくお願いします」
そう言って、彼女がぺこりと頭を下げると十数人の女子が一斉に立ち上がった。
『ヴァイオムの優ちゃんじゃん!!何で女子の制服着てんの!?』
異口同音に叫ぶ女子の中に、望海がいるのは言わずもがな。笹木によると、自分は確かにヴァイオムことViolet-moonの一員だったと言う。だが、2週間ぐらい前に初経を迎えて肉体は男だけど内臓は女であることが分かったそうだ。胸が大きくなるかも知れないし、何より男だとファンに偽ることはできないと言うことで引退を決意したんだとか。ふーん。真面目だねえ。
「笹木さんは高橋君の隣に座ってください」
彼女は教師の指定通り、俺の隣に座るとぺこりと頭を下げてきた。
「笹木優です。よろしく」
「ああ。高橋涼介だ。よろしくな」
「くーるがい?」
「ああ。涼介と書いてくーるがい。きらきらネームってやつだ」
元シャニタレと言うから女装かと思ったら、本当は女なのになぜかアレが生えてるから男と言う認識でいたと言う奴らしい。ならごちゃごちゃ言うべきじゃないだろう。一部の女子が俺と笹木を見比べて「(涼介×優一か……アリね)」とか小声で呟いた気がするけど。
「(え?優一×涼介じゃないの?)」
「(あんた敵)」
気のせいだと思いたい。
「はあ」
転校した翌日、僕は、深いため息をついた。隣の男の子、高橋君はいい人そうだったし、そっちに不満はない。問題は僕の体。下を見ると、胸はやっぱり膨らんでいる。とは言っても突起と言った方がいい大きさではあるけれど、明らかに男のそれではない。僕が女性だったというのはあくまでも現実で、それにどうこう言っても始まらないと僕は両方の頬を叩いて気合を入れ、着替えをすることにした。
「~♪~♪~♪」
Violet-moonのデビュー曲、Smile for youを口ずさみながらタンスを開けると、見慣れない女物の下着がある。というか、女物の下着しかない。女の子になってまだ1か月も経ってない僕にとってそれは、まだ気恥ずかしい。初めてこの下着をはくときは固まってしまい、それを姉に見られてからかわれたものだけど……。
「……」
うわあ、やっぱり見られてたよ。のぞくな。と、ドアの向こうにいる姉にボックスティッシュを投げつけて、追い出してから着替え始める。ブラのホックをかけるたびに背中がつりそうになるんだけど、いつかは慣れるんだろうか?
「優。やっぱり、未練があるの?芸能界に」
「ないよ。歌ぐらい、いいだろ」
Violet-Moonのメンバーには、申し訳ないと思っている。芸能界に行くということは彼らのライバルとして立ちはだかる可能性を意味している以上、そんな不義理な真似をする気もない。
「どっち道、シャイニングスターを敵に回すのは悪手よねえ」
「……そうだね」
とにかく僕は、朝ご飯を食べることにした。
「涼介、大変だよ!これ見て」
望海が持ってきたのは、一冊の芸能週刊誌。そこには、元アイドルグループのメンバー斎藤愛華がヘアヌード写真集を出すという記事が載っていた。
「マジか!?俺、ファンだったのに!!」
「興味ないって、言ってたじゃん」
「買うべきか買わざるべきか、それが問題だ」
「そこじゃない!!」
望海が指差したのは、笹木の記事。なんでもViolet-Moonを脱退した後、優が女装して高校に通っているというものだった。あいつは女装じゃなくて、「本当に女になった」んだよ。いや、「本当は女なんだ」が正しいのか。あー、もう。ややこしい。
「お早う」
話題の笹木が登校したことで、みんなが一斉に彼女を見る。
「優ちゃん、どうすんの?この記事」
女子は純粋に、優ちゃんの心配をしているようだ。記事を見て驚いた顔を見せると「事務所が何とか……でも辞めた身だし……」と呟き、困惑した表情をしている。新聞記者が、うちの学校に押し寄せたりするんだろうか。
「お早う。大丈夫。説明を求められたら、ちゃんと言うから」
俺は、何も言ってないんだが顔に出てただろうか。もやもやした空気の中、一日が終わった翌日のこと。
朝のワイドショーで、昨日の夜放送されたViolet-Moonの冠番組で彼らが笹木は引退したんだからそっとしてあげてほしいと訴えたこと。そして、笹木がブログで自分は女の子だったのに男の子だと勘違いして、彼らとファンに迷惑をかけたことを詫びていたことを放送。何とかと言う医者が、男性器を持って生まれる女性はまれにいることを説明していた。
ファンの反応は、それなら仕方ないという意見と感情が追い付かないという意見に二分されていて、その記事を書いた週刊誌の編集部には、苦情の電話が鳴り響いているんだそうだ。
「これは、笹木優一本人と芸能事務所シャイニングスターに損害賠償を出せますよ。芸能人は、私生活を暴かれる義務がある。芸能週刊誌が、そのことで責められるのはお門違いです」
『女装記事』を載せた雑誌の編集長は、そう憤慨しているがはっきり言って、自業自得だろう。
とは言え、本当に訴訟されたら厄介だよなあ。
登校すると学校周辺には記者が詰めかけており、生徒に女性化した笹木優一が、この学校に通ってることをどう思うかインタビューしていた。
「うわ。面倒くせえ連中」
「あはは」
横で、笹木が苦笑していた。偶然一緒になっただけだが、こいつと一緒に校門をくぐるのは輪をかけて面倒なことになりそうだ。
「ぼ……私のことは、気にしなくていいよ。先に行ってて」
「バカか。お前を見捨てたなんて知られたら、クラスの女子……特に望海に何言われるか分からねえだろ。それに、お前とは隣の席同士だ。気まずい空気醸し出したくねえんだよ、俺は」
「じゃあ、一気に駆け抜ける?」
校門の前には記者が大勢いるし、裏門も大して変わらない。あの中に正攻法で走っても、腕を掴まれれば終わりだ。となると……やってみるか。笹木に今の体重を聞くと……よし、そのぐらいなら何とかなりそうだ。こいつが、小柄でよかったぜ。俺は、笹木をお姫様抱っこすると顔を俺の体に押し付けるよう指示をした。
「どけ!どけ!どけ!体調崩した女子、運んでんだ!!邪魔すんなあ!!」
「え?何で、朝から体調崩してんの、その子?」
「女子に体調の理由、聞いてんじゃねえぞ!セクハラじじい!!」
「す、すまない」
とにかくそう叫びながら突貫し、校舎に入ることができた。でも、これ1回しか使えねえよなあ。
望海あたりに相談するか。俺はため息を吐くと、上履きに履き替えて教室に向かった。
「有難う。高橋君」
「気にすんな。友達だろ」
「うん!」
彼女の会心の笑顔に、思わず顔が赤くなったが走ってきたせいだ。そうに決まってる。