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「なんかさっき受付ロビーに貼ってあったポスター見てんけど、今日神戸で花火大会あるんやってなぁ」
「花火大会?」
食いついたのは留美である。綾音は我が意を得たりと話を続けた。ただし目線は、留美ではなく水奈と文彰の方を向いて。
「そう。何時やったかなぁ、確か七時半過ぎぐらいから打ち上げ開始で、メリケンパークとかハーバーランドとか、結構いろんなとこで見れるみたい」
水奈には綾音が何をしようとしているのか、察しがついた。甲子園で彼女に打診して保留にされたので、今度は文彰のいるところでそれとなく花火大会の話題を出して、彼から水奈を誘うように仕向けようというのだろう。
もっとも、事情を知っている彼女からすれば、綾音の話はそれとなくどころか明らかにわざとらしく聞こえるのだが……。
しかし事情を知らない人間には、どうもそういう風には聞こえないらしい。留美が非常に残念そうにぼやく。
「へぇ、そうなんやー。同期会がなかったら、絶対見に行ったのになぁ」
その言葉に、綾音の目がキラリと光った。――ように水奈には見えた。
(あっちゃー、留美何余計なこと言うてくれんねん……)
内心でそんな恨み言を呟く水奈の耳に、ここぞとばかりに自分に話を振ってくる綾音の声が聞こえる。
「そういや水奈、あんた同期会行かへんのやろ?」
「うん……」
事実なので渋々頷く。すると綾音は、今度は文彰に話を振った。
「確か道島も行かへんって言ってなかったっけ?」
急に話を振られた彼は、少し驚いた表情を浮かべながらも首肯する。
すると、ようやく状況を把握したらしい――もしくは最初から綾音とグルで、既に状況を把握していた――留美が、水奈にとってとどめの一撃を喰らわせた。
「え、じゃあ水奈と道島くん、二人で花火大会行ってきたらいいやん」
「おぉい、ちょっと待てぇ」
既成事実を作るがごとくどんどん進められていく話を、ようやく水奈は制止する。
「何勝手に話進めてくれてんのよ? だいたいあたしには彼氏がおるって二人とも知ってるやんか」
しかしこういう話になった時の綾音と留美のコンビに、水奈は勝てたためしがない。案の定、ひるむことなく留美が言い返してくる。
「別に彼氏は関係ないやん。ただ友達同士で花火大会見に行くだけやねんから」
「う……」
言われた水奈の方がひるんでしまった。
確かにそれは留美の言う通りだ。「高校時代にとても仲がよかった友達同士」で花火大会を見に行くなど、そこらに百も二百も転がっている話だろう。それを面倒なものにしているのは、その「友達同士」が男性と女性である、高校時代に女性側が男性に片想いをしていた、そういう関係だった男女が二人きりで見に行く、そして女性側に現在彼氏がいるというこの四点であり、以上の点を無視すればなんら問題のない話ではあるのだ。
反論の余地を探して水奈が黙っていると、今度は綾音が口を開く。
「それにさぁ、ぶっちゃその彼氏やって何してるかわからんわけやん。何やったら道島、彼氏から水奈う――」
「あーっっっっ!!!!!」
綾音が何を言おうとしているかに気付いて、水奈は慌てて大声を出した。瞬間的に、室内にいた全員の視線が彼女に集中する。
「あ、す、すんません。続きどうぞ……」
マイクを持ったまま自分を凝視する中園に中断させてしまった非礼を詫びると、水奈は綾音と留美に向き直った。
「もうストップ、ストップ。この話はこれでおしまい」
「えー」
不満タラタラの綾音と留美だが、水奈にそれを聞きいれるつもりはない。今の台詞でこの話を終わらせようとする。
ところが、予想外のところから邪魔が入った。
「布柄、彼氏が何してるかわからんってどういうこと……?」
文彰だ。彼は先程までの笑顔の代わりに厳しい表情を浮かべて、彼女の目をじっと覗き込んでいる。
水奈は返答に困った。綾音たちのように面白半分や何かの企みを持って絡んできているのでないことは、彼の表情を見れば一目瞭然だ。しかし周囲の状況を見ると、ここで洗いざらいぶちまけるのは、さすがに気が引けてしまう。
文彰の視線から逃れるように正面を向くと、彼女は答えを口にした。
「うーんとね……。ちょっとここではしにくい話やから、また別の機会か場所でちゃんと話すわ……」
本気で心配してくれている彼をはぐらかすような形になってしまったのは、正直心苦しい。だが、この状況で話せるような内容でないこともまた事実である。
文彰は水奈の横顔をしばし見つめていたが、やがて嘆息と共にひと言だけ言った。
「わかった」
正面を向いたまま、彼女は横眼で文彰の様子を窺う。表情を見る限り納得はしていないようだが、それでも「わかった」と言ったということは、ひとまず今は引いてくれたのだろう。
(ごめん、道島……)
声には出さず水奈は彼に謝った。




