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Play ball again!  作者: 飛鳥 梨真
第3章 八月四日 土曜日
8/18

4

「どないしたん? そんなこの世の終わりみたいな顔して」

 三宮駅の改札で再び合流した綾音は、開口一番水奈にそう言った。

 それを聞いて、水奈の口から思わずイヤミがこぼれる。

「誰のせいでこないなったか解ってる?」

「え? うちのせい?」

 驚いた表情を浮かべる綾音。本当に解っていないらしい。それも当然といえば当然なのだろうが。

 水奈は力なく首を左右に振るとぼやいた。

「いや、もういい。誰かに当たり散らしたかっただけやねん」

「なんやそれ」

 やれやれと言わんばかりに肩をすくめた綾音だったが、

「まぁええか。とりあえずこっちやで」

 と言って歩き出す。水奈もそれに従った。


 綾音に連れられて行ったのは、近くにあるカラオケのチェーン店だった。彼女曰く

「パーティールームとってもよかったんやけど、あんまし大人数で一つの部屋にずっとおると、そのうち飽きそうな気がしてな。それで敢えて二部屋とってん。ちなみに隣同士やから、行き来は自由にして構わんよ」

らしい。


 綾音と共に水奈が入った部屋は、見事なまでに高校時代につるんでいたメンバーばかりだった。綾音に聞くと意図的にそうしたわけではないとのことだが、どうやらきれいに演劇部部屋とそれ以外部屋という形に分かれてしまったようだ。

 かれこれ一時間半は歌い続けているからか、既に部屋の雰囲気はいい感じに盛り上がっている。途中参加だったのと、電車の中で余計なことを考えしまったのとで、最初は雰囲気に取り残されていた水奈だったが、何度かマイクを握るうちにすっかり馴染んでしまっていた。


 そうして一時間が経過した頃。

「シャッフルターイム!!」

 そう高らかに宣言しながら、途中抜けで隣の部屋に行った綾音が戻ってきた。よく見ると彼女の後ろには、名前の思い出せない数名の元演劇部部員が控えている。どうやらメンバーシャッフルということらしい。

 彼女たちはしばらくこちらに居座るつもりのようなので、こちらから誰も隣に行かないと、この部屋の人口密度が急激に上昇することになる。なんとなくそれは不公平な気がして、そして綾音の演劇部以外の友人で、最も演劇部に顔の利く身であるので、面倒ながらも水奈は留美を引き連れて隣の部屋へと移動した。


「よっ、待ってました歌姫!」

「いらっしゃーい」

 隣に移動した水奈たちは、なぜか拍手喝采で迎えられた。この歓待ぶりはどうしたことか。

 本音を言えば、今文彰とは関わりたくない、というか関わってはいけない気がする。しかしこの中で一番話し易いのも彼なので、仕方なしに水奈は声をかけた。

「なんやのこれ? 歌姫て誰のこと?」

 対する文彰は面白そうに笑っている。

「もちろん布柄のこと」

「はぁ?」

「なんかね、こいつら例の打ち上げの時に、あなたの歌に惚れ込んだらしくて。今日来たのも、半分はあなたの歌が聴きたかったからやってさ」

「いや、そんな古い話持ち出されてもやねぇ……」

 例の打ち上げとは、もちろん高校時代に参加した、演劇部の打ち上げのことだ。


 無駄にハードルをあげられたことを恨めしく思いながら、彼女はひとまず隣の部屋では歌っていない曲を予約する。

 順番が回ってきて、先程予約した曲を歌い終わったところで、再び拍手が沸き起こった。あまつさえ、指笛まで鳴っている。

「いやー、やっぱ布柄さんの美声は八年経っても健在やなぁ」

 文彰の隣に座っていた青年が、彼女にそう声をかけてきた。確か中園とかいう名字だったと思うが、正直よく覚えていない。

「あ、ありがとう」

 水奈は複雑な思いを抱きながら愛想笑いを浮かべた。

 心から褒めてくれているのはよくわかるので、その点に関しては悪い気などまったくしない。しかし、こうやって注目の的になるのは昔から苦手なので、できればそっと称賛の言葉を述べるぐらいにとどめてもらった方がありがたいのだ。


 その後、元演劇部部員たちの絶賛を見て調子に乗った留美が、水奈に歌ってほしい曲のリクエストを募ったことから、彼女は立て続けに五、六曲を歌う羽目になった。歌うことは好きな彼女だが、さすがにこれだけ連続で歌うと喉に負担がかかるのは否めない。まだまだリクエストを募りそうな留美を黙らせると、彼女はやっと一息つくことができた。


 そうして水奈がドリンクで喉を潤していると、文彰がこちらに近寄って来た。彼女の横に座っていた留美が意味ありげに笑って彼女との間に一人分のスペースを空けたので、彼は当然のように水奈の隣に腰を下ろす。

「お疲れ様。さすがにしんどかった?」

「そりゃな。カラオケには何十回と行ってるけど、こんな立て続けに歌ったん初めてやわ」

「まぁそうやわな。ヒトカラでもない限り、普通はそんな歌い方せえへんやろし」

 言って笑う文彰。水奈はむくれた顔で抗議した。

「笑いごとやあらへんて。ホンマしんどいんやから」

「いや、ごめん、ごめん。しんどいのはよくわかるから、そんな怒らんとって」


 宥めるようにそう言うと、彼は一度口を閉じ、彼女から少し視線を逸らして再び口を開いた。

「ところで、布柄今日の同期会には行くん?」

「うーん、行かへんっていうか、正確には行けへんっていうか……」

「……?」

 顔全体で疑問を表す文彰に対して、水奈はバツが悪そうに後を続ける。

「簡単な話よ。参加するかどうかを迷ってるうちに出欠連絡忘れてしもて、今に至るってこと」

「あぁ、なるほど」


 苦笑する彼を見ているうちに、ふと気になって彼女は訊いてみた。

「道島こそどうなん? 参加すんの?」

「俺も参加せえへん。だって、どう考えても会費一万円て高すぎるやろ。ホントに会いたい人には定期的に、しかももっと費用低価格で会ってるしさ。大して会いたくもない人間の顔見に行くのに、一万円払うとかアホらしいやん」

「ごもっとも」

 言って水奈は大きく頷く。


 ちょうどその時、綾音がこちらの部屋にやってきた。

「こっちはどないー?」

 朗らかに訊く彼女に、文彰との会話を中断して水奈はジト目で答える。

「ひどい目に遭ったわ。留美のせいで六曲だか七曲だか連続で歌う羽目になって」

「そら災難やったなぁ」

「おかげで喉やられた気ぃする……」

 水奈の言葉に苦笑いを浮かべていた綾音だったが、唐突に「せや」と呟くとこんなことを言いだした。

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