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Play ball again!  作者: 飛鳥 梨真
第2章 八月二日 木曜日
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1

 綾音の企画メールは、翌日の昼には水奈の元にも飛んできた。

 シフトの関係で午後一時半という遅い時間から昼食を取りながら、彼女は綾音から届いたメールを眺める。


(自分の声かけられる範囲でって綾音言ってたけど、それって結構広いからなぁ。何人ぐらいにメール送ってんのやろ……?)

 ふとそんなことが気になり、水奈はメールの宛先を注視した。

 宛先には、十件程の名前やメールアドレスが並んでいる。フルネームで表示された名前はもちろん、メールアドレスも見知った物がほとんどなので、だいたいどのようなメンバーにメールを送ったのか把握はし易い。


 ただし、一件のメールアドレスを除いて。

(誰やこれ?)

「tower-of-princess」というユーザ名から始まるアドレス。これだけは彼女には心当たりがなかった。「tower-of-princess」という響き自体には、何か引っかかるものがあるのだが。

(まぁ誰かあたしの知らん人がおってもおかしくはないけどな)

 誰に対しても人当たりがよく面倒見もいい綾音は、高校時代から交友関係が非常に広いのだ。水奈と直接関わりのない人脈というのもあって当然だろう。


「って、もうこんな時間か」

 何気なく画面の時刻表示を見た水奈はそう呟いた。気がつけば休憩時間終了五分前である。彼女はスマートフォンをスタッフ専用の私物入れ(透明なバッグだ)にしまうと、昼食をとっていた休憩室を後にした。



  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 二度目の就業時間が終わり、この後は15分の休憩時間になる。本日のシフト表によると、この休憩時間が水奈にとって本日最後の休憩になるらしい。


 荷物入れのロッカーからスマートフォンを取り出した彼女は(業務を行うスペースへの、私物の通信機器の持込は禁止されているのだ)、新着メールが届いている事に気がついた。休憩室へと歩きながらメールアプリを開くと、あろうことか新着メールの送信者欄には、先程の見覚えのないメールアドレスが表示されている。

(は? ホンマに誰やの……?)

 個人、それも綾音の知り合いのアドレスだというのは、先程の企画メールの送り先に含まれていたことで明らかだ。しかし水奈の知らない物であることに変わりはない。“久しぶり!!”という馴れ馴れしいメールタイトルも、彼女の不信感を煽っていた。


 若干の気持ち悪さすら感じつつ、水奈は意を決してメールを開く。しかし本文一文目を見た彼女が感じたのは、いい意味でのドキリとした驚きだった。

 メールに綴られていたのは、以下の文章である。


『ご無沙汰してます。葉室と同じ三甲台演劇部だった道島 文彰です。覚えてるかな?急にメール送って不審者がられてたらどうしよう(笑)

 ところで、さっき届いた葉室からのメールって見た?甲子園の開会式見に行きませんか?ってアレ。布柄はどうするのかなと思って、ちょっとメール送ってみました。ちなみに、俺は行くつもりだけどね。

 また気が向いたら返事ください。じゃあね!』


 道島みちしま 文彰ふみあき。その名前は水奈の知らないものではなかった。いや、むしろ知っているというレベルではない。それは、彼女が高校時代に片想いをしていた相手の名である。



  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 最初に彼と出会ったのは、高校二年の十一月だったか。

 三年生の引退により部長に就任したばかりの綾音に頼まれて、水奈は演劇部の文化祭公演用に脚本を一つ書き下ろした。

 と言っても、水奈自身が演劇部だったわけではない。当時の彼女は放送部所属だ。そんな彼女に綾音が白羽の矢を立てたのは、恐らく前年度の高校放送コンテストで、水奈が脚本を担当した音声ドラマが最優秀賞を受賞したからだろう。

 綾音の目に狂いはなく、演劇部の文化祭公演も好評を博した。それに気を良くした彼女は、文化祭終了後最初の週末に、打ち上げのカラオケ会を開催。

「脚本担当やねんから、当然あんたも出席な」

 という綾音の言葉により打ち上げに参加した水奈は、そこで文彰に出会ったのだ。


「あの脚本、めちゃくちゃよかったよ。部長の無茶な依頼を受けてくれてありがとう!」

 文彰が彼女に言った最初の言葉は、そんな内容だった。満面の笑みを湛えたその顔に、彼がどれほど彼女の脚本を気に入っていたかが表れていて、照れくさいながらも決して悪い気はしなかったのを覚えている。

 読書が趣味ということや、好きなミュージシャンの傾向が似ていたこともあり、水奈は彼とすぐに打ち解けた。今思えば、あの時あの場にいた人間の中で、最も長い間話した相手が文彰だったのではないだろうか。普段初対面の人間となかなか打ち解けられない水奈にとって、それは非常に珍しいことだった。


 その後、学校でも顔を合わせると文彰の方から話しかけてくれるようになり、水奈も彼と話をするのが楽しくて、放課後放送部の活動のない日は、用もないのに演劇部の部室に押し掛けるようになった。そうして互いに携帯電話の番号やメールアドレスを教え合うようになった頃には、彼女は文彰に好意を寄せるようになっていたのだ。


 水奈自身はその好意を隠しているつもりだったが、綾音を始めとする友人たちに言わせると

「バレバレやで、それ」

 そしてその次には決まってこう言われた。

「てゆーか、あんたら既に付き合ってるんちゃうん?」

 どうやら水奈と文彰の様子は、傍から見ると付き合い始めたばかりの高校生のそれに見えたらしい。

 しかし、文彰からそういった内容の発言などなかったし、水奈も自分の気持ちを彼に告白するつもりはなかった。

 好きとか付き合うとか、そういった部分をはっきりさせるために、居心地のいい関係を壊したくなかったのだ。


 結局水奈は、高校を卒業するまでその微妙な関係を維持し続けることになる。

 そして大学が別になり、大学のサークル活動にのめり込んでいくうちに、彼女にとっての文彰は恋愛対象から仲の良い友人に格下げされ、最近ではまったくの音信不通になっていた。

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