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Play ball again!  作者: 飛鳥 梨真
第1章 八月一日 水曜日
2/18

2

「ごめん、水奈! すっかり遅なってしもた」

 そう言いながら駅の改札から綾音が出てきたのは、七時を十分程過ぎた頃だった。

 パンツスーツという格好と意志の強そうな切れ長の目だけを見れば、いかにも「デキるOL」風の彼女。しかし緩くパーマのかかった茶色味のある黒のミディアムヘアーだけが、そのイメージからかけ離れて柔らかい印象を与えている。


「気にせんとって。暇つぶしは本屋でいくらでもできたし」

 言うと、笑いながら右手にぶら下げていた本屋の紙袋を掲げて見せる水奈。明らかに中身が一冊ではないとわかるその紙袋を見て、綾音は呆れたように言った。

「またそないに本買ったんかいな。今日は何冊?」

「五冊。こないだから気になってたミステリーの既刊分、全部買ってしもて」

「てことは、またなんか本ヤケ買いするようなことがあったんやな?」

「えーっと……」

 綾音の追及から逃れるように、水奈はあさっての方向へ視線を逸らす。


 元々読書好きなためか、彼女には落ち込んだりストレスが溜まると、書店で小説を買い込む妙な癖があった。長年の付き合いで、綾音もそれを知っている。だからこその先程の台詞だ。


 視線を外してもなお自分を見つめてくる綾音に根負けして、水奈はしぶしぶ口を開いた。

「まぁ……ちょっとな。例のごとく、彼氏から今日帰られへんかもしれんってメールが届いただけ」

「またかいな……」

 綾音の端正な顔立ちに、不快感を表す眉間の皺が刻まれた。


 ナオヤの浮気疑惑に気付いて以来、水奈はしばしば綾音に相談にのってもらっている。その為、綾音も彼のメールの件は知っているわけで――。


 深い溜息とともに綾音が口を開く。

「あんなぁ、水奈。うち前から言ってるやろ? そんな馬鹿野郎、さっさとこっちから別れたったらええねんて。別れるのが気ぃ進まへんのやったら、せめてきっちり問い正して、ホントに浮気してるようなら向こうと別れさせるとか、なんなと方法はあるやんか。なんで放置しとくんよ?」

「えー。だって今の彼氏と別れたら、あたし二度と彼氏とかできへんやろし、それに――」

「はいはい、わかったわかった。問い詰めるのも、相手に嫌われて別れられるのが嫌やからしたくない、やろ?」

「そう」

 言って、水奈はこくりと頷いた。これも以前綾音に話したことだ。

 綾音はやれやれと言わんばかりに首を左右に振ると、視線を水奈から外して言った。

「どうして水奈は、そんなダメ男に引っかかったんやろなぁ。どう考えてもあんなチャラそうなヤツ、あんたの好みじゃなさそうやのに……」

「まぁえぇやんか。そんなこと置いといて、はよ会場行こうや」

 強引に話を終わらせると、水奈は会場に向かって歩き出した。綾音もそれに続く。


 会場までの道は、祭りの場ではお馴染みのたくさんの屋台たちと、屋台に群がるもっと多くの人間たちでごった返していた。水奈たちもその中に混じり、水奈はフランクフルト、綾音は焼きそばの屋台で、それぞれ買い物をする。

 食料調達を終えた彼女らは、溢れる人混みの間を縫って、なんとか会場まで到着した。会場はいくつかあるのだが、彼女らが選んだのは花火の打ち上げ場所からは少し遠い、市民ホールの駐車場である。ここなら何時間も前から乗り込まなくても、ある程度座れる場所は確保できるだろうという綾音の発案によるものだが、実際会場に着いてみると既にその大半は見物客で埋め尽くされていた。

「あっちゃー。もうこんなに埋まっとんのかいな。場所あるやろか……」

 言いながらも綾音は、会場入り口から少し奥まった場所に、二人ほどが座れる場所を見つけたらしい。水奈の手を取ると、迷いのない足取りでそこまで歩いて行く。

 そうして場所を確保した水奈たちは、綾音がバッグから取り出した新聞紙を敷いて、地面に座り込んだ。

「よう敷物持ってくるってこと思いついたなぁ。あたしそんなん忘れてたわ」

「まぁ敷物って言うても、ただの新聞紙やけどな。でもま、花火大会に敷物は鉄則ですよ、お嬢さん」

 素直に感心したことを口にする水奈に対し、綾音はそう言って笑って見せた。


 そして、ふと何かを思い出したような顔をして再び口を開く。

「そういや水奈、同期会の出欠連絡してへんやろ。総合幹事の子から、昨日あたしんとこに連絡あったで。うちのクラスであんただけ連絡来てへんって」

「あぁ、そういえば……」

 水奈は一ヶ月前に届いていたメールのことを思い出した。


“同期会のご案内”というタイトルで綾音から転送されてきたそれは、高校の学年全体版クラス会、すなわち水奈と同じ年に卒業した人間全員を対象にした、同窓会の連絡だった。一万円という会費と参加することによるメリットを天秤にかけ、どうしたものかと考えているうちにそのまま忘れていたのだ。


「ごめん。もしかして綾音怒られた……?」

 そう言って、水奈は綾音の顔色を窺う。

 が、何事もないように彼女は答えた。

「いや別に。幹事の子もなるべく早めに確認お願いねー、ぐらいのことしか言うてへんかったし。同期会は今度の土曜やから、そんな悠長に構えててええんかって気はするけどな。

 まぁそれはそれとして、その同期会の前に個人的に考えてることがあってな。そっちは同期会に興味のない水奈でも、それなりに興味あるんちゃうかなーと思うんやけど」

「なんやそれ、あたしでも興味あることって。綾音何考えてんの?」

 もったいぶった言い方をする友人の顔を見つめて、水奈は疑問を口にする。

 対する綾音はニンマリと笑うとこう言った。

三甲台さんこうだいが、今年の夏の甲子園の県代表になったのは知ってるやろ?」

「そりゃな。高校野球好きやし」


 三甲台とは、水奈や綾音が卒業した高校の名前である。彼女らが在学中は市内でも一番目立たない公立高校だったのだが、ここ数年運動方面に力を入れているらしく、体育会系の部活の活躍が目立っていた。そして今年は綾音の言う通り、もうすぐ甲子園で始まる高校野球の全国大会に、三甲台野球部が出場することになっているのだ。それは高校野球好きの水奈も、SNS等を通じて情報を得ていた。


 しかしそれと今までの話の繋がりが、どうにも水奈には見つけられない。不可解な思いを抱えて綾音の顔を見返すと、先程のニンマリ笑いのまま彼女は言葉を継いだ。

「全国大会の開会式の日程知ってる?」

「うん。確か八月四日のはず……って、あ」

 目を見開く水奈に向かって、どうだと言わんばかりに綾音はふんぞり返って見せる。

「そういうこと。ちょうど同期会の日程が開会式とかぶってたからな、うちの声かけられる範囲で参加する人募って、開会式見に行こうかと思てんねん」

「また急な話やなぁ。メールが飛んでへんって事は、まだ企画段階なんやろ? 人数も把握できてへんのにチケットとか手配できるん?」

「まぁそこは、うちに任しといてくれたらええって。ちょっとツテがあんねん。

 それより、これなら水奈も興味あるやろ? どや?」

「うーん……」

 唸って水奈は口をつぐんだ。


 正直なところ高校野球の開会式というのは、彼女にとってこれ以上ないほど魅力的な響きを持っている。

 しかし――

(最近会ってる友達って限られてるし、誰が来るんかわからんけど一人だけ浮くのも嫌やしなぁ……)

 他の参加者が楽しそうに話している中、一人それを聞きながら黙っている自分の姿が容易に想像できてしまった。自分も何をどう話したらいいかわからないし、綾音やその他頻繁に会う友人一名以外も、自分に対してどんな話を振ったらいいかわからない。そんな微妙な空気の中に身を置くぐらいならば、家で開会式を見ている方が余程ましというものだ。


 綾音に気付かれないよう小さく溜息を吐くと、水奈は返答を口にした。

「ちょっと考えさせて」

「わかった。まぁ連絡メールもまだ送ってへんわけやし、今すぐ答え出せって言うわけやないねん。ただな……」

 そこで一旦言葉を切った綾音は、ニンマリ笑いを引っ込めるとこう続けた。

「みんな気にはしてんねんで、あんたのこと。別に強制するつもりやないけど、たまには閉じた世界から出てみるのもいいんちゃう?」

「うん……」

 彼女の言わんとするところも理解はできるので、水奈にはそう答えるしかできなかった。付き合いが長い分、綾音には本当になんでも見抜かれてしまう。


 と、暗かった空が昼間と見紛う程明るくなった。目を向けると、空に咲いた大輪の花が残像を残して消えていくところだった。

 水奈につられて上空に目を向けた綾音が、悔しそうに言うのが聞こえる。

「あー、花火始まってたんか。一発目見逃してしもたなぁ」

 先程の綾音の言葉を思い返しながら、水奈はひとこと「せやな……」とだけ答えたのだった。

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