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Play ball again!  作者: 飛鳥 梨真
第5章 八月十日 金曜日, 八月十一日 土曜日
17/18

1

 ナオヤが出ていってから三度目の朝が来た。

 目は覚めたが起き上がる気にならず、水奈はベッドでゴロリと寝返りを打つ。今日は正規の休みなので、朝からバタバタと準備する必要はないのだ。


 彼が出ていった翌日、事実上のズル休みをとった水奈だったが、そんなことを連続でできるほど彼女の神経は図太くない。後ろめたさに耐えかねて、昨日は職場復帰した。

 とはいえ、平静を装えるほどの心持ちでもなく、冴えない表情をしていただろうことは自覚している。しかし昨日は、誰からも心配の声をかけられなかった。社員からも、その他の派遣スタッフたちからも。

 多くの人間が働くカスタマーセンターのこと、人間関係が希薄になるのは仕方のないことだ。派遣スタッフを管理する社員にはスタッフの様子を気にかける必要があるのでは、との意見もあるだろうが、それとて管理する側とされる側の人数比を考えれば、理想論であることは想像に難くない。

 それでも、彼女は言いようのない寂しさを感じていた。自分が誰からも気にかけられることのない、ちっぽけな存在に思えてならなかったのだ。

 もっとも、いざ誰かに問いかけられれば、答えに困るのは自分自身なのだが……。


(まぁ結局、自己チューなんよな、あたし)

 自嘲の笑みを浮かべて再び寝返りを打った時、枕元のスマートフォンが振動を始めた。水奈はスマートフォンには目もくれず、寝転がったまま自らの腕時計に視線をやる。時計の針は、九時ちょうどから九時一分へと変わるところ。

(一般的には、そろそろ活動開始の時刻やんなぁ……)

 そんなことを思いながら、水奈は再び目を閉じる。


 が。

「……あぁもう、うっさい」

 苛立ちと共に彼女は上体を起こした。先程から着信を知らせているスマートフォンの振動が、一向におさまらないのである。

 思えばメールの着信ならば、とうの昔に止まっているはずだ。それがいまだに止まらないということは――

(誰や、こんな朝っぱらから電話とか……)

 憎々しげにスマートフォンを取り上げ、画面に表示された電話の主を確認する水奈。


 しかし電話の主を見て、彼女は気勢を殺がれることになった。

「あ……」

 思わず呆けた声が出る。画面に表示されていたのは「道島」の二文字。

 用件は大体想像がつく。母校の初戦観戦の件だ。昨日と一昨日に一回ずつ、やんわりとだが行くかどうかの返事の催促メールが届いていた。

(そういや今日が当日やっけ……)


 ナオヤが出ていったあの日以来、水奈は文彰からの一切の連絡に返事をしていない。メールの他に何度か電話での着信があったが、不在着信への折り返しをしないどころか、着信に気づいても素知らぬふりを決め込んでいる。

(道島が悪いわけやないねんけど……)

 綾音に愚痴を言ったりしていたのだ、ナオヤとは遅かれ早かれこういう結末を迎えることになっていただろう。そう自分に言い聞かせてみても、このタイミングで昔の片思いの相手と親密に連絡を取り合うことには、少なからず抵抗を感じてしまう。


(完全にあたしサイドの問題やんなぁ……)

 そんなことを考えているうちに、ようやく振動が止んだ。どうやら、文彰も諦めて電話を切ったようである。水奈は安堵の溜め息と共にスマートフォンを枕元に戻した。


 そして自らも再びベッドに身体を横たえようとしたのだが。

 ブーッ、ブーッ、ブーッ、ブーッ――――

「ウソやん……」

 思わずそんな嘆きが口をついて出る。電話が切れて五分と経っていないというのに、文彰が再度電話をかけてきたのだ。


「どうしよう……」

 スマートフォンを手に、途方に暮れる水奈。回答を先延ばしにするのもそろそろ限界だということはわかっている。

 しかし――

(あー、やっぱあかん)

 たっぷり一分は迷った末に、彼女は結局電話に出ないことを選択した。このまま放っておけば、先程のように文彰も諦めてくれるだろう。そう思ってスマートフォンを枕元に置き、三度みたびベッドに横になる。


 ところが。

「――――、……もしもーし」

(えっ?!)

 枕元から聞こえてきた声に、水奈は内心で叫びを上げた。跳ね起きてスマートフォンを確認すれば、応答ボタンなど押した覚えはないのに、確かに通話状態になっている。


(なんでーっ? もしかして、いやもしかしなくても、間違って応答ボタン触ってもた……?!)

 自分の不注意を呪いたくなったが、そんなことをしている場合ではない。既に通話状態になってしまった以上、何も言わずに電話を切ることはもはや許されないだろう。


 気は進まなかったが、しぶしぶ彼女はスマートフォンを手にした。迷いを悟られないよう、なるべく感情を押し殺すような声を意識して口を開く。

「……もしもし?」

「あぁ、やっと聞こえた。繋がったのに声聞こえへんかったから、俺の電話壊れたんかと思ったやん」

 いつもどおりの明るい文彰の声。雰囲気から察するに、ここ数日なんの連絡もしなかったことを気にしている様子は感じられない。


「ごめん、ごめん。メール書いてる最中に電話かかってきたから、びっくりしてちょっとパニクっててん」

 とりあえず適当なことを言って、彼女はその場を取り繕った。とはいえ、これがあの長い無言時間の言い訳になるとは思えないが……。


 こういう時は、とっとと話題を変えてしまうに限る。わかりきったことだが、敢えて彼女は尋ねた。

「そんでどうしたん? わざわざ電話なんかかけてきて」

「わざわざとはご挨拶やなぁ。今日の件に決まってるやん」

(ですよねー)

 予想通りの答だ。むしろ今電話をかけてきて、これ以外の用事であるわけがない。

 返事を決めかねてはいるが、一応話を振ってみる。

「行くかどうかってこと……やんな?」


 すると、文彰からは予想外の反応が返ってきた。

「まぁそれもあるんやけど、ちょっとどうしたもんか相談したくって」

「相談……?」

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