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Play ball again!  作者: 飛鳥 梨真
第3章 八月四日 土曜日
11/18

7

 人の溢れかえるセンター街には、ちらほらと浴衣姿の女性も混じっている。年齢は、水奈より上から下まで様々。年齢が若くなっていくに従って、着ている浴衣の丈が短くなったり、足元が下駄ではなくてミュールやビーチサンダルになったりと、いわゆる「浴衣美人」のイメージからは遠ざかっていく。


 そんな人々の様子を歩きながら眺めていると、文彰がぼそりと言うのが聞こえた。

「浴衣はやっぱり、きちんと足元まで丈があった方がいいよね。それで柄も朝顔柄とか牡丹柄とか、日本古来の花とか生き物をデザインしたようなので、あんまり柄が主張しないのがいい」

「そうそう。そんで、帯も作り帯っていうんやろか、あのいかにも飾り部分が最初から別にできがってるのが丸わかりのヤツやなくて、ちゃんと帯を結びましたってわかるようなので。あと、髪もあんまり華やか過ぎない方が、清潔感っていうか上品さがあっていいよね。そんでもちろん――」

「黒髪で!」

「そう、それ!」

 お互いに考えていることは一緒だったらしい。思わず顔を見合わせて、二人は声を立てて笑う。


 ひとしきり笑い終わった後、水奈は横を歩く文彰を見上げて尋ねた。

「それにしても道島、あたしなんかと花火大会行っていいのん?」

「どういう意味、それ?」

 不思議そうに彼女を見下ろして彼は訊き返してくる。水奈は進行方向に向き直って答えた。

「いや、だからその……。彼女とかおらんの、ってこと。彼女いるのに、同窓会気分であたしと一緒に行ってるんやったら、なんとなく申し訳ないなぁと思て……」

「なんや、そんなことか」

 そう言うと、文彰も進行方向を向いて口を開く。

「ご心配なく。いまだかつて、彼女とかおったことありません。彼女いない歴イコール自分の年齢です」

「そ、そう……」

(そっか……。彼女おらんのか、道島……)

 声には出さずに、水奈はそう呟いた。心に広がるこの安堵感の正体は、一体何なのだろう……。


 その感覚に彼女が戸惑っていると、今度は文彰が彼女に質問をぶつけてくる。

「布柄こそいいん?」

「はい?」

「だから、彼氏おんのに、俺なんかと一緒に花火大会行って……」

「はぁ? そんなこと今さら訊くんかいな……」

 呆れて水奈は彼を振り仰いだ。そんな根本的なところ、誘う前に彼自身の中でとっくに折り合いをつけていると思っていたのだが、どうやらそうではなかったようだ。

 その証拠に、文彰は彼女の視線に気づきながら、彼女の方を向こうとはしない。進行方向を向いたまま、鼻の頭を照れくさそうに掻きながら言う。

「いや、なんていうか……。花火大会は行きたかったけど、一人で行くのも寂しいし、それやったら同期会に行かへん布柄を誘ってみんのもいいかなー、ぐらいにしか考えてなかったっていうか……」

「適当なやっちゃなぁ……。どうせ誘うんやったら、そこまで先に考えときいや」

「へへっ、まぁね」

 ようやく彼は水奈の方を向くと、バツの悪そうな笑顔を浮かべる。

 そして何事かを考えたのち、再び口を開いた。

「でもな、誘ってよかったとは思うねん。これでゆっくり布柄の話聞けるやろ?」

「あたしの話?」

「そう。さっき葉室が言ってた、布柄の彼氏が何してるかわからんってあれ」

「あぁ……」

 言って、水奈は口をつぐむ。


 自然と彼女の表情が暗くなるのをどう捉えたか、文彰はこう尋ねてきた。

「どうしても言いたくないんなら別に詮索はせえへんけどさ、布柄の彼氏ってどんな人?」

 彼の視線から逃れるように正面を向くと、先程よりも幾分トーンを落として水奈は答える。

「そうやな……、根は悪い人やないと思う。仕事に対しても遊びに対しても、多分一生懸命で。他人に気に入られるコツを知ってるから、きっと世渡りは上手いんちゃうかな。けど……」

「けど?」

「どう言ったらいいんやろ……。ちょっと調子がいいっていうか八方美人なところがあって、それが一番顕著に表れてるのが異性関係やったりして……」

「つまりわかりやすく言うと、それって彼氏に浮気されてるってこと?」

 その言葉に、弾かれたように水奈は文彰の顔を仰ぎ見た。彼の表情にはいつぞやの綾音と同じ――いや、もっと深い嫌悪感が表れている。

「ちゃうねん。っていうか、まだそうやと決まったわけやあらへんねん。確かに数ヶ月前から外泊することが多くなったけど、それやって自分の家に帰ったり、ホンマに友達との飲み会で終電逃したとかそんなんかもしれんし……」

「外泊に自分の家……? もしかして布柄、そいつに家に転がり込まれてるん?」

「え、あ、う、うん……」

(しまった、半同棲の件は隠しとくつもりやったのに……)

 つい勢いで言ってしまってから、水奈は激しく後悔した。今時同棲など、どこにでも転がっている話だというのは彼女も理解している。しかしどういうわけか、文彰にだけはそのことを知られたくなかったのだ。

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