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その後メンバーシャッフルで隣の部屋と行ったり来たりを繰り返しているうちに、気がつけば午後五時半を過ぎていた。
ちなみにあの後、水奈は文彰とほとんど喋っていない。彼の機嫌を損ねたような気がして、どう話しかければいいのかわからなかったのだ。
しかしそれは彼も同様らしい。同じ部屋にいるとチラチラとこちらの様子を窺っているようなのだが、話しかけられたことはあれ以来一度もない。
(なんかヤな雰囲気にしちゃったかなぁ……)
水奈がそんなことを考えていると、横で一曲歌い終えた綾音が、そのままマイクで言うのが聞こえた。
「同期会の時間も迫ってきたことやし、そろそろこっちはお開きにしよか」
その言葉を合図に、水奈たちは荷物をまとめ、ゾロゾロと部屋を出た。
同様にゾロゾロ出てきた隣の部屋の面々と合流して、彼女たちはカラオケ店の入口まで向かう。代表で綾音が料金を払い、店の中でその清算をした後、同期会参加組は綾音に引き連れられて、この近くだという会場まで出発した。
後に残ったのは、幸か不幸か水奈と文彰だけである。
同期会へと向かう一団をその姿が見えなくなるまで見送った水奈は、そうするのが当然とばかりに呟いた。
「さーてと。そんじゃあたしは帰ろかなー」
言って、駅の方へと回れ右。
そのまま歩き出そうとした彼女は、しかしその一歩を出すことができなかった。気がつけば彼女の手首は、その場にいたもう一人に掴まれている。
「どないしたん、道島?」
手首を掴む手の先にいる人間に向かって、水奈はそう問うた。
その人間――文彰は、彼女が振り返ったことでその手首を解放し、代わりにいつものニコニコ笑いで口を開く。
「なぁ布柄、デートしよっか? 花火大会デート」
「で、でぇとぉっ?!」
あまりに衝撃的な内容に、水奈はその単語を繰り返すことしかできない。
これまで彼の際どい発言はいくつも聞いてきたが、ここまで踏み込んだ内容は初めてな気がする。これが冗談やからかい半分だとしたら、彼女にとってはとんでもなくタチの悪いものだ。
もっとも、本気で言っているとしたら、それはそれで困ったことになるのだが……。
しばし口をあんぐりと開けていた水奈は、パンッという音で我に返った。見ると、文彰が彼女の目の前で両手を合わせている。どうやら今の音は、彼が手を叩いた音のようだ。
「どうしたん、そんなビックリした顔して?」
「び……ビックリした顔って、そりゃそんな顔にもなるわ! 何やのよ、いきなりデートとか言って何のつもり? ていうか、デートって言葉、使用方法わかって使ってる?!」
動揺と怒りで顔を真っ赤にして食ってかかる水奈。そんな彼女を「まぁまぁ」と宥めると、文彰は手を下ろして言った。
「まぁデートって言ったのはジョークやけど、花火大会は行ってみてもいいかなって思てるよー、俺は」
「ジョークって……! あんなぁ、道島。そーゆーのは――」
「はいはい、だからごめんって」
言って、再び彼は自分の顔の前で両手を合わせる。言葉だけでなく、その行為で謝罪を表そうというのだろう。
そこまでされて怒り続けるほど、水奈も心の狭い人間ではない。そもそも、先程彼に食ってかかったのは、半分以上が動揺を隠すためである。気持ちが落ち着いてきた今、これ以上怒っていると思わせる必要もないのだ。
ふぅ、と息を吐いて、彼女は目を伏せる。なんとなく、彼の顔を直視できなかった。
「わかった、わかった。もう怒ってへんから」
「よかったー。
んで、デートやなかったら、一緒に行ってくれる?」
「え……。えーっとそれは……」
どう返事をしたものか迷って、彼女は口ごもった。
チラリと浮かんだのはナオヤの顔だ。最近家に寄りつかなくなっているとしても、一応はまだ水奈の彼氏である。そのナオヤを差し置いて、文彰と二人で花火大会を見に行くことに、どうしても彼女は負い目を感じてしまう。
(……負い目……? ホンマにそんなもんなんか……?)
ふと、そんなことを思った。自分は本当に、心から悪いと思って負い目を感じているのだろうか? もしかしたら、自分は「彼氏」という存在に義理立てして、負い目を「感じなければならない」と思っているのではなかろうか。もしそうだとしたら、それは本当の意味で負い目と言えるのだろうか……。
『別に彼氏は関係ないやん。ただ友達同士で花火大会見に行くだけやねんから』
不意に、先程の留美の言葉が蘇る。友達同士。その関係に間違いがないのは、先程自分に言い聞かせたところだ。そして文彰も、デートではないと断言している。
それならば、ナオヤに対して遠慮などする必要があるだろうか――。
(えぇい、もうどうとでもなれ、や)
考えることに疲れた水奈は、半ばやけっぱちになって言った。
「そうやなぁ、久しぶりに一緒に遊びに行くかー」
彼女の言葉に、文彰が顔をほころばせる。
「そうこなくっちゃ。じゃあ、ここからならメリケンパークが一番近そうやし、そこに行こっか?」
「せやね」
そうして二人は、メリケンパークに向かって歩き出した。




