嘘の関係
舞台は関西のどこかです。
ふと、思った。
彼女にとって私はなんなんだろう。または私にとって、彼女はなんなんだろう。
友達と言うには知らなさすぎるけど、他人と言うには近い。
一番近いのは幼なじみ、だろうか。一応、小中は同じでずっと同じクラスだ。だけどその言葉はどうしても腑に落ちない。だいたい、同じ小学校の人は殆ど同じ中学だ。
誰かに聞かれたら、私も彼女も『親友』と言う。だけどそれは嘘だ。
○
咲ちゃんとは、私が小4で転校してきた時に出会った。
咲ちゃんは愛人の子供だと言うことで、浮いていた。嘘か本当かは今も知らない。聞いてないし、興味もない。母子家庭ではあるらしい。私と同じだ。最も、私は一緒に祖父母がいるけれど。
私もまた馴染めずにいた。なまらない話し方が気取っていると言われた。実家が大きく、何かよく知らない影響力があるみたいで、いじめられはしなかったけど、浮いてしまうのは仕方ないことだった。
咲ちゃんは時々はっとしてしまうくらいには美人だ。妙な雰囲気、とでも言うのか真っすぐに見られると上手く話せない。そんな彼女だからいじめられてはいなかった。
ただ私と咲ちゃんは浮いていた。それはお互いわかっていたけど、話しかけていくほどの積極性はなかった。
転校からしばらくして、体操服がようやくできた私は『はい、二人組つくってー』という残酷な先生の掛け声で初めて咲ちゃんと言葉を交わした。
といっても
「いい?」
「うん」
だけだけど。
その日、下駄箱に手紙が入っていた。いや、メモかな。『校舎裏にきて』とだけあった。少しだけ恐かった。だけど無視はできないから行った。
咲ちゃんが一人待っていた。いじめの呼び出しでなかったことにほっとした。
「何か用かな?」
尋ねた私に咲ちゃんは怒ったように少しだけ眉間にシワをよせながら『契約しぃひん?』と言った。
学校という狭い範囲では一人で行動するのは目立つ。ただ本を読んでいるだけでも陰口を言われる。いじめの格好の的だ。だから自衛として『親友』にならないか。
そういう提案だった。
お互いに過剰な干渉をしない、最低限は助けあう、学校で極力一緒にいて、親友と公言する。ルールは以上だ。
私はそれを飲んだ。体育だけではない。あらゆることでペアをつくる必要が出てくるのはわかっていた。ペア以上に、例えば班をつくれと言われても一人であるよりマシだ。うっかり忘れ物をしたり、先生からの教室変更の伝言とか、一人ではどうしても穴ができることも、二人ならなんとかなる。
それに、私は親友というものに憧れていた。ここに来る前の学校では軽くいじめられていたし、友達というのもよくわからなかったけど、少なくとも本の中では素敵なものに書かれていた。
こうして私と咲ちゃんは親友になった。
だけどそれは記号として親友という名札をつけているだけで、ただ一緒にいるだけで、当たり前だけど本のような親友ではなかった。
それに少しがっかりしたけど、この契約は楽で、いじめられないし、親にも喜ばれたから、なんだかんだでずっと続いている。
○
で、冒頭に戻る。
すごく今更な気はするけど、何だろ。協力者? 共犯者? 契約者? 同盟者?
「咲ちゃん」
「花、終わった?」
花、私の名前。高宮花。シンプルストレートかつ、私には合わないと思うけど馴染んだ名前だし特に不満はない。
あと、咲ちゃんの名前と一緒だといい感じだからよしとする。
「終わった」
「そ、帰るで」
頷いて立ち上がった咲ちゃんに並んで歩く。
ふわりと咲ちゃんの長い髪からいい匂いが漂ってきた。咲ちゃんは昔より髪が伸びてますます女らしくて美人になった。まさに花がある、みたいな。
私は髪は短いし、眼鏡をかけてて地味度アップって感じ。短いのは楽だからだし、黒縁眼鏡は趣味だし我ながら似合ってると思うけど。
たまに、咲ちゃんみたいにしようかなと思わないでもない。でも染めてる咲ちゃんの髪はちょっと傷んでるから、やっぱりしない。
「そうそう、花を待ってる間にこれ、借りてたから」
返すわ、と渡されたのは机に置いていた本だった。そう言えば鞄にいれていなかった。掃除が終わったら片付けようと思っていたけど、なかったので忘れていた。
「面白かった?」
「まあまあ」
「そう」
それは残念。私は気にいってるんだけど。
本を鞄にいれ、無言で歩きだす。いつもこうだ。私も咲ちゃんも無言が気にならないタチなので基本無言。それが心地好くもあるけど、おかげでもう丸5年の付き合いなのに咲ちゃんのことは全然知らない。
もちろん、癖とか一緒にいれば自然とわかることは別だけど。内面的なものはわからない。それでいい気もするし、ちょっとだけ寂しい気もする。
でも尋ねて機嫌を損ねて契約を破棄されてはたまらない。そこまでして聞きたいわけじゃないし、咲ちゃんは隣にいるのだから、わざわざ余分な情報がなくても構わないだろう。一緒にいる以上に望むことはない。
「花」
「ん?」
珍しい。咲ちゃんが話しかけてきた。顔を向けると咲ちゃんは前を向いたまま澄まし顔で、一瞬幻聴かと思ったけど咲ちゃんはちらっと私を見ると口を開いた。
「あんた、進路は?」
もう中3だ。クラスでもちょくちょく耳に入る珍しくない話題。でも咲ちゃんが聞くとは意外だ。これは一応、契約相手だとしても私にそれなりに好意をもってると解釈していいのだろうか。少し嬉しい。
「公立に行こうかと思ってる。でもお母さんは二つ向こうの女子校に行くよう薦めてくる」
「希望は公立なん?」
「うん」
「ふぅん」
咲ちゃんはちょっと眉を寄せてつまらなさそうに頷いた。もしかして咲ちゃんは女子校に行くのだろうか。だとしたら……うーん、でもバスが少ないしかなり早くでなきゃいけないしなぁ。おじいちゃんは行くなら車で送るって言ってくれてるけど、悪いし。
「……なぁ」
「ん?」
「今日、あんたの家行っていい?」
「え」
「なに、嫌なん?」
「いや、そうじゃないけど」
いいけど、明日雨降るのか。やだなぁ。
○
家にいたおばあちゃんは咲ちゃんを連れて帰ると驚いていた。考えたら友達を連れて帰るのは初めてだから、親友がいるというのも見栄に思われてたのだろうか。
「お煎餅好き?」
「え…き、嫌いではないけど」
「そう」
咲ちゃんを部屋に通して、お煎餅とお茶をとりに行く。
「おばあちゃん、今日のお煎餅は?」
「胡麻煎餅や。ほれ……あの子が昔言うてた、一番綺麗な子か」
「うん。綺麗でしょ」
「そやな。ほら、待たせなや」
「ありがとう」
一枚お煎餅をくわえてからお茶とセットで乗ってるお盆を受け取る。
「こら、お行儀の悪いことせな」
「ふぁーい」
部屋に戻ると咲ちゃんは居心地悪そうに俯いてた。やっぱり眉をよせてる。
咲ちゃんはよく眉をよせて機嫌悪そうにするけど、イコールいつも怒ってるわけではない。ないけど、今回は待たせたし怒ってる、のかな?
「どうぞ」
「ありがと……花、煎餅好きなん?」
「うん」
咲ちゃんはいつも私がテレビ見るためのクッションに座ってる。私はその隣にクッション置いて並んで座ってテレビを着けた。
お茶を一口飲んでお煎餅一口。
ばりばり。ずずぅ。うん、美味しゅうございます。いつも食べてるお煎餅はおばあちゃんの行き着けのお店で、相変わらず美味しい。胡麻の香ばしさがたまらない。
チャンネルを回すとうる○やつらの再放送が流れていて手を止めた。懐かしい。一番好きなのはメゾン一刻だけど、嫌いじゃない。でも全部見たっけ? 最後とか、覚えてないなぁ。
「花」
「…ん、なに?」
「……何か、私に言うことない?」
ちらっと見ると、咲ちゃんは顔をこっちに向けていてぎょっとした。驚いて見つめ返しながら、でも何だろうと考える。
咲ちゃんから家に来たがったのだから何か用が、話があったのは咲ちゃんの方なんじゃないのか。
あ、テレビつけたから言い出しにくかったのかな? つい癖で。
「特にないけど……」
そういえば咲ちゃんの顔を真っ正面から至近距離で見つめるのは初めてだ。テレビ見るのに当然のように隣に座ったけど、結構近かった。5cmくらい。
眉を寄せた顔は普通なら不細工になったりするけど、咲ちゃんはやっぱり美人だ。
長い睫毛、影まで出来てる。肌は健康的に適度に焼けてる。私と同じくらいしか外に出ないはずなのに。日に焼けない体質で顔色悪いとよく言われる私には羨ましいくらいだ。ちょっと厚めの唇と頬は赤い。いつもより赤い。怒ってる?
見ていると、きゅっと唇が横に引っ張られた。
「何で?」
「え……」
何が? というか今、何の話してたっけ?
「何で、何も聞かんの?」
眉をつりあげた。これは本格的に怒ってるみたいだ。何か言いたいことがあるのだろう。自分から言いにくいから私から聞いてもらいたい、のかな。
ふむ、聞きたいことは特に……ないわけじゃないけど、咲ちゃんが言いたいこととなると思い付かない。
「ごめん、私鈍いから、はっきり言ってもらわないと、わからない」
ぎゅうぅ。咲ちゃんはこれ以上ないくらい顔をしかめた。咲ちゃんの泣き顔は見たことがないから絶対とは言えないけど、泣きそうになってるんだと思う。
でも理由がわからない。突然すぎる。なんで? 困ってしまう。どうすれば。なんで?
「…私の、進路、気にならんの?」
「進路……気になるけど…」
「気になるん?」
「うん」
「なら、何で聞いてくれんの?」
「……聞いていいの?」
「私から聞いたんやん!」
咲ちゃんは興奮したように膝立ちになって私の肩を掴んだ。
そういえばそうだ。聞いてよかったのか。
「咲ちゃんの進路は?」
「……母校やから、女子校行けって。お金ないくせに…言うてくる」
「女子校行くの?」
「…多分。借りるあてあるねんて」
視線を落とした咲ちゃんは、手を降ろしてお尻を落とした。高さが合うと俯いた咲ちゃんのつむじが見えた。
そうなんだ。ふぅん。………そうか。
「じゃあ、私も行こうかな」
「…え……え、公立は?」
ぱっと顔をあげた咲ちゃんはきょとんとしていた。あ、可愛い。普段雰囲気ある美人だけど、こんな風に無防備な顔は可愛いな。
「遠いから嫌だっただけで、特別公立にこだわってた訳じゃないから」
「な、ならなんで、行く気になったん?」
「咲ちゃんと一緒なら、時間気にならないから」
小学校だって私の感覚ではかなり遠かったけど、咲ちゃんと一緒に登下校しだしてからは気にならなくなった。
「……は、花、さ」
「ん?」
「私のこと…どう思ってんの?」
んん? どう…とは。どんな関係であると認識しているか、という意味だよね。とても難しい。ここしばらくたまに考えてた議題そのものだ。
「……答えて」
「うーん、難しい」
友達じゃないと言うととても薄情に感じる。だけど、友達と言えるのか微妙だ。親友だとさらにもやもやする。
「難しくないわ。好きか嫌いか、どっちなんよっ」
ああ、それならわかる。確かに簡単だ。
「好き」
「……嘘やない?」
「嘘ついても仕方ない」
曖昧な関係で、咲ちゃんのことよく知らないけど、家さえ知らないけど、でも好きだ。咲ちゃんが隣にいてくれないと落ち着かない。一緒にいても何も話さないけど、落ち着く。
「……わ、私も好きや」
「ありがと」
「…べ、別に変な意味やないで!」
「うん」
変な意味って何だろう。好きって、意味一つじゃなかったっけ?
「………私のこと好き?」
「うん」
「ちゃんと言うて」
「好き」
「……もっかい」
「好き」
「……」
自分から聞いてきたくせに、咲ちゃんは思いっきり眉をしかめた。でも首筋まで赤いから照れてごまかしているみたいだ。
もしかして今までにも照れて眉間にシワをよせてたりするのだろうか。もしそうなら、可愛いな。
咲ちゃんは私から視線をそらして座り直し、どこか居心地悪そうにしてる。
「咲ちゃん、さっきの、まだ有効?」
「え? な、何が?」
「聞かんの?って。まだ、質問コーナー続けてもいいの?」
「コーナーって…いいけど。ていうか、質問くらいいつでもしぃな」
「よかったの?」
「いいよ、別に。てかあかんとか私言うた?」
「言ってはないけど。咲ちゃんは私に何も聞かないから、なんとなく」
「それ! ……それは、私の台詞。花がなんも聞かんし、私に興味ないんかなとか、嫌がられるかなとか、そう思たら、聞けへんし。今日、私……かなり勇気いったんやから」
ぱっと顔をあげてから、また咲ちゃんは俯いたり視線を泳がせたりしながらそんな予想外なことを言った。
なんだ。私はなんだかおかしくって笑ってしまった。
「……何がおかしいんよ」
「だって、同じこと考えて遠慮してたのって、おかしい」
ついでに、唇を尖らせて上目遣いの咲ちゃんは珍しくて、とても可愛いと思う。拗ねたら困るから言わないけど。
昔褒めて咲ちゃんがどうしてか機嫌を損ねてしばらく口をきいてくれなくなったことがあるから、出来るだけ褒め言葉は口にしないように心がけているのだ。
「…同じ、な。なぁ……」
「なに?」
「……私、……やっぱなし。また明日も、家に来てもええ?」
「いいよ」
咲ちゃんが来たいなら、いくらでも大歓迎だ。
「咲ちゃん」
「なんよ」
「咲ちゃんは、私が学校一緒だと嬉しい?」
「な……なに、アホな質問……い、嫌やないよ」
「どうでもいい?」
「……嬉しい」
そうなら私も嬉しいな。もっと早くに踏み込んでおけば、契約なんかじゃなく今頃ちゃんと友達になってたのかな。とちょっと後悔したけど、これからでも遅くないよね。
「咲ちゃん、高校でもよろしくね」
「……っ」
「え、さ、咲ちゃん!?」
急に、本当に急に、咲ちゃんが泣き出した。めちゃくちゃびっくりして意味もなく手を上下させる。
「ごめ…なんか、安心して」
「安心?」
「……花は、私のことなんか、なんとも思てへんと思ってたから」
「……」
胸がしめつけられた。どうしてかわからないけど、何だか苦しい。咲ちゃんの涙を見ていると、ドキドキする。
「咲ちゃん」
そっと咲ちゃんの肩に両手を置いて、軽く引き寄せながら顔を寄せ、流れる涙をとめるために目尻に口づけた。
「……え?」
驚いたのか涙をとめてキョトンとする咲ちゃんに笑う。よかった。涙とまった。
だけど不思議。涙はとまったのに、私のドキドキはとまらない。
「咲ちゃんの涙、甘いね」
しょっぱいはずなのに、何故か甘かった。とても不思議。でもどこか当たり前のように感じる私もいる。咲ちゃんなんだから、甘いのも当たり前な気がした。
手を離しても咲ちゃんはまだ私の方にちょっと傾いたままで、顔が近い。何だか不思議な気分だ。
ついさっきまで、隣より近くになんてならなかったし、それで満足だったのに。
「あと一つだけ、質問してもいい?」
「な…なに?」
「咲ちゃんの将来の夢ってなに?」
「え……そんなん、まだ、決まってへんわ。なんで?」
「私もまだ決まってないけど、一緒だったら、ずっと一緒にいられるから」
まだ、私と咲ちゃんは友達ですらない。だけどそんなのは嫌だって、今はハッキリ思う。
もっと近づきたい。今まで通りただ隣にいるだけじゃ嫌だ。
もっともっと咲ちゃんと色んなことを話したい。
一緒にいれば、多分このドキドキの意味も、いつかわかると思うから。
「……決まったら、花に一番に言うわ。それでええ?」
「うん」
「そのかわり、花も私に一番に言うてな」
「うん」
私はそっと、咲ちゃんの手を握った。
さっきと違って涙をとめるためって理由もないから、拒否されないかなって少し不安で勇気が必要だったけど、咲ちゃんは黙って握りかえしてくれた。
ドキドキとうるさいくらいに激しくなる心臓の鼓動が、何故か心地好かった。
○
友達契約という単語から書いたらこうなりました。もっと共依存的関係にするはずだったんですが。
主人公はマイペースです。咲ちゃんは主人公の鈍くて無口なのをクールなんだと思ってる若干勘違い系。
ずっと隣にいて主人公の真似して本読んだりしてたけど、進学で離れるんじゃないかとの不安から爆発した話。
咲ちゃんは本当はべたべたしたがりの甘えただけど主人公に合わせて、というか嫌われたくなくて頑張ってた。という設定。頑張ってたことすら出てないですが。
読んでくださりありがとうございました。