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『王子だけが知らない恋愛報酬制度』 ──恋愛は仕事です  作者: 月白ふゆ


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8/8

第8話 十年後、また並ぶもの

 十年経っても、紙は減らない。


 減らないどころか、種類だけは律儀に増える。


 第一王女アウレリア・ヘンドリックスは、机の上の報告書を一枚ずつ読み終えては端を揃え、揃え終えた紙束を左から右へ移し替えていた。移し替えたところで仕事が終わるわけではない。ただ、揃っている方が腹が立ちにくい。腹が立ちにくいと、余計な判断ミスが減る。判断ミスが減ると、後始末が減る。後始末が減ると、国は軽い。


 軽い方がいい。


 今日の紙束の表紙には、やたら真面目な字でこう書かれていた。


 ――恋愛報酬制度 第1回案件 十年次追跡報告。


 相変わらず、名前が長い。


 制度の名前が長いのは、だいたい最初に考えた者が一番楽しんだからだ。楽しんだ者は責任を取らない。責任を取るのは、いつだって後から読む側である。読む側は大抵、王女か役人だ。


 私は今日は両方だった。


 アウレリアは一枚目をめくり、結果欄に目を落とした。


 成功例 一件。


 その一文を見て、彼女は静かに言った。


「少ないのではなく、十分ね」


 制度で恋愛を量産できると思うほど、私は甘くない。


 恋愛は元から面倒だ。面倒なものを制度に入れたところで、扱いやすくなるわけではない。ただ、誰が何を選んだかが後から見えるようになるだけだ。見えるようになるのは悪くない。見えないものは噂になる。噂になると長い。長いのは嫌だ。


 十年前の、あの舞踏会を思い出す。


 白。黒。壁際。


 可憐な聖女。完璧な悪役令嬢。目立たないモブ令嬢。


 そして、王子が選んだのは壁際だった。


 あの時の王子は、まるで罠に落ちた人の顔をしていた。落ちた先が柔らかかったからまだ良かったが、本人としては納得していなかっただろう。今でもたぶん、完全には納得していない。


 私は報告書の二枚目をめくった。婚姻後の状況。王家側、相手方家側、制度運用上の問題点、家格調整の実績、社会的反応。項目は堅い。紙は堅い。だが、堅い紙ほど時々笑わせに来る。


 王家側所見。


 夫妻の関係は良好。

 王太子殿下は王太子妃殿下の近くにいる時、呼吸が深い傾向あり。


 アウレリアはそこで視線を止めた。


「……わざわざ書くのね」


 書くのだろう。こういう報告書を書く者は、書けることを全部書きたい。書けることを全部書くと、要らないものも入る。だが今回は、その要らなさが少しだけ可笑しかった。


 呼吸が深い傾向あり。


 ずいぶん柔らかい言い方だが、十年前から見ているこちらからすれば、もっとはっきりしている。


 王太子レオニールは、王太子妃ミオナの近くだと、明らかに息が深い。


 呼吸の浅い人間と仕事をすると疲れる。呼吸の深い人間と同じ部屋にいると、空気が少しだけ軽い。王城に住む者なら、今はだいたい全員それを知っていた。


 その時、執務室の扉の向こうから軽い足音がした。


 軽くて、早くて、躊躇がない。


 ノックの前に分かる。セレティアだ。


 扉が二回叩かれた。待たずに開く。


「お姉様、まだ紙と喧嘩してるの」 「喧嘩ではない。精査よ」 「紙と喧嘩してる顔だった」 「あなたは十年経っても失礼ね」 「褒めてる」 「褒めていない」


 第二王女セレティアは、十年経っても足音が軽かった。軽いままなのに、十年前よりちゃんと止まるようにはなった。止まるようになっただけで、静かになったわけではない。静かになる見込みはない。


 彼女は机の前の椅子へ勝手に座り、紙束の表紙を覗き込んだ。


「恋愛報酬制度かぁ。懐かしい。殿下、まだ文句言う?」 「言うわ」 「やっぱり」 「昨日も言っていたわ」 「何て?」 「『いや、今でも先に言えとは思っている』」 「言いそう」


 セレティアは肩を揺らして笑った。笑ってから、少しだけ身を乗り出す。


「で、義姉上は?」 「ミオナ?」 「うん」


 アウレリアは報告書を閉じた。紙の話だけしていると、本物まで紙になってしまう。それは良くない。


「昨日、殿下がまた同じことを言ったの」  アウレリアは淡々と告げた。「『いや、今でも先に言えとは思ってる』って」 「うんうん」 「ミオナは、お茶を置いてから言ったわ」 「何て?」 「『先に言われていたら、選びませんでしたか』」 「……」 「殿下は黙った」 「うわ、強い」 「事実は強いのよ」 「十年経っても詰ませるんだ」 「詰ませている自覚はなさそうだったけれど」


 それがミオナだ。


 王太子妃になっても、目立たない。目立たないのに、レオニールの逃げ道だけはきっちり塞ぐ。塞ぐという言い方は少し違うかもしれない。逃げ道を塞ぐのではなく、他の道を自然に消すのだ。本人はたぶん、そんなつもりではない。


 つもりではないのに、結果だけがそうなる。


 王太子妃になって十年。男爵家は陞爵し、今では伯爵家だ。家格も、屋敷も、付き合う相手も変わった。それでもミオナ本人は、あまり変わらない。相変わらず廊下の端を歩き、相変わらず大勢の中心に立たず、相変わらず必要な時しか喋らない。


 ただし、レオニールの隣にはいる。


 いるだけで、王太子が普通になる。


 それがどれほど王家にとってありがたいかは、たぶん当人たちだけがよく分かっていない。


「三人いるんでしょう、子ども」  セレティアが言う。 「ええ」 「全員元気?」 「元気すぎる」 「良かった」


 元気すぎる、は王家の子どもとしてはだいたい褒め言葉だ。静かすぎる子どもは、大抵、大人の顔色を読みすぎている。読みすぎる子は疲れる。疲れるのは早すぎる。


 王太子家の子どもは三人。


 長男ルシアン。八歳。父親によく似た普通の顔をしている。普通の顔をしているのに、ふとした時の息の深さが母親に似る。ややこしい。


 長女エルザ。七歳。目元は父親、気配は母親、笑い方だけがミリシラに似ている。誰も教えていないのに、笑うと周りが少しだけ安心する。


 次男ノア。五歳。今のところ、一番面倒だ。走る。登る。隠れる。しかも隠れる場所が的確すぎる。目立ちたくない才能が、そっちに出るなと思う。


 子どもたちは城の庭にいるはずだった。報告書を読むより、実物を見る方が早い。子どもはいつも、紙よりよく喋る。


「見に行く?」  セレティアが言った。 「行くわ」 「紙は?」 「逃げない」 「紙って逃げるよ、お姉様」 「あなたのせいで机の上から落ちることはあるけれど、それは逃げたとは言わない」 「厳しい」


 アウレリアは立ち上がり、報告書を一度だけ揃えてから席を離れた。揃えないと気持ちが悪い。気持ちが悪いと歩幅が乱れる。歩幅が乱れると廊下で誰かとぶつかる。ぶつかると挨拶が長くなる。


 長いのは嫌だ。


 庭へ向かう途中、礼拝棟の方から小さな笑い声が聞こえた。ミリシラだろうと思って足を止めると、やはりそうだった。十年経っても、あの声は人を安心させる。


 聖女ミリシラ・アリオは、回廊の脇で、子どもたちに囲まれていた。


 囲まれている。


 十年前と構図が同じだ、と私は思った。違うのは、彼女がもう押し潰されないことだ。


「聖女様、これ、どうぞ!」 「私の方が甘いです!」 「こっちはお母様が焼いたの!」


 焼き菓子が三種類、彼女の前に突き出されていた。


 十年経ってもか。


 セレティアが横で吹き出しかけて、私に睨まれて喉で止めた。


 ミリシラは昔より断るのが上手くなった。笑顔のまま、きっぱり言う。


「全部は食べられません」  柔らかい声で、でも今日はよく通る。「なので、半分ずつ。残りはあとで皆で分けましょう」


 子どもたちが目を丸くする。分ける、という答えを想定していなかった顔だ。


 彼女はそこで止まらない。


「それと」  ミリシラは、三種類の菓子を一つずつ見比べた。「今日は、先にこれを頂きます。ありがとう。香りが一番軽いから」


 選ぶ理由まで付ける。理由があると、選ばれなかった側が納得しやすい。十年で覚えたのだろう。善意の交通整理を。


 昔の彼女なら、全部に同じ笑顔を向けて、全部を背負ってしまっていた。今の彼女は違う。優しさを減らしたのではない。優しさに順番をつけられるようになった。


 それは大きい。


「彼女は、とうとうそこまで来たのね」  私は言った。


 セレティアが頷く。


「うん。優しさの交通整理、すごい上手くなった」 「言い方が軽い」 「でも分かりやすい」


 分かりやすいのは良い。長い説明は嫌だ。


 ミリシラはこちらに気づくと、少しだけ困った顔をして笑った。


「お二人とも。見られていたんですね」 「見ていたわ」 「焼き菓子、増えてたね」  セレティアが言う。 「増えます」  ミリシラは、はっきり答えた。「なぜか毎回」 「なぜか、ではないわ」  私は言う。「あなたが断り方を覚えたからよ」 「覚えましたか?」 「ええ」 「良かった」


 良かった、と彼女は本気で言う。そこに悔しさも未練もない。役割を飲み込んで、自分のものにしている顔だ。


 恋で選ばれなかった人間の顔ではない。


 それでいい。


 回廊をさらに進むと、今度は空気の質が変わった。さっきまでが甘いなら、こちらは締まっている。


 庭の奥の東屋の近くで、若い令嬢たちが妙に姿勢良く立っていた。理由は簡単だ。中心にいるのがベラトリアだからだ。


 ベラトリア・レイブドールは、十年経っても姿勢が崩れない。


 彼女は今や隣国との折衝も任される立場にいる。嫁いだ先でも、結局“ベラトリア式”が広がった。広がったのは礼法だけではない。立ち位置、間、視線、扇の使い方、歩き方。全部だ。


 真似をする者は多い。


 成功する者は少ない。


 今日は若い令嬢が三人、彼女の前で歩き方を真似していた。真似しながら、全員、肩が上がっている。


「背筋は伸ばすものですけれど」  ベラトリアが静かに言う。「首まで伸ばす必要はありません」


 三人が一斉に肩を下げた。


 セレティアが小声で言う。


「ほらね。首長くなってた」 「キリンではないわ」 「でも昨日より伸びてた」


 私は認めなかったが、気持ちは分かる。


 ベラトリアは、こちらに気づくと小さく礼をした。その礼が相変わらず完璧で、こっちまで背筋が伸びる。


「お久しぶりですわね」  セレティアが笑う。 「昨日もお会いしましたけれど」 「昨日は公式」 「今日は非公式、ということにしておきます」


 十年経っても、喉元だけで笑う。人間らしい隙がそこしかない。


「若い子たちに人気ね」  私は言った。 「困ったことに」  ベラトリアは扇を軽く閉じた。「皆さま、私の歩き方だけ真似なさるので」 「十分じゃない?」  セレティアが言う。 「十分ではありません。歩き方だけでは空気は止まりません」 「空気止めたいの?」 「必要な時には」  彼女は当然のように答える。「止まらない空気は、人を疲れさせますから」


 疲れさせないように空気を止める悪役令嬢。


 相変わらず、ややこしい女だと思う。


「あなたは、ずいぶん楽しそうね」  私は言った。 「楽しいですわ」  ベラトリアは否定しない。「十年前は、完璧でいれば勝つと思っておりましたから」 「今は?」 「今は、完璧でいると呼吸が浅くなる方がいらっしゃると知りました」


 レオニールのことだ。


 彼女は未練として言っていない。分析として言っている。分析できるところまで行ったのなら、それで良い。


 私は頷いた。


「あなたは、役割を脱いだのではなく、役割を広げたのね」 「悪役令嬢ではなくなった、という意味ですか」 「ええ」 「それは残念ですわ」 「残念?」 「多少は気に入っておりましたので」 「似合っていたわ」 「存じております」


 こういうところが腹立たしい。腹立たしいが、嫌いではない。


 庭の中央へ行くと、ようやく今日の主役たちが見えた。


 王太子レオニールと王太子妃ミオナ、そして子どもたち三人。


 レオニールは十年経っても、普通だった。王太子の普通は貴重だ。普通でいられるだけで、だいぶ王家の空気が軽くなる。


 そしてミオナは十年経っても、あまり変わらない。王太子妃なのに、中心の立ち方を覚えず、中心の横に立つ。横に立つだけで、王太子の呼吸が深くなる。


 今日もそうだった。


 庭で子どもたちが走り回り、その周りを乳母と侍女が見守り、庭師が泣きそうな顔で花壇を守っている中、レオニールは少し疲れた顔をしていた。疲れるだろう。三人とも元気すぎる。


 だが、ミオナが横へ来た瞬間、その肩から一つだけ力が抜けた。


 報告書にあった通りだ。


 呼吸が深い傾向あり。


 役所の言葉は時々、柔らかすぎて可笑しい。


「お姉様、見て」  セレティアが袖を引いた。 「見ているわ」 「違う、そっちじゃなくて、子どもたちの並び」


 私は庭の中央へ目を向けた。


 ルシアン、エルザ、ノア。そして同年代の貴族の子どもたち。


 そこで、私は一度だけ目を閉じたくなった。


 一人は、誰かに「お姫様ね」と言われる側にいた。薄い桃色のリボンをつけた伯爵家の令嬢だ。笑うたびに周りの子どもが寄り、花を乗せ、役を与えたがる。本人は少し照れて、でも嫌ではなさそうに頷く。


 もう一人は、進行役を当然みたいに引き受ける側にいた。ベラトリアの娘だ。八歳。年齢のわりに言葉が整いすぎていて、ハンカチを小さな扇みたいに使う。


「順番を決めましょう」  その子が言う。 「私がお姫様!」  桃色リボンの令嬢が言う。 「では、あなたがお姫様役で」 「役?」 「役です」 「じゃあ、あなたは?」 「城で待つ側です」 「悪いお姫様?」 「違います。進行役です」 「同じじゃない?」 「違います」


 そして、輪の外で本を持ったまま、全部を見ている側がいる。


 男の子だった。侯爵家の三男坊。地味な色の上着を着て、本を持ったまま、騒ぎの輪の端にいる。本人は隠れているつもりなのに、隠れ方が上手すぎて逆に目に入る。


「見て。もういる」  セレティアが言う。 「何が」 「誰かにお姫様って言われる子と、進行役と、壁際」 「壁際まで数えなくていいわ」 「しかも進行役の方、ベラトリアそっくり」 「血か教育か、判断に迷うところね」


 そのタイミングで、本人が後ろから言った。


「両方ですわ」


 ベラトリアだ。


 セレティアが肩を震わせる。


「出た」 「呼ばれてはおりませんけれど」 「呼ばれてなくても来るところ、母娘だね」 「褒め言葉として受け取っておきます」


 私はため息を飲み込んだ。飲み込まないと長くなる。


 そして、もっと厄介なことに気づく。


 エルザが、その本を持った男の子の方へ歩いていった。


 自然に。

 とことこと。

 誰に言われたわけでもなく。


 遊びの中心には、可愛い子がいる。仕切る子もいる。なのにエルザは、その外側へ行く。外側にいる、本を持った男の子の隣で止まる。


「何読んでるの?」  エルザが聞く。 「……冒険の話」 「面白い?」 「まあまあ」 「じゃあ、あとで教えて」 「いいけど」 「今は?」 「今は、見てる」 「何を?」 「皆」


 エルザは、当然みたいにその隣へ座った。


 その当然みたいに、が一番困る。


 誰も教えていない。

 制度も動いていない。

 まだただの子どもたちだ。


 なのに、静かな場所を選ぶ子がいて、その隣へ自然に寄っていく子がいる。


 やめなさい。


 私は心の中でだけ言った。


 まだ七歳でしょう。


 こんなに早く歩幅を揃えなくていい。


 セレティアが横で、楽しそうに肩を震わせている。


「……また始まった」 「始まっていないわ」 「でも寄っていった」 「子どもは静かな場所が好きなだけよ」 「お姉様、それ自分で言ってて信じてないでしょ」


 信じていない。


 けれど認めると面倒が増える。


 ルシアンはその頃、桃色リボンの令嬢の花冠作りを手伝っていた。真っ直ぐだ。父に似たのだろう。真っ直ぐな男の子が、真っ直ぐ可愛い子を助けるのは、ある意味とても普通だ。


 ノアはと言えば、ベラトリアの娘に「そこは通路です」と真顔で止められていた。


「通路じゃない!」 「通路です」 「庭だよ!」 「庭の中にも通路はあります」 「なんで!」 「あるからです」


 五歳に通路を説かないでほしい、と私は思ったが、ベラトリアの娘にとっては重要なのだろう。血か教育か、あるいは両方だ。


 ミオナが、私たちのところへ来た。


 相変わらず足音が小さい。王太子妃なのに、やって来る気配が薄い。薄いのに、彼女が隣へ来た瞬間、レオニールの肩からもう一つだけ力が抜ける。


「どうした?」  レオニールが言う。


 ミオナは庭を見る。


 子どもたちを見る。


 ルシアンが花冠を手伝い、エルザが本読みの男の子の隣に座り、ノアが「通路じゃない!」と反論している。全部、見覚えがある。


 ミオナは少し困った顔をした。


「いえ」


 一拍。


「また面倒になりそうだなって」


 それを聞いて、私は少しだけ安心した。


 変わっていない。


 王太子妃になっても、子どもが三人いても、十年経っても、彼女の基準はそこにある。


 面倒かどうか。


 良い基準だ。長く続く。


 レオニールが笑う。


「今度は、先に制度を教える」 「駄目です」 「まだ言うのか」 「まだ有効です」


 レオニールが詰む。


 セレティアが堪えきれずに笑った。


「殿下、それ、一生勝てないやつだよ」 「お前は黙ってろ」 「嫌」


 その時、礼拝棟の方からミリシラが子どもたちに菓子を配りに来た。今度はちゃんと分配用の皿を持っている。善意の総量を管理できるようになった聖女は強い。


「一人一つですよ」  ミリシラが言う。 「二つ」  ノアが言う。 「一つです」 「じゃあ半分を二回」 「そういう計算はしません」


 そこへベラトリアが歩いて来る。歩いて来るだけで、子どもたちの並びが少し整う。整うのが面白くて、セレティアがまた肩を震わせる。


「ほら、もう気圧来た」 「気圧ではありません」  ベラトリアが言う。 「ちょっと否定弱いよ」 「強く否定すると、あなたが面白がりますので」 「よく分かってる」 「十年ですもの」


「このままだと、また並ぶね」  セレティアが言う。 「並ぶ、では済まないわ」 「でも、並ぶんだよ」 「……ええ。人は勝手に並ぶもの」


 私は庭全体を見渡した。


 十年。


 制度は一件だけ成功した。少ないのではなく、十分だ。恋愛は制度で作れない。けれど制度は、人が何を選んだかを記録できる。


 そして人は、制度がなくても、また勝手に並ぶ。


 可愛い子が真ん中にいて、進行役が空気を整え、輪の外で本を持つ子が全部を見ている。


 ヒロイン。悪役。壁際。


 並んで、揺れて、選ばれて、困って、笑う。


 それを止めるつもりはない。止めても無駄だろう。人間はそういう生き物だ。少しだけ滑稽で、少しだけ愚かで、だが思っているよりちゃんと選ぶ。


 エルザが、本読みの男の子に何か言って、その子が少しだけ笑った。笑い方が小さい。小さいのに、エルザの肩が落ち着くのが見えた。


 やっぱり、見覚えがある。


 ミオナが私の方を見た。困った顔のまま、でも少しだけ笑っている。


 私は頷いた。


 ええ。分かっている。


 たぶんまた面倒になる。


 けれど、その面倒は、十年前よりずっと軽い。


 なぜなら、今はもう知っているからだ。


 歩幅が揃う相手は、値札では消えない。


 そこまで考えて、私は最後に一つだけ、まったく別のことを願った。


 ……願わくば、今度は挨拶が少し短いことを祈る。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


今回は「学園恋愛を制度として観察したらどうなるのか」という、少し変わった発想から書き始めました。

もっと軽いコメディになる予定だったのですが、書いているうちにどうしても制度の話に寄っていき、気がつくと“制度っぽさ”がかなり残る話になってしまいました。これはもう、作者の癖ですね。


もう一つ、書いていて予想外だったのは王女たちです。

最初は「舞台の外で見ている人たち」のつもりだったのですが、思った以上にキャラクターが立ってしまい、気づけばかなり存在感のある役割になっていました。特にアウレリアとセレティアは、書いていてだいぶ自由に動き始めた気がします。


それでも、この話の中心はやはり“選ぶ側と選ばれる側”の関係でした。

制度があってもなくても、人は結局また並ぶし、選ぶし、困るし、笑う。

その様子を少し離れたところから眺めるような物語として、楽しんでいただけていたら嬉しいです。


ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

もし楽しんでいただけたなら、ブックマークや感想などで教えていただけると励みになります。

またどこかの物語でお会いできれば幸いです。

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