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『王子だけが知らない恋愛報酬制度』 ──恋愛は仕事です  作者: 月白ふゆ


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第4話 観察するモブ令嬢

 目立たない、というのは才能ではない。


 習慣だ。


 ミオナ・コンリエルは朝、鏡の前で髪をまとめながら、いつもの自分を作る。まとめ方は地味。飾りは最小。目に入る色も抑える。制服の襟も、きっちり整えすぎない。整えすぎると「頑張っている」になってしまう。頑張っている人は、だいたい名前を覚えられる。


 名前を覚えられると、挨拶が長くなる。


 挨拶が長くなると、朝が終わる。


 朝が終わると、午前も終わる。


 ……終わるものが増えると、面倒が増える。


 面倒は嫌いだ。


 父の口癖がうつったのかもしれない。父はよく「面倒」を使う。たぶん、面倒と言っておくと、余計な仕事が減ると思っている。実際減っているのかは不明だが、言葉の盾としてはかなり優秀だった。


 ミオナは鏡の中の自分を見て、頷く。


 よし。今日も「特に何もない人」完成。


 特に何もない人は、誰の都合にも入りにくい。入りにくいはずだ。はずなのに、初開催の学園は、何もない人にも意味を付けたがる。意味を付けるのが好きになったのか、と疑いたくなるくらいだ。


 理由は分かっている。


 封筒だ。


 家に届いたあの封筒で、家の空気が変わった。学園の空気も変わった。変わった空気は、どこにでも染みる。廊下の隅にも、教室の椅子の脚にも、食堂のスープの湯気にも。


 コンリエル男爵家は、強い家ではない。守ってくれる後ろ盾が山ほどある家でもない。家の名前だけで人が道を開けるような家でもない。


 だからこそ、封筒を開けた瞬間の父の顔が、びっくりするくらい白かった。


 母は、数字を生活に換算し始めた。


「3000万ドリって……え、家の屋根直せる? 馬車買える? 料理人雇える? っていうか税は……」


 母は母で大変そうだった。数字を現実に落とし込むのが早い。早いが、落とし込みすぎると、現実が怖くなる。


 ミオナはその横で、紙の隅に書かれていた小さな文字を読んでいた。


 ――成功時の支払いは分割とし、初回支払いは「舞踏会翌営業日」。


 舞踏会の翌日が休日だったら、少し遅れる。役所が閉まっていたら、もっと遅れる。


 どうでもいいようで、どうでもよくない。巨大な数字ほど、着地の仕方が大事だ。数字は空中に浮くと夢になる。夢は人を変な方向に走らせる。走られると、現場が荒れる。荒れると、面倒が増える。


 父が、その夜に一度だけ声を落として言ったのを、ミオナは覚えている。


「……この領地の一年分の“余り”が、指一本で揺れる額だ」


 余り、という言い方が妙に生々しかった。税収でもなく、収穫でもなく、余り。余りが揺れると、生活が揺れる。生活が揺れると、家の顔色が揺れる。


 3000万ドリ。


 屋敷が建つ、ではない。屋敷を維持できる人脈が買える額。


 そういう種類の金だと、ミオナは理解してしまった。


 理解した瞬間、胸の奥が熱くなった。熱くなったことを認めるのが怖くて、ミオナは息を整えた。息が乱れると顔に出る。顔に出ると話しかけられる。話しかけられると挨拶が長くなる。


 挨拶が長いのは嫌だ。


 だから今日も、目立たない。


 玄関で靴を履きながら、ミオナは小さく決める。


 今日も「見学」。  今日も「観察」。  今日も「必要なこと以外、言わない」。


 言わないのは美徳ではない。単に一番楽だからだ。


 学園の廊下は、相変わらず挨拶が長い。


「おはようございます、ミオナ様。本日もお健やかに……」 「おはようございます、ミオナ様、昨日の展示室の件で……」


 ……長い。


 みんな急に文章が好きになったのか? と真顔で思う。昨日まで単語で終わっていたはずだ。「おはよう」「うん」「またね」それで十分だったはずなのに、今日は三段落くらい付いてくる。


 ミオナは笑顔を作り、短く返す。


「おはようございます」 「はい」 「そうなんですね」


 万能三点セット。


 これで大体の会話は終わる。終わる、という言葉は使わない。言葉にすると縁起が悪い。終わると決めると、終わらない会話が増える。人は「終わる」を嫌う。


 嫌う相手ほど、長く喋る。


「ミオナさん、おはよう」


 それでも話しかけてくるのは、同じ男爵家の令嬢か騎士家の令嬢か、そういう“近い人”だけだ。近い人は安全だ。安全というのは、利害が近いという意味で。


「おはよう」 「今日も展示室、行くの?」 「行く。見学」 「やっぱり……」


 相手が言葉を飲み込む。「見学」という言葉の意味が変わったからだ。昨日までは本当に見学だった。今日の見学は、“どっちにも付かない”に聞こえる。どっちにも付かない人は、なぜか目立つ。


 目立つと面倒だ。


「浄化を見るの、勉強になるから」 「……勉強ね」


 勉強は便利だ。勉強と言うと、相手が納得する。納得すると、突っ込んでこない。突っ込まれないと、面倒が減る。勉強は、モブの盾。


 午前の授業は、いつも通り退屈だった。先生の声も板書の文字も、昨日と同じ。違うのは、生徒の目だけだ。先生の話を聞いているようで聞いていない。聞いていないようで、噂を拾っている。


「ミリシラ様、昨日の浄化すごかったって」 「ベラトリア様、殿下と話してた」 「取り巻きの席、どこが増えるんだろう」 「負けたら300万ドリって本当?」


 最後の一言で、教室の空気がむにゃっと湿る。数字は強い。数字は誰の喉にも引っかかる。引っかかったものが増えると、ため息が増える。ため息が増えると、授業が長く感じる。


 授業が長いのは嫌だ。


 ミオナは、板書の文字を丁寧に写しながら、頭の片隅でだけ整理する。


 ミリシラ・アリオ。  ヒロイン枠。固定給。御祝儀100万ドリ。負けたら違約金300万ドリ。


 ベラトリア・レイブドール。  悪役枠。公爵令嬢。成功で1000万ドリ。役割を変えたらアウト。


 ミオナ・コンリエル。  モブ枠。男爵家。成功で3000万ドリ+陞爵。モブのままが条件。


 条件。


 条件という言葉は便利だ。ルールは守ればいい。守ればいいが、周囲が勝手に“物語”を作るのが問題だ。物語を作られると、条件から外れる。


 外れると、3000万ドリはただの紙になる。


 紙に戻るのは嫌だ。


 昼休み、ミオナは窓辺に立った。教室に残ると派閥の話が来る。食堂に行くと派閥の席が見える。見えるのは嫌いではないが、見える場所にいると見られる。見られるのは面倒だ。


 窓辺なら、外が見える。


 外はいつも通りだ。風が吹いて、木が揺れて、鳥が鳴く。いつも通りの世界があると、少しだけ呼吸が戻る。戻った呼吸で中庭を見ると、見える。


 ベラトリア・レイブドールが歩いている。


 黒髪が光を拾っている。歩幅が一定で、姿勢が一切崩れない。周囲が勝手に整列する。整列が美しい。美しいものは勝って見える。


 あの人は1000万ドリで動いていない。あの人は格で動いている。格で動く人は強い。強い人の周りには、人が付く。付く人は安心する。安心すると、余計なことをしなくなる。


 余計なことが減るのは、現場にとってありがたい。


 ただ、あの人は“殴らないのに痛くする”タイプだ。拍手をしないだけで線を入れる。線が入ると、周囲が勝手に意味を作る。意味が増えると、空気が重くなる。


 空気が重くなると、ミリシラが疲れる。


 ミリシラ・アリオは、今日も誰かの優しさに寄りかかられている。寄りかかられると、本人が重くなる。重くなると笑顔が固くなる。固い笑顔を見ると、周囲がさらに心配する。心配が増えると、また寄りかかられる。


 あれは、見ていて少し息苦しい。


 息苦しいのに、誰も悪意がないのが厄介だ。悪意なら避ければいい。善意は避けると罪悪感が残る。罪悪感が残ると、また息苦しくなる。


 王子は、その息苦しさの中心にいる。


 レオニール・ヘンドリックス。


 王子は何も知らない。知らないから普通に歩く。普通に笑う。普通に疲れる。普通に逃げたくなる。逃げたくなった時、人は息ができる場所へ行く。


 息ができる場所は、派閥の中心ではない。


 派閥の中心は、意味が多い。意味が多い場所は息が詰まる。息が詰まると、王子は肩を落とす。肩を落とした王子は、穴を探す。


 穴は、だいたい“意味が薄い場所”にできる。


 意味が薄い場所は、モブの場所だ。


 ……つまり、危ない。


 ミオナは、それを知っている。


 知っているから、会話をしない。会話をすると空気が変わる。空気が変わると意味が生まれる。意味が生まれると、周囲が寄ってくる。寄ってくると輪郭が立つ。


 輪郭が立つと、主役にされる。


 主役にされたら、条件が崩れる。


 だから会話しない。必要な時だけ、必要な言葉だけ。


 午後。展示室。


 人が多い。多いから、ミオナはさらに端へ行く。端は壁が近い。壁が近いと、人の声の方向が分かる。方向が分かると、どこが塊か分かる。


 入口付近は塊が2つ。


 ミリシラ側の柔らかい塊。

 ベラトリア側の硬い塊。


 どちらにも入らない塊はない。塊がない者は、流れになる。流れは時々強い。強い流れは、ぶつかると面倒だ。


 ミオナは流れにならないように、ただ壁の近くで静かに立つ。


 展示室の中は湿っていた。人が多いと湿る。湿ると誰かが咳をする。咳が増えると空気が重くなる。重くなると、誰かが「聖女さま」と声を出す。声を出すと、また重くなる。


 ミリシラが浄化を始める前に、ミオナは一度だけ呼吸を整えた。自分のためではない。自分の呼吸が乱れると、近くの人に伝わる。伝わると空気が動く。動くと、浄化の難易度が上がる。


 浄化は、基本的にミリシラの仕事だ。


 けれど、やりやすい空気にするのは、周囲の仕事でもある。そこまで理解している人は少ない。少ないから、誰もやらない。やらないから、ミリシラが疲れる。


 ミリシラの浄化は淡い。淡いのに広い。広いのに雑じゃない。雑じゃないのに、本人が少しずつ疲れていくのが分かる。指先が冷える。肩が落ちる。笑顔が少しだけ固くなる。


 その固さを、周囲が見てしまう。


 見てしまうと、善意が増える。


 善意が増えると、また重くなる。


 ミオナは心の中でだけ言う。


 今日は言わない。

 今日は刺さない。

 今日は余計なことをしない。


 浄化が終わって、空気がふっと軽くなる。


 軽くなった瞬間、次の熱が入ってくる。拍手。賛辞。ため息。名前。全部が熱だ。熱が入ると、また湿る。湿ると、次が重くなる。


 ミオナは昨日、残りを見つけてしまって一言だけ出した。


 今日は出さない。


 出さないと決めた。


 ……決めたのに。


 事件は、言葉じゃない形で起きた。


 浄化が終わって、みんなが「はい、では拍手」みたいな空気になった瞬間、入口のあたりがむにゃっと動いた。誰かが前に出た。誰かが出遅れた。誰かが肩で押した。


 押した、というほど力はない。けれど人数がいると“人数の力”になる。


 転ぶ前の足が見えた。


 ミオナの身体が先に動いた。半歩引いて、肩を引いて、ついでに視線を落とした。ぶつからないための、いつもの動き。いつもの動きは、伝染する。伝染すると、波がほどける。


 波が、ほどけた。


 ほどけた場所に、護衛の導線がすっと寄った。


 寄った、というより、空いた場所を通っただけ。


 ……通っただけ、のはず。


 その空いた場所が、自分の立ち位置だと気づいて、ミオナは心の中で舌を出した。


 だめだ。穴を作るな。

 穴を作ると、息をしに来る人が出る。


 案の定、王子の歩幅が一拍だけゆるんだ気がした。


 気がしただけ。きっと。

 きっと。


 ミオナは顔には出さず、内心だけで小さく叫ぶ。


(今の、私のせいじゃない。……私のせいじゃないってことにする。)


 王子の声が聞こえる。「ありがとう、ミリシラ。空気が軽くなった」その言葉で、また皆が動く。動くから、また波が生まれる。波が生まれると、護衛がさらに導線を確保する。


 そして導線は――壁際を避けるようで、避けきれず、結局“壁際の楽なところ”を通る。


 楽なところができると、王子の呼吸が深くなる。


 深い呼吸は、息ができた証拠だ。


 息ができた場所が、自分の壁際だというのが、困る。


 困るのに、ミオナは笑えない。笑うと輪郭が立つ。輪郭が立つと、周囲が勝手に物語を作る。物語が作られると、条件が崩れる。


 だから、笑わない。


 展示室を出た後、同じ男爵家の令嬢が小声で言った。


「ミオナ、今日も……なんか、さ」 「なんか、って何」 「なんか……見てた」 「見てただけ」 「それが怖いんだって」


 怖い、という言葉は便利だ。便利だけど、言われた側は面倒だ。面倒だが、ここで言い返すと会話が長くなる。長い会話は目立つ。目立つのは嫌だ。


「怖いなら、近づかないで」 「それも怖い」


 相手が笑って、少しだけ空気が軽くなる。軽くなると、ミオナの肩の力も戻る。戻ると、やっぱり面倒が減る。


 その夜、家で父と母に言われた。


「頼むから、目立つな」 「目立たないで。お願い」


 お願いは圧になる。圧は息を詰まらせる。でも家のお願いは拒めない。拒めないから、ミオナは短く頷く。


「分かってる。目立たない」


 父はそれでも不安そうだった。


「学園の空気が、変だ」 「変だよ」 「お前は……余計なことをしないだろうな」 「しない」 「絶対だな」 「絶対」


 絶対と言い切ると、父は少しだけ安心した顔をする。安心した顔を見ると、ミオナも少しだけ楽になる。父は弱い。弱いが、弱いまま家を守っている。守っているから、ミオナは守られる。守られるなら、目立たないで返すのが筋だ。


 翌日、学園。


 ミオナはさらに目立たない場所を選んだ。けれど目立たない場所は、目立たない者が集まる。集まると、そこが“新しい席”になる。席ができると、噂が生まれる。噂が生まれると、また挨拶が長くなる。


 ……挨拶が長いのは嫌だ。


 昼休み、ミオナは図書室へ逃げた。図書室は静かだ。静かだと、頭が戻る。戻ると考えが澄む。澄んだ頭で、ミオナはもう一度、自分の条件を確認する。


 共闘は無効。

 役割が変わったらアウト。

 モブのままでいること。


 3000万ドリは大きい。大きいけれど、大きいからこそ“欲しい顔”をした瞬間に負ける。欲しい顔は、周囲が嗅ぎつける。嗅ぎつけられると、主役にされる。主役にされると終わる。


 終わる、という言葉はここでだけ使っておく。


 図書室の奥で、誰かが本を落とした。


 小さな音。小さな謝罪。謝罪が丁寧すぎる。丁寧すぎる謝罪は、誰かに見られている謝罪だ。


 ミオナがそっと視線を上げると、第2王女のセレティアがいた。


 王女、と分かるほどの派手さはない。けれど目が違う。楽しそうなのに、よく見ている目。よく見ている目は、こちらの輪郭を拾う。


 セレティアは本を拾って、何でもないように席に戻った。


 戻る動きが軽い。軽いのに、無駄がない。無駄がない動きは、見ている側の呼吸を揃える。揃える呼吸は、展示室でミオナが“やってしまった誤差”と同じ種類だ。


 ミオナは嫌な違和感を覚えた。


 目が合いかけた瞬間、セレティアが先に逸らした。


 逸らしたのに、笑っていた気がした。


 ……わざとっぽい。


 ミオナはすぐに、気のせいにするのが一番楽だ、と自分に言い聞かせた。気のせいにすれば息が戻る。息が戻れば顔が安定する。顔が安定すれば、輪郭が薄くなる。


 薄くなれば、回収されない。


 図書室を出ると、廊下の空気がまた湿っている。湿りは人の熱だ。熱が増えると、舞踏会が近いのが分かる。舞踏会は最終の夜だ。最終の夜は、誰もが“最後に勝つ顔”をする。


 最後に勝つ顔は、だいたい無理がある。


 無理がある顔を見るのは、嫌いじゃない。嫌いじゃないのに、少しだけ胸が重くなる。重くなるのは、ミリシラを思い出すからだ。あの人は真面目で、空気を軽くしようとしているのに、周囲のお願いが重い。


 重いお願いを背負うと、人は勝手に疲れる。


 疲れた顔は、恋に弱い。


 ベラトリアは疲れない顔をする。疲れない顔は格だ。格は強い。強い格は王子を“正しい場所”に戻す。戻された王子は、息ができる穴を探す。穴が、モブの壁際にできる。


 嫌な構図だ。


 だから、ミオナは動かない。


 動かないで、最後まで行く。


 最後まで行って、モブのままでいる。


 モブのままで王子に選ばれる可能性は低い。低いから宝くじだ。宝くじは当たったら困る。困るのに、3000万ドリは魅力的だ。


 魅力的だから、怖い。


 怖いから、動かない。


 帰り道、王子の一団が遠くに見えた。護衛の距離は一定。周囲の令嬢が一定距離で揃う。揃い方が綺麗すぎる。綺麗すぎると、王子は少しだけ肩を落とす。


 落とした肩を、ミオナは見てしまった。


 見てしまって、足が止まりそうになって、ミオナは自分の踵を踏んだ。踏んで止めた。止めないと、視線が合う距離に入ってしまう。合えば意味が生まれる。


 ミオナは壁際に寄る。


 壁際に寄ると、王子の一団が通り過ぎる。


 通り過ぎる瞬間、王子の歩幅が――一瞬だけ、こちらに合わせられた気がした。


 視線ではない。歩幅だ。


 歩幅が合うのは、気のせいでは済まない。


 護衛の靴音が、ほんの一拍だけ遅れて、また揃った。遅れた一拍の間に、王子の呼吸が一つだけ深くなったのが分かった。深い呼吸は、息ができた証拠だ。


 息ができた場所が、モブの壁際であることが。


 ミオナは心の中でだけ、困った。


(やだな。……寄ってきてる。)


 困った、で済ませる。怖いと言うと重くなる。重いのは嫌だ。重いと、舞踏会まで持たない。


 ミオナは小さく息を吐いて、胸の奥の熱を冷ました。


 舞踏会まで、あと少し。


 ミオナは今日も、目立たない髪をまとめ直し、目立たない制服を着て、目立たない場所を歩く。


 刺さない。


 刺さないまま、最後まで行く。


 そう決めているのに、足音が――王子の足音が、少しずつこちらの壁際に寄ってきている気がした。

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