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『王子だけが知らない恋愛報酬制度』 ──恋愛は仕事です  作者: 月白ふゆ


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第1話 報酬表が配られた日

学園恋愛ものを書こうとしていたはずなのですが、気づいたら少しだけ様子がおかしくなりました。


可憐なヒロイン、完璧な悪役令嬢、そして目立たないモブ。

よくある配置のはずなのに、もしそれを「周囲が観察していたらどうなるのか」と考えたところから、この話は始まっています。


とはいえ、深い話というよりは、少し斜めから眺める学園恋愛です。

軽く読んでいただければ嬉しいです。



 王家の封蝋は、やたらと綺麗だ。


 赤い蝋の上に刻まれた紋章は、飾りでも威圧でもなく、ただ「これは王家の意思である」という事実だけを淡々と示してくる。誰が開封しても、誰の手に渡っても、意味が変わらないように。王家の文書というのは、読まれ方より先に、読まれ“続ける”ことを考えて作られている。


 第一王女アウレリア・ヘンドリックスは、その封筒を机の上に並べ、指先で角を揃えた。封蝋の位置、封の折り目、宛名の書体、封筒の角度。全部が揃っている。整っていることは優しさではない。整っていることは、余計な揉め事を減らす。揉め事が減ると、仕事が減る。仕事が減ると、眠れる。


 アウレリアは眠りたい。


 だからこそ、初回は絶対に崩せない。


 窓辺のカーテンを透けて朝の光が落ち、机の上の封蝋が短く光った。王城のこの一室は装飾こそ豪奢だが、仕事の最中は宝石より紙の方が目に入る。香炉の香りも控えめで、余計な甘さがない。ここは、恋の部屋ではなく、恋が暴れないための部屋だ。


「お姉様。さすがに並べすぎでは?」


 背後で声が弾んだ。第二王女セレティアが、侍女の動きを追い払うように軽く手を振り、部屋へ滑り込んでくる。まだ朝の光が柔らかい時間なのに、彼女は最初から楽しそうだった。廊下を走ってきた気配まで、少し残っている。


 アウレリアは振り返らずに答える。


「数を揃えるのが礼儀よ」 「礼儀は分かるけど、これ、恋愛でしょ?」 「恋愛“だけ”なら、王家は関わらない」


 封筒の列に最後の圧をかける。紙が音を立てない程度の圧で。紙が鳴るのは雑だからではない。鳴るのは迷いがあるからだ。迷いがあると、力が揺れる。揺れは、次の揺れを呼ぶ。


 窓の外、王都は静かだ。市場の屋根が朝日に薄く照らされ、通りを掃く音が遠くでかすかに混ざる。だが、今日の昼から学園の空気は変わる。各家に「通達」が届いた瞬間から。初回だ。初回はだいたい、誰かが余計なことをする。余計なことをする人間は、だいたい、自分が余計なことをしている自覚がない。


 アウレリアは机の引き出しから一枚の薄い紙を取り出した。薄いのに、やたら目を引く。タイトルが堅いからだ。


 ――恋愛報酬制度 学園運用要綱(初版)


 セレティアがその文字列を見て、目を丸くする。


「……うわ。字面がもう面白い」 「笑うなら後で笑いなさい」 「無理。今が一番おいしい」


 セレティアは椅子に腰を下ろし、紙を覗き込んだ。こういう“内緒話の紙”が好きなのだ。恋愛小説より、恋愛が書類になった瞬間の方が好き。王女としてはどうかと思うが、妹としては頼もしい。余計なところで動かない分、観察が得意だ。


「初版って書いてある。つまり……初開催」 「ええ。今回が最初」 「絶対荒れる」 「荒れないと、みんな本気にならない」


 アウレリアは言い切ってから、少しだけ咳払いをした。重くしすぎた。初回の空気は、重さよりも“落ち着かなさ”の方が本質だ。


 だから、言い換える。


「初回って、だいたい誰かがやらかすのよ。だから最初から釘を刺す。それだけ」 「釘、太いね」 「太くないと折れる」


 セレティアは紙を読み上げるふりをして、途中から自分の言葉で口にした。声は軽いのに、数字が出るたびに少しだけ目が光る。


「まず前提。王子……レオニール・ヘンドリックスには一切知らせない。ここ、太字」 「太字にしないと現場が忘れる」 「現場って誰」 「あなたも含む」 「私は忘れないよ」


 アウレリアは返事をしない。返事をしないことが、いちばん刺さる返事だ。


「役割は3つ。ヒロイン、悪役令嬢、モブ令嬢。……えっと、ヒロインは固定給。勝ったら御祝儀100万ドリ。負けたら違約金300万ドリ」 「数字は正直よ」 「正直すぎて怖い」 「怖いくらいでちょうどいい。『負けてもまあいっか』って空気が一番つまらない」


 セレティアが頷く。「確かに。恋愛って、だらっとすると終わるもんね」


 アウレリアはその頷きに、少しだけ救われた。妹の軽さは、重くなりがちな姉の言葉を、ちゃんと空気に戻してくれる。


「で、悪役令嬢。歩合制。成功報酬1000万ドリ。条件は……“悪役のまま”。役割変更が発生した場合、固定給契約へ移行し、成功報酬は無効」 「その一行が肝よ」 「肝っていうか、意地悪っていうか」 「意地悪ではなく線引き」 「線引きって、なんで必要?」 「悪役が“いい人”になった瞬間、見物人が冷める。冷めると噂が死ぬ。噂が死ぬと派閥が動かない。派閥が動かないと取り巻きが動かない。取り巻きが動かないと――」 「分かった分かった。学園が静かになる」 「そう。静かすぎる学園は怖いわ。別の意味で」


 セレティアがふっと笑って、紙の次の行を指で辿る。


「悪役令嬢は公爵家または侯爵家。王子の婚約者候補。……あ、ここ大事。『婚約者候補は複数名を想定し、候補者間の対立を演出する』って」 「“演出”って書くのね」 「初回だからよ。言い逃れされるのが面倒だもの」


 アウレリアはさらりと言う。王家の書類は、たまに容赦なく本音が混ざる。


「次。モブ令嬢。子爵家以下。通常報酬なし。成功報酬3000万ドリ。家の陞爵」  セレティアが声を潜めた。「3000万ドリ……。これ一番やばい」


 アウレリアは肩をすくめる。やばいのは数字じゃない。数字に人が反応することだ。


「下位貴族が夢を見るのはいい。夢のせいで、現場が荒れるのが面倒」 「お姉様、面倒が口癖」 「面倒が嫌いだから仕事ができるのよ」


 セレティアが嬉しそうに笑う。姉の“面倒”は、王家の安定のための口癖だと分かっている。


 紙の下半分に、太字が並ぶ。


「共闘禁止。利益分配禁止。事前協議禁止。裏合意禁止。演出調整禁止。発覚時、該当者の報酬はすべて無効。加えて、関係者に追加罰則……」


 セレティアがぱちぱちと瞬きをする。


「禁止多くない?」 「多くないと穴が残る」 「穴って?」 「『これは共闘じゃありません、善意です』って顔をする人間がいる」 「いるね」 「いるの」


 セレティアは条文の具体例を声に出す。読み上げながら、自分でツッコミを入れる。


「禁止行為の例その1。『ヒロインと悪役令嬢が当日の台詞・動線・泣くタイミングを事前に調整する』……そんなのやるに決まってない?」 「やるに決まってるから禁止」 「その2。『取り巻きが勝者側と金銭を含む将来の見返りを事前に取り決める』……あ、これもやる」 「やる」 「その3。『落選者が勝者に対して金銭を提示し、選択の誘導を行う』……うわ、汚い」 「汚いのは現場の通常運転よ」 「お姉様、もう少し夢見せて」 「夢は3000万ドリで十分でしょ」


 セレティアは吹き出した。


「確かに」


 笑いが落ち着いたところで、セレティアがふと真顔になる。


「でも、お姉様。なんで共闘したらダメなの? 仲良くした方が平和じゃん」 「平和になるから」 「え?」 「平和になると、全員が得をする形が作れる。そうなると“選ぶ意味”が消える」


 セレティアが首を傾げる。アウレリアは、面倒だけれど説明する。妹には分かる。分かってくれれば、現場が楽になる。


「例えば。悪役が勝って1000万ドリ。ヒロインが負けて300万ドリ。差し引き700万ドリ」 「うん」 「そこで2人が裏で『山分け』したら?」 「折半で350万ドリずつ。ヒロインは負けても手元に残る。悪役は勝って当然。どっちも得」 「そう。得が成立すると、次から全員それをやる。台本が固定される。勝敗が形だけになる」 「……恋愛が“作業”になる」 「そう。恋愛は仕事でもいい。でも“作業”になると見物人が飽きる」


 セレティアは納得した顔で頷き、すぐに茶化す。


「お姉様、恋愛の見物人って国民のこと?」 「国民も、貴族も。ついでにあなたも」 「私は飽きないよ。だって初開催だもん」 「初回のあなたのテンションが一番危険」


 セレティアが口を尖らせた。「ひどい」


 アウレリアは、封筒の列へ視線を戻す。初回の空気は、もうここで生まれている。紙が出た時点で、もう学園は静かではいられない。


「初回の配役は?」  セレティアが身を乗り出す。ここからが“楽しい部分”だ。


「ヒロインは聖女」 「ミリシラ・アリオ」 「癒しと浄化の二系統。仕事が真面目。笑顔も真面目。……だから、疲れが出やすい」 「ゆるふわ小動物系で巨乳、って聞いた」 「あなた、どこからそんな情報を」 「学園の噂」 「噂の速度が早いわね」 「噂は燃料だもん」


 セレティアは嬉しそうに言う。姉はため息をつくが、否定はしない。否定しても止まらないものは、止めようとすると自分が疲れる。


「悪役令嬢はベラトリア・レイブドール。レイブドール公爵家」 「スーパーモデルみたいなメリハリの子」 「歩くだけで空気が変わる、ってやつね」 「それ、絶対現場がざわつく」 「ざわつかせる役だから」


 アウレリアは言葉を短く切る。余計に語ると重くなる。ここは“台本の配役紹介”くらいの軽さがちょうどいい。


 そして、セレティアが一番待っている名前を、アウレリアが口にする。


「モブ令嬢。ミオナ・コンリエル」 「男爵家。……地味にしてる子」 「地味にしてる」 「わざと?」 「下位貴族は目立つと刺される。だから目立たないのが防具」


 セレティアは頷く。ここは現実だ。下位貴族は、目立つだけで妬まれる。妬まれるだけならまだいい。借金の話が来る。縁談の話が来る。家の都合が来る。刺すのは刃物じゃなくて“都合”だ。


「でも、お姉様。モブが勝ったら3000万ドリと陞爵だよ? 誰か狙うよね」 「狙う。だから取り巻きが増える」 「取り巻きって、勝ち馬に乗るやつ」 「そう。自分で王子を狙うより、勝ちそうな側に付く方が安全」


 セレティアは紙の余白に勝手に図を描くふりをする。


「ヒロイン派は王宮や聖女庁ルート。悪役派は高位貴族ネットワーク。で、モブは……宝くじ」 「宝くじに見えるのが危ない」 「え、なんで?」 「宝くじだと思った瞬間、人は自分の運を過大評価する」


 セレティアが笑った。「やだ、お姉様、数学の先生みたい」


 アウレリアは笑わない。でも、心の中で少しだけ同意する。確率は、恋愛より裏切らない。


「それに――」  アウレリアは言いかけて、やめる。重くしたくない。だから、軽く落とす。


「弟が余計なところで真面目だから」 「お兄様、制度知らないんだよね」 「知らない。知らせない」


 セレティアがにやりとする。


「だから、本気の恋愛になる。お姉様、弟の恋愛を“初回から”見守る姉って、ちょっと面白い」 「面白がってるのはあなた」 「お姉様も内心、ちょっとだけ面白いでしょ」 「……面倒なのよ」 「はいはい、面倒面倒」


 セレティアは立ち上がり、扉へ向かいながら振り返った。


「じゃあ私は学園に潜る。観察役として」 「観察に徹しなさい。介入は禁止」 「分かってる。私は実況するだけ」


 実況、という言葉がいかにも妹らしい。アウレリアはそれを咎めない。妹が軽い言葉で動く方がいい。重い言葉で動くと、人は自分を正義だと勘違いする。


「お姉様は?」 「私は答え合わせ」 「舞踏会で採点」 「採点というか、チェック」 「チェックって言い方、かわいい」 「かわいくない」


 扉が閉まる音は、やけに大きかった。


 王都の朝は静かなのに、今だけ音が際立つ。舞台の幕が上がる音に似ている。初開催の幕は、派手ではない。静かに、確実に上がる。


 そして封筒が王城を出る。


 初開催の取り決めは、紙が動いた瞬間に現実になる。現実になった瞬間に、各家の空気が変わる。空気が変われば、令嬢たちの人生の角度が変わる。


 ここから先は、同じ封筒が、まったく違う顔で開かれる。


 ――まず、公爵家。


 レイブドール公爵邸の執務室で、執事が封筒を銀盆に載せた。銀盆が綺麗すぎて、封筒が乗っているというより、展示されているように見える。


 公爵は封蝋を眺め、指を動かさずに言う。


「読み上げろ」


 執事が封を切り、要点を淡々と述べる。婚約者候補、悪役枠、成功報酬1000万ドリ、悪役のまま、共闘禁止、罰則。


 公爵の表情は動かない。数字に反応しない。反応するのは、最後の文章だ。


「……“婚約者候補としての品位を損なわず、悪役機能を果たすこと”」


 公爵はそこで初めて薄く笑った。


「品位を損なわずに悪役をやれ、か。王家は冗談が上手い」


 執事は微笑んだまま、何も言わない。冗談を冗談として受け止められるのは、強い家だけだ。ベラトリアは強い。だからこの役が回ってきた。公爵は娘の勝利を疑わない。疑わないからこそ、負けた時に燃える。


「ベラトリアには伝えるな」  公爵は続けた。「まずは、本人がどの顔をするか見たい」


 執事が一瞬だけ眉を動かす。だがすぐ戻す。公爵家の“遊び”は、下位貴族の生活を軽く踏む。そういう遊びを、彼らは悪意なくやる。


 ――次に、聖女庁。


 聖女庁の会議室で、白い手袋をした官吏が封筒を開いた。周囲には記録官が並び、紙の一字一句を写し取る準備ができている。紙が触れ合う音さえ、几帳面だ。


「固定給、別紙。御祝儀100万ドリ。違約金300万ドリ。共闘禁止。罰則……」


 官吏は淡々と読み上げ、途中で小さく息を吐いた。ため息ではない。確認だ。これだけの額が動くなら、手順が増える。手順が増えれば、現場は疲れる。疲れるのは聖女本人ではなく、聖女本人も含めて、全員。


 官吏が一番大事な行を指で押さえる。


「“聖女の信用を毀損した場合、聖女庁は追加措置を行う”……」


 追加措置という言葉は便利だ。何でも入る。だから怖い。


 誰かが名簿の1行をなぞる。


 ミリシラ・アリオ。


 癒しと浄化。ゆるふわ小動物系。巨乳。噂はすでに先回りしている。


「本人に伝えるタイミングは?」  記録官が小声で問う。


「今朝はやめておけ」  官吏は即答した。「聖女候補は朝が忙しい。朝の顔に余計な数字を乗せると、浄化が雑になる」


 ここにも“現場の知恵”がある。重くしない工夫だ。聖女の力は、気分で揺れる。


 ――そして、男爵家。


 コンリエル男爵邸の食卓で、父が封筒を握りしめた。封蝋が硬い。硬いのに、手は汗で湿る。男爵は封を切り、文字を追い、途中で呼吸を忘れる。


「……100万ドリ……? 300万ドリ……?」


 妻が覗き込む。「ヒロインの話?」


 男爵は首を振る。そこではない。もっと現実が破裂する部分がある。


「……モブ……成功報酬……3000万ドリ……陞爵……」


 妻は声を失った。3000万ドリという額は、男爵家にとって数字ではない。景色だ。屋根が変わる。畑が増える。借金が消える。娘の未来が変わる。家の名前が変わる。いや、名前は変わらなくても、呼ばれ方が変わる。


 男爵は娘の方を見た。


 ミオナ・コンリエルは、湯気の立つ茶を前にして、静かに瞬きをしただけだった。驚いた顔も、浮かれた顔も、しない。驚きを隠しているというより、驚き方が分からない顔。


「……私、モブなんだよね」 「そうだ。モブだ。だから関わるな」  父は早口になる。「関わらなくていい。目立つな。勝とうとするな」


 娘は頷く。頷きながら、目だけが紙の文字を拾っている。観察する目だ。家の大人たちは気づかない。気づくのは、観察者だけだ。


 “勝とうとするな”と言われた瞬間に、人は初めて“勝てる”という可能性を意識する。


 ミオナは紙面の端にある小さな注意書きを見つける。


 ――成功時の支払いは分割とし、初回支払いは「舞踏会翌営業日」。  ――陞爵手続きは王家書記局の監督下で行う。


「……翌営業日って、いつ?」  ミオナがぽつりと聞く。


 母が固まったまま答える。


「……翌日、じゃないの?」 「営業日って何」 「役所が開いてる日……」


 ミオナは茶を一口飲み、淡々と頷いた。


「じゃあ、舞踏会の翌日が休日だったら、少し遅れるんだ」


 家の空気が一瞬だけ抜けた。数字の前で固まっていた大人の脳が、「翌営業日」という細部で急に生活に戻った。こういうところが、ミオナの危険さだ。大きい話を大きいままにせず、細部で現実に引き戻す。現実に引き戻されると、感情が落ち着く。落ち着くと、人は自然体になる。自然体は、王子に刺さる。


「ミオナ、変なこと考えるなよ」  父が慌てて言う。


「考えてないよ。観察するだけ」


 その“観察するだけ”が、一番危ないのに。


 ――封筒が王都を走り、各家の空気が変わる頃。


 王立学園の尖塔の下で、レオニール・ヘンドリックスは何も知らずに歩いているだろう。彼は紙を読まない。読ませない。彼だけは、王子としてではなく、1人の少年として恋をするために。


 今日も護衛の距離は一定。礼儀正しい挨拶。過剰な敬語。過剰な笑顔。王子の周囲は、常に少し息苦しい。息苦しいものを、王子本人が“当たり前”だと思っているのが一番厄介だ。


 だから、息ができる相手が目立つ。


 息ができる相手は、だいたい“何も狙っていない顔”をしている。


 セレティアが王城の廊下を歩きながら、頭の中で笑う。初開催。初回。初めての“報酬表”。初めての“採点”。初めての“答え合わせ”。


 そして、初めての――想定外。


 アウレリアが机の上の封筒を見下ろし、深く息を吐く。息は熱を持たない。熱を持たせない。ここで熱を持てば、余計なことを言ってしまう。余計なことを言うと、余計な噂が走る。噂が走ると、現場が面倒になる。


 彼女は小さく呟く。


「さあ。始めましょう」


 それは恋愛の合図ではない。  初回運用の開始だ。


 そして今日、王子だけは何も知らないまま、普通に恋をする。

 それが一番、面倒で、一番、面白い。

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