笑顔スコア
昼食を求めて歩いていたら、目に飛び込んできた看板。
「新鮮野菜のサンドイッチでみんなを笑顔に」
こういう店、苦手だ。笑顔を強要されると食欲が萎える。
精算端末の上の小さなカメラが元気に叫ぶ。
「スマイル・フレッシュ! 笑顔でエネチャージ!」
連携ポイント1%アップ特典で、顔写真による判定をするらしい。
大きなお世話だ。
レシートには「笑顔スコア:4%」とあった。
午後、オフィスに現れたのは「笑顔プロパー」を名乗るソフトウェア・サービス会社の営業マン。
名刺には「感情設計士」「共感誘導マイスター」など、胡散臭い肩書きが並ぶ。
「御社のブランドには、もっと笑顔が必要です。今の時代、商品価値より感情価値ですから」
「笑顔はROIに直結します。顧客の表情をKPIに組み込む時代です」
(......笑顔って、そんなに測れるものか?)
紹介されたシステムは、ネットワーク上の会議で相手の顔の変化をリアルタイムに判定し、
笑顔の回数やタイミングを解析。最適化されたコミュニケーションをもとに、
ソリューション提案を行うようフィードバックするという。
技術的には「まぁ、分かるが」と妙な説得力を感じつつ、
ビジネスも人の感情を読むのも、そんなもんじゃないだろうと内心では反発する。
ただ、感情価値の向上は経営陣肝入りの目標で、システム導入は既定路線。ため息が出る。
帰路、目に飛び込んできた看板。
「唐揚げでみんなを笑顔に」
またか。唐揚げは好きだが、表情をコントロールされる覚えはない。
食べ終えてレジに向かうと、精算端末の上にまた小さなカメラがいた。
「スマイル・チキン! 今日も一日お疲れ様でした!」とパシャリ
大きなお世話だ。
店主と思しき人物と、アルバイトの若者がこちらの表情を伺う。
バイトが言った。
「すいません。笑ってる人もいるんで......」
店長が目を伏せて答える。
「実際は、笑われてるんですよ」
私とバイトの青年の目が合った。
バイトがニヤリと笑った。
それは、誰にも記録されない笑顔だった。
レシートには「本日も笑顔のご協力、ありがとうございました。笑顔スコア:3%」とあった。
なぜか、それが少し誇らしかった。