父の帰還(8)
夕方五時半過ぎに島に着くフェリーが、その日の最終便だ。
船が到着すると、ぱらぱらと乗客達が降りて来る。狭い島だから大半が見知った顔だ。
その中の一人が、私を見つけるなり早足で近付いて来た。
「どしたの。出迎えなんて珍しい」
私を見て不思議そうな顔をする聡史に、話したいことがあるの、と私は言った。
♢♢♢
港近くにある公園の、長い階段を上り、海を見下ろす岬に辿り着く頃には、もう日は落ちかけていた。太陽がその橙色を振り絞るようにして、ゆらりゆらり、光と影を水面に落とす。
「これ、見て」
私が差し出した紙切れを、聡史は不可解な顔のまま受け取る。そこに書かれた文字と数字を確かめると、両目を大きく見開いた。
「…出来がいいのは知ってたけど、ここまでとは思わなかった」
担任教師と同じことを、聡史は呟いた。
それは今年の初めに行われた、全国統一模試の結果だった。数百万人が受ける模試の結果、私の総合成績は三桁台に収まる順位だった。
あまり人には言わないでいたけれど、私は勉強が得意なのだ。高二のこの時期の段階で、聡史が持っている過去問題集の問題全問、一目で正答を導き出せるくらいには。
「見て欲しいのは、その下」
志望校と合格率が記載されている部分だ。五つ書かれた志望校、全てA判定。でもその所在地は関東、近畿地方──いずれもこの島からは通えない距離にある。聡史はそれを、瞬きもせずじっと見つめた。
「私、卒業したらこの島を出ようと思う。本土の大学に行って、学びたいことがある」
ずっと心に秘めていたことだった。それが、一つ口に出した途端、堰を切ったように溢れ出てきた。
この島はもう数十年来、衰退の一途を辿っている。水路を使わねば本土に渡れない利便性の悪さは仕方ないとして、それ以上に、元々島の主産業だった水産業が衰退しているのが原因だ。近隣海域での漁獲量が右肩下がりに減っていて、それに伴い廃業や撤退する企業が多く島内で仕事を見つけられない状況が続いている。だから島外に人が流れていく。かといって闇雲に水産資源を貪れば生態系のバランスが崩れ、いずれ枯渇するだろう。それじゃ駄目だ。何か手を打たないといけない。私はこの島が、この海が好きだ。でも今の私には何も出来ない。この島がどうすれば再生と新興を為せるのか、その方法を識る為に、私はこの島を出たい。
そういう話を、聡史にした。
聡史は黙って聞いていた。
長い沈黙の後で、ぽつりと呟いた。
「…俺を置いていくんだ」
今度は私が黙る番だった。頷くことも、首を振ることも出来なかった。