父の帰還(5)
この島を囲む海の碧が、私は好きだ。
TVや雑誌で見かけるリゾートビーチとかの、真っ青な海の色とは少し違う。島に根を下ろした豊かな樹々の緑の影を、そっくりまるまる映したような、深いブルーグリーンの海の色。
生まれ育ったこの島が、この海が、私は好き。この島でこの海を眺めながらゆっくり年を重ねていくのも、悪くない。全然悪くない人生だ。
学校からの帰り道、海沿いの道を自転車で走りながら、私はつくづくそう思う。
少し前まで、この道を走る時は大抵、隣に聡史がいた。一緒にいれば何だかんだ喋りながら走るから、余計なことはあまり考えない。でもここしばらくは一人でいるから、思考が四方八方へ広がる。
この島でゆっくり年を重ねる、その過程と行末には、一体何があるんだろう。
例えば来年、聡史と同じ大学に行って一緒に通って。それで?数年後、聡史は実家の会社に入る。聡史は幼い頃から自分が将来的に家業を継いで守っていかなければいけないことを理解していたし、そのことに彼なりの意欲や誇りを持っているようにも見えた。
同じ大学に来いとは言うものの、聡史がそれより将来の話をすることはない。けど聡史が描く将来図の中には、当たり前みたいに私も一緒に描かれている。何となくだけれど、そんな気がした。聡史のお母さんは夫の会社で総務の仕事を手伝っている。それなら、私も?そうなることを、聡史は望んでいるのかもしれない。
日中とはいえまだ肌寒い季節だったけれど、自転車を漕いでいると、首筋にじわりと汗が滲んでくる。肌や服が潮風を吸ってべたついて、体が重たく感じられる。ペダルを漕ぐのにも、少しへこたれてきた。そういえば聡史と帰っている時は、よく寄り道してたっけ。通学経路の道はなだらかな勾配があって、行きは下りで帰りは上り。帰り道の方が疲れるから、途中の海辺で一休みしてから帰ってた。
まっしぐらに帰るのは諦めようと、路肩に自転車を停める。海岸に降りて少し涼もうと数歩進んだところで、ふと見覚えのある人影を見つけた。
猫背気味の丸いシルエットが、堤防の端っこで釣糸を垂らしている。
父だ。