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父の帰還(2)

 私の父は、売れない木工細工職人兼、売れない彫刻家兼、売れない詩人だ。

 はかない伝手つてを辿って年に数回どこかから仕事を貰っては、雀の涙ほどの報酬を得ていた。

 そんな浮草のような生きざまで妻子を養える訳もなく、我が家の大黒柱は公立中学校教諭である母だ。つまり父は、古風な言い方をすれば髪結の亭主。現代風に言えばヒモである。

 仕事と称して父が家を空けることは、度々あった。早ければ数週間、遅ければ一、二ヶ月は帰って来ない。

 

 私が中学三年生になる直前の春休みのある日、父はふらりと家を出た。


 「仕事いってきまーす。ちょっと遅くなるかもしれないけど、心配しないで」


 いつもと同じ大きなバックパックを背負い、いつもと同じ呑気な笑顔を浮かべて、家を出た。

 私はその時何をしていたんだっけか。ゲームだったか漫画だったかに気を取られていて、父の顔も見ずに「はぁい。いってらっしゃーい」と生返事をした。


 それからしばらく、父は帰って来なかった。

 最初の数ヶ月は、私も母も父の不在をそれほど気に留めていなかった。でも三ヶ月経ち半年経ち、私の高校受験に向けての勉強が佳境に入った頃になっても、父が戻って来る気配はなかった。


 その頃になって私はようやく気付いた。


 「さすがに遅くない?」


 母は言われて初めて思い出したとでもいうふうに、壁に掛かったカレンダーに視線を送った。

 

 「そういえばそうね。もう一年近く見掛けてないわ」

 

 カレンダーに大きく印字された数字は12。約九ヶ月が経っていた。

 

 「まぁあの人の事だから、その内ひょっこり帰って来るわよ」


 母はそう言ってからりと笑った。師走の呼称に相応しく、教師である母は毎日忙しそうだ。父のことで気を揉む暇などないのかもしれない。

 私としても父が高校受験の役に立つとは思えないし、通学可能な距離には高校は一つしかないのだけれどそこは人員割れで答案を白紙で提出しない限り不合格にはならないという噂だったから、プレッシャーはそれほどなかった。

 つまり、父がいなくとも何も困らない。まぁいいか、と私も放置しておいた。

 

 それから数年と数ヶ月経ち、母の予言通り、父はひょっこり帰ってきた。


 その間に私は高校生になって、二年次ももうすぐ修了、あまつさえ、人生二度目の受験勉強に取り掛かろうとしているところだった。

 

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