テレフォンセックスならぬレターセックスは浮気に入りますか?
「本日は我がポイズン侯爵家の芸術鑑賞会に、お越しいただきまして誠にありがとう存じます。
ピアニスト・アリサテレジアの伴奏は、いかがでしたでしょうか。
まだ夢心地の方もいらっしゃるでしょうが、次の項目に進ませていただきます。
演目5、私の詩の朗読の予定でしたが、今回は内容を変更して……ある天才が書いた前衛的かつ革新的な叙情詩を披露いたします。
きっと後の世に、影響を与える大作となるでしょう」
斜め後ろで控えていた護衛のオリオが登壇して、私と場所を交代する。
100人近い招待客が、期待に満ちた目で彼を見る。
「『ああ、カンデラ。
君の滑らかな肌を指がすべっていく度、僕のキング・コブラがクネクネくねるよー。
白いフカフカ山を、鷲掴みにして食めばミルキー!
僕のミルクも反射準備Okayさ!
さあ、君の洞窟が僕を受け入れるために優しくタッチンgoo!
ああ、ああ、君の蛸壺が僕を呼んでいる。
今すぐ行くよ、マイハニー。
ああ、ああ、君の藤壺がウネウネうねるよー。
すぐに発射してしまう……準備はいいかい? 3・2・1・go!
カンデラ! カンデラ! カンデラ!
君は最高だ! 君を心から愛ーー』」
「止めてくれ! もう止めてくれ!」
立ち上がったのは、来月に結婚式を控えた私の婚約者タルネス・ジンジャー公爵令息。
小さいわけではないが、ナヨっとしていて頼りない印象。
顔は整っていて中性的。
「バネッサ! き、君はもうすぐ僕と結婚するというのに、こんなことを……悪ふざけが過ぎる!
ぼ、僕が冗談で書いた物を発表するだなんて!」
自分は書いてないとシラを切るようなら、目の前で筆記鑑定しようと思ったのに認めたわ。
「あら? あなたの秘めたる才能に、光を当てたかったのだけど……いけなかったかしら?」
と、私は首を傾げる。
「そ、そうか、それはありがーーじゃない! じゃない!
勝手に持ち出すなんて、あり得ないよ!」
「サプライズよ」
「そうか、サプライズならーー良くない! 良くない!
何してるんだ?!」
「あなたこそ何してるの?
カンデラって、どなた?」
「う……その、それは、だから、官能小説を書いてたんだ!
架空の人物だよ、カンデラは」
「『優しくタッチンgoo!』なんて文才のない官能小説、この世にある?」
「うるさいな!」
「それに封筒に宛先が書いてあるわ。
『ルドベキア帝国ロノア町3番ーー』」
「あーあーあーあーあー!
出版社! 出版社! 出版社!」
「この住所に出版社はないわ。確認済みよ。
だいたい何のために、隣国の出版社に送る必要があるの。本国にもあるのに。
カンデラからの返信も読みましょうか?」
「ぐう……あの……本当に文章の練習がてら遊び心でやり取りしただけで、決してやましいことはない!
カンデラとは会ったこともない! 本当なんだ!
だから浮気じゃない!」
「『だから浮気じゃない』?
こんなやり取りしてる時点で充分、浮気よ。
それに会ったこともない相手と、どうして文通することになるの?」
「それは、ある日、足に紙を巻いた伝書鳩が、自室の窓に止まっていて……」
「鳥の足に巻いてあった紙に『 私と文通しませんか?』と書いてあって手紙を出したっていうの?」
「そう! その通りだ!」
「伝書鳩が隣国から飛んできて、ピンポイントに公爵邸のあなたの部屋の窓に止まったと?」
「そうだ! それこそ運命の相手ーーあっ」
と、慌てて口を塞ぐが後の祭。
「私はジンジャー公爵令息の運命の恋を、応援いたします。さようなら」
「いや、あ、それとこれとは別で……なあ、落ち着いてくれよ。
実際に不貞もないのに、婚約解消なんてできるはずないだろう?
来月、結婚するんだよ?」
「だからこそ、でしょう?
あなたが実際にカンデラと会っていたかどうかは、問題ではありません。
『結婚直前に不貞があった』と多くの人が思った時点で、貴族社会ではアウトなのです。
『信用に足る人物じゃない』ってこと」
「君が、こんなところで公表したせいじゃないか!」
「浮気を棚上げしないでちょうだい!
どうせ人のいないところで問い詰めたら、揉み消すつもりだったでしょう?!
あなたは公爵令息なのに、脇が甘いのです。
これまでだって、あなたの父上が庇ってくれなければ、とっくに失脚していたはずです」
そこまで言うとタルネス・ジンジャー公爵令息は、がっくり肩を落として会場を去っていった。
その後、彼は鉱山送りとなった。
廃嫡されなかったので、1年もすれば公爵領の端を与えて貰えるはずだった。
しかし過酷な労働環境に耐えられず、たったの1ヶ月で失踪した。
それから10年。
私は多くの護衛と共に、貧民街の視察に来ていた。
カジノ造ると、周辺地域の治安が悪くなる。
だったら、いっそ初めから治安の悪い場所に造ればいい。
侯爵夫人になったものの、夫は婿なので実質的な当主である私は、多くの事業に着手していた。
すえた臭いのする暗い路地を、進んでいた時だった。
「バネッサ!」
こんな場所で知り合いに会うはずない、と思っていたのに突然、名を呼ばれた。
驚いて振り返ると、破れてボロボロの衣類を纏った……タルネス・ジンジャー公爵令息らしき煤けた男。
「……ジンジャー公爵令息?」
「ああ……ああ、こんなところで会うなんて……」
しばらく知り合いに会ってなかったのか、涙ぐんでいる。
「ご無沙汰しております。
確か鉱山に行ったと、うかがいましたが」
「そう。
君に捨てられ父に捨てられ、山で鉄堀さ。
すぐにトンズラしたがね」
「父上には捨てられてないはずです。
逃げなければ今頃はーー」
「あんな過酷なところに、居られるはずないだろ!」
「しかし……」
「僕みたいなタイプはな、掘られるんだ」
確かに男所帯で中性的な容姿は、格好の餌食だろう。
しかし彼は婚約契約を破綻させ家名に泥を塗った罰として山に送られただけで、公爵子息としての資産は持っていたから、地方の娼館を貸し切るくらい訳なかったはずだ。
憲兵が解決してくれないなら、護衛を雇うなり娼婦を呼ぶなりすればいい。
結局は、それを理由に逃げただけだ。
「娼館に誘えば良かったのでは?
ご自慢のキング・コブラは、出番がなかったのですか?」
「相変わらずだな、君は!」
「カンデラからの返信には『控え目なマングース』とありました。
コブラとマングース、一体どちらなのです?」
「はぁ...… 君みたいな可愛くない女は、あと100回生まれ変わっても絶対モテないからな」
既婚者なのでモテる必要ありませんが、100回生まれ変わっても、あなたの相手は嫌です。
「せっかく再会したので、餞別に良いこと教えて差し上げます」
「え?」
「私の侍女の名前を覚えていますか?
今は、もう引退していますが。あなたと婚約してた頃のです」
「確か……カンナ?」
「そうです。カンナ・デボーラです」
「……?」
「わかりませんか?」
「カン……カン、デ……ラ……ええっ?!」
ジンジャー公爵令息の文通相手カンデラの正体は、当時の侍女。
「今更、気付きましたね」
「う、嘘だ、そんな……ハメたなっ!」
飛びかかって来そうな剣幕を察して、夫兼護衛のオリオが間に入ってくれた。
力の差を感じて勢いが消えたジンジャー公爵令息は、途端にショボくれる。
私は侍従の持つ籠からパンを1つ取ると、ジンジャー公爵令息に差し出した。
「あなたがカンデラを『架空の人物だ』と言ったのは、あながち間違いじゃありませんでしたね。
これは私からの最後の慈悲です。
今度こそ、さようなら」
■完■