8 呪いの木
「そういえば、聖夜も言っていたな。柊は唯一の身内のような存在だって」
翔太がそう言うと、聖夜は頷いた。
「ああ。うち、母さんを病気で亡くして、父さんも行方不明で……」
「親父さんは生きてるのか?」
「え、ああ、多分……」
曖昧にうなずく聖夜に、翔太は更に問いかける。
「探そうとは思わないのか?」
「え……」
思いがけない質問に聖夜は戸惑った。
「……もう何年も会ってないから、居なくて当然だと思ってた。仕方ないんだって……」
そう言って黙り込む聖夜を見て、柊も俯く。
「……お父さん、一体どこに居るんだろう」
その時、通信機の音が鳴り響いた。
『聖夜君、柊さん、今どこに居る?』
「琴森さん!……今町立病院に居ます。どうかしたんですか?」
『裏山で高次元生物を目撃したという通報があったわ。すぐに向かって!』
琴森の声に、2人は顔を見合せて頷く。
「俺も行く!」
翔太もそう言い、聖夜と柊の後を追いかけて裏山へ向かった。
* * *
裏山に到着すると、琴森から連絡が来た。
『山の上の神社に繋がる登山道があったはず。それを使って。……それと、今回は映像が本部に届かないからGPS情報でサポートするけど、あまりオペレーションに頼りすぎないで』
「了解!」
3人は、慎重な足取りで登山道を歩き始めた。
「一体どこに居るんだ……」
聖夜は辺りを見渡したが、生い茂る木々以外なにも見当たらない。3人が注意深く周囲を確認していたその時、聖夜のスマホが鳴り出した。
「え、誰だろう……」
画面には『神崎眞冬』という文字が表示されていた。
「もしもし、眞冬兄ちゃん……?」
『聖夜、今すぐ伏せろ』
「え?」
『早く』
「み、みんな伏せろ!」
聖夜の突然の大声に2人は慌てて姿勢を低くした。すると、3人の頭上を太い枝が走ったのだ。
「なんだこれ!?」
枝に触れようとする聖夜の手を、翔太が乱暴に掴んで止めた。
「触れるな!何が起きるか分からないんだ」
「ご、ごめん……」
『そこの少年の言う通りだ。植物系の高次元生物は毒を持つものも少なくないからな』
「そうなんだ……」
「聖夜、さっきから誰と電話してるの?」
柊の問いに、聖夜はスマホの画面を見せた。
「眞冬兄さん!」
「神崎眞冬……!?」
『そこに眞冬君が居るの!?』
琴森の驚いた声が聞こえた。
「いや、電話なんですけど……って、琴森さんも翔太も知ってるのか?」
「神崎眞冬って……元特部最強部隊の1人だぞ!名前しか知らないけど……」
「え!?」
『長い間特部を引っ張ってくれた隊員の一人よ。志野総隊長と一緒にね』
『お喋りはそこまで。……琴森さん、ここは俺達に任せて下さい』
眞冬の声がスマホ越しに琴森に届いた。
『……分かったわ。このまま通信は続けるけど、眞冬君の指示に従って』
「了解!」
聖夜達は頷き、眞冬の声に耳を傾ける。
『そうと決まれば始めるぞ。まず、状況を説明する。現在裏山は全域が高次元生物の根城だ。枝を一本一本倒していても仕方が無い。山頂にある本体を叩け』
「分かった!」
3人は山頂を目指して進み始めた。
* * *
『柊、伏せろ』
「うん!」
聖夜のスマホのスピーカーから流れる眞冬の声に合わせて、3人は現れる枝をかわしながら山を登った。5分ほど山を登った時「星宮神社、この先」と書かれた看板が目に入った。
「よし、あと少し……」
聖夜が足を速めたその時だった。
『聖夜、待て!』
眞冬の声よりも先に、聖夜の右側に何本もの枝が迫ってくる。
「聖夜!」
翔太が聖夜を突き飛ばした。
聖夜の代わりに翔太の体に枝が絡まり締め上げられる。
「ぐっ……!」
細かい枝が翔太に突き刺さり、体内に毒が入り込む。
「翔太!」
「翔太君!」
「俺はいいから早く本体を叩け!それで終わる!」
「でも……」
翔太の顔は青ざめていたが、真っ直ぐと聖夜を見つめていた。
『そいつの言う通りだ。仲間を助けるためにも先を急げ!』
「……分かった!」
2人は頷き、山頂へ急いだ。
* * *
山頂の神社の境内には、大きな大木が生まれていた。幹にはいくつも目玉があり、聖夜と柊をニヤニヤと見つめている。
「早く倒して、翔太を助けないと……」
焦る聖夜を、眞冬が電話越しに制止する。
『焦るな聖夜。相手の弱点は上から3番目、左から2番目の瞳だ。そこを叩け』
「分かった!……柊、フォロー頼む」
「うん!」
柊が頷いたのを確認して、聖夜は加速した。空色の光を纏って急接近してくる聖夜を拒むように、何本もの枝が彼に伸びる。
「させないから!」
柊の能力で枝の動きが遅くなった。
「聖夜!」
「ああ!……食らえ!」
聖夜は加速した勢いのまま眞冬に指定された目に拳を打ちつけた。しかし、手応えが無い。
「え……!?」
『聖夜!下がれ!』
眞冬の声に聖夜が下がると、目には傷1つ見受けられなかった。
「なんで……威力が足りなかったのか?眞冬兄ちゃん?」
聖夜は眞冬に声をかけるが応答が無い。
「もう……限界!」
柊のアビリティが解け、枝が聖夜に迫る。
「……!」
聖夜は思わず目を瞑った。その時だった。
「燃えろ」
その声と同時に大木が赤く燃え始めた。聖夜が声のした方向を振り返ると、千秋が翔太をおぶって立っていたのだ。
「総隊長!」
「2人とも無事だな」
「翔太は?」
「無事だ。毒も大したものではない。戻って清野に治してもらえば何も問題はない……な、翔太」
「はい……」
千秋の背中から翔太がか細い声で返事をする。その様子を見て、聖夜は安堵のため息をついた。
「でも、どうしてここに?」
柊の問いに、千秋は答える。
「聖夜、柊。君達2人に用事があって探していたんだ。眞冬と一緒にな。そうしたら、眞冬が山に高次元生物が居ることを察知した」
「そうだったんですか……。それで、私達に用事って?」
「ああ……眞冬」
千秋が名前を呼ぶと、境内入口の木の上から眞冬が飛び降りてきた。
「よっと……2人とも、おつかれ!」
「眞冬兄ちゃん!」
眞冬は2人に笑いかけると、千秋に向き直る。
「とりあえず本部に戻ろうぜ。そいつの治療もあるだろ」
「そうだな……麓に車を用意してる。2人とも、本部に戻ったら総隊長室に来てくれ」