7 パトロール
怪人を退治した数日後の朝、柊は聖夜の部屋の前にやって来た。今日は2人がパトロールの担当日なのだ。
天ヶ原町は中央支部の拠点であるため、何か事件が起きた場合に、任務に支障が出る可能性がある。そうならないように、問題の早期発見を目的としたパトロールが行われているのだ。
「聖夜、パトロールの準備できた?」
柊は、聖夜の部屋をノックした。しかし聖夜は一向に現れない。
「聖夜?」
柊が繰り返しノックすると、大慌てで聖夜が出てきた。急いで準備をしたのか、制服のマントが少し乱れており、髪の毛が外に向かって跳ねている。
「ご、ごめん柊!寝坊しちゃって……」
「ほんとだ。寝癖ついてる」
「え!どこ!?」
「かがんで」
柊はポケットから櫛を取り出すと手早く寝癖を直した。
「はい完璧!」
「おお~ありがとう柊!」
「ほら、マントも直して。早く行こ」
「うん!」
聖夜はマントを整えつつ、柊と共に玄関を出た。
* * *
天ヶ原町は東京郊外にある小さな町である。裏山があり、海もすぐ近くと、一見するとかなりの田舎だ。しかし、商店街には様々な店が入っているため、町の中だけで生活が完結できてしまう。
2人はその商店街を歩いていた。今日は平日だったが、買い物客で賑わっている。町ゆく人は皆、笑顔だった。
「何事も無さそうだな」
聖夜は辺りを見渡し、微笑んだ。その傍らで、柊がキョロキョロと何かを探す。
「良い匂い……何だろう?……あ!」
柊は匂いの元であろう肉屋を見つけた。店先では、店主の男性が熱々のコロッケを揚げている。
「コロッケ……いいな~」
「そういえば柊、朝ごはん食べたのか?」
「……コンビニのおにぎりとサラダ」
「え、それだけ……?」
「朝はお腹空かないの」
その言葉とは裏腹に、柊のお腹が鳴った。聖夜は笑いを堪えながら柊を見た。
「コロッケ買おうか」
「…………うん」
顔を赤くしながら小さく頷く柊を見て、聖夜はクスリと笑う。聖夜は柊を連れて肉屋の前まで行き、店主に向かって明るく声を掛けた。
「すみません、牛肉コロッケ2つ下さい!」
「はいよー……って、君達、花屋さんとこの子だよな?」
「あ、そうですけど……」
「瀬野さんの所には、いつもお世話になってるんだよ。カミさんが花好きでさ、瀬野さんとこのブーケを買ってくると機嫌がいいんだ。ほんと、瀬野さんは花のセンスが良くてなぁ……」
「へぇ、そうなんですか!夏実姉ちゃんとおばさんに話したら、きっと喜びます!」
「そうかい。じゃ、そのうち伝えといてくれ。はい、牛肉コロッケ、2つで100円ね」
店主は紙袋にコロッケを入れて、聖夜と柊にそれぞれ手渡す。しかし、柊はそれを受け取らずに、店主に尋ねた。
「あの、200円ですよね?1個100円でしょ?」
すると、店主は豪快に笑いながら、柊に紙袋を押し付けた。
「1個オマケしてあげるよ。瀬野さんの店に日頃の感謝を込めてね」
「あ……ありがとうございます」
少し戸惑いつつコロッケを受け取った柊だったが、揚げたてコロッケの美味しそうな衣を見て、ゴクリと唾を飲んだ。やはり空腹だったようだ。
その様子を見た聖夜は、少し笑って、
「冷める前に食べよう。ほら、あっちにベンチがある」
と、柊を促した。
柊は、自分が食い意地を張っていると思われたくないようで、必死に表情を繕いながら頷く。
「じゃ、行こっか。おじさん、ありがとうございました!」
聖夜と柊は支払いを済ませ、店主に礼を言って、商店街広場にあるベンチに向かった。
* * *
商店街中央にある広場。イベント事がある時にはステージが設けられることもあるそこには、ベンチやテーブルが常設されている。先日、高次元生物の騒動があったものの、今日も広場は買い物客で賑わっていた。
2人はベンチに座って、熱々のコロッケを頬張った。余程お腹が空いていたのか、柊は黙々と牛肉コロッケを食べている。
(そういえば、柊って料理苦手だもんな……)
聖夜はふと、昔、柊と2人で火事を起こしてしまったときのことを思い出した。あの日は確か、柊がオムライスを作ろうとして具材を全部焦がしてしまったのだった。しかも運悪く、コンロの近くの布巾に燃え移り、状況はどんどん悪化し、火事に発展してしまった。2人はアビリティ課の職員に助け出され、火事も無事鎮火したため、幸い怪我人は出なかったが、2人揃って大層説教されたのだ。以来、柊は料理に苦手意識があるようだった。
(料理できないから、あんまり食べてないんだろうな……)
聖夜は今度柊に目玉焼きから教えようと密かに決意し、コロッケを頬張った。
* * *
2人はパトロールを続け、町外れにある2人の家……瀬野家まで来た。
フラワーショップ瀬野と書かれた看板は年季が入り少し色褪せていたが、町で唯一の花屋ということで多くの人に愛されている。そんな実家も同然の花屋が、聖夜も柊も大好きだった。
「……夏実姉ちゃん達、元気かな?」
「入ってみる?」
柊の言葉に、聖夜は慌てて首を振った。
「何で?家に帰るみたいなものじゃない」
「あんなに決意して家を出たばっかりだからさ、何となく恥ずかしい……」
「えぇ~……?」
柊はよく分からないという目で聖夜を見る。
「……あれ?」
入り口のドアがガラガラと開く音を聞いて、2人は店先を注視した。すると、中から翔太が出てきたのだ。ピンクのカーネーションの花束を手にしており、これから誰かに会いに行くのか、珍しく私服のジャージ姿だった。
「聖夜!あれって……」
「翔太……?」
「誰かに会いに行くのかな……すごく気になる!追いかけよう!」
「え、パトロールは……?」
「パトロールしながら!」
柊の目が今日で一番輝いていた。
(多分柊の考えてるようなことじゃないだろうけど、一体誰に会いに行くんだろう……)
2人は物陰に隠れながら、こっそりと翔太の後を追いかけていった。
* * *
2人が翔太の後をついて行って辿り着いた先は、病院だった。翔太は天ヶ原町立総合病院と書かれた建物の正面玄関前で立ち止まり、後ろを振り返る。すると、植木の陰に隠れていた聖夜と柊と目が合った。
「……お前たち、何してるんだ」
「いや~……」
「誰に会うのか気になって……」
愛想笑いをする2人を見て、翔太は溜息をつく。
「なら、一緒に来てくれ」
そう言ってスタスタと歩いて行ってしまう翔太の後を、2人は慌てて追いかける。翔太に連れられるがままに階段を上ると、そこは精神科病棟だった。2人の前を歩いていた翔太は、ある病室の前で立ち止まった。
「燕。入るぞ」
ノックをして、翔太は病室のドアを開ける。その病室のベッドの上では、1人の少女がぼんやりと窓の外を見ていた。少女は翔太達に気が付くと、虚ろな目でこちらを見る。翔太と同じ翡翠色の髪と、まつ毛の長い大きなツリ目。翔太と似ている美少女だ。
「……お兄さん」
「燕、元気にしてたか。今、花を変えるからな」
「はい……」
翔太は花瓶の花を片付け、新しく買った花束を挿した。
翔太を「お兄さん」と呼んでいるのを聞いた限りだと、2人は兄妹なのだろう。しかし、燕の他人行儀な態度を見て、聖夜と柊は戸惑う。
(なんだかよそよそしいな……)
(そうだね……)
2人が小声で話していると、燕が2人の方に視線を向けた。
「後ろの2人は?」
燕に尋ねられ、聖夜と柊は慌てて燕に向き直った。
「俺は宵月聖夜。翔太の仲間だよ」
「同じく宵月柊。よろしくね」
「風見燕です。……確認なんですけど、今日初めて会いますか?」
燕の妙な質問に、聖夜は戸惑いながらも頷いた。
「そうだけど……」
「分かりました。よろしくお願いします」
頭を下げる燕につられ、2人も頭を下げた。
* * *
「翔太は妹に会いに来てたんだな」
病室を出て聖夜が言うと、翔太は頷いた。
「ああ。俺の唯一の身内で、何よりも大切な妹だよ」
「でも、少しよそよそしかったよね?」
柊の問いかけに、翔太は廊下を歩きながら答える。
「燕には、小さい頃の記憶が無いんだ」
「え……」
「心因性の記憶喪失だよ。重度のPTSDとも言われた。4年前、俺が小6で、燕が小4の頃、高次元生物に襲われて両親が亡くなったんだ。他の任務が忙しかったのか、特部の到着が遅くなってな。俺は、怪我をして気を失った燕を守るために、アビリティを発動して……何とかそいつを追い払ったんだ」
絶句する2人を前に、翔太は話し続けた。
「目を覚ました燕が記憶を失っているって分かったときは、絶望したよ。頼る当ても無かったし、たった1人で明日からどうすればいいんだってな。そこを総隊長に拾って貰ったんだ。俺が特部で戦う代わりに、2人の生活を保障するって……それで、俺は燕のために戦う覚悟を決めた」
「そんなことがあったのか……」
「ああ。……だから、特部も知らない、何の覚悟も無さそうな2人が特部に来たときは正直腹が立った。今ならそんなことないと分かるが……あの時はすまなかった」
翔太は2人に対して寂しそうに笑った。
「燕と、仲良くしてやってくれ」