6 写し身の怪人
特部に入隊することになった聖夜と柊は、琴森と真崎に寮を案内されていた。
「ここが聖夜君、隣が柊さんの部屋ね」
「すごい……綺麗だし、キッチンもお風呂もトイレも付いてる!」
柊が目を輝かせた。柊の言う通り、それぞれの個室には二口のガスコンロがついたキッチンと、少し小さめの浴槽がついた風呂がついている。ちなみに、トイレと風呂は別だ。
「一応説明しておくと、大浴場は廊下を曲がって右。共同キッチンは左ね。食事はそれぞれで済ませること」
琴森はそう言うと、2人に鍵を手渡した。
「部屋の鍵よ。大事に持っててね」
「分かりました!」
聖夜は元気よく返事をした。
「よろしい。……さて、昨日はバタバタしちゃったけど、改めて特部について聞きたいことはある?」
琴森の質問に、聖夜は少し考えながら答える。
「えーっと、昨日言われた気がするんだけど、教育も特部で受けるってほんとですか?」
「そうよ。先生は支部長である私が務めます。ちゃんと教員免許持ってるからね」
琴森は、そう言いながらドヤ顔を見せた。初対面の大人っぽい印象からは連想できない表情に、聖夜も柊も苦笑いする。それに気づいた琴森は、照れ隠しに咳ばらいをしてこう続けた。
「ゴホン!……普通の高校とは違って、通信制学校のような感じになるわ。課題を出して、決められた日に授業で答え合わせする感じね」
琴森の解説に2人は頷いた。
「他にはあるかしら」
「あ、はい」
柊が手を上げて尋ねた。
「結局、特部って高次元生物を相手にする専門機関ってことで、警察とは違うんですよね?」
「その通り。アビリティによるトラブルの対応はアビ課の仕事だけど、高次元生物と戦うのは特部の仕事ね。たまに協力したりすることもあるけれど」
琴森の返答に、柊は頷く。
「真崎さんは、何か質問ある?」
「え、私ですか!?えーっと……」
真崎は急に当てられてオロオロしながら答える。
「……私も配属されたばかりでよく知らないんですが、特部には全国に支部があるんですよね。どの位隊員がいるんですか?」
「そうね……まず、ここ。中央支部には聖夜君と柊さんを合わせて7人いるでしょ。でもこれ、多い方よ」
琴森は続けた。
「北関東から南東北をカバーする東日本支部は4人、関西から中国、四国地方までカバーする西日本支部も4人、北東北と北海道をカバーする北日本支部は3人、できたばかりの南日本支部は今の所2人ね」
「そんなに少なくて大丈夫なんですか……?」
真崎が不安そうに尋ねると、琴森は苦笑いした。
「正直ぎりぎりって所ね。各支部にワープパネルなどを置いて出動に時間がかからないように工夫はしてるけど……まぁ、志野総隊長の方針だから仕方ないわ」
「ワープパネル……?」
聖夜が首をかしげた。
「ああ、この前は急だったから使わなかったけど、各支部と各地を繋いでいる移動手段よ。『転移』のアビリティの仕組みを応用して作られたものなの」
「なるほど……」
聖夜が呟いたときだった。
『埼玉県大宮駅前にて高次元生物発生!中央支部は直ちに出動して下さい』
「……!」
「琴森さん!」
廊下の向こう側から、翔太が走ってきた。
「分かってる」
琴森は頷き、聖夜と柊に視線を送る。
「聖夜君、柊さん。翔太君と一緒に大宮駅前へ向かって」
「はい!」
聖夜と柊は返事をして、翔太に着いていった。
「真崎さんは私とオペレーションに入るわよ」
「は……はい!」
真崎は背筋を正して返事をした。
* * *
「こっちだ」
翔太は2人を連れて走り、ワープルームと書かれた扉を開けた。八畳ほどの部屋の片隅に操作パネルがあり、中央には青白く光る大きな床がある。
「この床に乗るの?」
柊の問いかけに翔太は頷いた。
「ああ。操作は俺がやる。待ってろ」
2人が床に乗ったのを見て、翔太はパネルを操作した。
「埼玉県大宮駅前……ここだな」
床の光が更に強くなる。翔太も床に乗った。
「行くぞ」
その声に合わせて、一瞬で景色が駅構内に変化する。普段なら多くの人が行きかう駅の内部には、なぜか誰もいない。その異様な静けさに、聖夜は違和感を覚えた。
「ここ、大宮駅か……?誰もいないみたいだけど……」
「警察が避難させたんだろう。ほら、早く外に出よう」
戸惑う聖夜に対して、翔太はこのような状況には慣れているようだ。落ち着いた様子の翔太に連れられて、2人も駅から出る。
「きゃー!!」
駅を出るやいなや、女性の叫び声が聞こえた。
「なんだ……!?」
聖夜の視線の先では、緑色の肌をした怪人が、逃げ遅れたのであろう女性に拳銃を突きつけていた。怪人は4つの目をニヤニヤとさせ、この状況を楽しんでいる様子だ。しかし、人の形をしていても、奴もまた高次元生物。特部が速やかに対処する必要がある。
「っ……!た、助けて!!」
女性は目を潤ませながら、震える声で助けを求めている。
「人質か……」
翔太が苦い顔をした。その隣で、柊も表情をこわばらせる。3人が行動できずにいると、遠くから1人の警察官が駆け寄ってきた。
「と、特部だ……!」
駆け寄るなり、警察官は言った。
「助けてくれ……!拳銃が盗まれてしまって……あいつ、知能があるみたいなんだ」
「そのようだな……オペレーター、あいつの能力は?」
翔太が通信機に向かって問いかけるが、返事が無い。
「オペレーター……?琴森さん?」
『ひゃ……すみません!オペレーター担当します!真崎日菜子です!アビリティは……』
真崎の慌てる声と、ガサガサと紙をあさる音が聞こえて……通信が途切れた。
「……大丈夫かな」
柊は心配そうに呟く。
「……仕方ない。俺達で作戦を組み立てよう」
翔太は周囲を見渡した。警察官が外でも避難を呼びかけたのか、人影はない。そして、決して広いとは言えないが、『竜巻』が繰り出せるスペースは十分にある。
「……まずは人質の救出だ。俺が注意を引き付ける。聖夜は隙を見て人質を救出してくれ。柊はその援護を」
「分かった!」
「任せて」
2人は翔太に頷いた。
「いくぞ……!」
翔太が右腕を振り上げると、辺りに突風が吹き荒れた。高次元生物の視線が翔太に移る。しかし、鋭い四つ目に睨まれても、翔太は怯まずに、攻撃の構えをとったまま様子を窺った。
「ギィ!!」
銃口が、女性から翔太に向けられた。それと同時に、高次元生物の腕が女性から離れる。
「今だ!」
「おう!」
聖夜は瞬時に加速し、高次元生物から女性を奪い去った。
「大丈夫ですか!?」
「は……はい……」
女性は涙目で頷く。恐怖のあまり震えているが、幸い目立った外傷はない。それを確認して、聖夜は安堵のため息をついた。
「ギィ!?」
高次元生物は女性を奪われたことに驚いて聖夜を凝視する。
「……っ!」
聖夜は女性を庇うように抱いたまま、相手を睨み返した。
「ギィ!ギィー!!」
高次元生物は怒り狂ったように銃を乱発した。
「させない!!」
しかし、その銃弾は柊の能力で速度を失い、空色の光に包まれながらパラパラと落下する。
「ギィィィ!!」
高次元生物は拳銃を捨て、勢いよく右腕を振り上げた。
「来るぞ!」
翔太が叫んだ次の瞬間、竜巻が辺りを襲った。
「聖夜、下がれ!俺が相殺する!!」
「っ……、分かった!」
聖夜は加速し、女性を抱きかかえて戦線から遠のいた。それを確認して、すぐ。翔太は敵の竜巻と逆回転の『竜巻』を起こす。
「く……収まれ!!」
翔太の竜巻の方がわずかに上回り、高次元生物の竜巻が消えた。
「相手の攻撃……翔太君のアビリティと同じ!?」
柊の問いかけに、翔太は頷く。
「あいつも風の能力者ってことか……」
「なら、遠距離攻撃に警戒だね」
柊がそう言った瞬間、彼女の目の前に高次元生物が現れた。
「柊!」
翔太は叫んだ。柊に緑色の拳が迫る。体術の心得があるとはいえ、咄嗟のことで柊も対処しきれない。
「……!」
「させるか!」
女性を避難させ戻ってきた聖夜は、2人の間に割り込んだ。
「ぐふっ……!」
聖夜のみぞおちに拳が入る。
「聖夜……!」
柊が、倒れ込む聖夜を抱きとめた。
「2人とも伏せろ!『かまいたち』!」
高次元生物に風の刃が迫る。しかし、高次元生物は不敵に口角を上げた。
「ギィ……!」
高次元生物が手のひらを翔太の攻撃に向けると、風は速度を失い分散してしまった。この能力は……柊の『遅延』と同じものだ。
「何……!?」
『みんな聞こえる?』
通信機から、琴森の大きな声が聞こえた。
『相手のアビリティは『風』じゃない……『コピー』よ!目の前で繰り出されたアビリティを再現する能力なの!』
「つまり……今相手は『風』だけじゃなくて『加速』と『遅延』も使いこなせるってことですか」
『その通りよ』
翔太の声に琴森は答えた。
「そんなの、3人を同時に相手しているようなものじゃない……」
柊の言葉に、琴森が反応する。
『そう。……だから突破口は、みんなの弱点を叩くこと』
「俺達の弱点か……」
翔太は少し考える素振りを見せ……柊に支えられている聖夜に尋ねた。
「立てるか、聖夜」
「……ああ」
聖夜は頷き、よろよろと立ち上がった。
「よし……まだいけるな」
翔太は高次元生物を睨みつけた。
「……一斉攻撃だ。畳みかけるぞ」
「闇雲に攻撃しても駄目なんじゃ……」
柊が不安そうに言った。しかし、翔太は2人を真っ直ぐに見据えて答えた。
「俺を信じてくれ。頼む」
翔太の真っ直ぐな瞳を見て、柊は覚悟を決めて頷く。
「……分かった」
柊は高次元生物に手のひらを向けて構えた。
「いくよ……!」
「ギィ……!?」
高次元生物が空色の光に包まれ、スローモーションになる。
「今!」
柊の声に、聖夜は頷き、加速した。空色の光が、彼の身体に尾を引く。
「食らえ!」
「ギィ!」
聖夜の拳を食らうギリギリで、高次元生物は遅延を加速で打ち消し、聖夜に遅延をかけた。聖夜の身体を纏っていた空色の光が消える。
「なっ……!」
聖夜の動きが遅れる。高次元生物はその隙に聖夜の顔を殴り飛ばした。
「う゛っ……」
「聖夜!」
「ギィ~!」
ニヤニヤ笑いながら聖夜に加速して追い打ちをかけようとしたその瞬間。
高次元生物の両腕が切り落とされた。
「ギィ……!?」
痛みを認識したのか、高次元生物がその場に崩れ落ちる。地面にできた血だまりは、赤黒かった。
「俺の『かまいたち』だ」
翔太は高次元生物を背後から見下ろして、先ほどまで高次元生物が持っていた銃を拾い、相手に向けた。
「俺達、人間の弱点……それは同時攻撃への対応が難しいこと。アビリティは3人分だったが、いくら知能を持っていても頭は1人分だったようだな」
翔太は、拳銃で高次元生物の頭を撃ち抜く。すると、高次元生物はその場にバタリと倒れて動かなくなった。
それを確認し、翔太は聖夜に歩み寄る。
「……聖夜、立てるか」
「ああ……」
翔太に支えられ、聖夜は何とか立ち上がった。
「ちょっとフラフラする……」
「殴られた衝撃で頭が揺れたんだろう。……無茶させてすまなかった」
「大丈夫だよ。お陰で倒せたし……」
謝る翔太に聖夜は笑顔を見せる。その裏表のない表情に、翔太は眉をひそめた。聖夜は、自分が傷つくことを気にしないのだろうか。それとも、自分の痛みに鈍感なのだろうか。いずれにしろ、少し心配になったのだ。
「聖夜、お前……」
「2人とも!」
翔太が何か言いかけた時、警察に報告をしに行っていた柊が、2人に駆け寄ってきた。
「あとは警察で処理するってさっきの警察官の人が……聖夜、大丈夫?」
柊の問いかけに聖夜は穏やかに頷いた。その様子に、柊も安心した表情を浮かべる。
『みんな、おつかれさま。……あとは警察に任せて、直ちに帰還して』
「了解です」
琴森の声に3人は頷いた。
* * *
3人が帰還すると、ワープルームの前で真崎と琴森が待っていた。3人が部屋から出てくるなり、真崎は勢いよく頭を下げる。
「申し訳ありませんでしたっ……!私が、すぐに敵のアビリティを見抜いていたら……」
肩を震わせながら、3人に謝罪する真崎に対して、聖夜は普段通りの穏やかな笑顔を向ける。
「今日が初めてだったんだから、仕方ないですよ」
「で、でも…………っ」
真崎は顔を上げて反論しようとしたが、聖夜の腫れた頬を見て固まってしまう。自分のミスで隊員が怪我をしてしまった。その事実を前にして、恐怖と自責の念が頭の中をぐるぐると駆け巡った。
固まってしまっている真崎を見た琴森は、少しため息をついて彼女の背中を軽く叩く。
「そうとも言ってられないわ」
「ひゃっ!?」
「聖夜君、かなりの怪我を負ったわよね。それは今回のオペレーションにも原因がある」
琴森は真剣な顔を聖夜に向けた。
「初めてだったから至らない部分もあったけれど、私達の仕事は隊員をサポートし、守ること。今回はそれが為されなかった。本当にごめんなさい」
頭を下げる琴森に、聖夜は首を振る。その表情は、やはりいつも通りの優しいものだった。
「過ぎたこと気にしても仕方ないですよ。俺なら大丈夫だから」
そんな聖夜を見て、翔太は溜息をついた。
「とりあえず、聖夜を医務室に連れて行きます」
「……そうね。柊さんにも医務室を教えてあげて」
翔太は頷き、聖夜と柊を連れて医務室に向かった。
* * *
「ここが医務室だ」
翔太は玄関のすぐ隣にある部屋の扉をノックする。すると、部屋の中から間延びした返事が聞こえてきた。
「はーい。どうぞー」
部屋の中に入ると、丸眼鏡を掛けた、お団子頭の女性がパイプ椅子に座っていた。女性は眠たげな表情で聖夜を見ると、のんびりとした声で呟く。
「おや、これは酷いなぁ……」
女性は、ゆったりとした足取りで聖夜に歩み寄る。突然近寄られて、聖夜は表情を強張らせた。しかし、女性はそれを気にも留めない。
「待ってね、今治してしまおう」
そう言って女性が聖夜の顔に触れると、みるみるうちに腫れが引いた。
「はい、おしまい」
「え!もう治った!?」
聖夜は自分の顔を撫でながら目を丸くする。確かに、顔の腫れは引いていた。その様子を見ていた柊も唖然としている。女性は2人の様子に動じる様子もなく頷いた。
「顔はね。他に痛むところは?」
「えっと、みぞおちも殴られてて……」
「どれどれ……」
女性は聖夜の服を容赦なく引き上げた。女性の突然の行動に、聖夜の顔は真っ赤になる。恥ずかしかったのだ。
「う……!?」
「あー、なるほどね。骨は折れてないようだ」
女性はそう言ったものの、聖夜のみぞおちは大きく内出血していた。その痛々しい様子に、傍にいた翔太は顔を顰める。
「大丈夫だと思うけど……ここも一応治しておこうか」
女性が触れると、内出血がみるみるうちに治った。
「痛まない?」
「は、はい……」
赤くなりながら服を戻す聖夜を見て、柊は笑いを堪えるのに必死だった。一方の翔太は、聖夜に気の毒そうな顔を向けつつ、フォローを入れる。
「清野さん、こいつ初めてですから……」
翔太がそう言うと、女性は、はっとして口元を手で隠した。そして、まだ顔を赤くしている聖夜に向かって微笑みを向ける。
「これは失礼。私は清野やよい。特部中央支部医務室で働いているよ。怪我や体調不良の際は遠慮無く訪ねてくれ」
「この通り変わってるけど、腕は確かだから安心して良い」
翔太はそう言って、戸惑う聖夜の方を見た。まだ何とも言えない恥ずかしさが消えないのか、聖夜の顔は赤いままだ。
しかし、恥ずかしい目に遭っても挨拶をしない訳にはいかないと思ったのか、聖夜は小さい声で清野に名乗った。
「宵月聖夜です……よろしくお願いします……」
「宵月柊です……よろしく……ふふっ……お願いします」
警戒したままの聖夜と、笑いを堪えている柊に、清野は平然と頷いた。
「うむ。回復反動があるから、聖夜君は少し休んでいくと良い」
「回復反動?」
聖夜が首をかしげると、清野は落ち着いた様子で解説する。
「私のアビリティ『回復』はね、平たく言うと体が持ってる『治す力』を最大限に引き出す能力なんだ。だから、反動で疲れが出るんだよ」
「言われてみれば……何か眠くなってきたかも……」
「奥にベッドがある。そこで休むといい」
聖夜は戸惑いながらも頷いた。
「じゃあ、私達先に戻ってるね」
柊と翔太を見送って、聖夜はベッドに横になり、布団を被って目を閉じた。医務室に飾られた掛け時計の、秒針を刻む規則正しい音に眠気を誘われる。任務の疲れもあったのか、布団に入って5分も経たないうちに、聖夜の意識はふわりと途切れた。
* * *
気がつくと、聖夜は病院の廊下に立っていた。なぜ自分が病院にいるのか分からなかったが、不思議とそんなことは気にならなかった。
(ここは……)
聖夜は辺りを見渡す。
(知ってる場所だ。確かここは……)
昔の記憶を辿りながら、聖夜は廊下を歩く。能力症病棟と記されたフロアマップと、その傍にあるエレベーター。そして、大部屋になっている二部屋の病室。それらを通り過ぎた先にある個室の前で、聖夜は立ち止まった。
(ここだ)
聖夜が立ち止った病室の表札には、宵月しおりという名前が記されている。
(母さんの病室……)
聖夜が病室に入ると、そこにはあの日の光景が広がっていた。
「聖夜、柊……」
病気で寝たきりになっている母が、幼い頃の2人を見つめて口を開く。顔も体も痩せ細っていたが、その瞳には、強く優しい光が灯っていた。
「誰かのために、頑張れる人になりなさい」
「お母さん……ぐす」
幼い柊がすすり泣く声が聞こえる。その隣で、あの日の父が泣きながら母の手を握っていた。
(ああ、これ夢だ)
そう気がついたとたん、意識が遠のき始めた。
(あれ、そういえば俺……この時、どうしてたんだっけ)
聖夜はふと思ったが、まどろむ意識に飲み込まれていった。
* * *
聖夜が目を開けると、そこは医務室だった。身体を起こして、ふうと息を吐く。睡眠をとったことによって任務の疲れもとれたのか、全身が軽い。
もう大丈夫そうだなと思い、聖夜はベッドから降りた。そして、清野に軽く挨拶をし医務室を後にすると、廊下で真崎とばったり鉢合わせた。
「あ、真崎さん」
「聖夜君!怪我はもう平気?」
心配そうに尋ねる真崎に、聖夜は笑顔で頷く。
「うん。清野さんに治してもらったから!」
「そっか、よかった……」
真崎は安心した顔で胸をなで下ろす。しかし、顔色が優れない。心配になった聖夜は、真崎に尋ねた。
「真崎さんこそ、大丈夫ですか?」
聖夜の言葉に対して、真崎は苦笑いする。
「琴森さんにオペレーションの基礎をもう一回叩き込まれちゃったんだ。ごめんね、不甲斐なくて」
「そんなことないですよ。俺も任務ではヘマしちゃったし……」
「そんな、あれは私のミスで……」
何度もお互いを庇い合いながら、2人は笑った。
「これじゃ埒が明かないね」
「あはは!ほんとだ。……そういえばさ、真崎さんは、どうして特部でオペレーターをやろうと思ったんですか?」
「私?」
聖夜が頷いたのを見て、真崎は真面目な顔になって答える。
「弟の苦悩を、少しでも分かってあげたくて」
「弟?」
「そう。……私の弟、特部だったんだ。すごく明るくて、正義感も強かったの。でもある日、大怪我をして半身不随になって帰ってきて……それ以来、弟はずっと塞ぎ込んでいて」
「そんな……」
「特部で働いたら、弟の気持ちが分かる気がしたんだ。私は、弟が見てた世界を何も知らないから、少しでもそれを知ることができたらって」
「そうだったんだ……」
聖夜の苦しそうな顔を見て、真崎は、無理やり笑顔を作って言った。
「まだまだだけど、頑張るからね」
絶対に、強くなる。オペレーターとして成長して、弟の世界に寄り添ってみせる。そんな決意の滲んだ笑顔を前にして、聖夜も力強く微笑んだ。
「俺もまだまだ戦いなれてないけど、いつか誰かを守れるようになる!だから、一緒に頑張りましょう!」
聖夜の言葉を聞いて、真崎はしっかりと頷いた。
「うん!」