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51 宵月兄妹(後日談⑦)

 高次元生物騒動から、1年。柊は、天ヶ原高校2年2組の教室の窓から、なんとなく空を眺めていた。


 桜の季節は終わり、木々の緑色が映える高校前の並木道と、市街地の向こうに見える青い海は、もうすぐ到来する夏の気配を感じさせる。


 チャイムが鳴り、長かった帰りのHRが終わると同時に、柊の席に夏服のセーラーに身を包んだ2人の女子生徒がやって来た。


「柊ちゃん、おつかれー!」


「帰りにさ、商店街のクレープ屋さん寄らない?」


 2人の申し出はありがたかったが、柊は申し訳なさそうに両手を合わせる。


「ごめん!今日さ、兄と約束があるから……また誘ってくれると嬉しい!」


 柊の言葉を聞き、片方の女子生徒が残念そうな表情を見せる。


「そっかぁ。でも、お兄ちゃんとの約束じゃ仕方ないよね」


 一方、もう片方の女子生徒は、悪戯っ子の笑顔で柊を見た。


「ふふっ。柊ちゃん、お兄ちゃんのこと大好きだもんね」


 その言葉を聞き、柊は顔を赤くしながら頬を膨らませた。


「もう、やめてよ。恥ずかしいじゃん」


「あっ、否定しないんだ」


「可愛いやつめ」


「むぅ……」


 友人2人に揶揄われて照れ臭くなった柊は、手早く帰り支度を終えて席を立つ。


「じゃあ、私もう行くから!またね、2人とも」


 恥ずかしさはあったものの、2人とも大事な友人には変わりない。柊は笑顔で2人に挨拶した。


「うん。またね、柊ちゃん」


「また明日ね」


 柊は2人と別れて教室を出ると、軽い足取りで聖夜との待ち合わせ場所に向かった。


* * *


 聖夜との待ち合わせ場所は、臨海公園だった。柊は、高台である公園に続く階段を足早に上っていく。入院していたときから伸ばしたままの長いポニーテールが、歩く度に揺れた。カラッとした暑さの中、長い階段を上っていくうちに、柊の首筋に汗が流れる。頬は上気していた。


 やっと階段を上りきった柊は、息を整えて大きく伸びをした。


「あー、疲れた!体力落ちたな……」


 柊は少し息を吐くと、公園の奥に歩いて行った。そして、手すりに上半身を預けて海を眺めている、黄色い半袖のパーカーの少年を見つけると、その肩を叩いた。


「聖夜」


 柊が名前を呼ぶと、聖夜は振り返って嬉しそうな笑顔を見せた。


「柊、久しぶり!」


「うん、最後に会ったのいつだっけ?」


「えーっと、3月だから3ヶ月ぐらい前?」


「えっ、そんなに前だったんだ。高校通うようになってから毎日あっという間で、気付かなかったよ」


 そう言いながら、柊は聖夜の隣に立った。


「まさか、柊が天高に転入するなんてな。今でもビックリしてるよ」


 聖夜はそう言うと、カラリと笑った。


「偏差値、全然足りなかったのに……」


「そこに関しては、琴森さんと白雪さんが勉強教えてくれたお陰かな……」


 柊は苦笑いしてそれに答えると、明るい笑顔で尋ねた。


「ねぇ、特部のみんなは元気?」


「うん、みんな元気だよ!この前さ、総隊長にサプライズプレゼントで、みんなでネクタイを買ったんだ。そしたら総隊長が大泣きしちゃって……」


「えー!いいなぁ、私も参加したかった!」


「うん、次は誘うよ」


「絶対だよ!……ところで、何でサプライズプレゼントしたの?」


「ああ、父の日だったからさ」


「あー、たしかに総隊長って、私達にとってお父さんみたいな所あるもんね」


 柊はそう言って笑った。


「そういえば、お父さんも聖夜からのプレゼント喜んでたよ!あの、ちょっといい眼鏡ケース」


「あ、ほんと?良かった!」


「今度さ、うちにも遊びに来なよ。お父さんも私も、今は瀬野のおばさんの所にいるから」


「そっか。じゃあ次の休みは帰るよ」


「楽しみにしてる!」


 柊は聖夜と顔を見合わせて笑うと、そういえば、と口を開いた。


「みんなは、これからも特部に残るの?白雪さんと花琳さんも、もう高校3年生だし、進路とか……」


 柊に聞かれて、聖夜は少し目線を上に上げながら仲間達の話を思い返す。


「あー……たしか、白雪さんと花琳さんは来年に特部を卒業して大学に行くみたいで、深也も医学部目指してるって言ってたな。海奈は美容師で、翔太は燕ちゃんと一緒に、これからも特部に残るって」


「そうなんだ……みんな、それぞれの道を進んでるんだね」


 そう言って少し寂しそうな顔をする柊を見たあと、聖夜は空を見上げた。蜂蜜色になった瞳に、青い空に浮かぶ雲が映り込む。


「もう、高次元生物はいないからな」


 そう呟くように言うと、聖夜は柊に笑顔を向けた。


「……転入してから、学校生活どんな感じ?」


 聖夜が尋ねると、柊は明るい笑顔でピースサインを作る。


「バッチリだよ!勉強も頑張ってるし、友達もできたし、部活も楽しい!」


「そっか。そういえば、何部だっけ?」


「天文部。星のこと覚えてね、今度、翔太君と天体観測するときにビックリさせるんだ」


「あはは!それ、翔太に聞かせたら喜びそうだな」


「あっ、まだ内緒だよ?夏休みに天体観測するときに、私がバラすんだからね」


 そう言って念を押す柊を見て、聖夜は優しく微笑む。


「分かったよ。内緒な」


 その、かつて過去の世界で一緒に流星群を見たときと変わらない笑顔を見て、柊の頭に特部でのことが蘇る。


 2人でなら大丈夫だと信じて特部に入隊し、仲間達と一緒に戦い、悩むことも傷つくこともあったが、それでも前に進み続けたあの日々。


 病気に体を蝕まれていたあの時も、聖夜が傍にいてくれたから最後まで戦うことができた。


 柊にとって聖夜は、間違いなく、かけがえのない存在だった。


 大好きで、大切な、たった一人の兄弟。


 柊は、アビリティが使えなくなった自分は、特部に残って平和を守る聖夜の隣には、もう並ぶことができないと思っていた。そう思っていたから、手術の前はずっと落ち込んでいた。


 でも……今は違う。


「あのね、聖夜」


 柊は聖夜の方を真っ直ぐに見つめて口を開いた。


「私、学校の先生になりたくて、天高に転入したんだ」


「先生?」


 不思議そうな顔をする聖夜に、柊はしっかりと頷く。


「特部で学んだこと……人を思いやる気持ちや、自分の力で未来を切り拓いていく勇気を、未来を生きる子ども達に教えたいの」


 柊の言葉に、聖夜は目を丸くする。


「いつか、遠い未来まで……平和な時代が続くように、子ども達を教え導きたい。聖夜が守りたい未来を、私も守りたいんだ」


 柊はそこまで言うと、明るく笑う。


「進む道は違うけど、私、これからもずっと聖夜の隣で頑張るから!」


 柊の言葉を聞き、聖夜はどこまでも続く青空のように、爽やかな笑顔を浮かべた。


「うん。俺も特部として、柊の隣で頑張るよ!」


──誰かのために、頑張れる人になりなさい。


 かつて母から受け取った言葉を胸に、2人は遠い未来まで繋がっているであろう青い空を見つめた。

ここまで読んで下さりありがとうございました。後日談も合わせて、ここまでで完結です。


「誰かを大切に想うことで、人は強くも弱くもなるのだということ」

「力は誰かを傷つけることも誰かを守ることもできるのだということ」

「今を変えれば未来は変えられるのだということ」


これらのメッセージが少しでも読者の皆様にも伝わっていたら嬉しいです。


小説になろうでは初投稿でしたが、完結まで更新できたのは読者の皆様がいたからです。本当にありがとうございました。


月島

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