50 再会(後日談⑥)
天ヶ原町立病院5階の個室のドアを、花を持った翔太がノックする。しかし、中から返答はない。
(まだ、目が覚めてないのか)
翔太は少し表情を曇らせながら、静かに病院のドアを開ける。すると、病室の中には点滴を打たれながら眠る柊がいた。
少し開いたカーテンの間からは、雪がちらついているのが見える。もう冬だ。
「柊」
翔太は何となく呼びかけてみるが、やはり返答は無い。
「……今、花を替えるからな」
そう言うと、翔太は口を閉じて花瓶の花を取り替える。
ふと、棚に置かれた卓上カレンダーを見ると、もう12月だというのに、まだ11月のままだった。
翔太はカレンダーをめくろうとして、手を止める。
翔太が、柊の手術が成功したと聞かされたのは11月の半ばだ。しかし、あれからもう1ヶ月、柊は目を覚まさない。
医師によると、いつ目を覚ましてもおかしくない状態が、ずっと続いているようだった。
柊が目を覚まさない間も、翔太は任務の合間を縫って毎日病室に足を運び、彼女の顔を見に来ている。
そうせずにはいられない自分の想いの強さに、翔太は苦笑いした。
(我ながら、拗らせている気がする)
花を取り替えた翔太は、柊の傍の椅子に座り、彼女のことを見つめる。
「柊、いつになったら起きるんだ?」
何となくそう口にしてみたら、胸がズキリと痛くなった。
──もう、起きなかったら。
そんな不安が頭をよぎる。
「ごめん、好きで寝てるんじゃないよな」
その不安を誤魔化そうと、咄嗟に謝ってみた。
しかし、その言葉も、柊に届いているのか分からない。
「……話したいことがあるんだ」
翔太は小さな声で呟く。
「でも、柊が起きてるときじゃないと意味が無いんだ。……直接、話したいから」
そこまで言うと、翔太は席を立つ。
「俺、ずっと待ってるから」
震える声でそう言い残して、翔太は病室のドアに手を掛ける。
すると、その時。
「しょうた、くん……?」
眠たげな声がして、翔太は目を見開いた。
ゆっくりと振り返ると、柊が目を開けて、たしかにこちらを見ていた。
「柊……?」
声が震える。
翔太に名前を呼ばれて、柊は、まだ眠そうな顔で優しく微笑んだ。
「なぁに……?」
1ヶ月ぶりに返ってきた声を聞いて、翔太はすぐに彼女の枕元に走り寄った。
「っ……柊!」
翔太は椅子にも座らず、床に膝をついて食いつくように柊を見つめる。その瞳は潤み、今にも涙が零れ落ちそうだった。
そんな彼を見ても、まだ起き抜けで頭が働かないのか、柊はぼんやりと様子で尋ねる。
「どうしたの……?そんなに泣きそうな顔して」
「1ヶ月だ……!1ヶ月、目を覚まさなかったんだぞ!」
翔太の頬に涙が伝った。
「その間、すごく心配で……もう、柊と会えないんじゃないかって、怖くて堪らなくて……!」
そういってハラハラと涙を流す翔太の頬に、柊は微笑みながら右手を伸ばした。
「大丈夫だよ。私はここにいるから」
その右手を翔太はしっかりと掴み、震える声で彼女に告げる。
「俺、もう……柊がいない未来なんて考えられないんだ」
「え……?」
「突然こんなこと言っても、困らせるのは分かってる。でも……柊と出会ってから、何度も、柊の明るさに救われて、柊の強さに助けられて……柊の笑顔を見ると嬉しくて、柊が傷つくのは、本当に、本当に嫌で……何でこんな気持ちになるのか考えたら、答えは1つしか無かったんだ」
翔太は潤んだ瞳で柊を見つめると、呼吸を必死に整えながら、彼女に告げた。
「好きだ」
翔太の言葉を聞き、柊は目を丸くする。
「翔太君……」
その瞳から、涙が一筋伝った。
「……私も」
涙で頬を濡らしながら、柊は優しく笑う。
「翔太君が、好きだよ」
その笑顔に、翔太は涙が止まらないまま、必死に作った笑顔で応える。
不意に病室のドアが開き、振り返ると目を丸くした聖夜が立っていた。
「えっ、嘘だろ!?柊、起きたのか!?」
「うん。おはよう、聖夜」
その聞き慣れた声を聞き、聖夜の顔がみるみるうちに明るくなっていく。
「良かったー!あ、父さんにも連絡しないと!翔太、もう少し柊のこと頼んだ!」
「お、おい……!」
翔太が戸惑っていると、聖夜は病室から出て行ってしまった。
ロビーの方から微かに「父さん!柊、目を覚ましたよ!」と嬉しそうな声が聞こえる。
「みんな、心配してくれてたんだね」
柊は少し嬉しそうな声で言う。それを聞いて、翔太は頷く。
「ああ、みんな柊に会いたがってたんだ。この前は海奈と花琳さんも見舞いに来てた。その前は白雪さんと深也も……」
「ふふっ、そうなんだ。じゃあ、早く元気にならなきゃね!」
柊はそう言うと、横になったままガッツポーズをして笑ってみせた。
その、大好きな明るい笑顔を見て、翔太は愛おしそうに微笑んだ。