49 遠くにいる君へ(後日談⑤)
あの祝賀会から5ヶ月。もう12月も半ばになった。天ヶ原町にも雪が積もり、住宅街を歩く聖夜の足跡を残していく。
聖夜は郊外の住宅街を奥に進んだところにある霊園の前まで来ると、入口で立っている白髪の女性に声を掛けた。
「千代美さん、お久しぶりです」
女性は聖夜の声に気がつくと、表情を明るくする。
「ああ、聖夜君。久しぶりだね」
「お待たせしてすみません」
「いいよ。ほら、行こうか」
聖夜は千代美に連れられて、墓が立ち並ぶ砂利道を歩く。
「聖夜君、元気だったかい?」
「はい!俺は元気です」
「そうかい。柊さんは?」
千代美に尋ねられて、聖夜は一瞬口を閉ざしたが、すぐに笑顔を作った。
「先月、柊のHASの手術が成功したんです。でも、まだ目を覚ましてなくて……」
笑顔とは裏腹に、元気の無い声色で話す聖夜を見て、千代美は心配そうに彼の顔を覗き込んだ。
「……大丈夫なのかい?」
「大丈夫って言いたいところなんですけど、本当は、結構不安なんです。……でも」
聖夜の脳裏に、かつての翔太の言葉が蘇る。
──聖夜、お前は柊の兄貴だろ?お前が信じてやらなくてどうするんだ!
「昔、柊が倒れたときに、柊のことを信じてやれって叱ってくれた親友がいたんです。お前は1人じゃない。俺達も柊のこと信じてる。だから1人で勝手に諦めるなって言ってくれた」
聖夜はそこまで言うと、千代美に向かって笑顔を見せた。
「今もきっと、みんなが柊のことを信じてくれてる。だから俺も信じてるんです。柊はちゃんと目を覚ましてくれるって」
その言葉を聞いて、千代美は優しく微笑んだ。
「そうかい。早く目を覚ますといいね」
「はい!」
そう話をしながら歩いていた2人は、霊園の奥にある、とある墓の前で立ち止まった。
その墓には、「明星家」と文字が掘られている。
「……旭、聖夜君が会いに来てくれたよ」
千代美はそう言うと、鞄から線香を取り出して火を付けた。
その香りを嗅ぎながら、聖夜は墓を見つめる。
「……あれから、もう半年だな」
そう呟いて、聖夜は自分に命をくれたときの、旭の笑顔を脳裏に浮かべた。
(……あの時は、ただ自分が不甲斐なくて、俺のせいで君が死んだんだって思って、悲しくて……君の笑顔を思い出すのすら、辛かったな)
「聖夜君」
ぼんやりと過去を思い返していた聖夜に向かって、千代美が線香を手渡す。
「ありがとうございます」
それを受け取って、聖夜は墓に線香を供えた。
隣で手を合わせる千代美に倣って、聖夜も手を合わせて目を閉じる。
──旭。
旭が俺を助けてくれたあの日から、世界は凄いスピードで変わったんだ。
高次元生物はいなくなったし、ノエル達も未来に帰っていった。特部のみんなも、それぞれの将来を考える余裕ができてさ、みんな前よりも楽しそうだ。
柊の病気も、この前手術が成功したんだ。今はまだ眠ってるけど、いつかきっと目を覚ますって信じてる。
まだ世の中にはアビリティを使った犯罪が存在してるけど、少しずつ、俺の守りたい未来を守ろうとしてくれてる人達も増えてきたんだ。
俺、これからも頑張るよ。
旭がくれた命を、精いっぱい生きて……いつか、未来を変えてみせるから。
だから、見守ってて。
心の中でそう話しかけた後、目を開けると、雪雲の合間から、柔らかい日の光が差し込んでいるのが見えた。
(……そうだよな。改めて言わなくても、旭はずっと見守っててくれてるよな)
聖夜は雲間から差し込む光を見つめながら、優しく目を細めた。
「ありがとな、旭」
そう呟いて、聖夜は千代美の方を見て明るい笑顔見せた。
「今日は誘ってくれてありがとうございました。……俺、そろそろ柊の所に行きます」
「ああ、そうだね。それがいいよ」
「はい。……また、ここに来ます。それじゃあ」
聖夜は会釈すると、病院を目指して霊園を出ていった。その、初めて出会った時より少し大きくなった後ろ姿を見つめて、千代美は小さく微笑む。
「……旭。あなたが大好きだった人は、こんなに頼もしくなったよ」
千代美はそう言うと、柔らかい光が差し込む空を、ゆっくりと見上げた。