48 祝賀会②(後日談④)
花琳達が片付けをする中、白雪は廊下に出て通話ボタンを押した。
「もしもし、父さん?」
『ああ、白雪。久しぶりだな』
スマホから、穏やかな声が聞こえる。しかし、その声はどことなく疲れていた。
「うん。久しぶり」
白雪は笑顔を作ってそう答えると、本題を尋ねる。
「急にどうしたの?海外赴任してから今まで、全然連絡してこなかったのに」
すると、父の声が途切れた。
「……父さん?」
『ごめん、白雪』
「え……?」
『春花が死んでから、僕はずっと、天ヶ原町から逃げていた。海外への赴任も、僕が望んでしたことだった。……白雪、君がいたというのに』
潤んだ声が耳に届いて、白雪の目が見開かれた。
『一番傍にいてやらないといけない時に、僕は逃げてしまった。春花を亡くした痛みを、君と分かち合うべきだったのに……本当に、すまなかった』
「父さん……」
白雪は僅かに唇を噛みしめる。目の奥の熱いものを必死に堪えながら、白雪は努めて明るい声を出した。
「僕なら大丈夫だよ。父さんは知らないかもしれないけど、僕の周りには、沢山の人がいて……みんな、僕のことを支えてくれてる。だから、大丈夫……」
言葉尻が震えると同時に、白雪の頬を涙が伝った。
「姉さんは……姉さんはもう、いないけど……その現実を、受け入れて……やっと前に進めたんだ。仲間のお陰で……」
白雪は手袋を嵌めた左手で涙を拭いながら、精いっぱいの笑顔を作った。
「だから、大丈夫だよ」
『……そっか。会わないうちに、逞しくなったんだね』
父のすすり泣く声に、白雪は頷きながら口を開く。
「ねぇ、次はいつ会えるかな?」
『ああ……実は、そのことを話したくて電話したんだ。父さんと母さん、来月には帰国するんだ。というのも、得意先が交流パーティーをすると言っていてね……それで、白雪。君に相談があるんだ』
「なに?」
『その得意先の会社のお嬢さんが、君に会いたいと言っていてね。もし良かったら、参加してくれないか?』
父の言葉を聞いて、白雪は顔を強張らせながら尋ねる。
「……それ、縁談ってこと?」
そして、その言葉を、片付けを終えて白雪を呼びに来た花琳は、偶然聞いてしまった。
(縁談……!?)
花琳は慌てて曲がり角の影に隠れる。
『ああ、まあ……恐らく、そうだろうな』
父の歯切れの悪い言葉を聞き、白雪は迷わずに口を開いた。
「申し訳ないけど、その話、僕は受けられない」
以前の、優しい姉の真似をしていた頃の白雪からは想像もできない、厳しい声だった。
「好きな人がいるんだ」
白雪の言葉が聞こえ、花琳は息を飲んだ。
「その会社のお嬢様との縁談が、北原グループの利益になるのは分かってる。それに、それを断ることで、父さんに迷惑を掛けてしまうのも、分かってる……でも、もう自分の気持ちに嘘は吐きたくないんだ」
そこまで言うと、白雪は小さな声で呟く。
「ごめん」
電話越しにしばらく沈黙が伝わってきたあと……ふふっ、と嬉しそうな笑い声が聞こえた。
『白雪から我が儘を言われたのは、何年ぶりかな?』
父はそう嬉しそうな声で言った後、電話の始めと同じように、穏やかな口調で答える。
『分かった。僕から断っておくよ』
「……ありがとう」
『ああ。……帰国したら、その子に会わせてくれないか?僕も、白雪の好きな人と会ってみたい』
父の言葉に、白雪は微笑む。
「うん、勿論。優しくて努力家な彼女のこと、僕もずっと紹介したいと思ってた」
『ふふっ、そうか。楽しみにしているよ。それじゃあ、また来月に』
「うん」
電話が切れ、白雪は少し息を吐くと、廊下を歩き出す。
すると、曲がり角で花琳とばったり鉢合わせた。
「わっ、花琳!」
「あっ、あの……!ごめんね!盗み聞きするつもりはなかったの!みんなで花火をするから、白雪君を呼びに来ただけで……」
花琳は早口でそう言うと、顔を赤くして俯く。
それを見て、彼女に悪戯っぽく微笑む。
「もしかして、縁談のこと、全部聞いちゃった?」
「う、うん……」
「そう」
白雪はそう言うと、彼女の横髪をかき上げ、その柔らかい頬に口付けを落とした。
「っ……!?」
頬を押さえて顔を赤らめる花琳を見て、白雪は無邪気な笑顔を見せる。
「心配しなくても、僕は花琳しか想ってないよ」
「あ……」
赤い顔で口を開いたまま動けなくなっている花琳にニコリと笑って、白雪は彼女の手を引く。
「花火、するんだよね?ほら、一緒に行こう」
「う、うん……」
花琳は白雪の手をしっかりと握り廊下を歩き出した。
(……白雪君、やっぱり王子様みたい。……でも、私だって白雪君のことが大好きなんだから、もっと気持ちを伝えないと……!)
花琳は立ち止まり、白雪の方を見た。
「白雪君!」
「ん?」
花琳は不思議そうな顔をする白雪の体に自分の体を寄せると、少し背伸びして彼の頬にキスをした。
花琳は白雪から体を離すと、恥ずかしさに潤んだ瞳で白雪を見つめる。
「……わ、私もっ!白雪君しか見てないから!」
そう一生懸命に伝える花琳に、白雪はしばらく呆然としていたが、やがて頬を染めて微笑んだ。
「知ってるよ」
その笑顔を見て、花琳は頬を赤らめた。
(白雪君、かっこよすぎる……ずるい……!)
「次は唇でもいいよ?」
「へっ!?……そっ、それは、もうちょっと気持ちの準備ができてから……!」
「ふふっ、そっか。楽しみにしてるね」
白雪は幸せそうに微笑みながら、花琳の手を握って歩いた。
その笑顔は、姉の春花にも昔の白雪自身にも似ていない、どこか大人びた柔らかい笑顔だった。
* * *
全員が庭への移動を終えたのを確認して、真崎が花火の袋を持って元気な声を出す。
「では、花火大会の始まりです!」
その声に嬉しそうな顔で拍手して、隊員達が花火を手に取る。
千秋が地面に置いた太いろうそくにマッチで火を付け、それぞれがその火を花火に移した。
パチパチという音と共に、鮮やかな火花が散る。それに目を輝かせながら、隊員達は笑顔を覗かせた。
隊員達の輪から少し離れた所で、琴森や清野と共に花火をしていた燕は、オレンジ色の花火に照らされた聖夜の笑顔を見て、顔を赤らめながら目を伏せる。
その様子を見ていた清野は、微笑みながら彼女を覗き込んだ。
「燕さんも、あちらに行ってきてはどうかな?」
「え……?」
「隊員じゃないからって、遠慮する必要はないんだよ。せっかく戦いが終わって落ち着いたんだから、気兼ねせずにゆっくり話しておいで」
「清野さん……でも……」
まだ少し迷っている様子の燕を見て、傍らにいた琴森が助け船を出す。
「燕さん、あの調子だと、聖夜君達の花火、もうすぐ無くなっちゃいそうだから、私達の花火を分けてあげてくれる?」
「ああ、それは良い考えだ。私と琴森だけだと、あまり減らないからね。燕さん、お願いするよ」
「あ……は、はい!」
燕は清野と琴森の頼みにしっかりと頷き、袋の中の花火を数本持って聖夜達の元へ走っていった。
その後ろ姿を見て、清野と琴森は優しく微笑んだ。
* * *
「あ、あの、皆さん!」
燕は隊員達の元へ駆け寄ると、持ってきた花火を花火の袋の上に置く。
「これ、琴森さんと清野さんから……皆さんの花火が無くなっちゃいそうだから、お裾分けだそうです」
燕の言葉に、翔太は優しく微笑む。
「そうか。ありがとう、燕」
他の隊員達も口々に礼を言う。それを聞いて燕は照れ笑いすると、翔太の隣で花火をしていた聖夜の方を見た。
目と目が合い、聖夜は明るい笑顔で燕を手招きした。
「燕ちゃんも、こっちで一緒に花火しようよ」
想い人誘われて、燕は頬を赤くして頷く。
「は、はい……!」
燕は花火を手に取って、聖夜の隣で火を灯した。
花火に照らされる燕のはにかみ顔を見て、翔太は聖夜の肩を叩いた。
「ちょっとトイレ行ってくる。燕のこと頼んだ」
「あ、うん。分かった」
聖夜は翔太の後ろ姿をしばらく見た後、新しい花火を手に取って火を灯す。
2人の足元で、パチパチと、オレンジ色の火花が鞠のように丸く弾け始めた。
「こうやって話すの、なんか久しぶりだな」
「……そうですね。私が退院した後、一気に慌ただしくなっちゃいましたもんね」
「そうだったな。……燕ちゃん、中央支部での生活には慣れた?」
「……はい。お兄ちゃんも一緒だし、職員の皆さんもみんな親切で……私、何もできてないのに、すごくいい生活してるなって、少し後ろめたいぐらいです」
燕はそう苦笑いして、口を閉ざす。それを見た聖夜は、優しい笑顔を燕に向けた。
「……みんなさ、燕ちゃんが元気でいてくれるだけで嬉しいと思うよ。だから、あんまり自分を責めなくていいと思う」
「聖夜さん……」
聖夜の裏表の無い優しさを見て、燕は気恥ずかしくなって俯くと、ゆっくりと首を横に振った。
「聖夜さんなら、そう言ってくれるんだろうなって思ってました。でも、私はそれじゃ嫌なんです。……変わりたいんです」
燕はそう言って、聖夜の方を真っ直ぐに見つめた。
「私、特部のエンジニアを目指そうと思ってるんです」
燕の言葉に、聖夜は不思議そうに首を傾げる。
「エンジニア?」
「はい。特部の通信機器とか、システム面のサポートをできるようになって、特部の皆さんの役に立ちたいんです。そのための勉強は、もう始めてます」
「へぇ、すごいな。他のみんなは知ってるのか?」
聖夜に笑顔で尋ねられ、燕は首を横に振った。
「勉強を教えてくれてる職員さんの他には誰にも言ってません。……聖夜さんが、初めてです」
燕は、聖夜の左右で色が違う目を真っ直ぐに射貫いて、口を開いた。
「私、変わります。勉強して、特部のために働けるようになって……いつか、あなたに胸を張れるような人になります。だから……」
緊張して声が震える。燕は心臓がドキドキと音を立てるのを感じながら、一生懸命に告げた。
「私のこと、傍で見ていてくれませんか?」
燕の赤い顔が聖夜の目に映った瞬間、2人の花火が燃え尽きた。
遠くで光る仲間たちの花火の灯りが、2人を柔らかく照らす。
「燕ちゃん」
聖夜は優しい笑顔を燕に向けた。
「ちゃんと見てるよ。約束する」
その笑顔を見て、燕は頬を染めながら笑った。
「はい……!」
「皆さん!打ち上げ花火の準備、できました!」
遠くから真崎の声が聞こえる。
「総隊長、点火しちゃって下さい!」
「ああ、任せてくれ」
千秋が花火に火を付け、そこから少し距離を置く。
すると、しばらくしてから火花が夜空に上がり、鮮やかに弾けた。
「おー!綺麗だな!」
そう言って楽しそうに笑う聖夜の横顔を見て、燕は嬉しそうに微笑む。
(今はまだ、言えないけど……いつか、自信を持って聖夜さんの隣に立てるようになったら伝えるんだ。……あなたが好きだって)
夜空に鮮やかに花開く花火が、それぞれの明るい未来を願う中央支部の仲間達のことを、優しく照らした。