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47 祝賀会①(後日談③)

 隊員と職員に加え、宵月明日人や夏実、眞冬など特部にゆかりのある人々も共同キッチンに集まった。


 千秋は全体を見渡し、穏やかな顔で尋ねる。


「全員揃ったな?」


 千秋の声に、手前にいた隊員達が頷く。


「よろしい。では始めよう」


 千秋は微笑むと、その場にいた1人1人と目を合わせながら、口を開く。


「この数十年間、私達は、ずっと高次元生物と戦ってきた。いつか、彼らに打ち勝てる日が来ると信じて。……その日が、遂に訪れた」


 千秋は前を向きながら、右手薬指の桜の指輪をなぞる。


「総隊長である僕だけじゃない。ここにいる隊員と、職員と……今まで特部として戦ってきてくれた人達全員がいたから、敵に打ち勝てたんだ。……みんな、本当にありがとう」


 千秋はそう言うと、穏やかに微笑んで手元にあるオレンジジュースの入ったグラスを手に取る。


「今日は、この平和を祝って、楽しもう。では、乾杯」


 乾杯ー!と声とグラスの音が響きわたる。部屋の中が、仲間達の談笑する声で賑やかになった。


 千秋が楽しそうにしている隊員達を見て微笑んでいると、右端のテーブルにいた琴森と清野と真崎が、コップを持って千秋の元にやってきた。


「総隊長、お疲れ様です!」


 真崎が元気に挨拶すると、千秋は優しく微笑む。


「ああ。真崎、祝賀会を提案してくれてありがとう。みんな楽しそうだ」


「いえいえ!私もずっと皆さんのために何かできたらいいなと思ってたので、良かったです!」


 真崎の笑顔を見て、千秋はニコリと笑って彼女に尋ねる。


「君がここに来てからもう4ヶ月だが、中央支部はどうだ?……いつか君が言っていた、目標は達成できたのか?」


 千秋の言葉を聞いて、清野は不思議そうな顔をして真崎の方を見た。


「目標とは?」


 清野に尋ねられた真崎は、少し目を閉じて、真剣な顔で清野を見る。


「私の目標……それは、元特部だった弟の気持ちを理解することでした。弟が見ていた世界を知ることが出来たら、怪我をして塞ぎ込んでる弟に寄り添うことが出来ると思ったんです」


 真崎はそこまで言うと、千秋を真剣な顔で見つめた。


「この4ヶ月で、私も理解することができました。弟は……ここにいる人達は、みんな誰かのために命を懸けていたんだって。誰かの命を救うこと、誰かの命を守ること、それが、特部のやりがいであり、目標であり、存在する意味なのだと分かりました」


 真崎はそう言うと、楽しそうに談笑している聖夜達のことを見た。


「あの子達のように、私の弟も、誰かの笑顔を守っていたんですよね。そう思ったら……それが出来なくなった弟の悲しみも理解できたし、何より、ずっと戦っていた弟のことが誇らしく思えました」


 真崎は再度千秋の方を向き、力強く告げる。


「だから私も、弟が誇れる姉になれるように、これからもこの場所で平和を守っていきたいと思います!」


 真崎の答えに、3人は優しく微笑む。


「……そうか。これからも、よろしく頼むぞ」


「はい!」


 しっかりと頷いた真崎の隣で、琴森も頷く。


「私も、支部長として……これからも総隊長に着いていきます。あなたが前に進む限り、私もそれを支えますから」


「ああ。琴森、これからも頼んだ」


「任せて下さい、総隊長」


 琴森が微笑むと、清野も笑いながら口を開く。


「では、私もまだまだ頑張らなくては。医務室のことは、私にお任せあれ」


「ああ。清野、君のことも信頼している」


 千秋が頷くと、不意に眞冬が千秋の肩を抱いてきた。


「ちーあき!」


「眞冬……?」


「あっちで明日人さんが呼んでるぞ。お前の話が聞きたいって」


「ああ、分かった。そっちに行くよ。……じゃあ3人とも、引き続き楽しんでくれ」


 千秋はそう言うと、眞冬に連れられて奥のテーブルに歩いて行った。


 それを見送った真崎は、琴森にこそりと尋ねる。


「連れて行かれちゃいましたけど、良かったんですか?」


「え?」


「琴森さんって、総隊長のこと……」


 真崎の言葉を聞き、琴森は吹き出す。


「ふふっ!……違うわよ。私と総隊長の関係は、部下と上司の信頼関係だから」


「えー!そうなんですか?」


「そうそう。たまに誤解されるけど、恋愛感情はお互いに無いから。総隊長が困っちゃうし、あんまりそういうことは言わないでね」


 琴森が諭すと、真崎はつまらなそうに唇を尖らせた。


 それを見て、清野はニヤリと笑う。


「真崎さん。琴森はね、昔から仕事が出来すぎて、男の人が寄ってこないんだよ。私もそれが心配だから、いつか琴森をプロデュースしてモテモテにしたいと画策している。……協力してくれないかな?」


 清野の言葉を聞いて、真崎の目がキラリと輝いた。


「それ、面白そうですね!!私もやりたいです!!」


「ちょっと清野さん、まだ諦めてなかったの?」


「諦める訳ないだろう?もう10年の付き合いだ。君の良いところは沢山知っている。それを広めたいんだよ」


 清野の言葉を聞き、真崎は興味津々と言った顔で清野に尋ねた。


「清野さんと琴森さんって、そんなに長い付き合いだったんですか!?」


「ああ、そうだよ」


「お2人の話、聞かせて下さい!」


 真崎の言葉を聞き、清野と琴森は顔を見合わせて笑った。


「いいよ。では青くて荒削りだった頃の琴森のエピソードから話してあげよう」


「あら、緊張しいで挙動不審だった昔の清野さんのエピソードが先じゃない?」


 2人のやり取りを聞きながら、真崎は楽しそうに笑った。


* * *


 眞冬と共にやってきた千秋を見つけて、明日人は嬉しそうに微笑む。


「千秋……」


「明日人さん、お疲れ様です」


「ああ。ほら、座ってくれ。ゆっくり話を聞きたい」


「はい」


 千秋は明日人に促されるままに明日人の隣の椅子に座る。向かい側では、夏実と眞冬が並んで座り、テーブルに置かれたクッキーを食べつつ談笑していた。


 明日人は隣に座った千秋に微笑むと、優しく尋ねる。


「特部の総隊長になっていたなんて驚いたよ。てっきり隊員として活動しているものと思っていたが、どういう経緯だったんだ?」


「ああ……7年前、春花を亡くしてから1年経った頃に先代から託されたんです。特部に新しい風を吹かせるために、仲間の大切さを知っている僕に代わって欲しいと。勿論始めは戸惑いましたけど……僕が総隊長になったら、春花もきっと喜んでくれると思って、総隊長になりました」


「そう、だったのか……」


 明日人は歯切れ悪くそう言うと、悲しそうな目で千秋を見る。


「……千秋。すまなかった」


「え……?」


「旭に託した手帳にも書いたが、私は亡くなった妻が生きていられる未来にできると唆されて、未来人に協力し……タイムマシンで過去に渡り、高次元生物を生み出す施設の整備に協力してしまった。私がタイムマシンを動かさなければ、高次元生物が生み出されることも、春花が死ぬことも無かったはずだ」


 そう言うと、明日人は俯く。そんな明日人を見て、千秋は少し考え込み、口を開いた。


「そうとは言い切れません。未来人達の意思は、僕達が思っているより、ずっと強かった。だから、明日人さんが協力を断っていたとしても、別の手段に出るか、あなたを無理やり拉致していた可能性もある。だから……明日人さんだけが悪かった訳じゃない」


「しかし、私が加担したことによって、春花が……君の大好きな人が死んでしまったのも事実だ。本当に……本当に、すまなかった」


 そう声を震わせる明日人を見て、千秋は悲しそうに顔を歪めたが……やがて、ゆっくりと首を横に振った。


「僕は……そんな風に思って欲しくないです」


「え……?」


「僕も、ずっと自分を責めてました。僕を庇って春花が死んだ。僕のせいだって。……でも、春花は……僕のこと、ずっと守ってくれてた」


 千秋はそう言うと、切ない笑顔で桜の指輪をなぞった。


「未来人との戦いの時、僕達が敵の炎に殺されかけた瞬間……春花の『桜』が、僕達を守ってくれたんです」


 千秋の言葉に、明日人は目を丸くする。


「明日人さん、僕は……春花は誰も恨んでないと……僕達の幸せを、願ってくれていると思います。僕達が悲しんで俯いているよりも、笑顔でいる方が、春花はきっと喜んでくれる」


 千秋はそう言うと、目を潤ませながら明日人に微笑んだ。


「だから、笑顔でいましょう」


「千秋……」


 明日人の目から、涙が零れ落ちる。


「そう、だな……せっかく生きているんだ。幸せでいなくては」


 明日人は涙を拭い、精いっぱいの笑顔を見せた。


 それを見ていた眞冬と夏実も、優しく微笑む。


「てかさー、明日人さんが未来人に捕まってたってことは、俺が朝丘病院の調査を成功させてたら、会えてたってことだよな?」


 眞冬の言葉に、千秋は笑う。


「うん、そうなるね」


「じゃあ、俺の目標達成まで本当にあと少しだったんじゃねぇか!悔しすぎるっての」


 苦笑いする眞冬を見て、明日人は不思議そうに尋ねる。


「眞冬の目標?詳しく聞きたいな」


「あー、俺の目標はさ……探偵になって、明日人さんを見つけ出すことだったんだ」


 眞冬はそう言うと、照れ笑いする。


「また、こうやってみんなで集まりたかったんだよ。昔みたいにさ」


「そうだったのか……」


 眞冬の言葉を聞き、明日人の頬が少し緩む。それを見た夏実は、ニコリと笑いながら口を開いた。


「眞冬、そのために特部を辞めたんですよ。探偵になって開業して、駆け出しの頃はうちの花屋でバイトもしてました」


「あっ、バイトのこと言うなよ!かっこつかねぇじゃん!」


「別にいいじゃない。イケメン店員がいるって奥様方に大人気だったし、売り上げも上がって助かってたんだよ」


 そう言って悪戯っぽく微笑む夏実を見て、眞冬は頬を染めながら唇を尖らせる。


「奥さん方に人気でも別に嬉しくねぇし」


「こら、そんなこと言わないの」


「だってさー、ほら、本当に見てほしい人に好きになって貰いたいっつーか……」


 眞冬の言葉を聞き、夏実は不思議そうに首を傾げる。眞冬が何を言いたいか分からないと言った様子だ。


「もっと若い人の人気者になりたかったの?」


「いや、まぁ……うーん、近いような遠いような……」


 ハッキリしない眞冬を見て、夏実はじとっとした目を向けた。


「……ふーん、やっぱり若い女の子達がいいってこと?」


「はぁ!?い、いやいやいや!変な誤解すんなって!!」


 慌てて手をブンブンと振る眞冬を見て、千秋は明日人にこそりと告げる。


「……眞冬、まだ告白できてないんです」


「そうなのか?仲良さそうに見えるが……」


「実は、夏実も距離が近いのに慣れてしまっていて……恋愛感覚が麻痺してるっていうか……」


「ああ……なんというか、2人らしいな。気長に見守ってあげようじゃないか」


「ふふっ、そうですね」


 千秋と明日人が顔を見合わせて笑うのを見て、眞冬が不服そうに尋ねる。


「おい、何の話してんだよ」


 眞冬の赤い顔を見て、千秋はクスリと笑った。


「ああ……内緒」


「あ?俺に隠し事なんてできねぇんだぞ?『読んで』やろうか?」


「どうぞ、ご自由に」


「……たく」


 眞冬はまだ赤い顔で溜息を吐くと、頭をかいて千秋から目を逸らした。


「今回は勘弁してやるよ。……大体予想つくし」


「ふふっ、そっか」


 千秋は楽しそうに微笑むと、夏実の方を見て尋ねた。


「夏実。聖夜と柊のこと、明日人さんに話してあげた?」


「ううん。……そうだ。会えたら話したいと思ってたんだ」


 夏実は明日人の方を見ると、優しく微笑んで口を開く。


「聖夜と柊、明日人さんがいなくなってから、うちで引き取って面倒見てたんです。2人とも、素直で優しい子で……私が泣いてたときも、寂しくないよって励ましてくれました」


 夏実はそこまで言うと、仲間達と楽しそうにしている聖夜と柊の方を見た。


「2人とも、本当に不思議。どんなに悲しくても……2人といると笑顔になれる。きっと、特部でもそうだったんだよね、千秋」


 夏実に尋ねられ、千秋は頷いた。


「うん。聖夜と柊が、中央支部のみんなをまとめてくれたんだ。色んな過去を抱えて、自分らしさを抑え込んでたみんなの心を、2人が溶かしてくれた。……2人のお陰で、特部は良い方向に変わったと思う」


 千秋と夏実の言葉を聞いて、明日人は嬉しそうに目を細めながら、双子を見た。


「……そうか。見ないうちに、立派になったんだな」


 その嬉しそうな父親の顔を見て、夏実は微笑む。


「全部終わったんだし、これからは聖夜と柊との時間も大切にしてあげて下さいね」


「……ああ。傍にいて上げられなかった分も、これからは2人を見守っていきたいな」


 明日人はそう言うと、心の中で亡き妻に語りかける。


(しおり。聖夜と柊は……君に似て、真っ直ぐに成長してくれたよ)


 そう言って目を閉じると、脳裏に、しおりの笑顔が蘇った。


 その笑顔に懐かしさを感じながら、明日人は幸せそうに聖夜と柊を見つめる。


 彼の結婚指輪が、優しくきらめいた。


* * *


 1つのテーブルを囲うように座った中央支部の隊員達は、テーブルに置かれた焼き菓子に手をつけながらワイワイと談笑していた。


「このフィナンシェ美味しいですね!」


 聖夜が言うと、白雪は嬉しそうに微笑む。


「この前、海外赴任してる父さんから送られてきたんだ。たしか、ヨーロッパ土産だったかな」


 それを聞いて、聖夜はギョッとする。


「えっ、それ凄く高いんじゃ……」


「ふふっ、大丈夫だよ。うち、これでも結構大きい護身用武器製造会社だから」


 白雪の言葉を聞き、他の年下メンバーは心の中で、さすが白雪さん……と声を揃えた。


 一方、隣に座った花琳は、少し表情を曇らせる。


(やっぱり白雪君って凄い人だな。私が釣り合ってるとは思えないわ……)


 そう物憂げにする花琳の様子に気づき、白雪が心配そうに彼女を覗き込んだ。


「花琳、どうかした?大丈夫?」


「あっ、うん!大丈夫よ!」


 花琳は慌てて首を横に振ると、誤魔化しがてら柊の方に話を振った。


「それより、柊ちゃん!病院の検査はどうだったの?」


「あっ!それ俺も気になってたんだよ。柊、どうだったんだ?」


 花琳の言葉に、海奈も乗っかる。他のメンバー達も、柊の方に注目した。


 柊は少し苦笑いして、口を開く。


「やっぱり私、急性高能力症候群で間違いないみたいで……手術が必要だって言われました。アビリティ細胞、取らないと駄目だって」


 柊はそう言うと、少し俯く。


「手術したら、アビリティが使えなくなっちゃうみたいなんです。……この力があったから、私はみんなに出会えたのに」


 柊の言葉に、全員が悲しそうな顔になる。柊の気持ちが痛いほど分かっていたから、誰も上手い励ましが出てこなかった。


 しかし、しばらく続いた沈黙を、海奈が破る。


「アビリティが使えなくなっても、柊は柊だよ。どんな柊でも、柊だからさ」


 海奈はそう言うと、優しく微笑んだ。


「海奈……」


「せっかく出会えたんだ。アビリティが使えなくなったからって、その事実は変わらないだろ。これからも仲間でいようぜ」


 その明るい笑顔を見て、柊は目を潤ませながら海奈に抱きついた。


「海奈ー!」


「うおっ!?どうしたんだよ、泣くなって!」


「うぅ……だってぇ……」


 涙目になりながら海奈にくっつく柊を見て、向かい側に座った翔太が微笑みながら青いハンカチを差し出す。


「ほら、涙拭けよ」


「うう~……翔太君もありがとう……」


 翔太は柊が涙を拭くのを見て、柔らかい表情のまま口を開いた。


「別れるための手術じゃない。また会うための手術だからな」


 翔太の言葉を聞き、柊は明るい笑顔を見せた。


「……うん、そうだね!」


 その笑顔を見て、翔太の胸にズキリと痛みが走る。


──もし、俺がもっと早く柊の病気に気づけていたら、柊の病気は手術が必要になるまで酷くならなかったんじゃないか?俺は、清野さんからも病気の可能性を伝えられていたのに……何も、できなかった。


 翔太は口をつぐんで、ただぼんやりと柊を見つめる。しかしその視界には、東日本支部での戦いの後、ベッドの上で気を失っている柊が映っていた。


──気持ちだけは強い癖に、俺は守ってやれなかったな。


 そんな罪悪感が、胸が痛むぐらい大きな想いと混ざって、息が詰まった。


「翔太君?」


 柊の不思議そうな声を聞いて、翔太は我に返る。


「あっ、何だ?」


「ハンカチ、ありがとう。洗って返そうか?」


「いや、大丈夫だ。自分で洗うから」


 そう言いながらハンカチを受け取り、翔太は小さく息を吐く。


(……今はまだ、言えそうにないな)


 そう思い僅かに俯いた翔太の背中を、隣にいた深也がポンポンと叩く。


「元気出しなよ」


「……ああ」


 小さく頷いた翔太を見て、深也は微笑みながら海奈と談笑する柊を見る。


「そろそろ告白してもいいんじゃない?」


 深也の言葉を聞いて、翔太は顔を真っ赤にして目を見開いた。


「なっ……!?い、いつから気付いてたんだ……」


「えっと……海奈が髪を切った任務から帰るときにさ、翔太君が柊ちゃんをおんぶしてあげてたでしょ。そのときかな……」


「その頃はまだ、俺自身も自覚してなかったんだぞ……」


 翔太はそう言いながらじっとりとした視線を深也に向ける。それを見て、深也はクスッと笑った。


「そうだったんだね。……僕、いつ揶揄おうかなって、思ってた……」


「……吹き飛ばされたいか?」


 翔太に鋭く睨まれ、深也は慌てて首を横に振った。


「い、嫌です……」


「なら、もう揶揄うな」


「いや、まだ揶揄ってないし……僕は背中を押したかっただけだよ……」


 そう言うと、深也は一呼吸置いて翔太にニコリと笑いかける。


「僕、正直嬉しかったよ。翔太君が誰かを好きになれたの……」


「は……?」


「だって、翔太君……僕と初めて会った時は、妹さんのことと任務のことでずっと気を張ってて……なんていうか、辛そうだった。でも、柊ちゃんが来てから、翔太君、すごく優しく笑うようになったでしょ。……だから、良かったなって」


 深也の言葉に、翔太は目を丸くした。


「翔太君、きっとすごく柊ちゃんのこと大事だと思うんだ。だから……いつか、その気持ちを伝えられたらいいなって、僕は思ってるよ」


「深也……」


 翔太は口を閉ざして、柊の方を見た。海奈や花琳と楽しそうに話していて、こちらに気付く様子は無かったが、その明るい笑顔を見ているうちに、胸の痛かったところに温かい熱が広がった。


「……いつか、言えるかな」


 翔太が呟くと、深也はそれに優しく微笑んで頷いた。


「言えるよ。翔太君なら」


「あ……ありがと、な」


 その言葉に少し頬を染めながら、翔太は深也にたどたどしく礼を言った。


 その時。


 不意にスマホの着信音が鳴り、白雪が立ち上がった。


「父さんからだ。ごめん、ちょっと電話してくるね」


 白雪はそう言うと、足早に共同キッチンを出ていってしまった。


 花琳は、その後ろ姿をぼんやりと眺める。


(白雪君……)


 すると、別のテーブルにいた真崎がやってきて、隊員達に明るく笑いながら尋ねてきた。


「あの!日も暮れてきましたし、花火しませんか?今日のために用意しておいたんです!」


 その言葉を聞いて、聖夜と柊は目を輝かせた。


「花火!」


「やります!」


 2人の良い返事を聞き、真崎は嬉しそうに頷く。


「では、片付けが終わったら庭の方に移動をお願いします!」


 年下の隊員達が返事をして、洋菓子のカラや空いたコップを片付け始める。花琳もそれを手伝いながらも、内心では白雪のことで頭がいっぱいだった。


(片付けが終わっても戻ってこなかったら、呼びに行った方がいいわよね……)


 そう思いながら、花琳は空いたコップを流しに持っていき、柔らかいスポンジで時間をかけて洗った。

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