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42 最終決戦

* * *


『町には無数の狼がいるわ。その根源……アビリティ発動者を叩くのが先決よ!』


『天ヶ原中学校上空にアビリティ反応確認!あの黒い城が本拠地だと思われます!』


「了解!」


 聖夜達は琴森と真崎の声に頷き、天ヶ原中学校を目指す。しかし、狼達がそれを阻むように聖夜達へ襲いかかる。


「『かまいたち』!」


 翔太が放つ風の刃が、狼達を切り裂いた。切り裂かれた狼達は砂のようにサラサラと消滅していく。


「……きりが無い」


 白雪が珍しく苦い顔をして呟いた。そうしている間にも、狼が間髪入れず飛びついてくる。


「くっ……『氷結』!」


 白雪が指を鳴らすと、狼が一瞬で氷付けになった。再び指を鳴らし、氷ごと狼をバラバラに砕く。


「……みんな、足を止めちゃ駄目だ。進みながら、攻撃してくる敵だけ対処するんだ!」


「分かりました!」


 白雪の指示に全員が頷き、足を止めずに走る。


(早くノエルを止めないと……)


 聖夜は、焦る気持ちをなんとか落ち着けようとしながら走っていた。商店街を抜け、住宅地へ差し掛かったその時。


「助けて!!」


 助けを呼ぶ少女の声が耳に入り、聖夜は思わず立ち止まった。


「どこだ……!?」


「怖いよ!助けて!!」


「路地裏か……!ごめん、ちょっと行ってくる!」


「聖夜!?」


 聖夜は仲間と別れて、路地裏へ駆け出した。すると、怯える少女と、狼から少女を庇うように立ち塞がる少年がいた。


「今助ける!『加速』!」


 聖夜は2人を抱えて狼から逃れると、表通りに出て2人を立たせた。


「大丈夫か?怪我とかしてないか?」


 聖夜が尋ねると、少女が泣きながら頷いた。


「私は平気……でも、ゆー君が……」

 

 少女の言葉を聞いて、聖夜は少年の方を見た。すると、腕に噛まれた痕があり、血が出ていることが分かる。


「……ちょっと待ってろ」


 聖夜は自分のマントを少し破り、少年の腕に巻き付けて止血した。


「……これでよし。でも、後でちゃんと手当てしてもらうんだぞ」


「……ありがとう。お兄さん」


 少年は涙を堪えて微笑んだ。しかし、その笑顔は一瞬で崩れる。


「お兄さん、後ろ!」


 少年の声で振り返ると、狼がこちらへ向かって飛びついていた。


「くっ……!」


 聖夜は咄嗟に2人を庇うように抱き締めた。攻撃を受けるのを覚悟して目を瞑った、その瞬間。


「聖夜!!」


 誰かが、聖夜と狼の間に割って入った。声に振り向くと、そこには司の姿があった。


「司!危ない……!」


 そう言うやいなや、司の腕に狼の牙がめり込む。


「司!!」


「聖夜、大丈夫……見てて」


 司はそう言って目を閉じた。すると、司の周りにオーラが溢れる。


「『カウンター』!!」


 司が叫んだ瞬間、エネルギーが放出され、狼が塵となり消えていった。


「すごい……」


「へへ……僕も聖夜に負けないくらい戦ってきたんだから!」


 司はそう言って得意気に笑うと、膝をついて少年と少女に目線を合わせた。


「君達、大丈夫?お名前言える?」


「……僕、牙崎優希」


「私、黄島閃里!」


「分かった……取り敢えず僕が警察で2人を保護するよ。家族が探してるかもしれない」


「いいのか……?」


「うん。聖夜は他に、やることがあるんだよね?」


「……ああ。俺、止めなきゃいけない人がいるんだ」


 聖夜はそう言うと、中学校の上空にある闇の城を見上げた。その様子を見て司は微笑み、握った拳を差し出した。


「聖夜なら大丈夫。頑張って!」


「司……うん!」


 聖夜も拳を握り、司とグータッチした。


「お互い頑張ろうな!」


 聖夜はそう言って、仲間が向かった中学校への道を駆け出した。


* * *


 何とか仲間に追いついた聖夜を、翔太は睨み付けた。


「突然抜け出して……どこ行ってたんだ!?」


「ごめん!困ってた子を助けてたんだ」


「そうか……だがな、みんな心配してたんだぞ?」


「うぅ……反省してます。ごめんなさい」


 聖夜が申し訳なさそうに謝罪したその時。


「っ……!みんな伏せて!『氷柱』!」


 白雪が突然立ち止まり、後方へ氷柱を放った。聖夜達はそれを躱し、後ろを振り返る。そこにはイグニ達4人の姿があった。


「『火炎』!」


 イグニの青い炎が、氷柱を溶かす。


「後ろから襲撃してやろうと思ってたのに……残念だ」


 ウォンリィがそう言い、メモ帳を開く。すると、メモ帳から光る球体が飛び出し、銃を形成する。ウォンリィはそれを手に取り、聖夜達に構えた。


「悪いけど、リーダーの所には行かせないよ。アリーシャ!」


「分かってる。『毒針』!」


 アリーシャから、無数の毒針が放たれる。


「させない!『氷壁』!」


 白雪が氷の壁を作り出し、毒針を食い止めた。


「はは!そんな壁、いつまで保つかな?『獄炎』!」


 イグニがそう言って炎を放ち、氷壁がみるみるうちに溶かされていく。


「くっ……」


「お前らなんか、俺達の敵じゃないんだよ!」


 イグニが高らかに笑った、その瞬間。


 イグニ達と聖夜達の間に、赤い炎の壁が現れた。


「そこまでだ」


 イグニ達の後ろから現れたのは……特部総隊長、志野千秋だった。


「お前は……!?」


「私は志野千秋。特部の総隊長だ。……仲間に手出しをするのは止めてもらおう」


「総隊長!」


「みんな、行け!こいつらの相手は私がする」


 千秋は、驚きのあまり目を見開く隊員達に振り返り、力強く言い放った。


「でも……」


「早くしろ!ノエルを止めるのは、お前達にしかできない!!」


「……了解!」


 千秋の言葉に、聖夜達はしっかりと頷き、駆け出した。


「……あなた正気?1人でエリス達に敵うと思ってるの?」


 エリスは千秋を睨み付ける。しかし、千秋は動じない。


「……仲間を守るヒーロー気取り?うざ。エリス、身の程知らずな人嫌いなんだけど」


 エリスが吐き捨てるように言う。すると、千秋は不敵な笑顔を見せた。


「……身の程知らず?笑わせてくれるじゃないか」


「何がおかしいの?」


「……私は総隊長。ならば、仲間を守るのが私の務めだ!!」


 千秋がそう言い放つと、イグニは豪快に笑った。


「はははっ!面白ぇ、ならやってみせろよ!俺達を倒して、仲間を守って見せろ!『獄炎』!」


 イグニが勢いよく青い炎を放つ。千秋は後退してそれを躱した。しかし、その背後に既にエリスが迫っていた。


「隙だらけなんだけど!」


 エリスは両手に持ったナイフで千秋を攻撃しようとする。


「っ……!」


 千秋は苦しい姿勢で、その攻撃を躱し続ける。しかし、エリスの攻撃は止まない。


「あはは!やっぱり身の程知らずじゃない!」


 エリスが右手のナイフを振りかざしたその時だった。


「夏実、突っ込め!」


「分かってる!『抜刀』!」


 千秋とエリスの間に1人の女性が割り込み、刀で右手からナイフを弾き飛ばした。


 その声の主を、千秋はよく知っている。


「夏実……眞冬……」


 夏実と眞冬は、千秋を守るようにエリス達の前に立ち塞がる。


「どうして……ここに……」


 千秋が聞くと、2人は振り返って微笑んだ。


「助けに来たよ」


「ったく……1人で格好つけんなよ!」


 千秋の中で、その微笑みが昔の2人と重なる。同じ方向を向いて、笑い合っていた頃の2人に。


「一緒に、戦ってくれるのか……?」


 千秋が震える声で尋ねると、2人はしっかりと頷いた。


「怖いけど……友達を亡くすよりマシだから!」


「特部最強部隊、再集結だぜ!いくぞ千秋!」


「……うん!」


 千秋は2人と並び、ニッと笑った。


「僕達の力、見せてやろう!」


「……何人来ようが同じことよ!『毒針』!」


 アリーシャが毒針を放つ。無数の毒針が、3人に向かって飛んできた。


「夏実!斬れる範囲だ!振れ!」


「うん!『一閃』!」


 眞冬の指示で、夏実が刀を振るう。すると、針が1本残らず斬り捨てられた。


「なっ……!」


「まだだ!『獄炎』!!」


 言葉を失っているアリーシャの傍らで、イグニが炎を放つ。炎が、最前線にいる夏実に迫る。


「夏実、下がれ!僕がやる!」


「分かった!」


 千秋の言葉で、夏実は後方に下がる。がら空きになった千秋の前方で青い炎が牙を剥く。千秋は掌を前に向け、力を溜めた。


「……『火炎』っ!!」


 溜めた力を一気に炎に変えて放出する。赤い炎が青い炎とぶつかり、派手に爆発した。強い爆風に、千秋は思わず目を閉じる。


「っ……」


 それをウォンリィは見逃さなかった。ウォンリィは銃口を千秋に向けて構える。


「食らえ!」


 しかし、引き金を引こうとした瞬間。


「隙だらけだな!」


 眞冬がウォンリィに腕締めを食らわせ、腕を締めたまま引き倒した。


「ぐっ……!?」


 ウォンリィの手から銃が離れる。眞冬は素早くそれを拾い、ウォンリィに向けた。


「動くなよ!」


「……それで優位に立ったつもりかい?」


「んだよ、負け惜しみか?」


 腕を庇って膝をついているウォンリィだったが、その顔はニヤリと笑っていた。眞冬はその意図を『読み』、背後を振り返る。


 そこには、千秋の首筋にナイフを突きつけた、エリスの姿があった。その傍らで夏実も手を出せずにエリスを睨み付けている。


「この人が大事なら、銃を捨てなさい!」


「千秋……!」


「眞冬……僕なら平気だ!」


「うるさい。あんたは黙ってて」


 エリスはナイフを持つ手に力を込めた。千秋の首筋が僅かに切れ、血が滲む。


「チッ……分かった」


 眞冬は銃を捨て、エリスを睨み付ける。


「……あは!いい顔するじゃない……このお兄さんが大事なんだね?」


「うるせぇ。ゴタゴタ抜かすな……千秋を離せ!」


「……いいよ。離してあげる。でも後悔するよ?」


「は……?何言ってやがる……」


 眞冬が戸惑っていると、エリスは千秋の耳元で何か囁いた。


「……『仲間を倒せ』」


「……っ」


 千秋は頭を押さえて悶える。頭の中が霞み、意識が闇の中に沈んでいく。


 ……仲間を倒せ。その命令だけが千秋の頭に反響する。千秋の震える手が、眞冬に向けられたその時。


「千秋……!」


「千秋、しっかりしろ!」


 夏実と眞冬の声が、千秋の頭に響いた。


「千秋!駄目!眞冬は仲間でしょ!?」


「目ぇ覚ませ!俺達、そう簡単に裏切れるような、安い仲間じゃねぇだろ!」


「な……かま……仲間……!」


 次の瞬間、千秋は自分の顔を殴った。


「うっ……」


「千秋!」


「……ありがとう。2人のお陰で目が覚めた……!」


 千秋はそう言って、エリスに向かって炎を放つ。


「なっ……」


 エリスは躱すが、体勢を崩した。それを夏実は見逃さない。


「はぁっ!」


 夏実は刀を振るい、エリスのナイフを弾いた。ナイフは飛んでいき、遠く離れた地面に落ちる。


「うっ……」


 尻餅をついたエリスに、夏実は刀を向けた。


「降参したら?」


「ぐ……嫌だ!負けられないの!!エリス達、ノエルの想いを背負ってるんだから!アリーシャ!」


「ええ!『毒針』!」


 不意を突いた毒針が、3人に降り注ぐ。


「うぐっ……」


 躱しきれない3人に毒針が突き刺さる。3人に刺さった針が溶けて、体内に毒が流し込まれた。


「がはっ……」


 毒が回って膝をつく3人。そこに、イグニが青い炎を放った。


「消えろ!!『灼熱』!!」


 炎が勢いよく3人に迫る。


(これで……終わりなのか……)


 千秋が死を悟った、その時だった。


『千秋のこと、守ってるから……千秋は前に進んで』


 あの日の春花の声が聞こえた気がした。


「春……花……」


 千秋が彼女の名前を呟いた、次の瞬間。


 千秋の指輪が薄紅色に輝き、桜吹雪が現れた。桜は3人を守るように吹き荒れ、イグニの炎を吸収する。


「これは……春花の『桜壁』……」


 眞冬が呆然と呟いた。その傍らで、夏実は涙を堪えながら顔を上げた。


「春花が……守ってくれた……」


 千秋の頬に、涙が一筋流れる。


(春花……僕のことを守ってくれていたんだね。ずっと……ずっと……!)


 千秋は毒に蝕まれる体に鞭を打って立ち上がった。それに、夏実と眞冬も続く。それを見たアリーシャが顔を歪める。


「どこにそんな力が……!?」


「……春花が見てる。だから、僕達だって負けられないんだ……!」


「チッ……私達だって、私達の未来のために……」


「フン!……そんなブレブレな思いで……俺達に勝てる訳ねぇんだよ……!」


 眞冬がそう言い放つと、アリーシャ達は目に見えて動揺した。


「……何言ってるのよ。私達は迷ってなんか」

 

「いーや……俺には『読めてる』……お前達の心の中は、リーダーの奴のことでいっぱいだってな!」


「っ……!」


 図星を突かれて、アリーシャが黙り込む。


「この作戦を続けたら、早かれ遅かれ……そいつはアビリティの使いすぎで倒れちまう。そうなんだろ?」


「……それは」


「分かってんなら何で止めねぇんだよ!!」


「え……」


 眞冬の剣幕に、未来人が怯む。


「仲間なら……そいつを大切に思うなら!無理矢理にでも止めろ!!」


「……でも」


 反論しようとするアリーシャに、千秋が畳み掛ける。


「失ってからでは遅いんだぞ!仲間は、君達にとっても大切な存在だろ?」


 迷いを見せるアリーシャ。その傍らでイグニが千秋達を睨み付けていた。


「っ……偉そうなこと言いやがって!焼き払ってやる!!」


「やめろ、イグニ」


 炎を放とうとしたイグニを、ウォンリィが止めた。


「……この人達の言うとおりだ」


 ウォンリィの辛そうな表情を見て、イグニは口を閉じる。


「リーダーを……ノエルを止めに行こう。彼は僕達にとって……未来を変えるのと同じくらい、大切な人なのだから」


 ウォンリィの言葉に、エリス達は戸惑いを見せる。


「でも、ウォンリィ……」


 迷いを見せるエリスに対して、ウォンリィは悲しそうに微笑んだ。


「大切な人が死んだ未来で生きていくことの辛さ、僕達は誰よりも知っている。……仮に未来が変わったとしても、ノエルが……僕達に生きる理由をくれた彼がいなくなった世界で、僕は生きていけない。君達だって、そうだろう?」


 ウォンリィの言葉を聞き、3人は静かに頷いた。


「……そうだね。ウォンリィの言う通りだよ。……ノエルのこと、止めなきゃ」


 エリスがそう言うと、彼女とイグニとウォンリィは城の方へ向かって走り出した。


 アリーシャはそれには着いていかず、千秋達の方に歩み寄る。


「……これ、あげる」


 そう言うと、アリーシャは小さな瓶を3つ、千秋達に投げ渡した。


「これは……?」


「解毒薬。私達は先に行くけど……あんた達も早く来なさいよ」


 それだけ言うと、アリーシャ達は仲間達の背中を追いかけて走っていった。


「……たく、素直じゃねぇな」


「でも、良かったじゃない。説得できて」


 3人は解毒薬を飲み干し、立ち上がった。


「……あと、もうひと頑張りだね」


 夏実の言葉に千秋は頷く。


「ああ。僕達も行こう」


 千秋達も、闇の城へと走り出した。


* * *


 柊が目を覚ますと、中央支部医務室の白い天井が見えた。


「あ……私、寝てた……?」


「柊……」


 名前を呼ばれて横を見ると、明日人が心配そうに柊を見つめていた。


「お父さん……聖夜達は……?」


「戦いに行っている。未来人が町を攻めてきたんだ」


「私も、行かなきゃ……」


「柊、無理をしたら駄目だ!」


 体を起こそうとする柊を、明日人は止める。しかし、柊は構わずベッドから立ち上がった。


「……私、戦いたいの。最後まで、仲間のために……この世界に住む、誰かのために、戦い抜きたい」


「柊……」


「過去でね、お母さんと約束したんだ。この思いを、最後まで貫くって……だから私、行くね」


 柊はそう言って医務室のドアを開けようとする。


「柊、待て!!」


 明日人の意外な大声に、柊は立ち止まり振り返った。


「お父さん……」


「……母さんと約束したなら、父さんとも約束しなさい。必ず、生きて帰ってくると」


 そう言う明日人の瞳は、少し潤んでいた。


「……うん」


 柊はしっかりと頷き医務室を出て行こうとする。その時だった。


「……抜け出すつもりかな?」


 ドアが開いて、清野が中に入ってきた。


「清野さん……私……」


「寝てなきゃ駄目じゃないか……と、言いたいところだけど」


 清野は柊に錠剤を手渡した。


「これは……?」


「この前より強めの薬だよ。先日、薬局で補充しておいたんだ。君は止めても無駄だろうから」


 清野はそう言って、諦めたような笑顔を見せる。


「清野さん……!」


「戦いに行く前に2錠飲みなさい。それと……今回の戦いが終わったら病院に行くこと。いいね?」


「はい!ありがとうございます!」


 柊は頭を下げて、医務室から駆け出した。


「全く……頑張りすぎるのも考え物ですね」


 清野が苦笑いすると、明日人は瞳に溜まった涙を拭って微笑んだ。


「はい……でも、自慢の娘です」


(柊……真っ直ぐ育ってくれてありがとう。生きて帰ってくるんだぞ……)


* * *


 聖夜達は天ヶ原中学校に辿り着いた。聖夜は玄関を開けようとしたが鍵がかかっており中に入れない。


「入れない!白雪さん、どうしましょう?」


「なら、僕のアビリティで道を作る!『氷結』!」


 白雪が指を鳴らすと、地面から氷の階段が生まれた。階段は屋上まで続いており、登っていくことで闇の城にも入れそうだった。


「みんな、行くよ」


「はい!」


 聖夜達は氷の階段を上り、屋上に到達した。そこから更に黒く細長い階段が続いており、空高い場所に城が浮いている。


「この先にノエルが……」


 聖夜達が闇の階段を上ろうとした時だった。


 屋上の地面から、狼の群れが生まれ、聖夜達を取り囲んだのだ。


「チッ……『かまいたち』!」


「『氷柱』!」


 翔太と白雪のアビリティが、狼を倒していく。しかし、狼は次々と生まれ、聖夜達に飛びかかってくる。


「ここまで来たのに……!」


 深也は銃で狼を撃ちながら悔しそうに呟いた。


「『激流』!……白雪さん!このままじゃキリがないぜ!」


 海奈も水流で狼を退けながら白雪に訴える。


「ああ。なんとかしてここを切り抜けないと……」


 白雪は氷柱を放ちながら聖夜を見た。


「……聖夜君!『加速』でここを抜け出して、術者を叩くんだ!」


「俺がですか……!?」


 戸惑う聖夜に、白雪は頷く。


「ここを突破できるのは俊敏な君だけだ……!ここは僕達が食い止める!だから行ってくれ!」


 白雪の真剣な表情を見て……聖夜は覚悟を決めて頷いた。


「……分かりました!『加速』!」


 聖夜は階段に向かって走り出した。しかし、それを狼が襲う。スピードを出すのに集中していた聖夜には対処ができない。


「なっ……」


 その時。


「行かせないわよ!『蔦』!」


 花琳の蔦が、狼達を縛り上げた。


「聖夜君、行って!」


「花琳さん……!ありがとうございます!」


 聖夜は黒い階段を一気に駆け上る。そして、城の入り口に辿り着いた。


(ノエル……絶対に、止めてみせる)


 聖夜は意を決して城の扉を開けた。城の中は壁も床も黒く、全て闇でできていることが窺える。灯りは壁がけの青白いランプのみで、全体的に冷たい雰囲気を醸していた。


(なんて冷たい場所なんだ……それに、暗くて重い……)


 重苦しい雰囲気に耐えながら聖夜は奥の部屋へ進む。その部屋に居たのは、玉座にゆったりと腰を掛けるノエルだった。


「ノエル……!」


「やぁ、聖夜。まさかここまで来るなんて……思ってもみなかったよ」


 ノエルはそう言って冷たい微笑みを浮かべた。


「それで……何をしに来たのかな?」


「ノエルを……止めに来たんだ!」


「僕を止める?はは……面白い冗談だ」


 ノエルは立ち上がり、聖夜を真っ直ぐに見据えると、言い放つ。


「僕は止まらないよ。この時代を支配するまで……僕は戦い続ける!」


 ノエルはそう言って右手を高々と上げた。すると、空中に大きな黒い槍が現れた。


「君には……消えて貰う!!」


「……そうはいかない!俺は決めたんだ……この世界を守るって!」


「っ……消えろ!!」


 ノエルが大槍を放とうとした、その時。


「うっ……」


 右目が痛んで、聖夜は目を閉じた。すると、瞼の裏側に映ったのは……数秒後に飛んでくる大槍の軌道。


(真っ直ぐ来る……なら!)


「『加速』!」


 聖夜は素早く右に移動し、大槍を躱した。大槍はものすごい勢いで床に突き刺さる。


「これを躱しただと……!?そんな馬鹿な!!」


 ノエルは動揺を隠しきれず、声を荒げた。


(これ、旭の『未来予知』だ……!)


 聖夜は蜂蜜色の右目を押さえた。すると、視えてきたのは次の攻撃のビジョン。無数の槍が、聖夜に降り注ぐ光景だった。


「まだだ……!食らえ!!」


 ノエルが両手を上げ、無数の黒い槍を生み出す。槍は聖夜に降り注ぐが、槍の軌道を読めている聖夜は、素早く槍の間を縫って躱していった。


「何故だ!何故躱せる……!?」


 取り乱すノエルを見て、聖夜は言い放った。


「大事な仲間が……俺を支えてくれてるからだ!」


「仲間だと……?」


「ああ。俺は、沢山の仲間達に支えられてここにいる……だから、絶対に負けない!!」


 聖夜はそう言い放つと、加速してノエルに向かって突っ込んでいった。


「ノエル!!」


 聖夜はノエルの目の前に迫ると、彼の顔めがけて右ストレートを繰り出す。


 ノエルはそれを片手で受け止め、聖夜を睨んだ。


「聖夜……!」


「ノエル、前に言ってたよな?アビリティは未来を壊す道具だって」


「ああ、その通りさ……!アビリティは、人を傷つけ平和を奪う道具だ!」


「俺は違うと思う!違うって信じてる!!」


 聖夜は拳に力を込め、ノエルに向かって訴えた。


「アビリティは……いや、アビリティだけじゃない。どんな力も、人を傷つけるためにあるんじゃない!!誰かを守るためにあるんだ!!」


 ノエルの目が見開かれる。


「力があれば、ぶつかり合うこともあるかもしれない。でも、そのぶつかり合いだって……大切な人を守るためのことだろ!力は……人を傷つけたり、支配したりするために使うものじゃない!大切な人を守るために使うものなんだ!ノエルにだって分かるだろ!?」


 ノエルの脳裏に、戦争に向かう直前の大切な人の顔が蘇る。


『私、本当は戦争に行きたくない。これからも、ずっと……ノエルとママと一緒に、幸せに暮らしていきたい。でもね、幸せに暮らすためには……国を守らなきゃいけないの』


 ツムギはそう言って、悲しそうに涙を流しながらノエルの顔を見つめた。


『だから……私、逃げたくないんだ。大切な人達の幸せのために』


 ツムギは、大切な人を守るために、戦争へ行く決意をしていた。


 大切な人を守るために、力を使おうとしていた。


 しかし……彼女は、戦争で命を落としたのだ。


 彼女を失ったことの喪失感が、ノエルの中で怒りに変わる。


「大切な人を守るためなら、戦争で血が流れてもいいっていうのか!?全部仕方ないって諦めて、未来が滅ぶのを指を咥えて見てろっていうのか!?僕はそんなの認めない!!」


 ノエルは聖夜の横に『闇』で巨大な腕を生み出し、彼の体を殴らせた。


「ぐはっ……!」


 聖夜は勢いよく殴り飛ばされ、少し離れた地面に倒れ込む。それを、ノエルは憎しみの籠もった目で見下ろした。


「力は他人を傷つけるためにある!それが僕達の世界の常識だった!!どんなに平和を願っても、どんなに未来を願っても、世界には届かなかった……!」


 ノエルは涙を瞳に溜めながら、怒りに顔を歪める。


「世界は……僕達を裏切ったんだ!!」


 ノエルは床に手を当てた。すると、大量の黒い狼が生まれ、聖夜を取り囲んだ。


「こいつを倒せ!!息の根を止めろ!!」


 ノエルの声を合図に、狼達が一斉に聖夜に襲いかかった。


「っ……!」


 聖夜は辛うじて体を起こしたが、狼達の飛びついてくるのに対処が間に合わない。


 万事休すか。そう思ったその時。


「『かまいたち』!!」


 風の刃が、狼達を切り裂いた。


「なっ……!?」


 聖夜が入口を見ると、そこには息を切らして駆けつけた中央支部の仲間がいた。


「聖夜!大丈夫か!?」


「翔太!みんな!」


 翔太達は聖夜に駆け寄り、ノエルを睨んだ。


「……1人きりで僕達に敵うと思わない方がいいよ」


 白雪はそう言ってノエルを鋭く睨む。


「人数が増えたところで、僕は絶対に止まらない!!最悪な未来を変えるために……!!」


 ノエルが叫ぶと、床から黒い触手が出てきて、聖夜達を締め付けた。


「うっ……」


 聖夜は触手から逃れようと藻掻くが、藻掻けば藻掻くほど締め付けられ、どんどん身動きがとれなくなっていく。


「君達はここで終わりだ!!」


 ノエルは無数の黒い刃を生み出し、聖夜達に放った。


 刃が、聖夜達に迫る。


(嫌だ……!ここで……死ぬ訳には行かないのに……!!)


 聖夜がそう思った、その時。


「『遅延』!!」


 刃が緩やかに遅くなり、聖夜達の手前で床に落ちた。


「その声は……柊!?」


「聖夜、みんな、遅れてごめん!!」


 柊は聖夜達を庇うように立ち塞がる。


「……ノエル、もう止めて!!」


「そう言われて止めるとでも思っているのかい?」


 ノエルの言葉に、柊はしっかりと頷いた。


「ウォンリィ達から聞いたの。このままじゃ、あなたの命が危ないって」


「ウォンリィ達が……?」


 ノエルの顔色が変わる。柊はその動揺を察して、訴えるように続けた。


「みんな心配してたよ!あなたが大事な仲間だから……!」


 柊の言葉に対して、ノエルは酷く動じた。彼は目を見開きながら、柊に向かって叫ぶ。


「そんなことある訳がない!僕達は、同志だ!!君達のような生温い仲間じゃないんだ!目的のためには手段を選ばないと……そう誓い合ったんだよ!!だから、僕の心配なんて……!!」


「……馬鹿」


 柊はノエルに歩み寄って、彼の頬を叩いた。


「は……?」


 唐突な出来事に、ノエルは目を丸くした。


「何で仲間の想いに気付こうとしないの?何で大切な人の想いを受け取ろうとしないの?失ってからじゃ遅いんだよ!本当は分かってるんでしょ!?」


 柊はそう真っ直ぐに訴える。


 しかし……ノエルには届かない。


「っ……うるさい……!」


 ノエルは柊を突き飛ばした。


「僕に……僕に、知ったような口を聞くな!!」


 ノエルは黒い剣を生み出し、柊に向けた。


「く……『氷結』……!」


 白雪は聖夜達の触手を凍らせ、バラバラに砕いた。聖夜達が解放される。


「二度と喋れなくしてやる……!」


「っ……!」


「柊!『加速』!!」


 ノエルが柊に剣を振り下ろす。しかし、聖夜が物凄い速さで柊を庇うように抱き締めた。


 剣が聖夜の左腕を斬りつけ、彼の腕から血がボタボタと零れ落ちる。


「うっ……!」


「聖夜!!」


 痛みに顔を歪める聖夜を見て、ノエルは嘲るように笑った。


「馬鹿だな!こいつのことなんか、見捨てれば良かったのに!!」


「……そんなこと、絶対にしない……!」


 聖夜は左腕を庇いながら立ち上がると、ノエルを睨んだ。


「柊は仲間で、家族で……大事な妹なんだ!絶対に俺が守る!!」


「聖夜……!」


 柊も立ち上がり、聖夜を支える。


「大切な人を守りたい気持ち……ノエルにだって分かるでしょ?私達も、ウォンリィ達も……みんな同じ気持ちなんだよ!!」


「っ……うるさい……!!黙れ!!!」


 ノエルは聖夜達に斬りかかった。2人はそれをなんとか躱すと、嘗て眞冬に教わった体術の構えをとった。


「……来るならこい!」


「くっ……うわあああ!!!」


 ノエルは聖夜に突っ込む。しかし、聖夜はそれを躱し、剣を持つ腕を締める。


「うっ……!」


 ノエルの手から剣が落ちる。


「柊!」  


「うん!」


 柊が剣を拾い、ノエルの首筋に当てた。


「……降参して」


「っ……」


 2人はノエルを完璧に押さえ込んだ。……しかし、その時。


「くっ……あはははは!!」


 ノエルが高笑いすると、彼の体に闇が纏わり付いた。


 次の瞬間、ノエルは物凄い力で聖夜を振り払い、柊の持つ剣を折った。


「なっ……!?」


「あはは……!潰す……僕の未来を壊す人間は、全員潰す……!!」


 ノエルはそう言って聖夜を押し倒し、彼に馬乗りになった。


「くっ……」


「まずはお前からだ……!」


「やめろ!!『かまいたち』!!」


 翔太の風の刃がノエルに斬りかかる……が、ノエルの纏う闇が、そのエネルギーを吸収してしまう。


「無駄だ……!」


 ノエルは笑いながら、聖夜の首を絞める。


「うっ……か……は……」


「やめて!!」


 柊が悲痛な叫び声を上げる。


「あはは!!死ね……!!」


 その時。


 パァン!!


 誰かの放った銃弾が、ノエルの右腕に命中した。


「うっ……!?」


 ノエルは右腕を庇いながら、入口を睨み付けた。


「誰だ!?」


 そこに居たのは、意外な人物だった。


「……もう止めよう!ノエル!!」


 銃を構えたウォンリィと、その仲間達が、ノエルを見つめていた。


「ウォンリィ……!何故だ!!何故僕を撃った……!?」


「貴方を止めるためだ……!これ以上アビリティを使ったら、貴方の命が危ない!!」


 ウォンリィは必死に訴えるが、ノエルには届かない。ノエルは憎しみに顔を歪めながら、ウォンリィ達を怒鳴りつけた。


「うるさい!!黙れ!!僕に刃向かうのなら、お前達も敵だ!!」


 ノエルの纏う闇が、増幅する。


「くっ……はぁっ……はあっ……」


 それに耐えきれず、ノエルはその場に倒れ込んだ。


「ノエル……!」


 傍に居た聖夜と柊が、ノエルに駆け寄る。すると、3人の居る床が、崩れ始めた。


「……!柊!!」


 聖夜は柊を突き飛ばした。床が崩れ、底知れぬ闇が、聖夜とノエルを飲み込み始める。


「聖夜!!」


「くっ……ノエル……!」


 聖夜は気を失ったノエルの腕をしっかりと掴み、闇の中へ落ちていった。暗い闇の中に吸収され、2人の姿が消える。


「聖夜!!聖夜ー!!」


 柊の悲鳴が、城の中に響き渡った。


 ズズズ……と音を立てて、城が崩れ始める。


「っ……!みんな、脱出するよ!」


 白雪の声に頷いて隊員達が外に出ていく。ただ、柊は聖夜達が消えていった城の床を見つめて動けなかった。


「柊……!」


 翔太がその肩を支え、声を掛ける。


「今は逃げるぞ!」


「でもっ……でも、聖夜が!!」


 今にも泣き出しそうな顔をしている柊を見て、翔太は顔を歪めながら彼女を抱きかかえる。


「やめて……離して!!」


「ここでお前が命を落としても、聖夜は喜ばないぞ!!」


「っ……!」


「……すまない」


 翔太は短く謝ると、柊を抱えたまま城の出口へ走り出した。


(聖夜……!)


 柊は泣きながら、遠ざかっていく城の中を見つめた。




 中学校の屋上から、中央支部隊員と未来人達は闇の城を見上げる。


 城は徐々に形を失い、どんどんと小さくなっていく。


 屋上や町の中にいた狼達も、次々に砂のように消えていった。


 ウォンリィは、それを見てノエルの状態を悟る。


(ノエル……もう、限界だったんですね。ずっと、無理してたんですね)


 町を覆っていた闇が晴れて、日の光が差し込んできた。


 温かな光が、ウォンリィの涙の粒を照らした。


* * *


 上も下も分からない闇の中を、聖夜はノエルと共に漂っていた。


(ここは……)


 聖夜は辺りを見渡す。すると、2人の人影を見つけた。


(誰か……いる?)


 聖夜はノエルを引っ張って、その人影の近くに向かった。


(……声が、聞こえる)


 聖夜は人影に声を掛けようとして、止めた。2人の背後から、大勢の兵士が駆け寄ってきたからだ。


(何だ……!?)


「ノエル!危ない!!」


 2人のうちの1人が、もう1人を庇うように突き飛ばした。


 パァン!!


 その少女の体が、銃弾によって貫かれる。


「ツムギ……!?ツムギ!!」


 少年が、少女の体を抱きかかえる。しかし、少女はぐったりとして動かない。


「あと1人いるぞ!!撃て!!」


 兵士達が、少年に銃を向ける。


「ああ……ああああ!!!」


 次の瞬間、少年の体から闇が溢れ出し兵士達を貫いた。


「が……は……!」


 兵士達が倒れ、少年の周りに誰も居なくなる。ただ赤い血だまりが、広がっているのみだった。


「…………戦争さえ、無かったら……アビリティさえ、無かったら……!」


 少年は震える声で呟く。


「……変えてやる。争いのない世界に……変えてやるんだ……!」


 少年はそう言うと、向こうの方へ去ってしまった。


「何だよ……今の……」


「……はは。懐かしい、夢だ……」


 ノエルが目を覚まし、乾いた笑い声を出した。


「ノエル……!」


「今のは、僕の過去……。『闇』が、僕の思い出にリンクしたみたいだね……」


「そんな……こんなのって……」


 聖夜の頬に、涙が伝う。それを、ノエルは力無く睨んだ。


「なんだい……同情?そんなもの要らない。そんなことをする位なら、僕達の未来を……」


「ノエル!!」


 聖夜は、ノエルを思い切り抱き締めた。


「な、何をするんだ!?」


「ノエル、ごめんな」


 戸惑うノエルに、聖夜は自分の思いを語り始めた。


「俺達の時代が……積み重なった過去が、ノエル達の未来を壊したんだろ?」


「そうだよ……。だから、僕達は過去を……」


「変えるから」


「え……?」


「俺達、「今」を変えるから。それで、アビリティや戦争で、誰も傷つかない未来を作るって……約束するから」


「聖夜……」


「ノエル達の未来、俺達が守る。絶対……絶対、守ってみせるからっ……!」


「っ……!」


 闇が徐々に晴れていく。闇の隙間から刺す光が2人を柔らかく照らした。ノエルの頬に一筋の涙が光る。


 不意に、彼の脳裏に、出会ったばかりの頃のツムギの言葉が蘇った。


『私のアビリティは『絆』。色んな人の縁を結びつける……みんなを笑顔にする力』


 まだ13歳だった頃のツムギは、空腹で倒れていたところを助け出されたノエルが、ベッドに座っているのを見つめて、明るく笑っていた。


『きっと……この力のお陰で、私達も出会えたんだよ!』


 その時のことを思い出し、ノエルの目から涙が堰を切って溢れ出した。


(アビリティは……人を笑顔にできるもの。そういえば、そんな側面もあったっけ。……なんで、今まで忘れていたんだろう)


 ノエルの胸ポケットには、今も彼女の形見である向日葵の髪飾りが入っていた。


(ツムギ。君のアビリティが……僕を、心優しい聖夜のところまで、連れてきてくれたんだね。だったら、きっと……聖夜なら、きっと、僕達の未来を……)


 ノエルは、聖夜をそっと抱き締め返した。


「聖夜……」


「ノエル……」


 2人の意識が光に飲み込まれ、溶けていく。


(温かい……光だ……)


 聖夜は光の温もりに抱かれながら、そっと意識を手放した。


* * *


「もしもーし。聖夜?」


 懐かしい声がして、聖夜は目を開けた。


「旭……?」


「久しぶりだね」


 旭はそう言って、柔らかく微笑む。


「ここは……」


 聖夜は辺りを見渡す。しかし、見渡す限り白い世界で何もなかった。


「もしかして……また、魂の世界?」


 聖夜が首を傾げると、旭は微笑みながら首を傾げた。


「ふふ……さて、どうでしょう?」


「ふっ……何だよ、それ……」


 旭の少しふざけた様子に、聖夜は思わず吹き出してしまった。それを見た旭も、楽しそうに笑う。


 しばらく2人で笑い合った後、旭が優しく微笑んで言った。


「……聖夜、私の言ってた未来、守ってくれたね」


「え……?」


「闇を払って世界を救って……。聖夜、かっこいいヒーローさんだった」


 旭の言葉に、聖夜の頬が赤く染まる。


「ヒーローなんて……皆のお陰だよ。旭も、力を貸してくれただろ?」


「え?」


「『未来予知』!すごい助かったんだからな!」


 聖夜はそう言って、明るく笑った。


「ふふ……そっかぁ」


 聖夜の言葉を聞き、旭は嬉しそうに微笑む。


「……じゃあ、仲間みんなで掴んだ勝利だね」


「うん!そうだな!」


 聖夜はニッと笑って見せた。


 ……その時。


 ポツリ、ポツリ……。


「雨……?」


 聖夜の頭上から、降り注ぐ雫。不思議そうに上を見上げる聖夜に、旭は優しく微笑んだ。


「ほら、仲間が呼んでるよ」


「え……?」


「さぁ、戻らなきゃ。目を閉じて……」


 旭に言われるがまま、聖夜は目を閉じた。すると、どんどん体が軽くなっていく。


「……聖夜、またね。いつか、遠い未来で……楽しいお話、沢山しようね」


(あさ、ひ……)


 彼女の声が聞こえたのを最後に、聖夜の意識がふわりと途切れた。

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