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40 過去

* * *


「はっ……!」


 聖夜が目を覚ますと、タイムマシンの中に居た。自分の右手が握られているのに気が付き確認すると、柊が泣きそうな顔で聖夜を見つめていた。


「柊……」


「聖夜……生きてる?」


「……うん」


「良かった……ほんとに、良かった……」


 柊はそう言って、起き上がる聖夜に抱きついた。


「柊……心配かけて、ごめんな」


「ううん……。あ、聖夜!その右目の色、旭と同じ……!」


「目の色……?」


 聖夜は窓に映った自分の顔を見た。すると、確かに右目が蜂蜜色に変化していた。


「ほんとだ……そうだ、旭は!?」


 聖夜が振り返ると、床に横たわる旭が目に映った。


「っ……旭!」


 聖夜は旭に駆け寄り、呼吸を確認した。


「息……してない……柊、旭が……」


「分かってる。今、病院に連れて行くために近くの時代に向かってるから……」


 柊が真剣な、でも泣きそうな顔でそう言うと、窓の外の景色が変わった。青い空と、穏やかな町並み……見慣れた、天ヶ原町だった。


「私、運転するね」


 柊はそう言って操縦席に向かい、タイムマシンを人気の無い山の麓に駐めた。近くに公衆電話がある。


「救急車呼んで来る!」


 柊はタイムマシンを出て、公衆電話に駆けていった。その間、聖夜は旭の手を握り続けた。


(旭……ほんとに、死んじゃったのか……?俺のせいで……?)


 ……しばらくして、救急車が到着する。駆けつけた救急隊員によって、旭は救急車に運び込まれた。


「ほら、君も来てくれ。この子の付き添いだろう?」


「は……はい」


 聖夜は救急隊員に頷いて、救急車に乗り込んだ。

 

* * *


 救急車の中で繰り返される心臓マッサージ。必死に旭を救おうとする救急隊員を、聖夜と柊は震える手を握り合いながら見ていた。


 しかし、旭の脈は戻らなかった。病院に搬送されてしばらくして、医師が聖夜と柊に旭の死亡を言い渡した。


 処置が終わり、霊安室に運ばれた旭。医師が黙って見守る中、聖夜は呆然と旭を見つめていた。傍らで柊が涙を流していたが、聖夜は泣けなかった。


「……旭」


 聖夜は彼女の名前を呟く。しかし、返事が返ってくるはずもなかった。


「俺のせいか……?俺を助けたから……旭は死んじゃったのか?」


「聖夜……」


「俺の……せいだよな」


 心に穴が空き、何も感じられない状態の聖夜の手を、柊はそっと握った。


「そんなことないよ……!旭は、そんな風に思って欲しくないと思う」


「……でも」


「自分のこと責めないで……。お願い」


 そう言ってぽろぽろと涙を零す柊を見て、聖夜は何も言えずに黙り込んでしまった。  


(……何で俺は泣けないんだろう。旭が死んだのに……何も感じない。何も……)


 しばらくして、2人の元へ警察官が2人やって来た。1人は若い男性で、もう1人は年配の女性だった。


「……君達、悲しんでいる所すまないが事情聴取に来た。この子の死が、事件なのか事故なのか……話を聞かせてくれないか」


 若い警察官が聖夜達を見つめてそう言うが、年配の警察官がそれを止めた。


「待ちなさい」


「明星さん……しかし」


「この状況で、冷静に話せるはずがないだろう?……私の『審眼』は、そのためにある」


年配の警察官はそう言って、聖夜と柊の顔をまじまじと見た。


「……?あ、あの……」


「……お前達は、未来から来たんだね?」


「え……」


「宵月聖夜と宵月柊。10年後の未来から、やって来て……聖夜君、君を助けるために旭がアビリティを使い命を落とした。違うかい?」


「そう……です。でも、何で旭のこと……」


 聖夜が戸惑っていると、年配の警察官は寂しそうに微笑んだ。


「そういうアビリティなんだよ。それに……私は明星千代美。この子の祖母だから」


「旭のお祖母さん……!?」


「ああ。まさかこんな風に再会するとは思わなかったよ……」


 千代美はそう言って、旭を見つめた。


「さっき病院から連絡があってね……警察官の仕事もあったが、旭の身元を確認するためにも来たんだ」


「……では、この方は貴女の身内……明星旭さんで間違いないのですね?」


 医師の言葉に、千代美は静かに頷いた。


「旭は私が引き取ります。これから葬儀会社に連絡しますので……少しお時間を頂けませんか?」


「……分かりました」


 医師が頷いたのを確認して、千代美は聖夜達を見た。


「……旭の死は事故だ。『審眼』で視たから間違いない。……私は、これから諸々の手続きを終わらせてくる。全部終わったら、君達を迎えに来るからね。それまで、この病院で待っててくれないか?」


「俺達を……?」


 聖夜と柊が不思議そうに首を傾げる。それを見て、千代美は寂しそうな笑みを浮かべた。


「ああ……しばらく私の家に泊まりなさい。未来に戻る前に、旭の葬式に出て欲しいんだ。この子の……友達だったんだろう?」


「……分かりました」


「……ありがとう。河本、一度署に戻るよ」


「は、はい!」


 千代美と若い警察官が、霊安室を後にする。それを見送った医師が、聖夜と柊に優しく微笑んだ。


「君達も少し休みなさい。その格好、特部だろう?この時代に来るまで、ずっと戦っていたんじゃないか?」


「……はい」


「2人とも顔色が悪い。水分を取って落ち着いてきた方が良いだろう。無理は良くないからね」


「……分かりました。柊、行こう」


「うん……」


 医師に促されるままに、聖夜と柊は霊安室を出た。

 

* * *


 2人は、病院5階の、自販機のある休憩スペースに向かった。


「柊、何飲む?」


「……水でいい」


「分かった……って、俺、お金持ってないや」


「そういえば……私も」


 2人は先程まで任務を行っていたため、財布は寮に置いてきていた。


 2人が困った様子で自販機の前に立っていると、1人の女性が脇から自販機に小銭を投入し、りんごジュースを2本買った。


「……あ、すみません!」


「ごめんなさい……今どきます」


 聖夜と柊がどこうとすると、女性は2人を抱き締めた。


「な、何だ!?」


「どうしたんですか!?」


「あら、2人とも母さんの顔、忘れちゃった?」


「え……?」


「……急に抱きついてごめんね」


 女性に解放され、聖夜と柊はその顔をまじまじと見た。


 優しげな空色の瞳、長い黒髪……少し痩せた体。2人は、彼女のことをよく知っていた。


「母さん……!」


 宵月しおり。2人の母親だった。


「お母さんが……生きてる……」


 衝撃のあまり固まる2人に、しおりは笑顔でりんごジュースを押しつけた。


「2人とも、りんごジュース好きだったよね?」


「あ、ありがとう……っていうか、俺達のこと分かるのか?」


 聖夜が尋ねると、しおりは悪戯っぽく笑う。


「勿論!自分の子どもが分からない親はいないでしょ?……って言いたいところだけど、私のアビリティね」


「母さんのアビリティ?」


「言ったことなかったっけ?私のアビリティは『過去』。その人の過去が視えるのよ」


「そうだったんだ……」


「……ここで立ってても邪魔になるし、取り敢えず座らない?母さん、検査終わりで疲れちゃった」


「あ、そうだな……。あそこに座ろう!」


 3人は部屋の隅にあるソファに腰掛けた。


「……大きくなった2人に会えるなんて、夢みたい!」


 しおりは明るく笑う。


「過去を視たけど……2人とも、大変な中、頑張ってたのよね。偉いぞ!」


 そう言って、しおりは2人の頭をわしゃわしゃと撫でた。すると、聖夜と柊の顔が赤く染まった。


「か、母さん!」


「お母さん、恥ずかしいよ……」


「あ、ごめんごめん!私、小さい2人にしか会ったことないから……つい、ね」


 しおりは優しく微笑んで手を離した。聖夜と柊は顔を赤らめながら、彼女の顔を見つめる。


「母さん、俺達もう15歳だから!」


「そうそう!いつまでも子どもじゃないんだよ!」


「あはは!分かった分かった!難しいお年頃ね……」


 やれやれと首を振るしおりを見て、2人は思わず笑ってしまった。


「母さん、わざとらしいよ!」


「本当!あはは!」


 笑う2人を見て、しおりは優しく微笑んだ。


「……やっと笑った」


「え?」


「2人ともすごく暗い顔してたでしょ?心配だったのよ」


「母さん……」


「……生きてれば色々あるけどね、過去に縛られちゃだめ。未来を作るのは、今の積み重ねなんだから!」


「今の……積み重ね……」


「そう。明るい未来にしたかったら、今を変えなきゃね……なーんて、ちょっと母親らしいこと言ってみたりして!」


 明るい笑顔を見せるしおりの傍らで、聖夜はその言葉を噛みしめる。


(明るい未来……この世界を守って、かつノエル達の未来も救う。それが、俺にとって明るい未来だ)


 聖夜の中で、ずっと感じてた迷いが消えていく。


「……どっちも守る。今を変えて、どっちも守るんだ!」


 聖夜は立ち上がり、大きな声で決意した。周りで休憩していた他の患者も、何事かと聖夜を見る。


「聖夜、声大きい!ここ、病院なんだよ?」


「あ、ごめん柊……」


 柊にたしなめられ、聖夜は慌てて口を押さえ、ソファに座った。


 それを見て、しおりはくすりと笑う。


「聖夜、父さんに似てきたね」


「父さんに……?」


「そう。父さんも真っ直ぐで……時々周りが見えなくなっちゃうの。そっくり!」


 しおりは聖夜を優しく見つめ、微笑んだ。


「……聖夜、真っ直ぐ育ってくれてありがとう。柊もね。……傍に居られなくて、ごめんね」


「母さん……」


「……そんなことないよ。お母さんは、私達の心の中で生きてた。ね、聖夜?」


 柊の言葉に、聖夜は頷いた。


「うん。俺達、母さんの言葉を守るために、アビ課を受けたんだ!結局落ちて、今は特部だけど……」


「私の言葉?」


 首を傾げるしおりに、2人は笑顔で頷いた。


「誰かのために頑張れる人になりなさい!」


「私達、その言葉を守るために戦ってるの!」


「……そっかぁ」


 しおりは微笑んで、2人を抱き寄せた。


「その思い、忘れちゃ駄目よ?一度決めたら、最後まで貫きなさい」


「うん!」


「分かってる!」


 しっかりと返事をした2人を、しおりはしみじみと見つめた。


「……立派になったなぁ」


 しばらくして、3人の元へ千代美がやって来た。


「ああ……ここに居たんだね」


「あ、旭の……」


 聖夜が戸惑っていると、千代美が優しく微笑んだ。


「千代美でいいよ」


「千代美さん……早かったですね」


「ああ。許可が下りて、河本が仕事を代わってくれたお陰でね……2人とも、もう行けるかい?」


「は、はい!」


 聖夜と柊は立ち上がった。


「あ、ちょっと待って!」


 しおりも立ち上がり、2人をもう一度抱き締めた。


「か、母さん!?」


「お母さん!?」


「これで最後だから!聞いて?」


 しおりは少し間を置いて、口を開いた。


「まず、聖夜。あんまり我慢しちゃ駄目よ。何でもかんでも仕方ないって諦めちゃ駄目。悲しくて辛い時は泣いてもいいの。自分に正直にね」


「母さん……」


 聖夜の脳裏に、母の死に際が蘇った。


 あの日、涙を流す父と柊の隣で、聖夜は……泣けずに、ただ母を見つめることしかできなかったのだ。


 悲しい気持ちや、寂しい気持ちを見ないフリして、ずっと、流したかった涙を抑え込んでいた。


(そういえば、母さんが死んだ時も泣けなかったんだ……仕方ないって思って、我慢しなきゃ壊れちゃいそうで……)


「約束できる?」


「……うん」


「よろしい!……柊は、無理しちゃ駄目。一生懸命になるのはいいけど、自分を大事にしなさい。分かった?」


「……分かった」


「……よし。約束ね」


 しおりは2人から離れて、優しく微笑んだ。


「聖夜、柊……ずっと応援してるからね」


「……母さん、ありがとう」


「お母さん、私達頑張るから!」


 聖夜と柊は、しおりに笑顔を向けた。


「……柊、行こうか」


「うん」


 聖夜と柊は千代美について行き、病院を後にした。


* * *


 千代美の家は和風な日本家屋だった。居間の棚には歴代の家族写真が飾られており、長い間この家が受け継がれてきたことが分かる。


 食事を終え、入浴を済ませてきた聖夜が居間に向かうと、千代美が机の上にアルバムを広げていた。


「……お風呂ありがとうございました。着替えまで借りちゃってすみません」


「祖父さんが昔着てた服だから、気にしなくていいよ」


「ありがとうございます。……柊は?」


「疲れてるようだったから、先に休ませたよ。顔色も悪かったしね」


「そうですか……あの、そのアルバムは?」


「ああ……聖夜君も一緒に見ようか。こっちにおいで」


 千代美に促されて、聖夜は彼女の傍らに座る。アルバムの中の、幼い少女が写った写真が聖夜の目に止まった。


「この写真って……」


「うん……これはね、旭が本当に小さかった頃の写真なんだ。4歳くらいの頃かな……」


 千代美は懐かしむように、ゆっくりとページをめくる。母親らしい人と一緒に、笑顔で写る幼い旭。聖夜はその笑顔を、海辺で笑っていた旭と重ねた。


「……笑顔、あの時と同じだ」


「あの時……か。聖夜君、旭は君の前でこんな風に笑っていたのかい?」


「あ、はい……この写真と、そっくりな笑顔で……」


「そうかい……きっと、心からの笑顔だったんだろうね」


 千代美が優しく微笑む。聖夜はその微笑みを見て、胸の奥が痛むのを感じた。


「……俺がしっかりしてたら、旭は今も生きてたんでしょうね」


「聖夜君……」


「こんなこと言っても仕方ないって分かってます。でも……胸が痛くて」


「……自分を責めるのはよしなさい」


 千代美が俯く聖夜の背中を、そっと擦った。


「旭は、自分で君を救うことを決めたんだ。命を懸けて守りたい人に出会えて、あの子はきっと幸せだったはずだよ」


「でも……そうだったとしても、俺を助けたから、旭が……!」


「……君は優しいね。大丈夫。大丈夫だから……涙を拭きなさい」


「え……?」


 千代美からハンカチを手渡されて、聖夜は初めて自分が泣いていたことに気付いた。


「俺、泣いてる……?」


 聖夜は自分の目元を触った。すると、確かに雫が手に触れる。


「俺、なんで……?母さんが死んだ時ですら、泣けなかったのに……」


「聖夜君……」


「あ、ご、ごめんなさい!すぐ収まりますから……」


「聖夜君、泣いていいよ」


「え……?」


「我慢しなくていい。ここには私しか居ないから……自分に正直になりなさい」


『自分に正直にね』


「あ……」


 聖夜の脳裏に、病院で母に言われた言葉が蘇った。その瞬間、涙が堰を切って溢れ出す。


「っ……ごめん、なさい……止まらなくて……」


「謝らなくていいよ」


「うっ……本当に、ごめんなさい……俺……俺……」


「……うん」


 静かに背中を擦ってくれる千代美に対して、聖夜は声を震わせながら、心の奥底の本音を打ち明ける。


「俺、生きてて欲しかった。旭に……生きてて欲しかった……!」


「……そうかい」


「旭と一緒に、色んな物が見たかった……!色んな場所に行きたかった……!もっと……笑い合いたかった……!会ったばかりなのに……変、ですかね?」


「……変じゃないよ。大事なのは時間じゃない。想いの強さだからね」


 聖夜の問いかけに、千代美は優しい声色で答える。その表情は、聖夜を気遣ってか穏やかなものだった。


「……そう、ですか……ね……」


「……そうだよ」


「……俺にとって、旭は……大事な存在だったんですね……」


「そう言ってくれるだけで、私もあの子も嬉しいよ」


「……はい。ありがとうっ……ございます……」


「礼を言うのはこっちの方だ。旭を大事に思ってくれて、ありがとね」


 そう言って千代美は聖夜の背中を擦り続け、やがて、聖夜の涙が収まってきた。


「……気が済んだかい?」


「はい……なんだか、スッキリしました」


 そう言って無邪気な笑顔を覗かせる聖夜を見て、千代美は寂しそうに微笑んだ。


「千代美さん……?」


「いや……孫と一緒に暮らしてたら、こんな感じだったのかなと思ってね」


「千代美さん……」


 千代美はそっと聖夜の方を向いた。


「……私も、旭に対してずっと後悔してたことがあるんだ」


「後悔……?」


 千代美は頷いて、ゆっくりと語り始めた。


「私の『審眼』はね、対象の情報が一目見て分かる能力なんだ。だから、旭にアビリティが2つあることも、すぐに分かった」


「そうだったんですか……」


「ああ。だから私は娘に……旭の母親に言ったんだ。この子にはアビリティが2つあるから、注意してやるようにってね……でも、そのせいで旭は研究所に預けられた」


「旭の母さんは、どうして旭を……」


 すると、千代美は切ない表情で旭の親子の写真に触れた。


「鬱病だったんだ。夫が事故死して……仕事も上手くいかなくて……だから、自殺する前に旭を研究所に預けた。私じゃなくて、研究所に……私は頼りにされてなかったのさ。」


「そんな……」


「……娘と旭と、無理矢理にでも一緒に暮らしていたら……娘ともっと仲が良かったら……今でも、そう思うよ」


「千代美さん……」


「……すまないね。こんな話、聞きたくなかったろう?」


 千代美は寂しそうな微笑みを聖夜に向けた。


「……明日からバタバタするからね。もう休みなさい」


「あ……はい。おやすみなさい」


 聖夜はアルバムを片付ける千代美に上手く声を掛けられず、部屋に戻ることしかできなかった。


* * *


 寝室に向かうと、柊が起きて窓の外を眺めていた。


「柊?寝てなかったのか?」


「……うん。なんか目が覚めちゃって」


 柊は苦笑いすると、聖夜に手招きした。


「流れ星を見てたの。聖夜も来て」


「流れ星?」


 聖夜は柊の隣に座って、窓の外を見た。すると、満天の星空を流れ星がいくつも流れていた。


「天ヶ原町名物、初夏の流れ星だっけ。昔、夏実姉さんとよく見たよね」


「ああ……懐かしいな」


「聖夜、願い事を3回唱えられなくて泣いてたよね?」


「うっ……そんなことまで覚えてたのか……」


 苦笑いする聖夜を、柊は茶化すように笑った。


「……ねぇ。今、何か願うとしたら、聖夜は何をお願いする?」


「願い事か……悩むな……」


 聖夜の頭に様々な願い事が浮かぶ。


「未来を変えられますように……今を守れますように……って、どれも俺が頑張ることか」


「ふふ、確かにね」


 聖夜と柊は顔を見合わせて笑った。


「……柊は、何をお願いするんだ?」


「私?うーん……そうだな……」


 柊は少し悩んだ後、聖夜の顔を見て微笑んだ。


「……聖夜が前に進めますように」


「え……?」


「泣き声、ここまで聞こえてたよ?」


「あ、さっきの……聞こえてたのか」


 聖夜は恥ずかしそうに目を逸らす。それを見た柊が優しく頷いた。


「うん。旭のことが大事だったんだよね……辛かったんだよね」


「柊……?」


「……私ね、旭に聖夜が取られて、一人ぼっちになっちゃうんじゃないかって思ってたの」


「え……」


「酷いでしょ?でもね、それだけ2人は仲良さそうに見えたの。だから……私、1人で焦ってたんだ」


 柊の告白に、聖夜は目を丸くした。


「柊……」


「……でもね、2人がそういうことする訳ないって気付いて、2人のことを応援しようと思ってたの……だから、私も辛いよ」


 柊はそう言って、聖夜に少し寄りかかった。


「悲しいの、聖夜だけじゃないから……だから、一緒に乗り越えよう。私、何があっても聖夜の傍にいる……そう旭と約束したから」


「……ありがとう、柊」


 聖夜はそう言って微笑む。


「悲しい気持ちは消えないけど……俺、前向けるように頑張る。前を向いて、今を変えて……旭が言ってたように、世界を救うヒーローになってみせる」


「聖夜……私も、それを支えるから!」


 柊は体を起こし、聖夜にニッと笑いかけた。


「……あ、願い事思いついた!」


 聖夜はハッとして柊を見た。


「柊の体調が治りますように!ずっと具合悪かったよな?」


「聖夜……」


「何か原因とか分からないのか?清野さんに何か言われなかった?」


 聖夜の言葉に、柊は少し俯いて口を開いた。


「……急性高能力症候群。HASの疑いがあるって」


「え……?」


「本当は、もう戦わない方がいいんだって」


「そんな……何で黙ってたんだよ!」


「言ったら心配するでしょ?大事な時に、余計な心配かけたくなかったの……」


「余計なんかじゃない!兄妹なんだから心配させろよ!!」


 聖夜は柊の両肩を掴んで、必死に訴えた。


「何も言われないで……それで柊に何かあったら俺……自分のこと許せないよ!」


「聖夜……」


 驚いた表情を浮かべる柊を見て、聖夜は我に返った。


「っ……ごめん。熱くなりすぎた……」


 そう謝り、聖夜は柊の体から手を離す。しかし、柊がその手をそっと握った。


「そんなに怒ってくれると思わなかった……ごめんね」


「……謝るなよ。俺が心配して慌てただけだから」


「……ありがとう」


 柊はそう言って聖夜に微笑んだ。その頬に、一筋の涙が伝う。


「……本当は怖かったの。このまま1人で病気を抱えて、死んじゃうのが」


「柊……」


「でも、隣に聖夜が居てくれる。それだけで私、勇気を出して戦えるよ」


「柊、でも、戦ったら……」


「……いいの。最後まで皆と……聖夜と一緒に戦いたい。誰かのために、頑張りたいの。だから……私の傍に居て?」


 ──誰かのために、頑張る。


 その思いを貫くために、柊は戦い抜くことを決意していた。


 その決意を目の当たりにした聖夜もまた、決意を固める。


(誰かのために頑張る。そして……大切なみんなの今を守るんだ。……この思いを貫くために、俺は戦ってみせる。柊の隣で、最後まで……!)


「……分かった」


 聖夜は柊の涙を拭い、優しく微笑んだ。


「柊がそうしてくれるように、俺も柊の傍に居る。でも、無理しちゃ駄目だからな。清野さんとも相談しような?」


「……うん!」


 聖夜と柊は笑い合って、再び窓の外を眺めた。無数の流れ星が、美しく流れていた。


* * *


 翌日から執り行われた旭の葬儀が、静かに終えられた。未来から来た人間の葬儀だからか、千代美は2人以外に人を呼んでおらず、葬儀も簡単な物だった。


 葬儀を終え、聖夜と柊はセレモニーホールの外で、千代美と向かい合っていた。


「……もう行くのかい?」


「はい……お世話になりました」


 聖夜がそう言って頭を下げると、千代美は微笑んで頷いた。


「礼を言いたいのはこちらの方だよ。最後まで、旭の傍に居てくれて……あの子に少しの間だけでも幸せをくれて、本当にありがとう。どれも私にはできなかったことだ」


「千代美さん……それは、違うと思います」


「え?」


 目を丸くする千代美を、聖夜は真っ直ぐ見つめた。


「アルバムの中の旭は、どれも笑顔だった。千代美さんの傍に居たとき、旭は確かに幸せだったんだと思います」


「聖夜君……」


「俺達、前を向きます。旭が信じていた未来を実現するために……立ち止まりません。だから、千代美さんも前を向いて下さい」


 聖夜の言葉に、千代美はポロリと涙を零した。


「……若者に、元気づけられるなんてね」


 千代美は泣きながら、聖夜と柊に微笑んだ。


「分かった。私も前を向くよ。君達のことも応援する。だから……たまには、旭に会いに来てやってね」


「……はい!」


 聖夜と柊は頷いて、千代美に微笑んだ。


(もう泣かない。俺は、前に進むんだ)


 聖夜と柊は千代美に軽くお辞儀をして、セレモニーホールからタイムマシンへ向かって走り出した。

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