3 特殊戦闘部隊
試験から1週間後、天ヶ原町警察署の広場で、アビリティ課入隊試験の結果が張り出されていた。
「嘘だろ……」
「嘘でしょ……」
掲示板の貼り紙を見て、聖夜と柊は肩を落とす。
「どっちも落ちるなんて……」
「戦闘試験も面接試験も自信あったのに……」
「聖夜ー!柊ー!」
落ち込む2人の元へ司が駆け寄ってきた。
「え、2人とも暗いね!?」
「あ、司……結果どうだった?」
「聞いて!僕、受かったんだ!信じられないよ!!」
「おぉ……良かったな……俺達はどっちも駄目だった……」
落ち込む聖夜と柊に、司はなんと声をかけたら良いか戸惑った。
「ま、また来年もあるし……」
その時だった。
「化け物だ!!」
2人が声のする方に目をやると、全身岩石の人型をした怪物が暴れていた。怪物は大きな1つ目をギョロギョロさせながら人々に殴りかかろうとしている。
試験結果を見に来ていた人々が悲鳴を上げながら逃げ回るのを見て、聖夜は柊に言い放った。
「止めに行こう!」
柊も頷き、聖夜と共に怪物の居る方へ駆けていこうとしたが、司に腕を掴まれ立ち止まった。
「駄目だよ!……あれは高次元生物だ。僕達の倒せる相手じゃないんだ!」
高次元生物とは、人々を襲う異形の怪物である。生息地、出現条件などは一切不明。その生態も多岐に渡る、謎の多い存在だ。
「高次元生物を倒せるのは、特殊戦闘部隊だけなんだ。早く逃げないと!」
柊は怯えた顔で訴える司の手を振り払った。
「倒せない相手だろうと関係ないよ」
聖夜も頷く。
「ああ。俺達、誰かのために戦いたいんだ」
そう言い残すと、2人は高次元生物に向かって駆け出し、拳を振り回す高次元生物の前に立ちはだかった。
「もうやめろ!」
しかし言葉が通じるわけもなく、高次元生物は聖夜に殴りかかった。
「『加速』!」
聖夜の身体が空色の光に包まれる。聖夜がバク転しながら高次元生物の動きを躱すと、空色の光が尾を引きながら彼の後を追った。聖夜の素早い動きのせいで、どれほど攻撃しても空振りするばかり。高次元生物は聖夜を睨みつけながら唸った。
「何度だって躱してやる……!」
聖夜は尚も高速で相手を翻弄し続ける。相手の攻撃は当たらなかったが、このまま躱しているだけでは何も解決しない。攻撃の隙を作ろうと、聖夜は柊に目線を送った。
「うん……!『遅延』!」
聖夜の意図を汲み、柊が高次元生物に向かって両手を向ける。すると、高次元生物の身体が空色の光に包まれ、動きが極端に鈍くなった。
「聖夜!今!」
柊の声に頷いて、聖夜は拳を力を込めた。
「『加速』だ!」
腕の動きを加速させ、拳を高次元生物に打ち込もうとしたその時。
「ウウ……」
高次元生物の目から涙がこぼれ落ちた。
「え……?」
思わず拳を下ろした聖夜に、高次元生物が殴りかかった。高次元生物は勝ちを確信したような笑みを浮かべている。
「しまった……!」
聖夜が思わず目を閉じた次の瞬間。
「吹き荒れろ!」
その声と共に、聖夜と高次元生物の間に突風が吹いた。高次元生物は風に押しやられ、大きく転倒する。
「何だ……!?」
聖夜が空を見上げると、空中から青いマントを羽織った少年が降りてきた。彼は風の抵抗でふわりと着地すると、まつ毛の長い切れ長な目で聖夜を睨みつける。
その少年は背が低く、長い睫毛と結われた少し長い髪はさながら少女のようだ。しかし、その見た目とは裏腹に、その眼光は威圧感が強すぎる。
「邪魔だ」
「え……」
「やつは俺達が始末する。お前は下がっていろ」
「で、でも……!」
躊躇う聖夜に、少年は言い放つ。
「さっき、お前はとどめを刺すのを躊躇っただろう?そんな奴にあれが倒せる訳がない」
「それは……」
聖夜は口をつぐんだ。
「聖夜!よく分からないけど……ここは任せよう」
離れた場所から、柊が聖夜に駆けてくる。柊は聖夜に駆け寄るなりそう言った。
「柊、どうして……」
すると、柊の後ろから歩いてきた銀髪の少年が、微笑みながら答える。
「それは、僕らが高次元生物と戦うことを専門としている戦闘組織……特殊戦闘部隊だからさ」
銀髪の少年は柔和な表情のまま2人を見た。穏やかな表情のはずなのに、彼の瞳の色も、雰囲気も、氷のように冷たい。
「すぐ終わらせるから、そこに居てくれ」
彼はそれだけ言うと、高次元生物に向き直った。高次元生物は体制を立て直し、こちらを鋭く睨みつけている。その様子を見て、銀髪の少年は微笑んだまま指を鳴らした。
「凍てつけ」
すると、なんと一瞬で高次元生物が凍りついたのだ。天ヶ原警察署の広場の中心に、透き通った氷山ができ上がる。
「すごい……」
柊の呟きに風の少年は短く答えた。
「当然だ……この人は強い」
銀髪の少年が指を再び鳴らすと、高次元生物がバラバラに崩れ去った。
「任務完了……だね」
銀髪の少年は聖夜達の方を振り返ってふわりと笑った。先程までの冷たい印象が、任務を終えたことによって幾分か緩和されている……そんな笑顔だった。
「2人とも、怪我はない?大丈夫?」
「ああ……大丈夫です」
「私も平気です」
「よかった。ところで君達、宵月兄妹を知らないかい?探してるんだけど」
彼の言葉を聞いて、聖夜は慌てて答える。
「俺、宵月聖夜です!こっちは妹の柊。俺達に何か用ですか?」
「そうか、君達が……」
「聖夜!柊!」
向こうから司が駆けてきた。司は、ワイシャツに黒いコートを重ねた青年と一緒だった。
「司!」
「怪我はない?大丈夫?」
「大丈夫!」
「そっか……よかったぁ……」
司はそう言って胸をなで下ろす。すると、その様子を見ていた、黒いコートを着たふわふわとした黒髪の青年が、深紅の瞳を真っ直ぐ2人に向けながら、静かに尋ねた。
「宵月聖夜と……宵月柊だな」
「あ、はい……」
「そうですけど……」
「私は志野千秋。特殊戦闘部隊の総隊長をしている。君達をスカウトしに来た」
「え……?」
「そういえばさっきも言ってたけど、特殊戦闘部隊って……?」
2人が首をひねると、司は慌ててフォローした。
「特殊戦闘部隊って……アビリティ課の姉妹組織で、高次元生物を討伐して平和を守ってる、すごい組織のことだよ!隊員は全員スカウトしてるって噂、ほんとだったんだ……!」
「聞いたことないな……」
「ほ、ほんとに……?」
「私も知らない……高次元生物はアビリティ課の管轄じゃないの?」
ピンと来ていない様子の2人を見て、千秋は微笑んだ。
「さぞかし大事に守られてきたんだな。君達は」
千秋は手を差し伸べた。
「特部を案内しよう。ついてきてくれ」
* * *
千秋に車で連れられて来たのは、町の郊外にある立派な黒い建物だった。警察署と似たつくりの、3階建ての建物。玄関の、艶のある黒い壁には、金色の文字で「特殊戦闘部隊 中央支部」と刻まれている。
「着いたぞ」
「ここが特部の本部……?」
柊が尋ねると、千秋は頷いた。
「ああ。ここは本部兼中央支部だ」
「支部ってことは、他にも部署があるんですか?」
「そうだ。その事についても中に入って話をしよう」
静かに建物に向かう千秋の後に続いて、聖夜と柊も入口の自動ドアをくぐる。すると、千秋の姿を見つけた赤毛の女性が、受付から慌てて駆け寄ってきた。
「志野総隊長!おつかれさまです!」
「ん、君は……」
「昨日付けで配属になりました!新人オペレーターの真崎日菜子です!」
「ああ、君が例の。琴森はどこだ」
「私を呼びました?」
千秋が尋ねると、艶やかな長い黒髪の女性が、受付窓口の横の扉を開けて、こちらへ向かってスタスタと歩いてきた。彼女は、聖夜と柊を見るなり、何かを察したように真剣な顔になる。
「総隊長、もしかして2人が……」
「ああ。こちらは宵月聖夜と宵月柊。新たに中央支部に配属する隊員だ。……2人とも、彼女はここの支部長だ。入隊後分からないことがあったら彼女に聞いてくれ」
「琴森聡美よ。よろしくね、2人とも」
琴森は、髪をかきあげながら柔らかく微笑んだ。その大人っぽい仕草に見とれている聖夜の足を、柊がげしっと蹴る。
「痛っ…………。よ、宵月聖夜です。よろしくお願いします!」
「宵月柊です。よろしくお願いします」
「よし。それでは総隊長室に向かおう……」
「おーい、千秋!」
背後からの声に振り返ると、書類を持った眞冬が玄関へ入ってくるところだった。
「頼まれてた依頼これでよかったか……って、聖夜に柊!?」
「眞冬兄ちゃん!」
「何でここに居るんだ?アビ課は……」
「落ちたけど、特殊戦闘部隊にスカウトされたんだ!」
「そっか……」
複雑そうな表情をする眞冬に、聖夜と柊は首を傾げる。
「眞冬兄ちゃん?」
「眞冬兄さん、どうかしたの?」
眞冬は、不思議そうな顔をする2人に対して慌てて笑顔を作ると、首を横に振った。
「……なんでもないよ」
「眞冬、その資料……例のものか?」
千秋が尋ねると、眞冬は慌てて頷いた。
「そうそう!……できれば早めに話したい。今、時間良いか?」
「分かった。琴森、後を頼む」
「了解。……さあ、2人とも、ついてきて。真崎さんは受付業務をお願い」
「はい!」
2人が琴森の後をついて廊下の奥へ消えていく。それを見送ってから、眞冬は千秋に尋ねた。
「お前……夏実の家が引き取った子だって分かってて特部に入れたのか?」
「……ああ。だがあの能力、アビ課に留めておくのは惜しい」
「あいつが何で2人を特部から遠ざけておいたのか、分かってるよな?」
眞冬にしては珍しく厳しい声だった。
「……ああ」
千秋は右手の薬指に嵌めた桜を象った指輪を見つめて、静かに呟く。
「守るさ。それが総隊長の仕事だからな」
* * *
聖夜と柊は琴森についていき、特部の施設を案内されていた。手始めに案内された部屋は、大きなモニターと機材のある広い部屋だった。数席あるデスクには制服を着た職員が座っており、モニターを確認しながらパソコンのキーボードを叩いている。
「大きいモニターだな……」
聖夜が感心していると、琴森はテキパキと説明する。
「ここは司令室。映ってるのは全国に設置している小型カメラの映像ね。ここでモニターを確認しながら、高次元生物を発見したり、隊員のサポートを行うの。高次元生物は知ってるわね?」
琴森が尋ねると、柊は頷いた。
「平たく言うと、怪物みたいなものですよね?時々ニュースになってますよね」
柊の言葉に琴森もまた頷く。
「念のため、詳しく解説するわね。高次元生物とは、人の形に近いものも居れば、全く違うものも居る、アビリティのようなもので人々を襲う怪物。その形態は多岐に及ぶけれど、共通点として意思疎通ができないことが分かっているわ。年間被害者数はおよそ1万人。うち死亡者数1000人。交通事故と比較したら少ないけれど、最近増加傾向にあるわ。……それを少しでも減らすのが特部の役目ね」
「特部か……そういえば、特部って何人くらい隊員が居るんですか?」
聖夜は不思議そうに首を傾げる。すると、琴森はウインクしながらこう言った。
「じゃあ、今から隊員達に会いに行きましょうか」
* * *
琴森に連れられて、聖夜と柊は談話室を訪れた。
「失礼します……」
談話室の中には、黒い制服を着て、青いマントを身につけた5人の少年少女が、中心の丸いテーブルを囲んで座っていた。彼らは聖夜たちに気が付くと、各々2人の様子を窺う。
「紹介するわね。こちらは宵月聖夜君と宵月柊さん。新しく中央支部に加わった隊員よ」
「よ、よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」
2人はそれぞれお辞儀する。
「さ、みんなも自己紹介して」
「では僕から」
室内にも関わらずマフラーをつけた、端正な顔立ちをしている先程の銀髪の少年が立ち上がり、柔和な笑みを浮かべた。
「僕は中央支部リーダー、北原白雪。アビリティは『氷雪』。よろしくね」
「よろしくお願いします!……ところで、何でマフラーしてるんですか?ここ、建物の中だし、もう春なのに……」
聖夜が尋ねると、白雪は柔和な笑みを崩さずに答えた。
「高能力症候群……HASを患っていてね。能力の制御が人より苦手なんだ。だから室内でもマフラーを着けていないと寒いんだよね」
「HAS……?」
聖夜は首を傾げる。すると、柊が横からフォローを入れた。
「High Ability Syndromeの略だよ。強いアビリティを持つ代わりに、体へのダメージが大きいの」
「ああ、なるほど……」
白雪は、納得した様子の聖夜に微笑み、隣に座っていた若葉色の髪を白いリボンで緩く結った少女を視線で促した。彼女は少し頬を染めながら頷き、聖夜と柊に向き直って口を開く。
「次は私ね。美ヶ森花琳です。アビリティは『植物』よ。よろしくね、2人とも」
「花琳さん……よろしくお願いします」
柊が挨拶すると、花琳は優しげなタレ目を細めて穏やかに微笑んだ。
「はいはーい!次はあたしな!」
花琳の隣に座った、紺色のポニーテールの元気な少女が名乗り出た。
「あたしは美ヶ森海奈。アビリティは『水』!よろしくな。気軽に海奈って呼んでくれ」
「ああ……海奈、よろしくな!」
聖夜が明るく頷くと、海奈は嬉しそうに笑った。聖夜の傍らにいる柊も、海奈の気さくな様子に微笑んでいる。
とても明るい雰囲気だったが……海奈が自己紹介を終えると、部屋が静かになってしまった。
「……2人とも、自己紹介しなよ!」
海奈が苦笑いしながらそう言うと、明るい茶髪で、長い前髪の少年がぼそぼそと言った。
「……海透深也。アビリティは『透明化』。……よろしく」
「ああ、よろしくな」
聖夜が笑いかけると深也は目をそらした。人見知りなのだろうか。
「……それで、君は?」
柊が残りの少年に声をかけると、少年は2人を睨みつけた。
小柄で、少し長い翡翠色の髪を一纏めにした、一見すると少女のように見える、先程自分達を助けてくれた少年。しかし、その迫力に聖夜は少し身構える。
「……お前達、特部を知らなかったんだろ」
「あ、ああ……」
「そんな奴らを仲間として受け入れるのは難しい」
聖夜が助けを求めて琴森を見ると、彼女はやれやれと額に手を当てていた。
「ここに居る隊員は、みんな特部がどんな組織か知っていて、戦う覚悟を持って入隊した人ばかりなんだ。……お前達みたいな、戦う覚悟があるかも分からない奴、俺は認めない」
そう言う少年を柊は思い切り睨み返す。
「さっきから黙って聞いてれば何なの?確かに特部のことは知らなかったけど、憶測で私達を判断しないでくれるかな?」
「お、おい柊……」
慌てて制止に入る聖夜を、柊は遮った。
「君は知らないかもしれないけど、私達、誰かを守るためにアビリティ課の試験を受けたの。それで、戦闘試験は突破してる。戦う覚悟も、戦う力だって持ってるの。なのに、それを知らずにずけずけと……。思い込みで相手を判断するの、人としてどうかと思うけど」
柊の言葉に、彼の眉がピクリと動く。
「なんだと……」
「文句があるなら、私達のことを知ってから言って。強さの証明が必要なら、今ここで君のこと倒したっていいけどね」
「俺を倒すだと?2人がかりで高次元生物を倒しきれなかったお前が?笑わせるな」
徐々にヒートアップしていく2人の様子に、周りの隊員も戸惑いの表情を浮かべる。
「ひ、柊……落ち着けよ。俺達、喧嘩しに来たんじゃないだろ?」
「でも……!」
その時、突如サイレンが鳴り響いた。
『天ヶ原商店街に高次元生物が発生しました!中央支部、直ちに出動して下さい』
高次元生物の発生を報せるアナウンスが鳴り響くと、琴森は即座に言い放った。
「花琳さん、海奈さん、深也君はここで待機。残りのメンバーで商店街へ急いで!」
「了解」
「チッ……分かりました」
白雪と少年は談話室から駆け出した。部屋から走り去る少年に対して、柊はべーっと舌を出す。その様子に苦笑いしながら、聖夜は琴森の方を向いた。
「琴森さん、俺達は……」
「あなた達2人にも同行して貰うわ」
所在なさげに戸惑う聖夜に対して、琴森は冷静に告げる。
「え……俺達今日来たばっかりで何も分からないけど、大丈夫かな……」
「大丈夫。白雪君達は長い間特部を支えてきた隊員だから、あなた達のフォローをしても十分戦える。それに……」
琴森は柊を見て悪戯っぽく笑う。
「見返してやりたいでしょ?」
「……うん!」
柊は力強く頷いた。
「行こう、聖夜」
「ああ、分かった!」
2人は談話室から走り出た。
* * *
外に出ると、黒い乗用車が2人を待っていた。
「白雪さん達は!?」
聖夜が問うと、運転手は冷静に答えた。
「先に行かれました。2人も早く乗って下さい」
促されて車に乗り込もうとしたその時だった。
「おーい!」
後ろから真崎が紙袋を持って追いかけてきた。
「2人にこれを!」
真崎から手渡されたのは青いマントだった。
「これって……?」
柊が首を傾げると、真崎は言った。
「特部の証みたいなものです!支部ごとに色は違うみたいで、うちの支部は青です。それからこれも!」
真崎は、2人に黒いデジタル腕時計を手渡す。
「通信機能がついてる時計です。これを使って司令室からサポートしますからね!」
そこまで言い終えると、真崎はガッツポーズを作って笑顔を見せた。
「2人とも、頑張って下さい!」