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36 ウォンリィの話

 南日本支部での戦闘から離脱したウォンリィは、ノエルと共に廃病院の廊下を歩いていた。彼は、前を歩くノエルの背中を3歩後ろからついていく。


 ノエルの質のいい金髪が、窓から差し込む夕日の光でキラキラと輝いた。その光景が、ウォンリィが彼に着いていこうと決めた日と重なる。


(……綺麗だ。傍に寄ることが躊躇われるぐらいに。貴方は、いつだってそうだ)


 ウォンリィは切なげに目を伏せながら、彼と出会った日のことを思い返した。


* * *


 世界で最も強い軍事力を誇る国、白夜帝国。ウォンリィは弱冠16歳にして、その帝国軍の軍事戦略課に所属していた。


 的確な戦略を編み出し、他国を次々に追い詰めていく彼のことを、周囲の人間は「天才少年だ」と噂する。ウォンリィ自身もそれに気がついており、周囲が自分を認めてくれることが誇らしかった。


──戦争が続けば、みんなが僕を認めてくれる。なら、続ければいい。他国を全て支配するまで。ずっと。


 愚かにも、彼はそう思っていた。


 あの日までは。


* * *


 白夜が北の国フリーデンを侵攻し、フリーデン南部から中央部の領土を完全に掌握しようかという頃のこと。


 ウォンリィがいる白夜軍司令室に、大勢の白い軍服の兵士が押し寄せてきたのだ。


 ウォンリィは侵入者達を見て、目を見開く。


「お前達は……エデン政府軍?どうして、ここに……」


 ウォンリィがそう言うと、1番前にいたエデン兵が、白夜軍の人間達を睨み付けながら言い放つ。


「戦争に関わった大罪人達を、消しに来たのだ!!」


 エデン兵は、銃を構えると、司令室で働く人間を無差別に銃撃した。


 ウォンリィは咄嗟に部屋中央のテーブルの下に隠れる。しかし、反応が遅れた同僚達が、血を吹き出しながら倒れる。


 ウォンリィの視界に、血の海が広がっていく。倒れた同僚の亡骸と目が合った。


「っ……!」


 その凄惨な光景を目の当たりにし、ウォンリィの体が恐怖で震えだす。


(僕は何も分かってなかった。戦争は人の命を奪う物なんだ。こんな風に……!)


 ウォンリィの耳に、兵士達の足音が迫る。逃げ場なんてない。殺されるしかない。ウォンリィは、そう思った。


(僕は、どうして戦争を続けたいなんて思ってたんだ!?馬鹿だ!大馬鹿だ!!人の命を奪っておいて、自分の命が惜しいだなんて……!)


 自分に生きる資格なんてない。戦争で、大勢の命を奪った自分が、これ以上生きて何になる?そんな考えが、ウォンリィの頭をよぎる。だが、彼の体は動いてくれなかった。


──死ねばいい。いや、死んでしまえ。エデン兵が言うように、戦争に関わった、僕達なんて……!


 しかし、彼が殺されるよりも、入り口から這い出た闇が、兵士達を貫き殺すのが先だった。


「ぐぁっ……!?」


 ウォンリィの同僚達の血に、エデン兵の血が混ざる。真っ赤な血溜まりがウォンリィの服を汚した。


 突如として兵士達が死に、何が起きたか分からないウォンリィは、机の下から闇の主を覗き見た。


 すると、そこにいたのは……顔や服を返り血で汚しながらも涼しい顔をしている、端正な顔立ちの金髪の少年だった。


 恐ろしい状況なのに、ウォンリィには彼がとても美しく思えた。それこそ、絶対に触れてはならないような綺麗さを、彼から感じ取ったのだ。


「白夜との戦争の次は、エデン政府軍との戦争か。腐ってる……」


 少年はそう呟くと、血溜まりを歩いて司令室のモニターの前に行き、それを見つめた。


「……ここの兵士は、もう全員倒したかな」


 少年はそう呟くと、振り返って机の下に声をかける。


「いつまで隠れてるつもりだ?」


「っ……!」


「……君が何者かは知らないが、いきなり君を殺すつもりはない。出てきたら?」


 少年に優しく促され、ウォンリィは震えながら机から這い出た。


「……君は?」


 少年に尋ねられ、ウォンリィは固唾を飲む。なぜなら、ノエルの服装が、自国が侵攻していたフリーデン軍の軍服だったからだ。


 ウォンリィが黙り込んでいるのを見て、少年は再度、ゆっくりと彼に問いかける。


「君の名前は?」


「う、ウォンリィ・フォン……」


「ウォンリィか。白夜らしい響きの名前だ」


 少年はそう言うと、彼に向かって微笑んだ。


 その笑顔が、ウォンリィの胸を焼く。


「なんで僕の顔を見て笑うことができるんだ!……僕は、君の国を侵攻した、敵国の人間なんだぞ……!?」


 ウォンリィが早口でまくし立てると、少年は笑顔を崩さずに答えた。


「僕が憎んでいるのは白夜じゃない。戦争だからだ」


 少年の言葉に、ウォンリィは目を丸くする。


「戦争……?」


「そう。憎むべきは、戦争に加担した人間じゃない。戦争を引き起こすきっかけになった、アビリティという力と人類の思考そのものだ。……敵国の人間を殺したところで、戦争が終わるはずもない」


 少年はそう言うと、ウォンリィに柔らかく告げた。


「僕はノエル。戦争で滅んでいく世界を正すために、旅をしている。だが、1人でできることには限界があるんだ。だから……もし、君が僕のように戦争を憎んでいるのなら、力を貸して欲しい」


「え……?な、何で僕を……」


「簡単さ。君が、死ぬのを怖がっているからだよ」


 図星を突かれ、ウォンリィの体が強張る。ノエルはそれに気がつきつつも、言葉を続けた。


「戦争は人の命を奪うもの。でも、君は死ぬのが怖い。また、その恐怖によって行動ができない。……本当は気づいているんだろう?自分が、戦争を恐れているということに」


 ノエルはそこまで言うと、ウォンリィの胸に触れ、優しく告げる。


「それなら、僕と一緒に平和な世界を作るために、その命を使ってくれないか?戦争で、自他の命を失くすためではなく……平和な未来のために、生きてくれないか?」


──生きてくれないか。


 その言葉が、ウォンリィの胸に突き刺さる。


 ウォンリィは、自分には生きる意味も生きる資格もないと思っていた。死ぬのは怖い癖に、死ぬべきだと思っていた。


 しかし、ノエルはウォンリィ与えてくれた。


 生きる意味を。


「……いきます」


 ウォンリィは、ノエルの手に自分の手を重ねて、涙を流しながら彼に答える。


「僕、貴方についていきます。貴方についていって……平和な未来を、作ります。いつか、きっと……!」


 ウォンリィの言葉に、ノエルはただ微笑む。


 これが、2人の出会いだった。ウォンリィにとっても、ノエルにとっても……運命的な、出会いだった。


* * *


 廃病院の廊下で、自分の前を歩いていたノエルが、ある病室の前で立ち止まった。


 病院3階にある大部屋。今、この病室にいるのは、未来にいた時にウォンリィ達が利用しようとしていた人物……時空科学者の宵月明日人だ。


「……ウォンリィ、僕は彼と話してくる」


 ノエルは振り返らずにウォンリィに言う。


「話す……何を、ですか?」


「今後のことさ。……きっと、この病院も安全じゃなくなるからね」


「……まさか、特部の連中がここに来るとでも?」


 戸惑うウォンリィに向かって、ノエルは静かに告げる。


「ああ。特部は……聖夜はここに来る。必ずね」


「なぜ、そう言いきれるのですか?ここが僕達の拠点だと、特に公表してしませんよね?」


 ウォンリィが問うと、ノエルは振り返って微笑んだ。


「この病室から脱走した少女が、南日本支部にいただろう?彼女は聖夜達の味方だ。なら、ここを教えていても不自然じゃない。……君になら、そのぐらい分かると思っていたけど」


「あ……そ、それは……」


「ふふっ、何か考え事でもしていたのかな」


 ノエルはそう笑うと、再び彼に背を向けた。


「とにかく、彼らを迎え撃つ準備を進めてくれ。この病院を守れるだけの、兵士を用意するんだ。……君なら、簡単だろう?」


「……分かりました」


 ノエルは、ウォンリィの返答に小さく笑い、病室の中に入っていってしまった。


 閉じられたドアを、ウォンリィはただ見つめる。


(今後のことなんて言ってたけど……僕は知ってる。貴方が、宵月明日人に肩入れしていることを)


 そっとドアに触れ、ウォンリィは悔しそうに目を伏せる。


(僕は貴方を分かってる。分かりたいと思っている。でも、貴方の中には、僕よりも重要な人が、沢山いる)


 ウォンリィは、目を閉じて、小さく呟いた。


「……ずるいよ」

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