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35 南日本支部

 一方、聖夜と柊は南日本支部に到着していた。高台に建てられた建物のため見晴らしが良いはずだが、霧に包まれて周囲が見渡せない。


「……すごい霧」


「ああ……」


 柊に相槌を打ちつつも、聖夜の頭の中は別のことでいっぱいだった。


(ノエル……俺達の敵なのか?それに高次元生物は元人間……俺、ちゃんと戦えるのかな?)


「聖夜?」


「あ……なんでもない」


「ならいいけど……任務なんだから、集中しよ」


「……うん」


(そうだ。俺達が戦わなきゃ、傷つく人が居る……。覚悟決めなきゃな)


 聖夜は深呼吸して気持ちを落ち着ける。その時、通信機から声が聞こえた。


『聖夜君、柊さん、聞こえる?』


「琴森さん!はい、聞こえます」


 聖夜は通信機に向かって返事をした。


『南日本支部にはオペレーターがいないから、こちらからサポートするわ。真崎さんと旭さんと一緒にね』


「旭も……?」


『……聖夜、柊、頑張って』


 旭の控えめな声に、聖夜と柊は顔を見合わせて頷く。


「任せてくれ、旭!」


「サポート、よろしくね」


『……うん!』


 旭の嬉しそうな声を聞き、聖夜はふっと頬を緩めた。


(……旭も特部に馴染んできてよかった)


 その時。


「聖夜、後ろ!」


 柊の声を聞き、背後を振り返ると腕の筋肉が異様に発達した人型の怪物が、聖夜に襲いかかってくるところだった。


「何!?」


 唐突な出来事に聖夜は体勢を崩してしまう。


「聖夜!」


 高次元生物の拳が、聖夜に迫る。


(しまった……!)


 次の瞬間、黄色いマントを纏った黒髪の少年が、高次元生物の前に現れた。


「『盾』!」


 大きな盾が、高次元生物の攻撃を防ぐ。


「大丈夫ですか?」


 少年は聖夜を振り返ると、穏やかに微笑んだ。彼の右目は長い前髪で隠れているが、左目の眼差しだけでも、彼の優しい雰囲気は伝わってくる。


「君は……南日本支部の?」


「はい。守谷優一です。アビリティは『盾』。よろしくお願いします」


「俺は宵月聖夜。助けてくれてありがとな」


「いえいえ。お互い様ですから」


「ところで……他のメンバーは?」


 聖夜が尋ねると、優一は微笑みながら高次元生物を見た。すると、どこからともなく桃色に輝く蝶が高次元生物の顔を覆った。


 高次元生物は視界を遮る蝶を振り払おうとするが、蝶は一向に離れない。


「蝶……?」


「あたしのアビリティよ」


 いつの間にか、聖夜の傍らに桃色のお団子頭の少女が立っていた。少女は右手に鞭を握りしめ高次元生物の様子を窺う。


「お見事です。憂羽様」


 憂羽と呼ばれた少女は得意げな顔をした。そして、聖夜に気がつくと彼に笑いかける。


「あたしは高蝶憂羽。アビリティは『蝶』よ」


「そっか……俺は宵月聖夜。よろしく、憂羽」


 憂羽は微笑むと、高次元生物に向き直った。


「あいつの能力は見た所パワー型。霧を出してるのは別個体……」


「僕達が確かめただけで、3体の高次元生物の反応がありました。だから、応援要請を出したんです」


「そうなのか……どう戦えばいいんだ?」


『聖夜、まずは霧を払おう。敵が見えなかったら、また不意打ちされる……』


 悩む聖夜に、旭が答えた。


「……分かった。まずは霧を出してる奴を倒そう」


 その言葉に、その場にいた全員が頷いた。


「でも、この深い霧の中、どうやって探せば……」


 柊が眉間にしわを寄せると、憂羽がそれに答えた。


「あたしの『蝶』に探させる」


 憂羽が手を合わせると、無数の輝く蝶が霧の中を飛んでいった。桃色の光が、蝶の位置を知らせる。


「……3時の方向に1体、6時の方向に1体!残りは目の前にいる奴!」


「では手分けをしましょう。聖夜君と僕は3時の方向に、憂羽様はここに残って。あなたは6時の方向に」


「分かった!」


 聖夜達はそれぞれの方向に向かって駆け出した。


* * *


 聖夜達が戦闘を開始したのを確認し、注意深くモニターを見ていた琴森だったが、不意に右のこめかみにズキリと痛みが走る。


(……近くに何かいる)


 琴森はこめかみに手を当て、目を閉じた。すると、彼女の瞼の裏に中央支部の建物の立体図が現れる。そして、医務室の中に、赤い人影……敵を示すマークが出現しているのに気がつき、目を見開いた。


(清野さんが危ない……!)


 琴森は隣で戦況を確認する真崎をチラリと見て、小さく声を掛ける。


「真崎さん、ここを任せていいわね?」


「はい!……え?任せるって……どういう……」


「旭さんと聖夜君達をお願い」


 琴森はそれだけ言うと、席を立ってしまった。


「琴森さん!?」


 驚いた顔で固まる真崎の腕を、隣に座った旭が掴む。


「真崎さん、大丈夫です」


「え……?」


「私達も、琴森さんも、大丈夫です」


 始めは旭が何を言っていたか分からなかった真崎だったが、旭のアビリティが『未来予知』だということを思い出し、顔を引き締めて頷く。


「……はい!聖夜君達のサポート、頑張りましょう!」


 真崎はそう言うと、再度モニターを注視した。


* * *


 琴森は司令室を出ると、事務室へ向かい、金庫の鍵を開けて中から銃を取り出した。


(使うの、久しぶりだけど……やるしかないわ)


 銃をしっかりと握り締め医務室へと向かう琴森を、聞き慣れた声が呼び止める。


「琴森」


 振り返ると、総隊長の千秋が駆け寄ってくる所だったのだ。


「総隊長……!」


「何かを、『探知』したんだな?」


 千秋の問いに、琴森はしっかりと頷く。


「医務室に敵がいる可能性が高いです」


「……分かった。行くぞ」


 琴森は千秋と共に医務室へと急ぎ、その扉の前で銃を構えた。


 それを確認して、千秋は勢いよくドアを開ける。


「そこを動くな!!」


 すると、部屋の中には壁際で『闇』に首を締められている清野と、向日葵のように美しい金髪の少年の姿があった。


 少年……ノエルはゆったりと振り向くと、千秋に向かって微笑む。


「やあ。遅かったね」


「君は、今朝の動画の……!」


「ああ、見てくれたんだ」


 ノエルは嬉しそうな顔をすると、闇を仕舞い清野を解放する。


「ゲホッ、ゲホ……」


「清野さん!」


 清野に駆け寄ろうとする琴森を、ノエルはいたずらに『闇』を放ち牽制する。


「僕は君達と話がしたくてここに来たんだ。でも、そこの彼女は話に応じてくれなかった。……君達は、違うよね?」


 ノエルはそう言うと、野葡萄色の瞳を仄暗く輝かせて千秋を見る。


──話し合いに応じなかったら、清野の命はない。


 暗に示されたその意図を汲み、千秋はゆっくりと頷く。


「……分かった。総隊長室に応接用のスペースがある。そこで聞こう」


 千秋の返答に、ノエルは柔らかく微笑んだ。


「ありがとう。……じゃあ、早速、連れて行ってもらうよ」


 千秋はそれに頷き、ノエルを琴森との間に挟んで、総隊長室へと歩き出した。


* * *


 総隊長室へ着くと、千秋はノエルを応接用のソファに座らせ、琴森と共に向かい側へ座った。


「それで、話とは何だ?」


 千秋が尋ねると、ノエルは優しく微笑んで告げる。


「簡潔に言うよ。これ以上、僕達の計画に踏み込まないでくれ」


「計画というのは、高次元生物を生み出し、それの脅威が人間のアビリティによるだと示すこと。そして、恐怖と力をもってこの時代を支配することだな?」


「へぇ、よく分かってるじゃないか」


 ノエルはパチパチと拍手をした後、千秋に冷たい笑みを見せる。


「分かってるなら話が早い。一刻も早く、僕達の邪魔をやめてくれ」


 背筋が凍るような、今まで何人もの人間を殺してきたことを証明しているような、冷酷な笑顔。それを見た琴森の顔が青ざめる。


 しかし、千秋は怯まなかった。


「悪いが、それはできない」


「……何故だい?」


「私達の使命は、高次元生物から人々を守ることだ。人々の安全を脅かすような提案を、のむ訳にはいかないんだよ」


「使命、ね」


 ノエルは鼻で笑うと、千秋に向かってにこりと笑いかけた。


「じゃあ、僕達の使命も教えてあげよう」


 ノエルはそう言うと、千秋を真っ直ぐに、虚ろな眼差しで射貫いた。


「僕達は、戦争で滅ぶ未来を変えるためにこの時代に来た。僕達の時代はね、アビリティによる技術や戦力によって、他国を傷つけ自国の地位を証明するような、惨たらしい戦争が何年も続いていたんだ。それも……人々がアビリティで人を傷つける思想を当たり前だと認知していたからだよ。だから、その思想を改めるために、僕達はアビリティによる犯罪が急増した、この時代の人々の思想を矯正しようとしている」


 ノエルはそこまで言うと、千秋に向かってニヤリと笑った。


「君達の使命より、ずっと壮大で重要な使命だろう」


 ノエルの話を黙って聞いていた千秋だったが、やがて真剣な顔で口を開いた。


「だからといって、私達は君達に従うことはできない。君達が君達の時代を守ろうとするように、私達も私達の時代を守らなければならないんだ。……大切な人を失って悲しむ人を、これ以上増やさないためにも」


 千秋の言葉を聞いたノエルは、溜息を吐いて立ち上がった。


「交渉の余地はないということだね」


 ノエルは掌を千秋に向け、冷徹に告げる。


「なら、消えて貰うほかない」


 ノエルの掌から、鋭い形を作った『闇』が放出され、千秋に迫る。


「……!」


 千秋はそれをギリギリで躱し、立ち上がってノエルめがけて炎を放った。


 しかし、ノエルは『闇』の壁でそれを吸収し、ニヤリと笑う。


「無駄だよ」


 総隊長室が、闇で覆われていく。戸惑う琴森の足を、闇が絡め取って動きを封じた。


「っ……!」


 しかし、動揺したのも一瞬。琴森は即座にノエルに向かって発砲する。だがそれも、ノエルの闇の壁によって防がれてしまった。


(この子、強い……!)


 琴森の絶望する顔を見て、ノエルは嬉しそうな笑顔を浮かべながら彼女に向かって手を伸ばした。


 すると、琴森の体を闇が縛り上げたのだ。


「うっ……!」


「琴森!!」


 焦って大きな声を出す千秋に向かって、ノエルは笑いながら尋ねる。


「彼女は君の大切な人なのかい?」


「何……?」


「彼女は君の、今の大切な人なのかって聞いてるんだ」


 ノエルに問われ、千秋は迷わず答える。


「……当然だ。琴森や特部のみんなは、今の私が守るべき大切な仲間だ!」


「その口ぶりだと、君が愛する人間は別にいるんだね?」


 ノエルはそう微笑むと総隊長室の端にある棚に歩み寄り、撫子色の長い髪の少女が笑っている写真立てを手に取って、千秋に向かって尋ねる。


「この人の名前は?ずっと気になっていたんだけど」


 千秋の瞳が動揺で揺れ動く。それを見てニヤリと笑いながら、ノエルは更に問いかけた。


「物が少ないこの部屋で、唯一、大切そうに飾られているこの写真。君にとって特別なんじゃない?」


「っ……!それに、触るな!!」


 千秋はノエルに炎を放ったがノエルはそれを躱して写真立てを炎の中に放った。


 それに気がついて即座に炎を止めた千秋だったが、時既に遅し。写真立てが、中の写真ごと炭になって地面に落ちた。


「……そんな」


 千秋はその場に崩れ落ちる。それを見たノエルは、冷たく笑って彼に告げる。


「……昔、ウサギの飼育小屋を燃やしてしまい、いじめられ、この町に逃げて来た君は、心優しく純粋な北原春花という少女に恋をした。だが、その彼女も君を庇って死んだ」


 ノエルは千秋に歩み寄り、優しく囁く。


「疫病神だな、君は」


 千秋の目が光を失って揺れる。ノエルはそれを見て更に追い打ちをかけた。


「君が僕を止める方法は、1つだけ。この建物にいる人間ごと、僕を巻き込んで燃やし尽くすことだ。……簡単だろう?君の炎は、他人を傷つけるためにあるのだから」


 何も言えず俯く千秋に向かって、ノエルは再度尋ねる。


「使命だなんて言ってても、君も他人を傷つけ平和を脅かす側の人間なんだよ。自分に見合わない正義を抱えてないで、僕達の計画の邪魔をやめてくれるかな?」


 虚ろな瞳で項垂れたまま、千秋は浅い呼吸を繰り返す。そんな彼に、ノエルはただ微笑んだ。


「否定しないってことは、肯定したってことでいいのかな?」


「っ……!良い訳ないでしょ!!」


 不意に、闇に締めつけられていた琴森が怒鳴った。


「千秋君、何を項垂れているの!?あなたが守ると決意したのは、春花さんが守ろうとしたこの世界でしょ!!春花さんの思いを受け継いで、特部総隊長として前を向くことを決意したから、あなたは今ここにいるのよ!!」


 琴森の言葉を聞いて千秋の目が見開かれる。


──そうだ。僕は決めたじゃないか。総隊長として、仲間を導き、守ると。この国の人々を守ると……!!


 千秋はゆらりと立ち上がり、ノエルを真っ直ぐに見つめた。


「僕は、誓ったんだ。総隊長として、仲間を守り、導くんだって。そうしたら、春花もきっと笑ってくれるって……そう、信じてるんだ」


 千秋は潤んだ瞳でノエルを睨み付けて、その手を伸ばした。


「僕の『炎』は……大切な人を守るための力だ!!」


 千秋の言葉と共に、ノエルに向かって深紅の炎が放たれた。ノエルはそれを防ごうと手を構えるが、しかし。


 不意に飛んできた長い針が腕に突き刺さり、体勢を崩す。


 飛んできた方を見ると、息を切らした清野が、ノエルを鋭く睨んでいた。


「私を、見くびったな……!」


「っ……」


 ノエルは咄嗟にポケットからキューブを取り出した。


 すると、辺りが眩しい光に包まれ……ノエルの姿が、消えた。


 闇から解放された琴森が、その場に崩れ落ちる。


「くっ……」


 それを見た千秋と清野が、すぐに彼女へ駆け寄り、体を起こす。


「琴森……!」


「っ……大丈夫です。立てます」


 琴森はふらふらと立ち上がると千秋に向かって真剣な顔を向けた。


「……総隊長」


「何だ?」


「あなたの『炎』は、間違いなく仲間を守るための炎です。誰が何と言おうと、私はそう信じています」


 琴森はそこまで言うと、優しく微笑む。


「だから、迷わず前へ進んで下さい。あなたが進む方向を見失ったときは、何度でも私達が支えます」


「琴森……」


 千秋は穏やかに微笑んで、琴森と清野を見る。


「ありがとう、琴森。清野もだ。助かった」


 千秋の言葉に2人は満足そうに頷く。


「ええ、当然のことです」


「ふふっ、こちらこそ」


 清野は微笑むと、普段の飄々とした雰囲気に戻り、総隊長の入り口へ歩き出す。


「さて、私は医務室の片付けに戻ります。任務を終えた隊員が、誰か来るかもしれないのでね」


 それを見送り、琴森は千秋に尋ねた。


「総隊長、今後の動きはどうしますか?」


「地方支部での任務が終わり次第、朝丘病院での救出・捕獲任務を開始する。最早、一刻の猶予もないからな」


「分かりました。任務が終わり次第、隊員達にも通達しておきます。……では、私も司令室に戻りますね」


 琴森はそう言うと、スタスタと総隊長室を出て行ってしまった。


 それを見送り、千秋は右手薬指の桜の指輪をなぞる。


「……僕なら、もう大丈夫だ」


 そう呟き、千秋も司令室に向かって歩き出した。


* * *


 聖夜と優一は蝶の光を頼りに、高次元生物の元へ駆けつけた。


 青白い肌に複数の口を持ったその怪物は、その口々から霧を噴射している。蝶が纏わり付いてもお構いなしだった。


「聖夜君、我々が当たりだったようですよ」


「ああ……そうだな」


「どう攻めましょう?」


「俺が敵を崩す。優一はそこでトドメを刺してくれ。……どうかな?」


「良いと思います。分かりました」


 優一が手に拳銃を構える。その傍らで聖夜は高次元生物を睨み付けた。


「まずは俺からだ!『加速』!」


 聖夜は加速して勢いよく高次元生物に迫った。


「はぁっ!」


 加速した勢いのまま高次元生物に殴りかかる。が、高次元生物はそれをいち早く察知し、滑らかな動きで攻撃を躱した。


「何!?」


 聖夜が体勢を立て直すと同時に高次元生物は深い霧を吐いた。辺りが先程よりも深い霧に覆われる。蝶の光が届かないほど、視界が悪くなる。


「聖夜君!どこにいますか!?」


 優一が叫ぶ。しかし、聖夜は優一を目視できない。


(はぐれた……まずい)


 聖夜は辺りを見渡すが、何も見えない。


 その時。


『聖夜、右に避けて!』


 旭の声が聞こえた。


「右……!?」


 聖夜は咄嗟に右に移動する。すると体の左側から青白い腕が殴りかかってくる所だった。


「危なかった……旭、助かったよ!」


『『未来予知』で視たの……聖夜、私が敵の動きを予知するから、私のこと信じて……』


「分かった。旭に合わせる!」


 聖夜は頷いて、いつでも動けるように構えた。深い霧の中、旭の声に耳を澄ませる。


『聖夜、左!』


「ああ!」


 聖夜は素早く左に避けて、高次元生物の攻撃を躱す。


『そのまま真っ直ぐ進んで』


「分かった。『加速』!」


 聖夜が加速した先には優一の姿があった。


「聖夜君!」


「優一!良かった。見つかった!」


「はい!合流できて良かった……しかし、この霧の中では……」


「……大丈夫。俺達を信じてくれ」


 不安げな優一に、聖夜は力強く言った。


『聖夜、後ろにいる!』


 旭の声で振り返るが、まだ姿は見えない。


「……そこにいるんですか?」


 優一は旭の言葉を疑いつつも、拳銃をそちらに向けた。


「旭、いるんだな?」


『うん!こっちに向かってくる……』


「分かった。信じるぞ!」


 聖夜は一気に加速し、旭の示した方向に突っ込んだ。すると、朧気に蝶の光が目に入る。


「もらった!」


 聖夜は高次元生物の腹部に思いっ切り拳を打ちつけた。高次元生物が痛みのあまり体勢を崩す。


「優一!真っ直ぐ撃て!」


「はい……!」


 聖夜の声に、優一は頷き、引き金を引いた。聖夜の目の前で、高次元生物が被弾して倒れる。


 すると、吹き出されていた霧が収まり、徐々に視界が晴れていった。


「やった……」


「やりましたね、聖夜君!」


 聖夜は駆け寄ってきた優一に頷いた。


「ああ……旭のお陰だ。ありがとな、旭!」


『えへへ……』


 旭の照れ笑いが聞こえてきて、聖夜もつられて微笑んだ。


「……残るは後2体ですね」


「ああ……2人とも上手くいってるといいけど」


 聖夜が蝶の光がある方を見ると、黒い鉄の体を持った高次元生物と……その目の前で膝をついている柊が目に入った。


「柊……!」


 聖夜は勢いよく加速して、柊の元へ向かった。

 

「柊!」


「聖夜……来ちゃ駄目!」


「え……?」


 高次元生物に近づいた瞬間、聖夜の体が地面に叩きつけられた。


「うわっ……!?」


 聖夜は起き上がろうとするが、体が重くて起き上がれない。


「なんで……」


「多分だけど……敵の能力。そうですよね、真崎さん?」


『はい。解析結果によると敵の能力は『重力』です!』


「相手は重力を操ってるっていうのか……なら、どうやったら……」


 良い案が思いつかず、聖夜は唇を噛んだ。


『……まずは敵の能力を解除しないといけませんね』


 真崎の言葉に、聖夜は頭を悩ませた。


「能力の解除……それさえできれば、一瞬でも隙があれば……でも、どうやって……」


「……私が隙を作る」


「え!?……できるのか?」


 聖夜は柊の言葉に目を丸くした。しかし、柊は真剣な眼差しを聖夜に向けた。


「やるしかないなら……やってみる。聖夜はその隙に相手を倒して」


「……分かった」


 聖夜が頷いたのを確認して、柊は高次元生物を睨み付けた。


(翔太君に無理しちゃ駄目だって言われたばっかりだけど……一瞬なら、大丈夫だよね)


 柊は高次元生物に手の平を向けた。そして大きく息を吸う。


「『停止』!」


 柊の声が辺りに響き渡り、高次元生物の動きが止まる。その瞬間、2人は重力から解放された。


「聖夜!今!」


「ああ!『加速』!」


 聖夜は加速して敵に突っ込み、そのまま押し倒した。その時、柊のアビリティが解けて高次元生物の目が赤く輝く。すると、再び重力が2人を襲った。


「……っ!負けるもんか!」


 聖夜は重力に負けずに拳を振り上げた。


「この重力を利用して……!『加速』!」


 聖夜の拳が加速され、勢いよく振り下ろされる。重力も相まって普段の倍以上の威力になった攻撃が、高次元生物に炸裂する。


 その瞬間、高次元生物の鉄の体にヒビが入り、バラバラに砕け散った。


「……やったか?」


『高次元生物の反応消滅!やりましたね!2人とも!』


 真崎の声が聞こえて、聖夜は安堵の表情を浮かべた。


「よかった……やったな。柊」


 聖夜は柊の方を見て微笑んだ。しかし、柊は頭を押さえてしゃがみ込んでいた。


「柊……?大丈夫?」


「……うん」


 柊はフラフラと立ち上がると、聖夜に向かって笑顔を作った。


「ちょっと……目眩がしただけ」


「そっか……?ならいいんだけど」


「うん。それより……南日本支部の2人を助けに行かなきゃ」


 柊はそう言って、蝶の光がある方に走って行った。


「柊……いや、俺も行かなきゃ」


 聖夜はその後を追って走った。


 やがて、薄れてきた霧の中に筋肉質な高次元生物と戦う2人の姿を見つけた。


「はぁっ!」


 憂羽は激しい鞭裁きで敵を痛めつける。しかし、高次元生物は怯まずに腕を振り回した。


「憂羽様!」


 優一が盾を持って2人の間に割り込む。敵の攻撃に押されて後ずさりつつも、何とか憂羽を守り抜いた。


「優一、ありがと!」


「当然のことです」


「それにしても、視界が『蝶』に塞がれてるからって……乱暴すぎるわ」


 憂羽は高次元生物を睨んだ。蝶を振り払うのを諦めたのか、腕を闇雲に振り回している。


「これじゃ埒が開かない……」


 憂羽が呟いたその時。


「『遅延』!」


 柊のアビリティで、高次元生物の動きが遅くなった。


「聖夜!」


「ああ!」


 憂羽の横を、聖夜が猛スピードで駆け抜ける。


「食らえ!」


 聖夜の勢いの良いパンチが、高次元生物の頭に炸裂する。ふらりと体勢を崩した高次元生物だったが、再び腕を振り回し始めた。しかし、柊の力でスローモーションな攻撃になっている。


「その程度、躱せる!」


 聖夜は加速して易々と攻撃を躱す。


「聖夜君!」


 優一の声に振り向くと、拳銃が投げ渡された。


「それでトドメを!」


「任せろ!」


 聖夜は高次元生物の頭を狙って発砲した。銃弾は見事に命中し、高次元生物はその場に崩れ落ちる。


『高次元生物の反応消滅!これで全て倒しました!』


「よし!やったな、みんな!」


 そう言って笑いかける聖夜に、優一と憂羽は微笑んだ。


「お二人とも、すごく良いコンビネーションでしたね」


「流石中央支部ね。素直に認めるわ」


「へへ……ありがとな」


 聖夜は照れ笑いして傍らの柊を見た。しかし、柊の顔色は悪く、先程と同様に頭を押さえていた。


「柊、やっぱり具合が悪いんじゃ……」


「ううん、平気……」


「そんな様子で平気なわけないだろ!戻ったら清野さんに診てもらおう。な?」


「……うん」


 力無く頷いた柊を、聖夜は支える。


「……それじゃあ、任務も終わったし俺達は戻るよ」


「ええ……お気をつけて」


「今日はありがとね」


 2人と別れて、ワープパネルへ向かおうとしたその時。


「もう終わりだと思っているのか?」


 聖夜が声のした方向を振り返ると、なんと鉄製の矢が勢いよく飛んできたのだ。


「なっ……」


 聖夜は、それをギリギリで躱して、矢を放った少年を睨み付けた。


「誰だ!」


 聖夜に問われ、小柄な黒髪の少年は怪しい笑顔を見せる。


「僕はウォンリィ。君達を潰しに来た」


「まさか……高次元生物を生み出した未来人か!」


 すると、少年はニヤリと笑って弓矢を放り投げた。そしてポケットからメモ帳とペンを取り出すと、サラサラと何かを描き始めた。


「そう。僕は君達の敵だ」


 その時、突然メモ帳が輝き出し、光る球体が飛び出してきた。球体は空高く浮かび上がり、やがて形を形成する。そしてできたのは……戦闘機。


「僕達の時代はね、こんなのが普通に飛び交ってる世界だった。……君達のせいでね」


 ウォンリィは聖夜達を鋭く睨み付けた。


「だから変える。そのために、ここで特部を潰して、僕達が過去を支配する!」


 ウォンリィがそう言い放った瞬間、戦闘機が射撃を始めた。弾丸の雨が降り注ぐ。


「いけない!『大盾』!」


 優一が咄嗟に巨大な盾を出し、なんとか被弾を免れた。しかし、戦闘機の攻撃は止まない。


「ははは!いつまで隠れてるつもりだい?」


「くっ……」


 聖夜達はどうすることもできず、優一の影に隠れてひたすら攻撃を耐え忍ぶ。


「……いつまでもこのままじゃ駄目だ。なんとかしないと……」


「なんとかって……どうやるんですか?」


「それは……」


『聖夜、大丈夫だよ』


 聖夜が言葉に詰まっていると、通信機から旭の声が聞こえた。


「大丈夫って……何か作戦があるのか?」


『一か八かだけど……私が何とかするから。だから……』


「……分かった。俺達は何をすればいい?」


『少しの間だけでいいから、敵の動きを止めてほしい』


「敵の動きを止める……」


 聖夜は柊に目線を送った。顔色こそ悪かったが、柊は聖夜の意図を汲んで頷く。


「……戦闘機の動きは、私が止める」


「なら俺は、あいつをどうにかする!」


 聖夜はウォンリィを真っ直ぐに見据えた。柊はそれを見て、目を閉じて集中し始めた。


「いくよ聖夜。3、2、1……『停止』!」


 戦闘機の動きがピタリと止まった。機銃掃射が停止して攻撃が止む。それと同時に、聖夜は拳を握りしめ、加速しながらウォンリィに突っ込んだ。


「食らえ!」


「なっ……」


 ウォンリィは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにメモ帳を開いた。すると、聖夜の目の前に光の球体が現れ、刀を持った剣士になった。


「何……!?」


 剣士は聖夜に向かって刀を振るう。それをギリギリで躱すと、聖夜は剣士と距離を取った。


「こんなの……まるでお伽話だ……」


「ふっ……僕の『スケッチ』をなめないでほしいね」


 ウォンリィは不敵に笑った。


「さあ、そいつを倒せ!」


 ウォンリィの声に応えるように、剣士は聖夜との間合いを一気に詰めた。


「っ……『加速』!」


 素早く繰り返される刀の攻撃を躱しながら、聖夜は攻撃の機会を窺う。しかし、剣士には一向に隙が生まれない。


(どうすればいいんだ……!)


 その時だった。


「当たって!」


 1本の矢が、剣士の腕に突き刺さった。痛みのあまり、剣士は刀を持つ手を離す。聖夜が矢の飛んできた方向を見ると、そこにはウォンリィが先程投げ捨てていた弓を持った旭がいた。


「旭!」


 旭は地面に落ちた刀を拾うと、ウォンリィに向き直った。


「お前は……脱走した小娘!」


「あなた達の好きにはさせない……!」


「生意気な……!痛い目に遭わせてやる!」


 ウォンリィはそう言うとメモ帳にペンを走らせた。しかし、聖夜が素早くウォンリィの元へ突っ込んで、その手を蹴り上げた。


「させるか!」

 

「痛……!」


 蹴られた勢いでメモ帳が宙を舞う。それを旭は見逃さなかった。


「これで……!」


 旭は刀を力いっぱい振り、メモ帳を真っ二つに斬った。すると、剣士や弓矢、戦闘機と刀……ウォンリィが描いて生み出した全ての物が塵となって消え去った。


「そんな……僕のアビリティが……」


 ウォンリィはその場に崩れ落ちた。聖夜はウォンリィに合わせてその場にしゃがむと、その目を真っ直ぐに見つめた。


「俺達の勝ちだ。教えてくれ。お前達が、何でこの時代を支配しようとするのか」


「……君達に教える義理はないよ。君達は、黙って僕達に支配されればいいんだ!」


 ウォンリィはそう言うと、隠し持っていた拳銃を聖夜に向ける。


「なっ……」


「僕達は特部を潰す……僕達の未来のために!」


 ウォンリィは拳銃を発砲した。その瞬間、地面から黒い闇でできた壁が現れ、銃弾を遮った。


「このアビリティ……まさか!」


「久しぶりだね。聖夜」


 ウォンリィの背後から、ノエルがゆったりと姿を現した。


「リーダー……何で止めたのですか!?」


「ウォンリィ、往生際が悪いのは、君のいけない癖だね」  


「う……」


 ノエルが冷たく微笑むと、ウォンリィはたちまち青ざめた。それを意に介さず、ノエルは聖夜に歩み寄る。


「聖夜、久しぶりに見たけど……全然変わってないね」


「ノエル……やっぱりノエルは、俺達の敵なのか?」


 聖夜の質問にノエルはくすりと笑った。


「敵か……君達が僕達に刃向かうならね」


 平然とそう言うノエルを目の当たりにして、聖夜の瞳が揺れる。


 信じられなかったのだ。信じたくなかったのだ。あの日、自分を助けてくれた、心優しいノエルが、自分の敵なのだということが。


「何でこんなことするんだ?高次元生物を生み出したのも、高次元生物で人を傷つけようとするのも、全部ノエルの意思なのか!?」


「何を当たり前のことを聞いているの?これは僕達の意思。それ以外あり得ない。僕達の計画を邪魔する人間は、全て潰すのみだ」


「なら……何で俺のことを助けたんだ!」


 聖夜が震える声で尋ねると、ノエルは寂しそうに笑った。


「……似てるんだよ。僕の大切だった人に」


「大切だった人……?」


「そう。特に優しい眼差しがね」


 ノエルはそう言うと、聖夜に右手を差し伸べた。


「聖夜、僕達の仲間にならないか?」


「な、仲間……?」


「そう。悪いようにはしないよ……そうしたら、君の仲間達もこれ以上傷つけないと約束する」


 思いも寄らない提案に、聖夜は言葉を失った。


(仲間になったら、柊や特部のみんなは傷つかなくて済むのか……でも……)


「聖夜、駄目!」


 柊はフラフラとノエルに歩み寄り、その顔を睨み付けた。


「私達の任務は、高次元生物を倒してみんなを守ること。……あなた達のことも、絶対倒すから」


「柊……」


「聖夜、悩むことないよ。私達は……聖夜の仲間は、そう簡単に負けないんだから」


 柊はそう言って、聖夜を力強く見つめる。


「……うん。そうだったな」


 聖夜は頷くと、ノエルの手を払った。


「俺、仲間にはならない。ノエル達が高次元生物でみんなを傷つけようとするなら、全力で戦う」


「……そうか。残念だ」


 ノエルはそう言うと、ウォンリィの肩を叩いた。


「ウォンリィ、帰るよ」


「……はい、リーダー」


 ウォンリィはポケットからキューブを取り出した。すると、辺りが眩しい光に包まれる。


「何だ……!?」


「聖夜、またね」


 光が収まると、そこに2人の姿は無かった。


(ノエルは敵……結局、ノエルがアビリティは争いの元だって言う理由とか、俺達を支配しようとする理由は聞けずじまいだったな……。でも、とにかく止めないと……)


 聖夜が黙り込んでいると、柊が聖夜の頬をつねった。


「いひゃい!」


「聖夜、切り替えて!」


「わ、分かった!分かったから離して!」


 柊は手を離すと、聖夜に笑いかけた。


「難しいことは置いといて、私達は私達のするべきことをしようよ」


「……うん、そうだな」


 聖夜は柊に笑い返して頷いた。


「聖夜、柊!」


 旭が2人の元へ駆け寄ってきた。


「お疲れ様……私のオペレーション、大丈夫だった?」


 心配そうに尋ねる旭に、2人は優しく微笑む。


「バッチリだったよ」


「旭、助けてくれてありがとな」


「う、うん!」


 旭は少し照れながら頷いた。穏やかな潮風が、3人の髪を揺らす。海を見ると、夕焼けによって波がキラキラと輝いていた。


「海、初めて見たけど、こんなに綺麗なんだね……」


「旭、折角だし近くまで行って見てくれば?」


 柊の提案に、旭は目を輝かせた。


「いいの?」


「もちろん!ほら、聖夜も一緒に行ってきなよ」


「俺も?柊は?」


「私は……まだちょっと具合悪いから、ここで休んでる」


 明るく振る舞っている柊だったが、確かに顔色が優れなかった。


「柊、1人で大丈夫か……?」


「平気。私より、旭を1人にする方が心配でしょ。ここ、知らない場所だし、海の事故だって怖いし……。旭も、1人じゃ不安だよね?」


 柊に尋ねられ、旭は少し恥ずかしそうに頷いた。


「……そっか。じゃあ行ってくるよ。旭、行こう」


「う……うん!」


 聖夜と旭が高台の階段を降りて行く。その後ろ姿を見ながら、柊は1人その場にしゃがみ込んだ。


(アビリティを使いすぎると、気持ち悪くなる……最近、酷いかも)


 柊の脳裏に、以前任務で見た幻が蘇った。入院する自分に、1人にしないでくれと泣いていた聖夜の顔が頭をよぎる。


(私、聖夜を1人にしちゃうのかな?……いや、聖夜は大丈夫。だってもう1人じゃないもん)


 柊はそう思って自分を安心させようとしたが、何故か胸がズキリと痛んだ。


(聖夜のことは心配しなくて大丈夫……なのに、どうして胸が痛いんだろう……)


「大丈夫?体調でも悪い?」


「え?」


 柊が顔を上げると、憂羽が心配そうに様子を伺っていた。


「あ……だ、大丈夫!」


「そう?じゃあ悩み事?」


「え、えっと……」


「優一も本部に報告しに行ってていないし、女の子同士だし、あたしが相談に乗るわよ」


 憂羽はそう言うと、柊の隣にしゃがみこむ。そんな彼女を見て、柊は意を決して口を開いた。


「あんまり上手く言えないんだけど……聖夜と離れ離れになることを考えると、胸が苦しくなるの。聖夜のこと、1人にする訳じゃないのに……何でかな?」


 柊が尋ねると、憂羽は優しく微笑んで言った。


「簡単じゃない。聖夜の傍に居たいからよ」


「傍に、居たいから?」


「そう!要するに、聖夜のことがすごく大事ってことね」


「大事……でも、このままでいいのかな?」


「いいに決まってるでしょ?だって素敵な事じゃない!」


 憂羽は柊に向かってにっこりと笑った。


「まぁ今日の様子を見た限り、心配しなくても聖夜だってあなたのこと大事に思ってるわよ」


「そう……だね」


 憂羽の言葉に、柊は胸の痛みが引いていくのを感じた。


(聖夜が大事……そっか、私、寂しかったんだ。私が1人にするんじゃなくて、私が1人になるのが怖かったんだ。だから、旭のことも、あんなにモヤモヤしてたんだ……)


 柊は胸に手を当てて、小さく微笑む。


(私は聖夜が大事だし、聖夜も、私のことを考えてくれてる……。旭だって、私にとって優しい友達。2人なら……付き合った後も、きっと私とも仲良しのままでいてくれる、よね)


「解決した?」


「……うん!ありがとね」


 憂羽の言葉に、柊はしっかりと頷いた。


* * *


 聖夜は旭と2人で浜辺を歩いた。夕日に照らされて輝く波を見て、旭は優しく微笑む。


「キラキラしてる……。本当に、綺麗」


「うん。そうだな」


「水、触ってみてもいい?」


「いいけど……飲んじゃ駄目だぞ」


「どうして?」


「すごくしょっぱいんだ」


「ほんと?」


 旭は浜辺の波に触れると、濡れた手を少しだけ舐めてみた。


「わ!……ほんとだ、しょっぱい」


 驚いて目をパチパチさせた後、楽しそうに笑う旭を見て、聖夜もつられて笑った。


「あはは!だから言っただろ?」


「うん……初めて知った」


 旭はそう言って、聖夜を優しく見つめる。蜂蜜色の瞳が、柔らかな夕日の光に照らされて、優しくきらめく。


「聖夜達に会ってから、初めてなこと、沢山見つけたよ」


「そうなのか?」


「うん。ご飯が美味しかったのも、誰かの力になりたいって思ったのも、綺麗な海を見たことも……全部、初めて」


 そう言って、旭は明るい笑顔を見せた。その花開くような可愛らしい笑顔に、聖夜は少し見とれてしまう。


「旭……」


「もっと知りたい。今まで知らなかったものに、もっと触れたい……そう思えるのも、初めて」


 潮風が優しく吹いて、旭の髪がなびく。明るい茶髪が夕日に照らされて、キラキラと輝いた。


「だから、教えて。聖夜の好きな景色、好きな食べ物、好きな物……私も見てみたいから」


 旭の言葉に聖夜は頷き、どこまでも広がる青空のように、穏やかな笑顔で応えた。


「分かった。全部終わったら、いっぱい教えるよ。色んなもの、色んな場所……一緒に見に行こう。約束な!」


「うん!」


 2人の間に、優しい潮風が吹き抜ける。聖夜と旭は、いつか来るであろう未来を心待ちにしながら、互いの笑顔を見つめ合った。


 この約束を果たせる日が、いつになるかは分からない。だが、今はただ、2人笑い合える今があることが幸せだった。


『聖夜君、聞こえる?』


 不意に、通信機から琴森の声が聞こえてきた。


「琴森さん?どうかしたんですか?」


『柊さんと旭さんを連れて、今すぐ戻ってきて!』


「え?何かあったんですか!?」


『今朝の任務まで、もうあまり時間が無いの。とにかく急いで!』


「分かりました!旭、戻ろう」


「う、うん」


 聖夜と旭は、南日本支部のワープパネルに向かって走り出した。

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