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34 イグニの話

* * *


 イグニは、北日本支部から廃病院へ、キューブのワープ機能を使い戻ってきた。


 深也に締め上げられた腕が、今になってズキズキと痛む。


(あいつ、意外と馬鹿力だったな)


 深也達との戦いを思い出しながら、イグニは小さく微笑む。


(久々に楽しかった。戦争を知らない甘ちゃんだと見くびっていたが、特部の連中、なかやかやりやがる)


 イグニが微笑っていると、廊下の向こうからエリスとアリーシャが歩いてきた。


 エリスは、彼が腕を押さえているのを見て、慌てて彼に駆け寄る。


「イグニ!腕、どうしたの?」


 彼女に心配そうに尋ねられ、イグニはへらりと笑う。


「特部のヤツにやられた。あいつら、なかなかやりやがるぞ」


 イグニの笑顔を見て、エリスはムスッと顔をしかめる。


「ちょっと、何で少し嬉しそうなの?」


「何分かりきったこと聞いてんだ?楽しかったからだよ」


 イグニが何でもないように言うと、エリスは深く溜息をついた。


「あんたって、ほんっとバカ。この自分勝手な戦闘狂!」


「ははっ!バカで結構。俺は自分が思う通りに生きてんだよ」


 イグニは豪快に笑いながらそう言うと、アリーシャの方へ歩いて行った。


「腕痛ぇんだけどさ、なんか薬ねぇ?」


「痛み止めならあるけど……とりあえず診てあげるから、部屋に来て」


「へーい」


 2人のやり取りを見ていたエリスは、彼らの方に歩いて行き、イグニの隣でぼそりと呟く。


「……バカイグニ」


 彼の怪我が心配だったのだろうか。エリスの表情は少し曇っていた。


(いつも、自分の命は二の次で、戦いとか、他の大事なことばっかりで……その左目だって、エリスのせいで見えなくなった。なんでこいつは、自分の命を大事にしないんだろう)


 イグニは、エリスが黙り込んで俯いているのに気づいて、彼女の頭をワシャワシャと撫でる。


 エリスは咄嗟に彼の手を払いのけ、真っ赤な顔で彼を睨んだ。


「髪型崩れる!やめなさい!」


「ははっ!悪ぃ悪ぃ」


 イグニは彼女に笑顔を見せた後、前を向いて微笑む。


(ぜってぇ、こいつが笑ってられる未来にしてやるからな。戦友)


* * *


 イグニは、南の大国バーンで生まれ育った。


 バーンは経済的に貧しく、都市部を除く地方の町や村は、荒廃しており治安が悪かった。


 イグニの出身地も例外ではない。力の強い人間が偉い。強ければ、誰もを従わせることができる。そんな村で、イグニは暮らしていたのだ。


 幼い頃から、イグニは強い炎の力で村の人間を服従させていった。自分よりも強い、本気で自分を倒しに来る相手に打ち勝ち、自分の力を示す。そうやって生きてきたから、彼にとって戦いは呼吸と同じくらい大切な物だった。


──もっと戦いてぇ。強い人間と、命を懸けた戦いをしてぇ。


 そんな思いを募らせていた、ある日のこと。バーン軍で部隊長を務めていた歳の離れた兄が、イグニの元へ手紙を送ってきたのだ。


──イグニ。バーン軍へ来い。好きなだけ戦わせてやる。


 そう短く書かれた手紙を読んで、イグニは表情を明るくした。


(戦える。強い奴らと、好きなだけ……!)


 イグニはすぐにバーン軍本部へ向かい、バーン兵として戦うことを喜んで受け入れた。


 しかし……現実は、彼が思うほど甘くはなかった。


* * *


 バーン兵となり、戦地に赴くこと数百回。イグニの前に、彼が心待ちにしていたような強い人間は現れなかった。


 他国では、戦闘経験の浅い多くの兵士が、国から強制されて戦争へ駆り出されている。どれほど愛国心があっても、どれほど彼らが戦争に勝つことを望んでいても、幼い頃から戦い続けてきたイグニにとっては、赤子の手を捻るようなものだった。


 長く続く戦争の間、ひたすらに弱者を蹂躙することを強要される。


──ああ、地獄みてぇだ。弱者の命をむしり取って何になる?俺は何をしてるんだ?


 自分がしたいことは、こんなことでは無かったはずだ。しかし、軍にいる以上、上の命令には従わざるを得ない。イグニの心は、次第に活力を失っていった。


 そんな彼の葛藤とは裏腹に、彼の功績はどんどんと積み重なっていく。


 獄炎のイグニ。いつしか、彼はそう恐れられるようになっていた。


* * *


 そんな彼に転機が訪れたのは、ある秋の日のこと。エデン政府軍の軍艦がバーン都市部の港へ侵攻してきたのだ。イグニ達はそれを迎え撃つべく、軍艦に乗り込んだ。


 内部へ繫がる扉を破壊し、乗組員を1人残らず青い炎で蹂躙していく。船内は兵士達の亡骸が溢れかえり、地獄のような様相だった。


(どいつもこいつも、手応えがねぇ。まるで、ガキを相手にしてるみてぇだ)


 イグニはつまらなそうに船内を歩き、生きている人間がいないか探す。


 ……しばらく歩いて、イグニはふと足音を止めた。


 彼が振り返ると、そこには……銃を構えた、若い銀髪のエデン兵がいたのだ。


 彼は、震える手で銃を持ち、イグニを睨み付けている。それを見て、イグニは退屈そうな顔を浮かべながら、掌を彼に向けた。


「悪ぃな」


 イグニはエデン兵にそう告げて、青い炎を放つ。


 これであいつは終わりだ。そう思っていた。しかし……。


「そうはいかない……!」


 エデン兵が足を踏みしめると、突如として地面から水が壁のように噴き出したのだ。


 当然ながら、床に穴は空いていない。これは、彼の『水』のアビリティだった。


 彼の水の壁が、イグニの炎を防ぐ。湯気が、2人の間に立ちこめた。


 イグニは目を見開きながら、湯気の向こう側にいる彼の表情を目に焼き付ける。


 エデン兵の彼は、深いマリンブルーの瞳でこちらを睨み付けながら、口を開いた。


「獄炎のイグニ……!お前は、オレがここで倒す!!」


 エデン兵の声が耳に入った瞬間、イグニは自然と口角を上げていた。


 こいつなら、俺を楽しませてくれる。そう確信したのだ。


「面白ぇ!なら、倒してみせろ!!」


 イグニはそう笑うと、連続で青い炎の玉を放った。


 エデン兵はそれを躱しながらイグニに迫り、彼の眉間めがけて銃を放つ。


 イグニはそれを読んで素早く躱し、拳に炎を宿して彼に殴りかかった。


 エデン兵はそれを躱しながら、激しい水流を放ち彼を壁に叩きつける。


 体を激しく打ちながらも、イグニは恍惚とした笑顔を崩さずにエデン兵に問う。


「お前、なんて名前だ?」


「何でそんなこと聞くんだ……!」


 イグニの問いに対して、エデン兵は険しい顔で問いを重ねる。イグニはそれに嫌な顔をせず、へらりと笑って答えた。


「お前は俺を楽しませてくれる程強いからな。名前ぐらい聞いときたいんだ」


 イグニの言葉を聞き、エデン兵は少し迷いを見せたが、やがて答えた。


「オレはテオ。テオ・シモンだ」


「テオっていうのか。良くわかんねぇが、良い名前だ」


 イグニは体勢を立て直し、彼に歩み寄りながら楽しそうな笑顔を見せる。


「お前のこと、覚えたぞ。お前とは……いつか、戦争が終わっても戦いてぇ」


──戦争が終わっても。その言葉を聞いたテオの顔色が変わる。


「お前らが、望んで戦争を続けてるんだろ……?」


 テオは戸惑いの表情を浮かべながら、イグニに一歩近寄る。


「お前らの国が……他国を潰すまで戦争をやめるつもりがないから、オレ達はお前らを倒さなきゃいけない。そうじゃ、ないのか……?」


 困惑するテオの様子を見て、イグニは豪快に笑う。


 彼はもう、思い出していた。自分が何を望んでいるのか。そして、何をすべきなのか。


「戦争を続けてぇのは上の人間だけだ!俺は、強い奴と戦えればそれでいい!……戦争なんてくだらねぇこと、今すぐにでもやめてやる!」


 イグニの答えを聞き、テオは目を見開く。


 戦争をしている当事国に、こんな風に戦争をくだらないと笑い飛ばす人間がいることが、テオには驚きだった。


 そして、それと同時に……テオの胸に希望が生まれる。


 戦争を望まない人間が、他国にも大勢いるのなら……この戦争は、終わるんじゃないか。大切な幼なじみが平和に暮らせる世界が来るんじゃないのか。そんな希望が。


「……なぁ、イグニ。オレと協力しないか?」


 つい、テオの口からそんな言葉が漏れた。


「は?」


「戦争、くだらないんだろ?だったら、終わりにしよう!上の人間を……戦争を望む人間を倒して……!」


 そう言うテオに対して、イグニはニヤリと笑って告げる。


「いいぜ。但し……お前が俺を倒せたらだ!!」


 イグニの言葉を聞き、テオは覚悟を決めて頷いた。


「望むところだ!絶対にお前を倒す!!」


 テオはそう叫び腕を大きく振るった。


 すると、イグニの周囲に水が大きな渦を巻き、彼の動きを封じたのだ。


(まずは行動範囲を奪う……悪くねぇ。だが甘い!!)


 イグニはテオがいる正面へ向かって、青い炎を放った。


 イグニの強い炎が、水の渦を貫いてテオに迫る。


「俺の勝ちだ!!」


 イグニはそう確信して、豪快に笑った。


 ……しかし。


「甘い!!」


 テオがいたのは、イグニの正面ではない。


 イグニの……真後ろだった。


「何……!?」


 テオはイグニを蹴り倒すと、銃口を彼に向けた。


「動いたら撃つ。……降参しろ。オレの勝ちだ」


「……はは。お前、マジでやるじゃねえか」


 イグニは起き上がり、その場にあぐらをかいて両手を上げた。


「今回は負けを認めてやる。だが、次は俺が勝つからな」


「……次の戦いをする前に、オレに協力しろ。約束しただろ?」


「おう、分かってる!」


 イグニは頷いてカラリと笑う。それを見たテオの表情にも、安堵の色が浮かんだ。


「じゃ、まず手始めに……バーン軍を沈めっか」


 イグニは立ち上がり、テオを連れたまま軍艦を脱出しようと歩き始めた。


 しかし、その時。


 彼の足元に、何者かが銃を放った。


「なっ……!?」


 イグニが驚いていると、炎の向こうから短い赤髪のバーン兵が銃を片手に歩いてきたのだ。


「イグニ、何してる」


「……兄貴」


 彼は、フラム・ターナー。イグニの10歳年上の兄で、彼の上官だった。


 フラムは、テオを見るなり顔をしかめる。


「まだネズミが残っていたか」


 フラムは、銃口をテオに向けた。それ見て、イグニは慌てて叫ぶ。


「やめろ!!」


「何故だ?」


「こいつは……こいつは、俺の戦友だからだ!!」


 イグニの言葉を聞いたフラムは、眉間にしわを寄せた。


「エデンの兵士が戦友だと?馬鹿げてる。奴らは敵だ。バーンを脅かす敵だ」


「っ……!馬鹿げてんのは兄貴の方だろ!!」


 イグニはフラムに声を荒げた。


「バーンの人間を脅かしてんのは、他国の兵士じゃねぇ!戦争を続ける馬鹿な人間達だ!!俺は、もうそいつらの言いなりになるのはごめんだ!俺は、俺の思うように生きる……!!」


「……そうか」


 フラムは静かにそう呟き、冷酷な顔でイグニに銃口を向けた。


「なら、死ね。国に従えない人間は軍に必要ない」


 フラムが引き金を引いた、その一瞬前。


「イグニ!!」


 テオが、彼の前に立ちはだかっていた。


 銃弾が、テオの体に打ち込まれる。


「テオ!!」


 テオは、血を流しながらその場に倒れ込んだ。イグニは彼を抱き起こしながら、フラムを睨む。


「兄貴、よくも……!」


 しかし、フラムは動じずに、イグニに銃口を向けた。


「これで分かっただろう。イグニ、私に逆らうな。国のために動けないなら……私は容赦なくお前を殺す」


「っ……!」


 フラムの殺気を感じ、イグニは口を噤んでしまう。それを見て、フラムは静かに告げた。


「死にたくなければ、任務を果たせ。……兵士を1人残らず倒して、とっとと引き上げろ」


 フラムはそれだけ言うと、軍艦の中の他の兵士を探しに行ってしまった。


「イグニ……」


 テオの声が聞こえ、イグニはすぐに我に返った。


「おい、死ぬな!俺はまだ、お前と……」


「頼む、聞いてくれ……」


 テオは口からも血を流しながら、イグニに向かって告げた。


「エデンに……アカデミーに、オレの幼なじみがいるんだ。オレンジ色の、ツインテールの女の子……」


「え……?」


「その子のこと……頼んでいいか?寂しがり屋で、1人に、しておけないんだ……」


 テオはそこまで言うと、微笑んだ。


「オレ、世界を平和にするだなんて……大きすぎる目標のために、戦争を終わらせたい訳じゃないんだ。……大事な、幼なじみが……笑顔で暮らせてる未来が、来て欲しいから……戦争を、終わらせたいんだ……」


 テオは、どんどんと冷えていく体に鞭を打ちながら、必死に言葉を紡いだ。


「……!そ、その幼なじみの名前は!?」


 イグニが慌てて問うと、テオは優しい笑顔で彼女の名前を告げた。


「エリス……。エリス・カーライル……」


「エリスだな……!分かった、戦友直々の頼みだ。俺に任せろ!」


「あ、ありがと、う……」


 イグニに礼を告げ終えて、満足したかのように……テオは事切れた。


 イグニは彼を床に寝かせて立ち上がると、覚悟を決めた表情で歩き出した。


 彼の幼なじみを守る。何があっても、たとえ祖国を敵に回しても。


 そして、いつか……戦友が望んだ、エリスが笑っていられる世界にする。そんな世界に、彼女を連れて行く。


 そう、心に決めたのだ。



 その後、イグニはエデンへ行くために、アカデミー襲撃へ自ら志願した。


 そして、アカデミーの中で、戦争を支持し戦友の命を奪った兄フラムを丸焼きにして殺し……アカデミーの目の前で、膝をついているエリスを見つけた。


 その日、彼女の手を引いて以来……イグニは、ずっとエリスのことを守ろうと心に決めている。


 そして、エリスやテオが望んだ、大切な人が笑顔でいられる平和な未来のために、ノエルに賛同して彼に協力しているのだ。


 戦争のない、平和な未来を作ることが、戦友への弔いになる。そう信じて。

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