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31 アリーシャの話

 西日本支部で敗北を喫したエリスは、拠点である廃病院に戻ると、アリーシャと使っている病室に駆け戻った。


 エリスはドアを開け、ベッドの上に座って空を見ているアリーシャに抱きついた。


「アリーシャ!!」


「エリス……!?どうしたの?特部を倒しに行ってたんじゃ……」


「ダメだった……ダメだったぁ!!」


 エリスはアリーシャにくっつきながら、ボロボロと涙を流す。


「ねぇ、なんでエリス、お姉さん達に勝てないの?エリス達は、未来のために間違ったことしてないのに!!」


 そう泣きじゃくるエリスの背中を、アリーシャは擦る。


「……そうね。私達は、間違ってない。……絶対に、間違ってなんかないの」


 アリーシャの声色は静かなものだったが、その表情は憎しみに歪んでいた。


「アビリティで人を傷つけるのが当たり前にならなければ……私達の大切な人も、死なずに済んだんだから」


 アリーシャの耳に付けられた赤紫色のピアスが、夕日に照らされて美しく輝く。しかし、その美しさを打ち消してしまうほどに、アリーシャの表情は恐ろしかった。


* * *


 西の大国、ソフィアーは技術大国だ。その中でも、ソフィアー政府軍は、科学技術の最先端を担う機関だった。その軍事技術課に、アリーシャは配属していたのだ。


 彼女は毎日、アビリティを活かした兵器や、アビリティに関わる薬の研究をしていた。


 世界の中央にある中央都市エデンが、戦争に関わった人間を全て消そうとソフィアーに攻めてくる前日のこと。アリーシャの所属する軍事技術課は、彼女が開発したアビリティを強化する薬品「アビリティ強化剤」の効力を最大限に上げることに成功した。


「ハリッシュ長官、アビリティ強化剤の改造版が完成致しました」


 アリーシャは、技術課の主任と共に、軍の最高長官にそのことを報告した。すると、最高長官のハリッシュは、深い皺の刻まれた顔いっぱいに怪しい笑顔を浮かべて2人を見る。


「良くやった。これで我が軍の勝利は確実になるだろう」


 満足げにそう言うハリッシュに対して、アリーシャは冷静に進言する。


「軍で使用する前に、この薬が、人体にどれ程の負荷をかけるのか、確認する必要があります」


「確認だと?」


 ハリッシュの表情が険しくなる。


「はい。もし、前線の兵士がこの薬に耐えきれなかったら……全滅の可能性もありますから」


「フン!なら、とっとと確認しろ。明後日までにだ。分かったな?」


 ハリッシュの言うことは無茶だ。しかし、アリーシャには彼に逆らう力は無かった。


「……分かりました」


 アリーシャはそう言うと、ソフィアーの伝統である、二本指を左胸に当てる敬礼をして、部屋を出た。


* * *


 研究室に戻るなり、主任は深く溜息をつく。


「はぁぁぁ……アリーシャ、あなた凄いわよ」


「はい?」


「だって、あのハリッシュ相手に怯まないなんて……私なんて、怖くて治験のこと言い出せなかった」


 主任の言うとおり、ハリッシュは独裁的な長官として有名だった。彼に逆らえば命は無いとまで噂されるほどだ。


 しかし、アリーシャには関係ない。


 彼女にはプライドがあったのだ。


 ──私の薬は、人を救うために使う。誰の命も奪わない。


 彼女の薬が戦争に使われている時点で、この信念は破綻しているのかもしれない。しかし、ならせめて、大切な人を守るために……祖国が戦争に負けないために、自分の薬を提供しようと彼女は決めていた。


 なら、この薬によって軍が全滅することは避けなくてはならないことは明白だ。だから、彼女は治験を申し出たのだ。


「安全性が確認できない以上、軍には提供できません。というか、そもそも今回だって、ハリッシュ長官に急かされて開発したんです。服用時に、何が起こるか分からないでしょう?」


「……やっぱり、あなたは凄いわ」


 アリーシャの言葉を聞いた主任は、ふぅと息を吐いて彼女に微笑む。


「あなたみたいに責任感がある人が、国の将来を担ってくれればなぁ」


「国の将来を担うだなんて……。私には重すぎます」


「謙虚なんだから。ハリッシュにも見習って欲しいわ」


 主任はそう言うと、自分の鞄を持って部屋のドアを開ける。


「あなたも今日は帰るでしょ?お母さんの誕生日なんだっけ?」


 家族の話題を振られた途端、アリーシャの表情が明るくなった。


「はい。だから、今日はケーキでも買って帰るつもりです。……まぁ、治験の協力者を探さないといけないので、あまりゆっくりはしてられないんだろうけど」


 アリーシャは、そう言って苦笑いする。それを見た主任は、優しく微笑んでこう告げた。


「治験の仕事は私がやっておくから、あなたは今日はゆっくりしなさいな」


「え……、いいんですか?」


「いいわよ!薬の開発も、あなたがいなかったらできなかったしね。これくらいさせて頂戴。これでも私、主任なんだから!」


「主任……ありがとうございます」


 アリーシャは主任に丁寧にお辞儀をし、やがて微笑んだ。


(少しの間かもしれないけど、家族と一緒にいられるんだ。……楽しみだな)


「ほら、ケーキ売り切れちゃうわよ?早く帰りましょう」


「はい!」


 主任に促され、アリーシャは研究室を後にした。


 ……この時、彼女は知らなかった。この日の晩が、家族と過ごせる最後の時間になることを。


* * *


 ソフィアー首都の住宅街。その1番端に、アリーシャの家族は暮らしていた。


「ただいまー」


 アリーシャが玄関に上がると、3歳年下の妹が出迎えてくれた。


「お姉ちゃん、お帰り!」


「ネム、ただいま。母さんは?」


「リビングにいるよ!さっき夕飯ができたばっかりなんだ」


 ネムはそう言うと、ツインテールにした、姉と同じ薔薇色の髪をふわりと揺らして笑った。薄桃色の髪留めのリボンが、それと一緒にふわふわと揺れ動く。


「そうなんだ。ケーキ買ってきたから、母さんとネムも一緒に食べよう」


「ケーキ!食べる食べる!」


 アリーシャはネムと共にリビングに向かい、準備ができた食卓の席に着く母を見るなり微笑んだ。


「母さん、ただいま。誕生日おめでとう」


「アリーシャ!ありがとう。覚えててくれたのね」


 アリーシャの母、リアはそう言うと嬉しそうに笑う。彼女の耳元の赤紫色のピアスが、照明を反射して柔らかくきらめいた。


「覚えてるわよ。だって大事な家族の誕生日よ?」


「でも、あなた忙しそうじゃない?仕事でいっぱいいっぱいでも、忘れないのは凄いわ」


「そう?ふふっ、ありがとう」


 アリーシャは小さなホールケーキを食卓に出し、三等分にしてネムとリアの前に置いた。


「ほら、溶けちゃう前に食べましょう」


「うんうん!お母さん、ハッピーバースデー!」


「ふふっ、ネムもありがとう」


 3人は笑い合いながら、アリーシャが買ってきたケーキを食べた。


 ……これが、家族で食べる最後の食事だった。


* * *


 その日の晩、久しぶりの家族の団欒に安心してしまったのか、アリーシャはぐっすりと眠ってしまってた。


 翌朝、主任からの電話が掛かってきて、アリーシャが慌てて起きると、時計は午前8時45分を示していた。


「わっ!?も、もしもし!?」


 アリーシャが飛び起き、電話を取ると……主任の慌てた声が聞こえてきた。


「アリーシャ!ご家族は無事!?」


「え?か、家族?」


「今、ハリッシュの部下から連絡があって、治験に、あなたの家族を使ったって……」


 アリーシャの顔が青ざめていく。


 彼女は慌てて自室を出て、家中を走り回った。


「母さん!ネム!!」


 二人の名前を呼ぶが、応答はない。リビングへ向かうと、庭に繫がる大きな窓が壊され、家具がめちゃくちゃになっているのが目に入った。


 床に光る物を見つけて手に取ると、それは軍人がつけているソフィアーの紋章のバッジだった。


「……!」


 アリーシャはすぐに身支度をし、軍の研究施設へと向かった。


* * *


 研究施設へ辿り着き、アリーシャは通常治験を行う実験室のドアを勢いよく開ける。


「母さん!!ネム!!」


 彼女は、ドアの向こうに、2人の姿があるはずだと、信じて疑わなかった。


 しかし、そこに2人はおらず、代わりに……。


「……え?」


 人型をした、薔薇頭の怪物が二体、体から血を流して倒れた研究員と軍人達の真ん中に、立っていた。


「な、何よ、これ……」


 アリーシャは呼吸を浅くしながら、周りを見渡す。


 倒れているのは同僚達。その中に主任とハリッシュの姿もあった。


 それだけではない。薔薇頭の怪物の足元に、千切れた薄桃色のリボンと、赤紫色のピアスが、落ちているのにも、気づいた。気づいてしまった。


「母さんと、ネム、なの……?」


 アリーシャは膝から崩れ落ちる。


「私の薬が、2人を化け物に……?」


 喉に熱い物が込み上げてきて、アリーシャは思わずそれを吐き出した。


 そんな彼女の元へ、薔薇頭の化け物達は一歩ずつ近づいてくる。


 ──殺される。そう彼女が確信した、次の瞬間。


 アリーシャの背後から、何者かが怪物を撃ち殺した。


 アリーシャが振り返ると、そこには白い軍服に身を包んだ兵士達がおり、彼女を軽蔑の眼差しで見下ろしていた。


「その薔薇色の髪……お前、アリーシャ・ユーゴだな」


 戸惑うアリーシャに、兵士が銃口を向ける。


「アビリティ強化剤を開発し、戦争に加担した大罪人。中央都市エデンの名の下に、死んで貰う」


 兵士が引き金に指を掛ける。それを、アリーシャはぼんやりと見ていた。


 どうでも良かった。最愛の家族も死んで、同僚も死んでしまったから。それも、自分の薬のせいで。


 ──私は、死んだ方が良い。


 そう思い、彼女が目を閉じた次の瞬間。


 黒い闇が、鋭い形を作り、兵士を1人残らず貫いたのだ。


「ぐぁっ……!?」


 兵士達が、断末魔を上げて死んでいく。彼の血が、アリーシャの頬を汚した。


「え……?」


 目を見開いたアリーシャの前には、美しい金髪の少年が、野葡萄色の瞳を仄暗く光らせて立っていた。


 彼の後ろから、白夜帝国の軍服を着た、黒髪の小柄な少年が歩いてきて、部屋の中のハリッシュの顔を見るなり鼻で笑う。


「ソフィアー軍最高長官ハリッシュ・クレイドル。彼が死んだとなると、ソフィアーも終わりだな」


「あ、あなた達は……?」


 アリーシャが声を掛けると、金髪の少年は柔らかく微笑む。


「僕はノエル。北の大国、フリーデンから来た。僕と一緒に来た彼は、ウォンリィ・フォン。東の大国、白夜の出身だ」


 ノエルはそう言うと、アリーシャに手を差し伸べる。


「ねぇ、君。僕達と一緒に来ないか?」


「え……?」


「僕達は世界を変えるために、旅をしている」


「世界を、変える……?」


 アリーシャが不思議そうな表情をしていると、ノエルは真剣な顔で告げた。


「この、アビリティと戦争で腐った世界を変えるんだ」


 ノエルの鋭い眼差しに、アリーシャの瞳が射貫かれる。


(そうだ、戦争さえなかったら、私はアビリティ強化剤なんて作らなくて良かった。そうしたら、家族が死ぬことだって無かった……)


 アリーシャの中で、迷いが消えていく。


 彼らの真意は分からない。彼らがこれから、どうやって世界を変えるのかも、分からない。


 しかし、もう自分には、ノエルに着いていくしか道がないのだ。そう思った。


 きっとそれが、家族への弔いになるから。


「……私、一緒に行くわ」


 アリーシャはそう言うと、ノエルの手を握って頷いた。


「私はアリーシャ。アリーシャ・ユーゴ。……あなた達に協力する」


 アリーシャの言葉を聞き、ノエルは目を細める。


「良い返事が聞けて嬉しいよ。ソフィアー随一の科学者の君の力を、是非借りたいと思っていたから」


 そう嬉しそうに微笑むノエルに対して、アリーシャは気になっていたことを尋ねた。


「あなた達、これからどうするの?世界を変えるって、計画は立ててるの?」


「もちろん。僕達は、これから中央都市エデンに渡り、時空科学博物館にあるタイムマシンを手に入れて……過去に渡る」


 ノエルの言葉に、アリーシャは目を見開く。


「過去に?どうして……」


 戸惑うアリーシャに対して、ノエルの傍らに戻ってきたウォンリィが答える。


「時空科学によると、過去が変われば未来が変わるらしい。だから、戦争のきっかけになった、アビリティの認識に誤りができた時代に……アビリティによる犯罪が急増した200年前の過去に飛んで、その時代を支配しようと思ってね」


 彼の言葉にノエルも続ける。


「過去を支配し、その時代の人間のアビリティに対する認識を矯正するんだ。アビリティで、人を傷つけないように、僕達が支配する。そのためには……力が要る」


 ノエルはそう言うと、アリーシャの方を真っ直ぐに見つめた。


「そこで、君の薬品を使いたい」


「っ……!アビリティ強化剤を?でも、この薬は欠陥品で……」


 アリーシャが戸惑うと、ウォンリィは可笑しそうに笑った。


「欠陥品?どこがだい?君の薬は、あんな兵器を生みだしたじゃないか」


 ウォンリィはそう言いながら、薔薇頭の怪物を見た。


「あれを名付けるとしたら、高次元生物ってところかな」


 ウォンリィはクスクス笑いながらそう言って、アリーシャを見た。


「僕達の未来を壊した過去の大罪人達を、高次元生物に変えて、過去を支配する……そうすれば、アビリティによる戦争は避けられる。そう思わないか?」


「え……それは……」


「戦争は最悪だ。それを避けるためなら、君だって何でもできるんじゃないの?」


 ウォンリィに問われ、アリーシャはしばらく目を伏せていたが……彼女の頭に、ある考えが浮かんだ。


──戦争が避けられれば、家族がみんな生きている世界になるかもしれない。


 アリーシャはその未来を信じ、迷いを振り払って頷いた。


「……ええ。私は、何だってやってみせる」


 アリーシャの答えに、ノエルとウォンリィは微笑んだ。


「じゃあ、早くエデンに行こう。ウォンリィ、あの飛空機はまだ使えるか」


「はい。まだエンジンが生きています。エデンまでなら問題ないかと」


「そう。それじゃあエデンに急ごうか」


 そう話しながら実験室を出て行く2人の背中を追いかけて、アリーシャは部屋を出た。


 こうして、彼女は決意したのだ。


──どんな手段を選んででも、未来を変える、と。

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