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25 総隊長の過去(前編)

 春花と千秋が出会ったのは、18年前の、2人が8歳になる年の春だった。


 前の学校で、高次元生物を追い払うために、アビリティで飼育小屋を燃やす事故を起こしてしまい、居場所がなくなってしまった千秋は、母と共に隣町の天ヶ原町へ越してきたのだ。


 天ヶ原町には、母、桃子の実家があり、そこには千秋の祖母と兄夫婦、そしてその娘が住んでいるという。千秋は道中の車の中でその話を聞いていたが、あの事故以降、心が沈みきってしまっていた千秋は、兄家族について何も興味を持てなかった。


(どうせ、その人達も僕のことを嫌いになる。だから……できるなら、会いたくない)


 母の、春花ちゃんと仲良くなれると良いわねという言葉を聞いて、千秋は体を縮こめる。


 そうしている間に、2人の乗った車が北原邸に到着した。


 母がインターフォンを鳴らすと、中からメイド姿の女性が出てきた。女性は母のことを見るなり、嬉しそうに笑う。


「桃子様、お久しぶりです」


「久しぶり。実はね、こっちに越してきたの。今日は幸博兄さんに挨拶に来ようと思って」


「お伺いしております。どうぞお入り下さい」


 中に入っていく母に連れられて、千秋も家の中に入った。


 お城のように大きな階段と、ピカピカした廊下。そして、案内されたリビングには、北欧風の家具と白いソファ、そしてそのソファにゆったりと腰掛けた、アザミ色の髪の整った顔立ちの男性がいた。


「やぁ、桃子……と、千秋君だね?」


 男性は、千秋を見るなり微笑んで歩み寄る。千秋は恐怖のあまり、母の後ろに隠れてしまった。


(この人も僕を嫌うんだ。僕のこと責めるんだ……絶対)


「おや、驚かせてしまったかな」


「幸博兄さん、この子ちょっと緊張しいだから、あんまり気にしないで」


 母がそう言うと、男性……幸博は穏やかに微笑む。


「2人とも、とりあえず座りなさい。お茶を淹れて貰おう」


 2人は幸博に促され、ソファに腰掛けた。


 柔らかく、沈み込むような質感のソファ。ゆったりと座れば気持ち良さそうだが、千秋はまだ恐怖が抜けず、ソファの上で背中を丸めて膝を抱えた。


 母と幸博の談笑が聞こえてくる。しかし、内容は分からない。なぜなら、聞こうとしていなかったから。


(……帰りたい。でも、もう前の町には帰れない。僕に居場所なんてないし、僕を認めてくれる人もいない)


 千秋が膝を抱く腕に力を入れた時だった。


「あら、春花ちゃん!」


 不意に、母が嬉しそうな声を出したのだ。


 千秋が恐る恐る顔を上げると、撫子色の長い髪を揺らしながら、桜色の優しい目の少女がこちらに駆け寄ってくるところだった。


「大きくなったねぇ。最後に会ったの、いつだっけ?」


「えっとねー、5歳の時!」


「そっかぁ。うちの千秋と同い年だから、もう2年も前なんだね」


「千秋?」


 少女の目がこちらを向く。それに驚いてしまって、千秋は慌てて顔を下に向けた。


 そんな千秋の肩を、母はポンポンと叩く。


「そうだった、春花ちゃんは会うの初めてだったよね。この子、うちの息子の千秋。4月から、こっちの学校に通うことになったんだ。ほら、千秋。自己紹介しなさい」


「っ……え、えと…………」


 母に促され、千秋は震えながら顔を上げた。


 しかし、言葉が突っかかって上手く出てこない。


 少女の反応が怖くて、千秋はすぐに顔を埋めてしまった。


(……この子も、きっと僕のこと嫌う。怖い)


 そう思った矢先。


 頭に、優しい感触があった。


(え……?)


 少し頭を上げると、少女が自分の頭を撫でてくれているのが分かった。


 同い年の少女に優しく頭を撫でられている……そう分かった途端、千秋は一気に気恥ずかしくなる。


「っ…………あ、あの」


「あ!なになに?」


 少女は期待に満ちた顔で千秋を見る。その表情からは、一切の悪意を感じない。きっと、千秋の頭を撫でてくれたのも、善意からだろう。


 その裏表のない思いやりが、余計に恥ずかしかった。


「頭、撫でられるの……恥ずかしいから…………やめて」


 千秋は、辛うじてそう言った。


 すると、少女は慌てて千秋の頭から手を離す。


「ごめんね!私てっきり、こうすれば安心すると思って…………」


「あ、いや…………ごめん、なさい。僕のためにやってくれたのは、分かってる…………だから、えっと…………」


 言葉に詰まっている千秋の肩を、母が再度ポンポンと叩く。


「千秋、こういう時は、ごめんじゃなくて、ありがとうでしょ!」


「う、うん…………。え、えと……ありがとう」


 千秋がそう呟くと、少女はぱぁっと表情を明るくし、太陽のような笑顔を見せてくれた。


──可愛い。


 千秋は思わず見とれてしまった。


 少女はそんな千秋の手を強く握り、元気よく自己紹介する。


「私、北原春花!将来の夢は、桜になること!それからね、アビリティも『桜』でね、桜の花びらが出せるんだ。綺麗だから、見せてあげる!」


 少女……春花はそう笑うと、千秋をソファから引きずり下ろし、彼を連れて外へ向かって走り出した。


(うわっ……!?)


「春花!夕飯までに帰ってきなさい」


「はーい!お父さん、行ってきます!」


 まだ驚いている千秋を力強く引っ張りながら、春花は西公園へと走っていった。


* * *


 2人がやって来たのは、西公園の桜の大木の下。今、丁度満開で、薄紅色の花々がフワフワと揺れている。春花はその木の下まで千秋を連れてくると、千秋の両手を握ったまま、クルクルと回った。


「見て見て!」


 回る2人を中心に、薄紅色の花吹雪が巻き起こる。キラキラと輝く桜の渦が、春花と千秋を包み込む。


「わぁ……」


 春色の花びらが舞い踊る、幻想的な景色。千秋が今まで見たどんな景色よりも、美しかった。


──いつぶりかな。こんなに綺麗なものを見たのは。


「春花ちゃんの、アビリティ、綺麗だね。僕には……真似できないや」


 気がついたら、そう口に出ていた。


「えへへ……。でもさ、アビリティって、人それぞれで違うでしょ?千秋くんのアビリティは何なの?」


 そう尋ねられた途端、千秋の顔が強ばる。


 脳裏に、燃え盛る飼育小屋がフラッシュバックした。


「ぼ、僕の、アビリティは…………」


「アビリティは?」


「…………みんなに嫌われる力だから、言いたく、ない……」


「え……?」


 千秋の答えに、春花は目を丸くする。


 アビリティは、1人1人に与えられた個性であり、アビリティを理由にその人を傷つけてはいけないと、春花も去年習ったばかりだったのだ。


 春花は、怯えた顔で俯く千秋の手を、強く握った。


「そんなことないよ!私、アビリティのせいで千秋くんのことを嫌いになったりしないもん」


「え…………ほ、ほんとに?」


「うん!だから、安心して!」


 その力強い言葉と、裏表のない優しい笑顔。春花が与えてくれた一つ一つのものが、千秋の心を解いていく。


──春花ちゃんなら、僕のことを受け入れてくれるかもしれない。……もっと、もっと仲良くなって、春花ちゃんの笑顔を……ずっと見ていたい。


 初めての、恋だった。


 この時から、ずっと……千秋は、春花のことが好きだった。


* * *


 それから2年。2人のクラスメイトで特に仲の良い友人である、眞冬と夏実も加わり、彼らはいつも4人で行動していた。


 よく晴れた春の日の午後。千秋達は4人で帰り道を歩いていた。今日は始業式だったため、ランドセルが軽い。


「先生の話、長かったな~!」


 そう言って欠伸をしながら千秋の前を歩く眞冬を、隣の夏実が小突く。


「眞冬、寝てたでしょ。私が隣で一生懸命起こそうとしてたのに、全然気付かないんだから……」


「だってつまんねーんだもん」


 眞冬と夏実は相変わらず仲良さそうだ。千秋がそんなことを思ってると、隣を歩く春花が千秋の肩をトントンと叩いて、こそりと笑った。


「2人とも、仲良いね」


「春花もそう思う?」


「うん。いいな~!幼なじみって」


 春花はそう言って羨ましそうに2人を見た。


(僕だって春花の従兄弟だし、それなりに付き合いも長いんだけどな)


 千秋は少し悔しくて、唇を噛んだ。すると、眞冬が千秋を振り返ってニヤリと笑う。


「春花、千秋が妬いてるぞ?」


「なっ……眞冬、『読心』するのやめてよ……」


「してませーん。話してる内容聞こえてたし、お前の考えるなんてお見通しですー」


「むっ……」


 腹が立った千秋がむくれると、眞冬はケラケラと笑った。それを見て、夏実と春花もくすりと笑う。


「千秋と眞冬も仲良いね」


 そう言って微笑む春花を見て、千秋のモヤモヤとした気持ちは一瞬で消え去ってしまった。


 どこの誰がどう見ても、千秋の春花に対する好意は明らかだった。しかし当の本人には伝わっていないようで、友達という関係に甘んじている。


 いつか告白したいとは思いつつも、なかなか踏ん切りがつかなかった。


「そんなことよりさー、今日俺んち来いよ!新しいゲーム買ったんだ。やるだろ?」


「ゲーム!楽しそう!行く行く!」


 楽しそうに騒ぐ眞冬と春花を見て、夏実は溜息をつく。


「もう……2人とも、先に宿題!」


「堅いこと言うなっての!夏実は真面目だな」


 そんな話をしながら、千秋達はいつも通り通学路を歩く。穏やかに流れる時間を感じて千秋は思わず微笑んだ。


 しかし、その平穏は一瞬にして崩れ去る。


「そこの子ども達!逃げなさい!」


 女の声がして振り返ると、車道からトラックが突っ込んで来るところだった。


「なっ……」


 千秋達は咄嗟のことに反応できずに固まってしまう。


──轢かれる!


 そう思ったその瞬間だった。


「『遅延』!」


 白衣を着た男性が僕達とトラックの間に割り込んで、トラックに手を突き出す。すると、トラックが緩やかに減速し、彼の手前で停止した。


「……間に合ったか」


 男性はそう言うと、千秋達の方を振り返る。


「君達、怪我はないね?」


 眼鏡から覗く切れ長な目。そして男性にしては長い黒髪。白衣と青いネクタイ。……千秋達はこの人をよく知っていた。


「時空科学者の……宵月明日人さん……」


「タイムマシンの開発に力を注いでいる、有名人だよね。まさかこんな所に居るなんて……」


 千秋と夏実が呆然としていると、明日人は屈んで、千秋に目線を合わせて微笑んだ。


「そうだ。私は宵月明日人。時空科学者だ。とにかく、君達が無事で良かった」


 柔らかい眼差しと穏やかな声。千秋達がテレビや新聞で見るのとは、まるで印象が違う。


(もっと厳しくて、子どもなんて相手にしない人だと思ってたけど……)


「あ、俺知ってる。おじさん、タイムマシンの人だろ!」


 そう言って明日人に指をさす眞冬の頭を、夏実は軽く叩いた。


「こら、まずはありがとうでしょ?」


「そうだった!」


 千秋達は明日人に向かって頭を下げた。


「助けてくれて、ありがとうございました!」


「いや、なんてことはない……君達を守れて、本当に良かったよ」


 照れ笑いする明日人に、周囲の人からも拍手が送られる。


「偉いぞー!」


「カッコいいわよー!」


「よっ、正義のヒーロー!」


 盛り上がる周囲に、明日人の顔がどんどん赤くなっていく。


「いや……その……私はこれで……」


「おじさん、待って!」


 立ち去ろうとする明日人の手を引っ張ったのは春花だった。


「な、何かな?」


「おじさん、ヒーローみたいでカッコよかった!どうしたら私もおじさんみたいになれるの?」


「どうしたら……困ってる人を助ければいいんじゃないかな?」


 明日人が困惑しながら答えると、春花は大きく頷いた。


「分かった!私達、困ってる人を助ける!」


「私達……?」


 明日人が不思議そうに千秋達を見る。


 やっぱりこうなったかと、千秋は苦笑いした。春花の目標は、「桜」のように、みんなを幸せにする存在……つまり、希望になること。分かりやすく言うと、ヒーローのようになりたいと思っているのだ。目の前で明日人のようなヒーローを見たら、触発されない訳がなかった。


「おじさんも一緒にやろ!」


 春花に輝いた目を向けられ、明日人も断り切れずに頷いた。


 こうして、千秋達は何でも屋を結成することになったのだ。


* * *


 あの事故以来、千秋達は明日人を保護者に何でも屋を始めた。依頼内容は様々で、公園のゴミ拾いから商店街の店の手伝いなど、人助けが主だった。


 拠点は明日人の家の地下にある研究室。本来なら広いはずの部屋は、大量の書物や謎の機械のせいで手狭に感じられた。


 その中でも特に目を引いたのは、電車の形をしたタイムマシン。1両だけとはいえ部屋の半分はこのタイムマシンに幅をとられている。


 そのタイムマシンの傍らにこじんまりと置かれたテーブルとソファーが、千秋達の居場所だった。


 千秋達は、学校から帰ってくると、家にランドセルを置いて研究室に集まる。すると明日人はいつも決まってオレンジジュースを出してくれた。


「すまないね。これしか置いてないんだ」


「大丈夫!私達オレンジジュース好きだもん」


 そう言うと、春花はにこにこしながらコップに口をつけた。


「研究室を貸してくれてるだけでも、ありがたいです」


 千秋が控えめに言うと、明日人は優しく微笑んだ。しかし、その微笑みはどこか寂しそうにも見える。


「そういえば、明日人さんって1人で暮らしてるのか?」


 眞冬の質問に、明日人は頷いた。


「家族は?いないのか?」


 好奇心から踏み込んだ質問をする眞冬を、夏実は窘める。


「眞冬、あんまり突っ込んだ質問は……」


 しかし、明日人は嫌な顔をせず、穏やかに微笑んだ。


「大丈夫だよ、夏実。……妻がいるんだが、今入院してるんだ」


「あ、ごめん……」


 眞冬は気まずそうに俯く。それを見た明日人は、眞冬の頭を優しく撫でた。


「もうすぐ退院できるだろうから、気にしなくていい。……出産のための入院だから。」


「明日人さん、お父さんになるのか!?」


「ああ。クリスマスが予定日でな……双子なんだ」


 照れながら話す明日人を見て、千秋達は目を輝かせた。


「楽しみですね。お父さん」


「明日人さんがパパになるんだ……」


「すっげー!」


「じゃあ、すぐ賑やかな家になるね!明日人さんも、寂しくないね!」


「ああ……でも、今も寂しくはないさ。君達がいるからね」


 明日人が微笑むと、春花と眞冬は明日人さんに駆け寄り、思いっきり抱きついた。


「うわっ!なんだ?」


 あまりの勢いによろけた明日人だったが、なんとか2人を受け止める。突然の出来事に目を丸くする明日人を余所に、2人は満面の笑みを浮かべて明日人を見上げた。


「明日人さん大好き!」


「俺も!」


「ははは……ありがとう……」


 顔を赤くする明日人と屈託なく笑う2人を見ながら、千秋と夏実は顔を見合わせて微笑む。


 するとその時、明日人のデスクの上にある電話が鳴り出した。


「もしもし……はい。分かりました」


 明日人は電話を切ると4人に向かって笑いかけた。


「何でも屋の依頼だ。商店街に行こう」


 千秋達は、明日人の言葉に目を輝かせながら頷いた。


* * *


 商店街に着くと、通りの中心に大きなツリーがあり、作業着を着た人々が慌ただしく飾り付けをしていた。


 ツリーのてっぺんには星がついており、青と白の電飾が次々と取り付けられている。


「そっか。もうすぐクリスマスだもんな」


 眞冬の言葉に千秋は頷いた。もう12月。千秋達が明日人と出会って何でも屋を始めてから8ヶ月が経つ。


「あ、来てくれたね!」


 作業着姿の男性が千秋達の元へ駆け寄ってきた。男性は小さな段ボールを1つ明日人に渡してニカッと笑う。


「商店街の飾り付けを手伝って欲しいんだ。はい、これ窓の飾り付けね」


 4人が箱の中を覗き見ると、リースやステッカーが大量に入れられていた。


「……手分けしてやろう。夏実と眞冬は私と左半分を。春花と千秋は右半分を頼むよ」


「分かった!千秋、行こ!」


「あ、うん!」


 春花と千秋は飾り付けをいくつか持ち、通りの右側の店へ向かった。千秋は通りの1番端のアクセサリー店の前に着くと、窓にサンタクロースのステッカーを飾り付ける。


 窓越しに見えるショーケースには、煌びやかなネックレスや指輪が飾られていた。


「綺麗だなぁ……」


 千秋が呟くと、春花は興味津々といった様子で彼に尋ねる。


「千秋、こういうの好きなの?」


 春花に尋ねられ、千秋は頬を染めた。春花に似合いそうだから綺麗だと思った、なんて恥ずかしすぎて言えそうにない。


「うーん……ちょっと憧れるかな」


 千秋はそう言いながら誤魔化すように笑った。すると、千秋の言葉をそのまま受け取った春花が表情をぱぁっと明るくする。


「私、持ってるよ」


 春花はそう言うと、服の下に隠れていたネックレスを首から外した。ネックレスには桜を象った指輪が繋がれている。それを見せながら、春花は千秋に笑顔を向けた。


「指輪……?」


「うん!お父さんがくれたんだ。私にはちょっと大きくて……でも、私の宝物なの。千秋にもずっと教えたかった」


「え……?そうだったの?」


 千秋が尋ねると、春花は、はにかみながら頷く。


「うん。私の大事な宝物、千秋にも見せたかったんだ」


 春花の少し赤らんだ笑顔を見て、千秋の胸がドキリと高鳴る。


──可愛いな。春花。


 顔を赤くしたまま黙ってしまった千秋を見て、春花は不思議そうに首を傾げる。


「千秋?どうかした?」


「あ……!素敵な指輪だなって思って!」


 慌てて誤魔化した千秋だったが、春花は気にする様子もなくにっこりと笑った。


「ありがとう」


「ううん……ほら、飾り付けしちゃおう」


 千秋は眩しい笑顔から顔を背けて、飾り付けに集中することにした。……動悸が収まらない。春花の笑顔が、脳裏に焼き付いて離れてくれなかった。


(春花の笑顔には敵わないな)


 千秋は窓を睨み付けた。反射した自分の顔が赤らんでいるのがよく分かる。一方で春花はそんな千秋の様子など気にする様子もなく飾り付けを楽しんでいる。


(落ち着け、僕)


 目を閉じて少し深呼吸をする。千秋は自分の動悸が収まるのを静かに待った。少しずつ

心音が遅くなり、顔の火照りが収まっていく。


(……よし、もう大丈夫)


 完全に落ち着きを取り戻したと思い目を開けたその時。


「危ない!」


 春花に思いっきり突き飛ばされ、千秋は地面に倒れた。


 間髪入れずに大きな音を立てて窓が割れる。その窓の下で春花が伏せているのを見つけた千秋は、慌てて彼女に駆け寄った。


「春花!大丈夫!?」


「なんとか……それよりも、あれ……」


 春花が指差した方向には、白く大きな人型の体に多くの目玉をギラつかせた怪物が立っていた。


「高次元生物……!?」


 千秋は腰を抜かしてその場にへたり込んだ。高次元生物の鋭い眼光が千秋を貫く。その掌にはエネルギーの塊が生み出されていた。


 高次元生物が僕に向けてエネルギーを発射した。眩い光線が迫る。


 その時、春花が千秋を庇うように立ち塞がった。


──私の力は、「大切な人」を守る力!!


「『桜』!」


 するとおびただしい量の桜の花びらが壁を作り、エネルギーを跳ね返した。高次元生物の肩が焼け、苦しそうに悶える。


「春花……!」


「千秋は私が守るよ!」


 春花はそう言って、いつもの笑顔を千秋に向けた。


「春花……」


──春花が頑張ってるんだ……僕だけ守られっぱなしなのは嫌だ!


 千秋は震える足で立ち上がり高次元生物を睨み付けた。掌に力を蓄え、高次元生物に向ける。


「『炎』!」


 赤い炎が放たれ、高次元生物の腕に燃え移った。何とか火を消そうと腕を振り回す高次元生物だが、一向に消える様子はない。


「よし……!」


「まだ終わってないよ!」


 春花の声にハッとして、千秋は身構えた。すると高次元生物はあまりの熱さに暴れ出したのだ。


 高次元生物は腕を振り回しながら千秋達に近づいてくる。2人はそれを躱すので精一杯だった。


「うわっ!」


「千秋!」


 躓いて転んだ千秋の目の前に、高次元生物が迫る。


──殺される!


 恐怖のあまり目を瞑る千秋の耳に、こちらに駆け寄ってくる2人の足音が聞こえた。


「夏実!背骨が弱点だ!狙え!!」


「分かってる!『抜刀』!」


 高次元生物の背後を取った夏実が、刀で高次元生物を貫いたのだ。高次元生物は膝をつき、力無く崩れ落ちる。


「あ……倒した……?」


 千秋がへたり込んでいると、眞冬と夏実が千秋の元へ駆け寄ってきた。


「千秋、怪我してない?」


「う、うん……あっ、春花は?」


 千秋が春花の方を見ると、彼女もしっかりと立ち上がりこちらに駆け寄ってきた。


「私も大丈夫!」


「みんな、大丈夫か!?」


 向こうから心配そうな顔をした明日人が駆け寄ってくる。千秋は夏実に手を借りて立ち上がり、明日人に向かって頷いた。


「はい、なんとか……」


「そうか。良かった……」


 そう言って胸をなで下ろす明日人を見て、自分が助かったことを再確認して安堵の溜息をついた。


(本当に、死ぬかと思った。もし、春花が守ってくれなければ、夏実と眞冬が助けてくれなければ……僕は今頃どうなっていたんだろう?)


 千秋がそう思い身震いしていると、青いマントを身につけた2人組が、千秋達に歩み寄ってきていた。片方はポニーテールの女子、もう片方は髪の短い男子だ。


「君達、怪我はない?」


 ポニーテールの女子の方が、千秋達に問いかける。


「は、はい!」


 千秋が慌てて頷くと、彼女は安堵の笑顔を浮かべた。その傍らで短髪の男子が、高次元生物を指差して千秋達の方を見た。


「これ……君達が倒したの?」


「うん!そうだよ!」


 春花が元気よく答えると、2人はは真剣な顔で何か話し始めた。


「……この子達、素質があるわね」


「ああ。総隊長に連絡してスカウトしてもらった方がよくね?」


「お兄さん達、何話してるの?」


 春花が不思議そうに首を傾げると、2人は慌てて僕達に笑顔を作った。


「なんでもない!そんなことより、君達って何者?」


「私達、何でも屋をやってるの!そこの明日人さんと一緒に!」


「何でも屋……か」


 すると、彼は明日人に歩み寄り1枚のメモを手渡した。


「これ、俺の電話番号です。また連絡しますんで……」


「ど、どういうことだ……?」


 戸惑う明日人に、彼は何か耳打ちする。すると、明日人は目を丸くして首を横に振った。


「この子達はまだ子どもなんだぞ?そんな危険な目に遭わせられない!」


「ええ、分かってます。今はまだ子どもだ。でも……いずれ、彼らが俺達と同じくらいになる頃に、また来ます」


 やがて、話し終わった2人は明日人に会釈をして去って行った。その背中を何とも言えない表情で見つめる明日人を見て、千秋は不安げに尋ねる。


「明日人さん、大丈夫……?」


「あ、ああ……さぁ、飾り付けに戻ろう」


「……?うん……」


 明日人の反応を不思議に思いながらも、千秋達は飾り付けに戻った。


 ……この時はまだ、千秋達は明日人が何に悩んでいたのか分からなかった。


 全てが判明するのは、4人が16歳になる年のことだ。


* * *


 中学校を卒業した春休みも、千秋達は毎日のように明日人の研究室に集まっていた。


 何でも屋の依頼は相変わらず舞い込んでくる。町の人達の手助けをしつつ、千秋達は5人でいる時間を楽しく過ごしていた。


 とはいえ、子どもが産まれてからの明日人は少し忙しそうで、千秋達と一緒にいてくれる時間は大幅に減ってしまったのだが。


 それでも、千秋達がやって来る時には決まってオレンジジュースを出してくれ、帰るときには必ず見送ってくれる。何でも屋の依頼も、もう千秋達だけで熟せるし、それで何も問題はなかった。


 しかし、今日は珍しく明日人が研究室に居た。しかも、ソワソワとして落ち着かない。


「明日人さん、どうかしたんですか?」


 千秋が声を掛けると、明日人はびくりと体をすくめ、それを取り繕うように微笑みを作った。


「いや……そろそろかと思ってな」


「そろそろ?」


 千秋達は顔を見合わせて首を傾げた。すると、タイミングよくチャイムが鳴って来客を知らせる。


「すまない。少し出てくる」


 明日人はそう言って研究室を出て行く。


「誰だろうな?」


 眞冬が千秋に尋ねる。


「さぁ……」


 千秋も分からず、首を傾げて答える。


「みんなすまない。待たせたな」


 しばらくして、明日人が2人の男性を連れて戻ってきた。1人は青いマントをした若い短髪の男性で、もう1人は黒いコートのような服を着た老人だ。


「久しぶりだな……てか、みんな大きくなったな」


 若い男の方が千秋達を見て微笑む。


(このお兄さん、どこかで見たことあるような……)


「あ!兄ちゃん、俺達が小学生の時、商店街で会ったよな?」


 眞冬の言葉で千秋はハッとした。


(なるほど、あの時の……)


「……それで、私達に何か用ですか?」


 夏実が緊張した様子で尋ねる。すると、彼は微笑みを崩さずに頷いた。


「そう。今日は君達に用があって来た。総隊長、説明お願いします」


 彼はそう言ってコートの老人を促す。すると、彼は頷いて口を開いた。


「単刀直入に言おう。君達を特部にスカウトに来た」


「え……?」


 千秋の目が丸くなる。


(……特部?まさか、高次元生物と戦うあの?)


「な、何で私達なの?」


 春花が戸惑っていると、コートの老人は柔らかく微笑んだ。


「6年前、君達が高次元生物を倒したという話を聞いて、ずっと入隊して欲しかったのだよ。君達には素質もあるし……何でも屋として培った人々を助ける思いやりの気持ちもあるだろう?」


「それは……」


 千秋の表情が曇る。特部といえば、高次元生物を相手にする凄腕の戦闘組織だ。素質があると言われ、何でも屋での経験があるとはいえ、戦闘経験の無い自分に務まるだろうか。


「みんな、無理をしなくていい。どんなに頼まれようが、決めるのはみんな自身だ」


 千秋の不安を見透かしたように、明日人は優しく言う。明日人も心配なのだろう。大切な子ども達が、戦いに身を投じることが。


「……どうかな?人々を守るために、我々の仲間にならないかね?」


 コートの老人が微笑んで、しかし、威圧的に尋ねる。


(……どうしよう。僕達が戦えば、高次元生物で傷つく人は減るかもしれない。でも、やっぱり怖い……)


 千秋は恐怖のあまり俯く。夏実と眞冬も、不安げな顔のまま言葉を失っていた。


 そんな千秋の不安を拭い去ったのは、やはり春花だった。


「みんな、大丈夫だよ!私達4人が揃えば、何だってできる!」


 そう言って春花は、千秋達に明るく笑ってみせた。その笑顔を見て、3人の曇り空だった心が晴れ渡っていく。


「……そうだな!」


「うん。春花の言う通りだね」


 眞冬と夏実も頷いて、千秋の方を見た。


 正直、千秋に自信は無かった。しかし、みんなが一緒なら……4人揃っていればきっと大丈夫だと思えるだけの絆が、千秋達にはあった。


「……うん。やります。僕達、特部になります」


 千秋が頷いたのを見て、若い男の方が嬉しそうに笑う。  


「良い返事が聞けて嬉しいよ。じゃあ、特部を案内するから、ついてきてくれ」


「は、はい!」


 千秋達はコートの老人についていこうとして、傍らで黙り込んでいる明日人に気付いた。


 特部に入ったら、明日人とは今までのように気軽に会うこともできなくなるだろう。明日人との思い出が浮かんでは消え、千秋達は切なさに胸を締めつけられた。


 そんな千秋達の胸中を察してか、明日人は4人に優しく微笑む。


「私なら大丈夫だ」


「明日人さん……」


 4人とも、明日人のことを心配そうに見つめている。その心配を拭い去るように、明日人は千秋達に歩み寄り、力強く告げる。


「4人で力を合わせるんだ。そうすれば、何だってできるのだろう?君達なら大丈夫だ」


「明日人さん、私達、離れてても仲間だからね!」


 春花が明日人にそう言うと、明日人は優しく頷く。


「……ああ。何かあったら、いつでも戻ってきなさい。待っているから。さぁ、行ってきなさい」


「……うん!」


 千秋達はこうして、特部に入隊することになった。

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