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24 戦う覚悟

「はぁっ……はぁっ……」


「逃がすな。捕まえろ」


 水色のシャツワンピースを着た、1人の少女が、薄暗い病院の中を走っていた。黄色いリボンでサイドテールにした長い茶髪が、少女が走る度に靡く。そして、その後を追いかけるのは、大勢の白い制服に身を包んだ兵士だった。


「『発砲』」


「うっ……」


 敵の手から放たれた銃弾が、少女の腕に当たった。少女はあまりの痛さに腕を押さえるが、足は止めない。


(逃げなきゃ……逃げて、あの人に会わなきゃ!)


 少女は傷をかばいながら、出口を目指して走り続けた。


(もう少し……もう少しで外に出られる!)


 やがて、目の前に裏口が見えてきた。安堵するのも束の間、兵士達が迫り来る。


(急がなきゃ!)


 少女は力を振り絞り、走るスピードを上げ、裏口から勢いよく外に出た。


 少女の眼前に広がるのは満天の星空。辺りはすっかり暗くなっていた。


(もう夜なんだ……急いで会いに行かないと……)


 少女は疲れた体に鞭を打ち、夜の道を走り抜けた。


* * *


 帰還した翔太と柊がワープルームを出ると、部屋着のまま歩いている花琳と海奈と出くわした。  


「あ、2人とも帰ってきたんだな」


「翔太君、柊ちゃん、お疲れ様」


「ありがとうございます」


 2人はそう言って軽く会釈をした。すると海奈が、ふと何か思い出したように翔太の方を見る。


「そういえば、翔太の妹が談話室に来てたぞ」


「何!?燕がか?」


「うん。聖夜も一緒だったな」


「……先行く」


「あ、ちょっと、報告は!?」


 翔太は柊の呼びかけにも応じず、廊下を走って行ってしまった。


「もう……」


 溜息をつく柊を見て、2人は顔を見合わせて笑った。


「立場逆転ね」


「翔太、妹のことになるとすぐ熱くなるからな」


 2人の言葉に、柊は少しむくれて頷く。


「ほんとですよ……報告は私だけで行こうかな」


「その前に、柊も聖夜に会ってきたらいいんじゃないか?」


 海奈の言葉に、柊は不思議そうな顔をした。


「何で聖夜に?」


「何でって……今日は帰りが遅かったし、遠方の任務だっただろ?聖夜も心配してるよ」


「聖夜君に会ってから、翔太君と一緒に総隊長に報告すればいいわよ」


 花琳と海奈にそう言われ、柊は少し間を置いて頷いた。


「うーん……それもそうですね。私も行ってきます」


 柊は2人に軽く礼をし、早足で談話室に向かった。


* * *


「燕!」


 翔太は談話室のドアを勢いよく開けた。


「お兄ちゃん!」


 燕は翔太に気づくなり駆け寄り、抱きついた。


「ずっと1人で頑張らせて、ごめんね……」


「いいんだ……燕が無事なら、何だっていい」


 翔太は優しい声でそう告げ、燕のことを抱き締め返した。


「お兄ちゃん……」


 燕は涙を堪えながら、翔太の胸に顔を埋める。


「よかったな、2人とも」


 聖夜はそんな2人を眺めて微笑んだ。


「燕ちゃん、明日改めて診察があるみたいだけど、多分退院できるって」


「そうか……ありがとう、聖夜」


「うん。……ところで、柊は?」


「一緒に帰ってきた。さっきまで花琳さん達と話していたが……」


 2人にが柊を話題に上げた丁度その時、談話室のドアが開いて柊が入ってきた。


「ただいま~……」


「柊!」


 聖夜は柊に駆け寄った。


「怪我とかしてないか?」


「心配しすぎ。大丈夫だよ」


「そっか……よかった」


「そんなに不安だったの?」


「うん……2人は強いから大丈夫だって信じてたけど、日が暮れた辺りからだんだん心配になってきちゃって……」


 聖夜はそう言って苦笑いする。


「そっか……遅くなってごめんね」


 柊が謝ると、聖夜はゆっくり首を横に振り、穏やかに微笑んだ。


「ううん。おかえり柊」


「うん。ただいま」


 柊も、聖夜に微笑み返す。そうしていると、再びドアが開いて琴森が入ってきた。


「やっぱり、ここにいたのね。翔太君、柊さん、報告は?」


「あ!」


「すみません。今行きます」


「よろしい。……あ、聖夜君、あなたも呼ばれてたわよ」


「俺も?何でですか?」


「確か……渡したい物があるって言ってたわ」


「渡したい物か……分かりました。行ってきます」


「ええ。……燕さんは、私が病院まで送っていくから。3人とも行ってきて」


 琴森に促され、3人は燕と別れて談話室を出た。


* * *


「失礼します」


「入ってくれ」


 3人は総隊長室に入ると、千秋に向かって軽く礼をした。


「総隊長、報告が遅れて申し訳ありません」


「構わない。琴森から話は聞いている。妹の記憶が戻ったそうだな」


「はい……おかげさまで」


「よかったじゃないか。……まだ寮に空き部屋がある。退院したら、君の妹にも一部屋貸そう」


 千秋の提案を聞いて、翔太は目を丸くした。


「いいんですか?どうしてそこまで……」


 驚きを隠せない翔太に対して、千秋は落ち着いた様子で答える。


「君達を拾ったのは私だからな。それに、君を特部に入隊させた条件は、君達兄妹の生活を保証することだったはずだ」


「総隊長……ありがとうございます……!」


 深々と頭を下げる翔太を見て、千秋は微笑んだ。


「では、報告を聞こう。柊、東日本支部で何があったか教えてくれ」  


「あ、はい!」


 名指しされた柊は思わず姿勢を正した。


「アリーシャという少女が、町の人々を毒で苦しめていたんです。彼女と交戦もしました。逃げられてしまいましたが……」


「そうか……アリーシャについて、何か情報はあるか?」


「確か……エリスの仲間だと言っていました。私達特部をおびき出すために町の人に悪さをしてたみたいです」


「特部が狙いか……各支部がある町の警戒を厳重にする必要がありそうだな。私から通達しておこう。他に何か気になったことは?」


 気になったことと尋ねられ、柊の頭に任務で倒れたことが過ぎった。


 翔太の言うように、柊は何度も任務中に倒れたり、立てなくなっている。しかし、その原因が分からなかった柊は、ただの疲れだろうと思い直して首を横に振った。


「いえ……特にありません」


「そうか。……ご苦労だったな。2人ともゆっくり休んでくれ」


 そう言って微笑む千秋を見て、翔太と柊は頷いた。そんな中、聖夜がおずおずと右手を挙げる。


「あの、総隊長……琴森さんから聞いたんですけど、俺に渡したい物って何ですか?」


「ああ、そうだったな」


 千秋は総隊長室にある大きなデスクの引き出しから、黒いグローブを取り出した。


「これを君に」


 聖夜はグローブを受け取った。手にはめてみるとサイズも丁度良く、革製の生地がよく手になじんだ。


「こんな良い物、貰って良いんですか?」


「もちろんだ。……これから先、戦いは激化するだろう。君にも頑張って貰わなければならないからな」


「そうですか……」


 グローブを貰えたにも関わらず、聖夜は顔を曇らせた。その様子を見た千秋が首を傾げる。


「どうかしたのか?」


「……不安なんです。戦えるかどうか」


「どういうことだ?今までも君は戦ってきたはずだが」


「そうですが……それは高次元生物が相手だったから……人間相手じゃなかったから戦えたんです。人を傷つけると思うと……」


 そう言って俯く聖夜に対して、千秋は険しい顔を見せる。


「厳しいことを言うが、高次元生物も人間も関係ない。敵は敵だ」


「でも……!」


「翔太と柊は戦ったぞ」


 それを聞いて、聖夜は2人の方を見た。


「2人は平気なのか……?化け物相手じゃないんだぞ?人間を倒さなきゃいけないんだぞ?」


 聖夜は訴えるように話す。その声は震えていた。


「落ち着け聖夜。らしくないぞ」


 翔太に窘められて聖夜は口をつぐんだ。不安の滲み出た表情をする聖夜を見て、翔太は溜息をついた。


「お前は優しすぎる。これから戦う敵は、容赦なく俺達を殺そうとしてくるんだ。高次元生物と何ら変わらない」


「そうかもしれないけど……」


「躊躇っていればやられる。自分が死ぬだけじゃなくて、大事な仲間を殺すことになるかもしれないんだ。……だから、俺は戦う」


「翔太……柊は?」


 聖夜に問われ、柊は真剣な顔を彼に見せた。


「私も戦うよ。それが誰かのためになるなら、私は何だってやってみせる。お母さんも誰かのために頑張れる人になりなさいって言ってたでしょ?」


 柊の目に迷いは無かった。2人の覚悟を目の当たりにして、聖夜は俯く。


(やっぱり、俺が甘いのか……)

 

 その様子を見て、千秋は聖夜の肩に優しく手を置いた。


「君の気持ちは分かる。だが私達は戦わなければならない。大切な人を失い、悲しむ人を減らすためにも……立ち止まっている暇はないんだ。分かるな?」


 聖夜は目を伏せ、そして頷いた。


「……総隊長は強いですね。俺なんかとは全然違う」


 すると千秋はゆっくりと首を横に振った。


「……そんなことはないさ。私も、昔は守られてばかりだった。この命も、彼女に助けられた命だ」


「彼女……?」


「ああ……私の、大切な人だった」


千秋は右手薬指の指輪に視線を落とし、あの日のことを語り始めた。 

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