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22 燕の記憶

 総隊長室を解散した後、非番だった聖夜は、真っ直ぐ町立病院に向かっていた。


「誕生日プレゼントか……何が入ってるんだろう」


 聖夜はプレゼントを空にかざす。ハッピーバースデーと書かれた小さな赤いシールの貼られたそれは、シンプルにラッピングされており、聖夜の片手に収まるサイズだ。


「そういえば柊に誕生日プレゼントなんて渡したことないな。同じ日が誕生日なのもあるけど……。翔太はほんとに妹思いだな」


 そんなことを考えながら、聖夜は病院の自動ドアを通り、玄関ホールのエレベーターに乗る。


 2階です。というアナウンスと共に、ドアが開く。聖夜は精神科病棟で降りて、燕のいる病室へ向かった。


 病室の扉の前に辿り着いた聖夜はコンコンと数回ノックし、中へ声を掛ける。


「燕ちゃん、入るよ」


「はい」


 燕の声が聞こえたのを確認し、聖夜はドアを開けて中へ入った。


「あ、聖夜さん。こんにちは」


 燕は控えめに微笑みながら会釈をする。


 出会ったばかりの時は、無表情でいることが多かった燕。そんな彼女も、最近はこうして笑顔を見せてくれるようになった。


 少なくとも、聖夜の前ではそうだ。


「今日は1人ですか?」


「うん。燕ちゃん、手、出して」


 聖夜は、いつも通り穏やかな声色で、燕にそう促した。


 燕はそれを聞き、少し不思議そうな顔をしながら右手を出す。


「聖夜さん、手がどうかしたんですか……?」


「これ、翔太からの誕生日プレゼントだって」


 聖夜は燕の手に、先程託されたプレゼントを乗せた。燕はそれを見て、嬉しそうに目を輝かせる。


「お兄さんから……!あの、開けてもいいですか?」


「もちろん!」


 燕は、丁寧にラッピングを開封する。すると中から、羽をかたどったゴールドのネックレスが現れた。


「かわいい……」


 燕は、思わず顔を綻ばせる。それを見た聖夜は、ふと思い立って、


「燕ちゃん、付けてあげよっか?」


と、穏やかに声を掛けた。


「えっ……!?」


 燕の頬が、ほんのりと赤くなる。ネックレスを付けてもらえるのが嬉しかったのか、それとも照れくさかったのか……きっと、後者だろう。


「あっ、えっと……いいんですか?」


「もちろん!ネックレス貸して」


「は、はい」


 燕はネックレスを聖夜に手渡し、彼に背を向ける。


 聖夜は、燕の首にネックレスを掛け、留め具を止めようと手を動かす。


 気になる相手の大きな手が、自分に触れられる距離にある。それだけのことで、燕の心臓の鼓動が早くなる。頬が、一気に熱くなる。


 このうるさい胸の音がバレてしまわないか、この頬の熱が伝わってしまわないか、燕は気が気じゃなかった。


「よっし、できた!燕ちゃん、こっち向いていいよ」


 しかし、聖夜は燕の乙女心には気づきもせず、明るい声で彼女を呼ぶ。


 燕は、それに少し安堵しながら、深呼吸をして聖夜に振り返った。


「聖夜さん、似合いますか……?」


 燕が尋ねると、聖夜はニカッと笑って頷いた。


「うん!バッチリ似合ってる」


「……ありがとうございます」


 聖夜の言葉に、燕は、はにかみながら微笑んだ。


「ああ。翔太が帰ってきたら、翔太にも言ってあげてな」


「はい。もちろんです」


 燕の嬉しそうな表情を見て、聖夜の胸も温かくなっていく。


 もっと、燕ちゃんを喜ばせてあげたい。そう思った聖夜は、彼女に明るく提案した。


「あのさ、せっかくお洒落なネックレスつけてるんだし、ちょっと散歩しない?」


 その提案に対して、燕は不思議そうに首を傾げる。


「散歩ですか……?でも、誰も私なんて見ませんよ」


「気分の問題だよ!ほら、今日天気良いしさ。あと誕生日だし!」


 燕は少し悩んでいたが、ふと、ある考えが浮かぶ。


(これ、聖夜さんと一緒に出かけるチャンスなんじゃ……)


 燕は、照れる気持ちを押し隠して、平静を保ちながら聖夜に頷いた。


「……そ、そうですね。あの……ついてきてもらってもいいですか?」


 燕の問いかけに、聖夜は明るく頷いた。


「うん。もちろん!」


* * *


 聖夜と燕は病院を出て、病院付近にある西公園を歩いた。もうすっかり桜も散り終え、空気は初夏の香りで満ちている。


 歩く度に燕のネックレスに光が反射して、キラキラと輝いた。


「ふぅ……緑が気持ちいいですね」


「うん、そうだな!」


 燕は、公園で一番大きな桜の大木の下で、深呼吸して空を仰いだ。


 出かける前までの緊張や恥ずかしさが、吐かれた息と共に解けていく。


「出かけてよかったです。病室の中だったら、味わえませんでした」


 そう言って、燕は聖夜にふわりと微笑んだ。


「そっか。よかった!」


 聖夜も、その言葉に明るい笑顔を返した。


 その笑顔に、燕の胸が高鳴る。


 燕は、青空のように爽やかな聖夜の笑顔が好きで堪らなかった。


 記憶が戻らないことへの不安や、周囲に対して迷惑を掛けてしまっている申し訳なさも、聖夜の前では忘れられた。


 普通の、少女でいられたのだ。


 告白することも考えたが、恥ずかしくて行動に移せずにいる。


 今も、聖夜に自分の気持ちが悟られるのが恥ずかしくて、燕は話題を変えて誤魔化した。


「とっ、ところで!お兄さんは今どこに……」


「あ……翔太なら、特部の任務で、東日本支部に行ってるよ。柊と一緒だ」


 聖夜にそう言われ、先程まで聖夜でいっぱいだった燕の心を、兄の翔太のことが占める。


 記憶が無いため、翔太のことは覚えていない。しかし、病院で気がついた時から、何度も何度も自分の所へ足を運んでくれた翔太。


 一度、千秋が自分の元へ訪れ、自分の入院費や生活のことを全て負担するから、安心するように言ってくれたことがあった。


 その時、聞いたのだ。


 兄の翔太が戦いに身を投じることを条件に、自分の生活を保証すると、翔太と約束したということを。


 記憶が無いものの、自分のためにそこまでしてくれる翔太は、間違いなく自分の兄なのだろう。


 そして、自分のことを、とても大切にしてくれているのだろう。


 それが分かっているから、燕にとっても翔太は大切な存在だった。


「そうですか……」


 燕が少し顔を曇らせるのを見て、聖夜は首をかしげる。


「どうかした……?」


「いえ……ただ、心配で。私の記憶にはないけど、あの人は私のお兄さんで、唯一の家族ですから」


「そっか……」


「聖夜さんも、心配じゃないんですか?柊さんも、任務に出てるんですよね?」


 燕が、不安げな顔で聖夜に尋ねる。聖夜はそれに、落ち着いた声で答えた。


「確かに心配だけど……でも信じてるからさ。翔太は強いし、柊も強い。だから大丈夫だよ」


「信じてる……か」


 燕はネックレスに触れて目を閉じた。


「お兄さんの無事を、私も信じます。早く会って、お礼が言いたいから」


 燕はそう言うと、ゆっくり目を開いて穏やかな笑顔を見せる。


「うん!それがいいよ」


 聖夜はそれに笑顔で応えた。


 その時だった。


「強盗だ!捕まえて!」


 商店街の方から悲鳴が聞こえた。


 聖夜が向こうを見ると、公園の方にキャリーケースを抱えた男性が走ってくるのが目に入った。


「どけ!」


 強盗犯は手から薔薇の枝を伸ばし鞭のように振い、通行人を退けながらこちらに迫ってくる。


 聖夜はそれを止めようと体術の構えを取ろうとして……傍で呆然としている燕の存在を思い出した。


(俺一人なら戦える……けど、今は燕ちゃんがいる)


 悩んだ末、聖夜は燕の手を引いた。


「燕ちゃん、逃げよう!」


 しかし、燕の反応はない。


「燕ちゃん?」


「うっ……、薔薇の……人……!」


 すると突然その場に崩れ落ち、頭を押さえてうずくまった。


「燕ちゃん?燕ちゃん!」


「う……うう……」


 聖夜は何度も燕に声を掛けるが、燕からの返答はない。


 聖夜達が動けないでいるうちに、強盗犯が迫る。


「……戦うしかない!」


 聖夜は覚悟を決め、強盗犯の前に立ちはだかった。


「なんだ……お前も僕の邪魔をするのか?」


 強盗犯は、聖夜を鋭く睨みつける。聖夜は、それに怯みそうになる気持ちを堪えて、言い放った。


「これ以上好きにはさせない!」


「邪魔するならお前も敵だ!」


 強盗犯はとげの生えた枝をしならせ、聖夜に襲いかかった。


「『加速』!」


 聖夜はアビリティで枝を寸前で躱した。


(相手は人間だ。高次元生物じゃない……どう戦えばいいんだ……)


 聖夜の迷いを感じ取り、強盗犯が口の端を釣り上げる。


「どうした?来ないのか?」


「く……」


「ハッ!意気地なしが!」


 再び枝が勢いよく迫ってくる。聖夜は身軽にそれらを躱すものの、突破口が見いだせずにいた。


(だめだ、埒が開かない……)


 ただ体力を消耗して、敵の攻撃を躱すことしかできない。そんな自分が情けなかった。


(こんなんだから、アビ課に受からなかったのかな……)


 聖夜はただ、自分の甘さを痛感していた。


 徐々に息が上がり始める。


「これで終わりだ!」


 一瞬の隙を突かれ、聖夜の眼前にとげのある枝が迫った。


(しまった……!)


 枝が聖夜の胸を貫こうとした、その時。


「飲み込め」


 黒い闇が、枝を丸ごと飲み込んだ。


「な、なんだ……?」


「アビリティを私欲のために使っているのは、君かな?」


 穏やかな、しかし、冷徹さも感じられる声。聖夜が声の主を振り返ると、見覚えのある金髪の少年が、野葡萄色の瞳を冷たく光らせながら立っていた。


「ノエル……!」


「縛れ」


 ノエルの一言で闇は自在に動き、大蛇が巻き付くように強盗犯を縛り上げた。


 ガタンと音を立てて、キャリーケースが地面に落ちる。


 強盗犯は、強く巻き付かれて苦しそうに呻きながら、ぼやける視界にノエルを映した。


「ぐぅ……」


「さぁ、どう痛めつけてやろうか」


 強盗犯の目に映ったノエルの眼差しは、恐ろしく冷酷だった。


「僕の『闇』は変幻自在。君を食い尽くすことも、貫くことも、握りつぶすこともできる」


 一言一言から感じられる、鋭い嫌悪と殺意。少しでも対応を間違ったら殺される。そんな恐怖に支配された強盗犯の目から、ボロボロと涙が滴る。


「ひぃっ……!」


「ノ、ノエル……落ち着け」


 聖夜もまた、ノエルのただならぬ雰囲気を感じ取り、彼をなだめようと声を掛けた。


 聖夜は、強盗犯を止めるべきではあるものの、命を奪うべきではないと考えていたのだ。


「アビリティで他人を傷つけたんだ。それ相応の覚悟はあるんだろう?」


「す、すみません!命だけは!」


 涙ながらに懇願する強盗犯だったが、ノエルは聞く耳をもたない。


「せめてもの慈悲だ。死に方を選ばせてあげるよ……!」


 ノエルの瞳が、仄暗い輝きを増す。


「ひぃ……!いやだ、死にたくない!」


 このままでは、ノエルは強盗犯の命を奪いかねない。これ以上は危険だと判断した聖夜は、ノエルの肩を強く掴んだ。


「ノエル!」


 その時、サイレンの音が聞こえ始めた。


 サイレンの音は大きくなり、やがてパトカーが公園に止まった。パトカーから降りた警察官が駆け足でこちらにやって来る。


「アビリティ課の職員だ。そいつが強盗犯だな……盗んだものは?」


「あ……、多分あれです……」


 聖夜は地面に転がったキャリーケースを指さした。


 警察がキャリーケースを拾い中身を開けると、中には宝石が何個も入っていた。


「中身は無事のようだな……」


 すると警察官が犯人に歩み寄り、闇の隙間から覗いていた手に手錠をかけた。それを見たノエルがアビリティを解除する。


「君達、ご協力ありがとう」


「いえ、俺は何も……」


 聖夜は傍らのノエルを見たが、その表情は冷たいままだった。


(ノエル……一体どうしたんだろう……)


「とにかく、私は犯人を連行するから。君達も気をつけて」


「は、はい!」


「それじゃあね」


 警察がその場を去り、聖夜とノエルはその場に取り残された。


 聖夜は、冷酷な表情のまま遠くを見つめるノエルの顔を、心配そうに覗き込む。


「ノエル……その、大丈夫?」


「……ああ、平気さ」


 ノエルは聖夜の方を見て微笑みを作った。しかし、目は全く笑っていない。


 先程のノエルは、心の底が冷え込むような恐ろしい雰囲気だった。それこそ、人を殺すことすら厭わない意思を、敵ではなかった聖夜ですら感じたほどだ。


 初めて会った時の、あの優しい微笑みからは想像できないほど……冷酷だった。


 どちらが本当のノエルなのか。ノエルの目的は何なのか。


 ノエルは……一体、何者なのか。


 考えれば考えるほど、ノエルは謎に包まれている。


 美しい向日葵色の金髪と、透き通った野葡萄色の瞳は、確かに綺麗だったが、その得体の知れない不気味さは拭えなかった。


 それでも、聖夜は信じたかった。


 あの日、初めて会った優しい少年が、本当のノエルだと。


 聖夜はそこまで考えて、ふと、初対面の時に彼が落としていった髪飾りを思い出した。


「……あ!そうだ」


 聖夜は上着のポケットに手を突っ込み、向日葵の髪飾りを取り出す。


「ノエル、この髪飾り落としてないか?」


 聖夜がそれを差し出すと、ノエルの目が見開かれた。


「それは……!」


 ノエルは慌てて髪飾りを手に取った。そして髪飾りが壊れていないかを入念に確かめ、胸をなで下ろした。


「君が拾ってくれたんだね。ありがとう……」


 ノエルはさっきと打って変わって、心底安心したように微笑んだ。


「大事なものなんだ。もう見つからないかと思った」


「そっか……よかった」


 聖夜は、ノエルの空気が和らいだことに安心し、頬緩ませた。


 そんな聖夜のことを、ノエルは真っ直ぐに見つめて、口を開く。


「……聖夜、君はアビリティをどう思う?」


 ノエルの問いかけに、聖夜は首を傾げた。


「どうって……うーん……」


 聖夜は、右手を顎に当てながら少し悩み、やがて口を開いた。


「便利なものだと思う。生活を豊かにしてくれているのもアビリティだし、戦う時に使うのもアビリティだ」


「じゃあ、君はアビリティは必要だと……そう思うんだね?」


 ノエルの言葉に対して、聖夜は迷いなく頷く。


「……ああ。アビリティは誰かを守るために必要だと思う」


「そうか……」


 ノエルは少し俯き、やがて吐き捨てるように言った。


「僕はそうは思わない。アビリティは……未来を壊す道具だ」


 その様子を見て、聖夜は戸惑いの表情を浮かべる。


 アビリティは、確かに犯罪の道具になることもある。しかしそれと同時に、一人一人に与えられた個性でもあるのだ。それに、生活を便利にするのも、高次元生物から誰かを守るのも、アビリティの持つ力だ。


 それが、聖夜達の常識だった。


「ノエル……?」


「聖夜、君は優しい。だがらこそ、馬が合うと思ったんだけどな」


 ノエルは寂しそうに微笑みながら、聖夜を見つめた。


「さよなら。聖夜」


 ノエルはそう言い残すと、振り返ることなくその場を立ち去ってしまった。


「ノエル……」


 聖夜は、ノエルの背中を見つめることしかできなかった。


 ノエルの、アビリティに対する考えを、否定することもできずに。


 ノエルの意見が自分と異なっていたからか、それとも、ノエルの寂しそうな笑顔が胸に突き刺さっているからか、嫌な胸騒ぎがした。


「アビリティは未来を壊す道具……そんなことないよな」


 聖夜はそう自分に言い聞かせ、その悪い予感に蓋をしようとする。


 その彼の傍で、か細い声が聞こえた。


「聖夜さん……」


「あ!燕ちゃん……!」


 聖夜は慌ててうずくまる燕に駆け寄り、その背中をさする。


「大丈夫?」


「はい……えっと……」


 燕はゆっくりと体を起こす。


 その顔は、涙でびしょびしょに濡れていた。


 それに気が付き、聖夜は目を見開く。


「な、泣いてる……!?どこか痛む?大丈夫?」


 慌てる様子の聖夜に向かって、燕はすぐに首を横に振った。


「だ、大丈夫です!どこも痛くありません!……ただ、思い出したんです」


「思い出した……?」


「はい……」


 燕は涙を拭いながら、口を開いた。


「私、過去の記憶を思い出したんです……」

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