18 白雪の本音
エリスがそう囁くと、白雪は胸を押さえて蹲った。
「はぁっ……はぁ……」
エリスは優しく微笑みながら、白雪の顔を覗き込む。
「もう押さえつけなくてもいいんだよ?ほら、全部吐き出しちゃいなよ」
「うっ……」
エリスの声に呼応するように、辺りが急に猛吹雪になった。エリスはそれを見て、心の底から楽しそうに、ケラケラと笑う。
「あはは!すごいねお兄さん!『このまま全て出し切って仲間もろとも死んで』」
白雪は凍えそうになりながら、フラフラと立ち上がる。
そして震える手を花琳に向けた。
「……『氷牙』」
すると、花琳めがけて氷の刃が飛んできた。
「……!」
花琳は咄嗟に目をつぶる。
その時、花琳の身体を誰かが抱えた。
「『加速』!」
聖夜が花琳を抱きかかえ、氷の刃を躱したのだ。
「聖夜君……!」
「大丈夫ですか?!」
聖夜が心配そうに尋ねるのに対して、花琳はしっかりと頷く。
「花琳さん、白雪さん!」
後ろから翔太を始めとした他の面々も向かってきた。聖夜は花琳をそっと地面に下ろし、仲間たちの方を見た。
「姉さん!」
海奈は花琳に駆け寄り、その体を支える。
「姉さん、腕が……」
「大丈夫よ。……それより白雪君が」
全員が白雪に目を向ける。
「……ぼ、ぼくは、必要と……されてない……」
白雪の体が徐々に氷で覆われ、変形し始めていた。
左半身が氷によって獣のような形を作る。その表情にはいつものような微笑みは無かった。
「何だかいっぱい集まってきたね!」
エリスは嬉しそうに笑った。
「でも残念。エリスが『洗脳』したから、みんなが死ぬまでお兄さんは止まらないよ?」
エリスはそう言って、わざとらしく溜息をつくと、すぐに笑顔に戻って中央支部の面々に両手を振った。
「後はお兄さんに任せちゃお。ばいばい!」
すると辺りが光に包まれ……エリスの姿が、消えた。
「今の子は……?」
聖夜が尋ねると、翔太は首を横に振る。
「今は白雪さんを何とかするのが先だ」
「……そうだな」
聖夜は頷き白雪を見据える。白雪の瞳に光は無く、苦しみに顔を歪めてこちらを睨みつけていた。
それを揺れる瞳で見つめた後、聖夜は目を閉じて集中する。
(普段とは違う、相手を倒さずに正気に戻す戦い方……)
聖夜は地面に手を置いて呟いた。
「……『加速』」
味方全員の体が、空色の光に包まれ、軽くなる。聖夜は仲間たちを真剣な顔で見渡した。
「白雪さんが力を使い切る前に気絶させよう。どうかな?」
聖夜が問うと、全員が頷いた。
「……よし、行こう!」
* * *
司令室で一連の様子を見ていた千秋は、オペレーターの席で言葉を失っている真崎に向かって声を掛ける。
「……行ってくる」
「え……ど、どこにですか!?」
「臨海公園だ。……私が、行かなくてはならない」
千秋はそう言うと、琴森に目配せする。
琴森は意図を汲み、しっかりと頷いた。
「ここは私達に任せて下さい」
「……すまない。頼んだぞ」
千秋はそう言うと、ワープルームへと走っていった。
その後ろ姿をしばらく見つめ、琴森は心の中で呟く。
(私、色々と言ってしまったけれど……千秋君。これが、あなたが目指す総隊長の形なのね)
* * *
聖夜は右手をしっかりと握りしめ、『加速』しながら白雪に突っ込んだ。
「来るな……!」
白雪は苦しそうに顔を歪めながら、氷でできた剣を構える。
「ぼくは……だれよりも強くならなきゃいけない……」
白雪はそう言うと、聖夜に剣を振り下ろした。聖夜はそれを素早く躱し、柊に視線を送る。
「柊!」
「分かってる!『遅延』!」
白雪の動きが、極端に遅くなる。攻めるなら今だ。聖夜は白雪の体に向かって右ストレートを繰り出した。
しかし、攻撃を繰り出したその瞬間。
「……このままじゃ……だめ、なんだ……」
白雪の苦しそうな表情を見て、躊躇いが生まれる。
「え……?」
聖夜が拳の勢いを弱めたその隙に、白雪が剣で彼ををなぎ払った。
「うぐっ……」
聖夜は斬撃を受け、よたりと後ろに倒れ込む。
「聖夜君!」
それを、寸でのところで花琳の蔦が受け止めた。
「大丈夫?」
「なんとか……」
聖夜の上半身には大きな切り傷ができていた。しかし、聖夜は痛みに負けまいと身体に力を入れ、体制を整える。
「っ……、こんなになるまで、どうして俺達を頼ってくれなかったんだ!!」
聖夜の胸の内に、やりきれない感情が込み上げる。聖夜は拳を強く握りしめ、白雪を潤んだ目で睨んだ。
しかし、聖夜の気持ちは白雪には届かない。白雪は聖夜達を睨みながら、右手を高く上げた。
「押し潰されろ……!」
すると、空から巨大な氷塊が降り注いできたのだ。
「ちっ……」
深也は氷塊を躱しながら舌打ちする。
「圧倒的過ぎるでしょ……」
「『激流』!」
海奈が白雪に向けて激流を放つも、全て凍りついてしまい意味を為さない。
「俺達じゃ止められないのか……!?」
海奈が悔しそうに唇を噛む。そんな彼女の頭上に、氷塊が迫っていた。
海奈はそれに気づき、目を見開く。
「しまった……!」
「『かまいたち』!!」
絶体絶命かと思われた、その時。翔太の渾身のかまいたちが、氷塊を砕いた。
「みんな、諦めるな!!白雪さんを人殺しにはさせない!」
翔太は息を切らしながら、それでも大きな声で言い放った。
「まずはこの猛攻を止める……『竜巻』!」
翔太の激しい竜巻が、白雪を閉じ込める。
しかし次の瞬間、剣を持った白雪が、翔太の目の前に現れた。
「俺の竜巻を一瞬で抜け出したっていうのか……!」
「ぼくにかまうな……!」
白雪はそう言うと剣を振りかざした。
「っ……!」
翔太に向かって、剣が振り下ろされる、1秒前。白雪の腕を、新緑の蔦が縛り付けた。
翔太が振り返ると、花琳が、傷ついた腕を必死に白雪へ伸ばしていた。
「お願い白雪君……戻ってきて……!」
そう言って涙を流す花琳を見て、白雪は顔を歪める。
その時、白雪の手から剣が落ちた。
しかし、次の瞬間、花琳の蔦が凍りつき、バラバラに砕け散った。
「凍てつけ……!」
白雪が指を鳴らすと、全員の足が凍りつき、身動きがとれなくなってしまった。
「そんな……ここまで圧倒的なんて……」
聖夜は悔しそうに目を伏せる。
「……『氷牙』」
白雪が生み出した氷の刃が、聖夜達に鋭く迫った。
(くそ……!)
その場の全員が死を覚悟した、その時だった。
「『火炎弾』」
その声と共に真紅の火球が氷の刃にぶつかり、相殺した。
「その声は……総隊長!?」
聖夜が後ろを見ると、そこには千秋が立っていた。
「どうしてここに……」
「隊員を守るのが総隊長たる私の役目だろう。それに……白雪とは、決着をつけなければならないからな」
千秋は白雪を真っ直ぐ見据えた。
「勝負だ。白雪」
白雪は千秋に向かって、憎悪の眼差しを向ける。
「総隊長……僕は、貴方を許さない」
千秋はそんな白雪に向かって不敵に微笑んだ。
「どうした?いつもと違って余裕が無いな。……全然春花に似ていない」
「……っ!」
白雪は挑発する千秋を鋭く睨みつけ、氷の刃を放った。
鋭く光る透明な刃。氷で出来ているとはいえ、当たれば大怪我は免れないだろう。
しかし、千秋は一切の動揺を見せず、白雪を見据えていた。
「通用しない手を二度も使うな」
千秋が地面を踏みしめると、炎の壁が生まれた。赤い炎が、刃を全て溶かしていく。
「ちっ……」
白雪は氷で剣を生み出し、鬼の形相で千秋に斬りかかった。
「貴方のせいで姉さんが死んだんだ!」
激しい憎悪と、悲しみが混ざり合い、ぐちゃぐちゃになった白雪の表情。それを、千秋は切なそうに見つめる。彼は斬撃を躱すことなく、自らの右腕で剣を受け止めた。
剣に切られた右腕から、血が出てくる。しかし、千秋は顔色1つ変えなかった。
──この痛みは、僕が受け止めなくてはならない痛みだ。僕のせいで、大好きな姉が死んでしまった白雪が、ずっと抱えていた痛みなんだから……。
千秋は、自分の怪我には目もくれず、白雪の苦しさに歪んだ表情だけを見つめていた。
「どうして、姉さんを……守ってくれなかったんだっ……!!」
白雪は尚も、泣きながら剣を振りかざす。
「……白雪」
千秋は左手に炎を纏い、それを受け止めた。
剣は炎の熱で徐々に形を失い溶け落ちていく。そして白雪もまた、勢いのまま地面に泣き崩れた。
「どうして……姉さんは……」
凍りついた世界で泣きじゃくる白雪を、千秋はただ、抱き締める。
すると、白雪を覆っていた氷が淡い赤色の炎で溶けていった。
「……ごめん。白雪」
千秋がそう言うと、白雪はそのまま気を失った。
──ずっと、謝り続けていた。だが、それだけで何が変わるだろうか。謝罪に誠意を伝える以上の意味なんて無い。僕がしなければならなかったことは、同じ悲しみを抱える白雪と、痛みを分かち合うことだったのに……。
眠り込んでしまった白雪を抱き締めながら、千秋は小さく呟く。
「……辛かったな。もう、我慢しなくていい」
吹雪が止み、全員の足を覆っていた氷が溶ける。
千秋は白雪を抱きかかえ、全員に向けて辛そうに微笑んだ。
「……戻ろう」
* * *
「白雪。ねぇ、白雪」
明るく澄んだ声が聞こえて、白雪は目を開ける。すると、大好きな姉が、8年前の姿のまま、横たわる自分の顔を微笑みながら覗き込んでいた。
「春花姉さん……?」
「白雪、起きて」
姉に促されて、白雪は体を起こす。するとそこは、昔、姉とよく遊びに行っていた西公園の原っぱの上だった。
白雪が顔を上げると、町で1番大きな桜の大木が、穏やかに佇んでいるのが目に入った。風が吹いて薄紅色の花が揺れ、白雪の鼻先に淡い色の花びらが舞い落ちる。
白雪はそれをそっとつまみ、ぼんやりと見つめた。
「桜、綺麗だね」
白雪の隣で、春花が優しく微笑みながら桜を眺めている。白雪はその姿に目を移し、滲む視界に姉の笑顔を映した。
「っ……姉さん……!」
その笑顔を見て、たまらなくなり……白雪は、震える腕で春花を抱きしめた。
「どうして、死んじゃったの…………?」
白雪の瞳から、はらはらと涙が落ちる。
「僕、姉さんが帰ってくるの、ずっと待ってたのに……どうして?」
幼い頃に戻ってしまったように、白雪は姉にくっついて泣きじゃくる。
そんな白雪の背中を、春花は優しくさすった。
「……ごめんね」
春花は申し訳なさそうに涙を浮かべながら、それでも笑顔を作って白雪の体を引き寄せる。
いつだってそうだった。春花は、病弱で泣き虫な白雪のことを、優しい笑顔で包み込んでいた。
そんな姉のように、白雪はなりたかったのだ。
春花のようになれば、多くの人を笑顔にできると、白雪は思っていた。春花のようになることが、身体が弱く、泣き虫で、何も出来なかった自分の、唯一の使命なのだと思っていたのだ。それこそが、白雪が特部で戦う理由だった。だから白雪は、春花のように、笑顔を絶やさぬ人を演じていた。
いや、それだけではない。白雪が春花の真似をしていた大きな理由は……春花のことが、大好きだったからだ。
笑顔も、温もりも……春花とすごす時間の全てが、白雪は大好きだった。それこそ、涙が出てしまうほどに。
しかし、その春花はもういない。春花は、白雪が触れられない場所へ行ってしまった。
だから、これも夢だと気づいていた。優しい優しい、大好きな姉の夢だと。
それでも、白雪は姉を抱きしめる力を強くする。
もう、二度と……離れたくなかったのだ。
「姉さん、もう居なくならないで……。僕の傍にいて……」
白雪は声を震わせながら、姉を強く抱き締めた。
「姉さんがいなきゃ、僕、独りだよ……」
幼い頃、病気で満足に友達を作ることができず、姉にばかり甘えていた白雪の、寂しがり屋な本音。
しかし、それを聞いた春花は、白雪を強く抱き締め返しながら……彼の耳元で優しく告げた。
「大丈夫。白雪は、もう独りじゃないよ」
「え……?」
「白雪には、仲間がいるよ。大事な、大事な仲間が」
春花はそう微笑って、白雪の背中をポンポンと叩く。
「私がいなくなってから……きっと、すごく寂しかったよね。沢山沢山、無理してたよね。私みたいになろうって、自分を押さえつけてたんだよね。白雪は、どれも偽りの自分なんだって思ってるのかもしれない。本当の自分には、価値なんてないって思ってるのかもしれない。……でもね、どれも白雪なんだよ。寂しがり屋な白雪も、頑張り屋さんな白雪も……私を目指してくれた白雪も、全部……あなたの一部なんだよ」
春花はそう言うと、弟を抱きしめていた腕を解いた。
「白雪。お姉ちゃんに、顔を見せて」
「……うん」
白雪は春花から離れて、姉を潤んだ瞳で見つめる。春花は微笑みながら、弟の涙を拭って、優しく告げた。
「あなたは、あなたのままでいいの。きっと、みんな……あなたのことを受け入れてくれるよ」
「姉さん……でも、僕、みんなを傷つけて……」
「大丈夫。お姉ちゃんのこと、信じて」
春花は明るい笑顔を見せて、桜の大木に視線を移した。
「あの桜の木みたいに……私、白雪のことを見守ってる」
春花はそう言って、白雪の手を優しく包んだ。
「だって……私は、白雪のヒーローなんだから!」
春花のお日様のような優しい笑顔を瞳に映した次の瞬間、桜吹雪が視界を覆い尽くし、ほのかな花の香りと共に、白雪の意識がふわりと途切れた。
* * *
医務室のベッドで眠る白雪の周りに、特部のメンバー全員が集まっていた。
白雪を止めてから数時間、交代で食事を済ませ、必ず誰かは白雪の傍にいるようにしていたのだ。
既に時刻は夜の9時を回っている。
「……君達、怪我人もいるのだからあまり無理をしてはいけないよ」
清野がそう声をかけるも、誰1人としてその場を動こうとしなかった。
「白雪さん……起きないな」
聖夜が呟くと、花琳は涙をこぼした。
「このまま起きなかったら……」
その背中を、海奈が優しくさする。
「大丈夫だよ。……きっと目を覚ます」
海奈の言葉に、花琳が不安を押し殺して頷いた……その時。
「う……」
呻き声と共に、白雪の瞳が、ゆっくりと開いた。
「白雪さん!」
「みんな……」
白雪が起き上がろうとするのを、翔太はその肩を押さえて制止する。
「寝てて下さい。……無理できないんですから」
翔太に止められ、白雪は身体を再度ベッドに横たえた。
「……ごめん、みんな」
仰向けで天井を見つめながら……白雪は呟くように言った。
その頬を、一筋の涙が伝う。
「僕は……みんなを傷つけてしまった」
白雪の表情はとても苦しそうで、普段のような微笑みは微塵もなかった。
その様子を見て、聖夜は真剣な顔を白雪に向け、ずっと抱えていた思いを告げる。
「俺達、ずっと心配だったんです。白雪さんが無理してないかって」
聖夜の隣に座っている翔太もまた、白雪を真っ直ぐ見つめて尋ねた。
「……もし良ければ、白雪さんが抱えてるもののこと、俺達に教えてくれませんか」
その言葉を聞いた白雪は、目を閉じて、ゆっくりと、胸の内を語り始めた。
「ずっと、姉さんに……北原春花になりたかったんだ」
「お姉さんに……?」
聖夜は首を傾げた。
「うん。僕には年の離れた姉さんが居てね……特部だったんだ。強くて、優しくて……大好きだった。でもある日、任務中に命を落としてしまったんだ」
白雪は一息置いて、天井を見ながら続けた。
「……僕は昔から体が弱くて、何をするにも制限があった。そんな自分が不甲斐なかったよ。でも、姉さんは違った。みんなが姉さんを必要としていた。……だから、姉さんが死んだとき、僕が姉さんの代わりになると決めたんだ。残り少ない時間を、全部……姉さんのように、仲間や人々を救うことに使おうって……」
白雪はそこまで言うと、苦笑いした。
「でも、僕じゃ駄目みたいだ」
聖夜はその様子を見て、はっきりと言い放つ。
「そうですよ。……白雪さんはお姉さんにはなれないです」
全員がその言葉に目を丸くする。
「ちょっと聖夜……!」
柊が聖夜を小突く。しかし聖夜は、白雪を真っ直ぐ見つめたまま続けた。
「なれませんよ……だって、白雪さんは白雪さんなんですから」
そう言って聖夜は優しく微笑む。
その様子を見て、翔太も頷いて微笑った。
「……そうだな。俺達のリーダーは他の誰でもない。強くて、優しくて、頑固な白雪さんだ」
向かい側に座っていた海奈も、元気よく手を挙げながら明るく言った。
「俺も賛成!俺達には白雪さんが必要だからな!」
「ぼ、僕も……」
深也がおずおずと手を挙げる。
その傍らで、柊も笑いながら手を挙げていた。
「みんな……でも、僕はみんなを……」
戸惑いながら仲間を見渡す白雪に、花琳が微笑みながら告げる。
「白雪君が思ってるより、私達は白雪君のこと大事に思ってるの。だから白雪君、これからは私達のこと、もっと頼って」
「花琳……」
花琳の言葉に、白雪は涙を流しながら、明るく笑った。
幼い頃の、本来の白雪の笑顔そのままだった。
「……ありがとう、みんな」
白雪の笑顔を見て、仲間達は顔を見合せて微笑んだ。
* * *
後日、白雪は総隊長室へ足を運んだ。
「失礼します」
白雪が部屋に入ると、千秋は窓辺に佇み、静かに町を眺めていた。
「……総隊長」
白雪に声をかけられ、千秋は振り返る。
「白雪か。どうかしたのか」
千秋が尋ねると、白雪は千秋を真っ直ぐ見つめて、
「……先日は申し訳ありませんでした」
深く、頭を下げた。
「あの時、意識はあったんだな」
千秋の問いかけに、白雪は静かに頷く。
「なら、あれは全て君の本心なんだな?」
「……はい」
白雪は目を伏せ、はっきりと謝罪の言葉を述べる。
「総隊長も苦しんでいたこと、本当は分かっていたんです。なのに……すみませんでした」
俯く白雪を見て、千秋は穏やかに微笑んだ。
その笑みは、総隊長が部下へ向けるものとは少し違う。まるで、兄が弟に向けるような……そんな、優しい笑顔だった。
「いや……あれでいいんだ。ずっと言いたかったんだろう、白雪」
千秋の言葉に白雪は苦笑いする。
「……そうかもしれません」
「君はもっと自分を出してもいいんだ。……泣き虫な部分をさらけ出しても、みんな助けてくれるだろう。特部に来る前の君は転んだだけで泣いていたからな……」
千秋が昔の話をした途端、白雪の眉が僅かに吊り上がった。白雪は普段よりも強い口調で、千秋に言い返す。
「その話は止めてください。総隊長だって、昔は気弱で目立たないタイプの人だったじゃありませんか」
「ほう、言うようになったじゃないか」
千秋は穏やかに笑った。それを見て、白雪もまた微笑む。ただし、今まで貼り付けていた柔和な微笑みではなく、どこか自信ありげな笑顔だった。
「……姉さんの真似はもうしませんから。我慢しないで笑いたい時に笑って、怒りたいときに怒ります」
「……そうか」
千秋は、微笑みを浮かべながら頷いた。真紅の瞳が、優しげに細くなる。
「昔から君を知る従兄としても、とても嬉しいよ」
千秋がそう言うと、白雪は明るく頷いて、にっこりと笑った。
「これからもよろしくお願いします。千秋兄さん」
白雪の口から出た、懐かしい呼び方。千秋はそれに頬を緩めながら、部屋を後にする従弟の後ろ姿を見つめた。
(……春花、見てるかな)
千秋は窓の外に視線を移し西公園を眺める。並木道だけではなく、大木の桜の花もすっかり散り終え、木々の深い緑色が映えていた。
「もう、春も終わりだね」
千秋はそう呟き、眉尻を下げながら微笑む。
するとその時、総隊長室のドアが開き、眞冬が入ってきた。
「千秋、ちょっといいか?」
眞冬の真剣な表情を見て、千秋は顔を引き締める。
「眞冬……何かあったのか」
「これを見て欲しい」
そう言って、眞冬は千秋に、紫色のファイルを手渡した。
千秋は中身に目を通し……言葉を失う。
「……これは」
「ああ。疑問が確信に変わった」
眞冬は頷き、厳しい表情を千秋に向けた。
「高次元生物は人為的に生み出されている」